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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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6.ノーム

 フルートがピランを抱いて金の石を押し当てる様子を、仲間たちは息を詰めて見守りました。

 金の石はどんな怪我も病もたちどころに癒やす力を持っていますが、死んでしまったものを生き返らせることはできません。霜で真っ白になって動かないピランを、全員が祈るような気持ちで見つめます。

 すると、ピランの体から霜が消えていきました。自分の身長ほどもありそうな長い灰色のひげや、金属のように光る緑の服など、おなじみの姿がはっきり見えてきます。

 やがて、しわだらけの顔がぴくぴくと動いて、口の間から長い息を吐き出しました。

「ピランさん!!」

 と一同が歓声を上げると、その声に呼び起こされたように、ノームは目を開けました。彼をのぞき込む少年少女たちに驚いた顔になります。

「こいつはどうしたことだ! 勇者の坊主どもじゃないか! どうしておまえらがこんなところにいるんだ!?」

 開口一番そんなことを言われて、勇者の一行はとまどってしまいました。どうしてこんなことになったのか聞きたかったのは、彼らのほうなのです。

 

 すると、老人はあたりを見回し、自分が空にいることに気がつきました。悲鳴をあげてフルートにしがみつきます。

「こ、ここは空の上じゃないか! どうしてわしはこんなところにいるんだ!?」

「じっちゃんはでかい矢に鎖で縛られて飛んできたんだぞ。覚えてねえのか?」

 とゼンが言うと、ピランは、なに? と目を丸くしました。ちょっとの間、思い出すような顔になってから手を打ちます。

「おお、そうだそうだ! わしはカルティーナの城から大いしゆみを発射させたんだ! とすると、ここはどこだ? おまえらがここにいるのは何故だ?」

 ノームの老人の話に、フルートは眉をひそめました。

「大いしゆみを発射させた? じゃあ、あの矢を撃ったのはピランさんなんですか? どうして矢に縛りつけられたりしていたんです? それに、ディーラを狙ったりしたのはどうして――」

 ところが、フルートは疑問を全部尋ねることができませんでした。ピランがいきなりすっとんきょうな声をあげたからです。

「ディーラだと!? まさか、ここはロムドだとでも言うんじゃないだろうな!?」

 一同はまたとまどいました。

「どうしてそんなに驚くの? ここはディーラよ。ピランさんが矢と一緒に飛んできて障壁にぶつかりそうになったから、私たちが助けたのよ」

 とルルが説明しましたが、ピランは半分も聞いていませんでした。大声でひとりごとを言い始めます。

「ありえん! ありえん! 確かにわしは最大射程距離を設定して発射させたが、それだってロムドの王都まで届くようなことは絶対に……!」

「ピランさん! あたいたちにわかるように説明しとくれよ!」

 と短気なメールがどなっても、老人は知らん顔です。

 

 そこへ、空中に一人の人物が姿を現しました。白い長衣に淡い長い金髪を後ろで束ねた女性で、胸にはユリスナイの象徴が揺れています。四大魔法使いの長で女神官の、白の魔法使いです。

 彼女はピランへ言いました。

「ご無事でなによりでした、鍛冶屋の長殿。ですが、これはいったい何事でしょう? 何故ピラン殿があのようなものに――?」

 ところが、ノームの老人はまだ、あれがああなってこうなって、角度が風速は……と計算のようなものを続けていて、全然返事をしようとしませんでした。面食らう女神官に、フルートが言いました。

「どうやら、あれはピランさんが発射させた大いしゆみだったみたいなんです。ただ、こんなところまで届くはずはない、とピランさん自身が驚いていて」

「当たり前だ。どんなに馬鹿でかい弓やいしゆみだって、エスタ城からロムド城まで飛ばすなんてのは不可能だぞ」

 とゼンが口を挟みます。

「エスタ城からロムド城まで!? 本当ですか、長殿!?」

 女神官は驚いて聞き返しましたが、ノームの老人はやっぱり返事をしませんでした。女神官は溜息をつきました。

「とりあえず私の塔へおいでください。陛下たちも間もなくおいでになります」

 と姿を消していきます。

 そこで一行は今度は白の魔法使いが守っている、ロムド城の南側の塔へと降りていきました――。

 

 フルートたちが窓から塔の最上階に入ったのと、ロムド王が重臣たちと入り口から部屋に入ってきたのは、ほぼ同時でした。王に同行してきたのは、リーンズ宰相とワルラ将軍と占者のユギルです。

 銀の髪とひげのロムド王がピランに話しかけました。

「鍛冶屋の長殿、いったいどうされたのです? 怪我はありませんでしたか?」

 とたんにノームの老人も大声を上げました。

「やっぱりありえん! 何がどうしたって、矢がロムドまで届くなんてことは絶対に不可能だ!」

 いったいなんの話だろうと目を丸くした王たちに、フルートはまた言いました。

「あの矢はピランさんが大いしゆみで発射させたものらしいんです。でも、エスタ城からロムド城まで届くなんてありえない、とピランさん自身が言っていて――」

 とたんにロムド王は真顔になりました。自分の膝くらいまでしかないノームにかがみ込んで言います。

「今の話はまことですか、鍛冶屋の長殿。そんなに強力ないしゆみを発明されたのですか?」

 すると、ノームは小さな体で胸をいっぱいに張りました。

「おう、本当だとも! わしは弟子たちを総動員して、人間の鍛冶屋どももかき集めて、エスタ城の裏庭に巨大ないしゆみを作り上げたんだ! 威力も飛距離もこれまでで最高だぞ!」

 得意そうに答えるノームに、ロムド王はさらに真剣な顔になりました。

「エスタ城からこのロムド城まで矢を飛ばすことができる武器が完成したというのですか。それはとんでもないことだ。なんのためにそれほどの威力を持たせたのです?」

 すると、濃紺の鎧を身につけたワルラ将軍も言いました。

「エスタ城からこのロムド城までは、どんなに馬を急がせても一週間はかかる。それだけの距離を一瞬で飛び越える矢が実現したとなれば、戦争のあり方そのものが変わりますぞ。我々がこれまで培ってきた戦術は、すべて意味のないものになってしまうでしょう」

 その状況を想像しているのか、老将軍は非常に厳しい顔つきになっています。

 すると、ピランは小さな体でぴょんぴょん跳びはねてわめき出しました。

「だから、それはありえんと言っとるだろうが! どんなに空高く飛ばして上空の風に乗せたとしたって、こんなところまで矢が届くはずはないんだ! せいぜいカルティーナの西の丘あたりまで届けば上等だと思っていたんだからな!」

 ノームの老人はひどく腹を立てていました。ロムド王やワルラ将軍から自分の発明品を侮辱されたように感じたのです。

「それは誤解です、長殿。どうか気をお鎮めください」

 宰相が懸命になだめますが、なかなか機嫌を直そうとしません。

 

「ったくよぉ」

 騒ぎに面倒くさくなってきたゼンが、腕を伸ばしてピランの襟首をつかまえました。そのまま、ひょいと持ち上げたので、周囲の人々のほうが仰天します。

「こ、こら、何をする、ドワーフの坊主! 放さんか!」

 とノームの老人もわめきましたが、ゼンはピランをぶら下げたまま言いました。

「いいから、何がどうしたのか教えろよ、じっちゃん。あんなすげぇいしゆみは、これまでエスタにはなかったはずだよな? 確かに世界一強力ないしゆみだけどよ、いったいなんのために作ったんだ?」

 ゼンが「世界一強力ないしゆみ」と言ったので、鍛冶屋の長はたちまち機嫌を直しました。仔猫のように吊された格好のままでまた胸を張ります。

「そうともそうとも、あれは世界最強のいしゆみだぞ――! まあ、わしが乗った矢を撃ちだした拍子に壊れてしまったがな」

「壊れたの!?」

「どうしてピランさんが矢に乗ったりしたのさ?」

 とルルとメールが同時に聞き返しました。

 うん? とピランは二人を見比べ、まずルルの質問に答えました。

「大いしゆみはまだ未完成だったんだ。そこにもって、矢を最大射程距離で撃ち出したりしたから、耐えきれなくて壊れてしまったんだな。どうしようもなかった」

「ワン、でも本当にどうして? ピランさんは空の上で凍死しそうになってましたよ。どうしてそんな危険なことを?」

 とポチも尋ねます。

 すると、ずっと黙ってやりとりを聞いていたユギルが進み出ました。輝く長い銀髪に灰色の長衣を身につけた、ロムド城の一番占者です。色違いの瞳でノームの老人を見つめながら言います。

「ここにおいでになったときから、鍛冶屋の長殿の背後には巨大な影が見えております。エスタ城で何かとんでもないことが起きたのではございませんか? それで、長殿は危険を承知で未完成のいしゆみでやってきた。そうではございませんでしょうか?」

 浅黒い肌に端整な顔立ちの占者は、いつも丁寧すぎるくらい丁寧な話し方をします。

 ピランはうなずきりました。

「おう、そのとおりだ。とんでもないことがエスタ城で発生した。こともあろうに、国王が侵入者に誘拐されたんだ」

 ノームの鍛冶屋の長は、誰もが仰天するような事実を一同に告げました――。

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