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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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3.中庭

 一時間後、ロムド王の執務室で話し合いを終えた勇者の一行は、城の通路を歩いていました。

 かなりみっちりと話し合ったので、どの顔にも疲れが見られます。

 フルートが仲間たちに言いました。

「ユギルさんが敵の侵入ルートを占い始めた。セイロスがどちらから来るかはっきりするまでは、東西の両方に兵を配備しておくし、もしも西回りで責めてきたらザカラス国を通過するから、アイル王に伝声鳥で知らせてもらうように頼んだ。白さんは東のエスタテト峠に配置する魔法使いの選出を始めたし、アリアンも峠を見張ってくれている──。今できるだけのことはしたんじゃないかな。とりあえず、みんなひと休みしよう。夕食の後にまた集まることにして、それまでは自由時間だ」

 すると、ゼンが急に張り切り出しました。

「よし、台所に行こうぜ! なんか食いもんを分けてもらおう!」

「やだ、やけに静かだと思ったら、お腹がすいてたのね?」

 とルルがあきれます。

「当たり前だろうが。昼飯食ってから何時間たったと思うんだよ。会議の途中から腹の虫が大騒ぎしていて、静かにさせるのが大変だったんだぞ」

「もう。本当に食いしん坊なんだから」

「るせぇな。他に台所に行く奴はいねえのかよ?」

 けれども誰も動こうとしなかったので、ゼンはしかたなくひとりで台所へ向かいました。

「ったく。まずは食えだろうが……」

 ぶつぶつ言う声が階段の下に遠ざかっていきます。

 メールは天井に向かって大きな伸びをしました。

「あたいは温室に行こうかなぁ。寒くなって花がなくなっても、あそこはいつも花がいっぱいだからね」

 犬たちは耳をぴんと立てました。

「それなら私たちも行くわ。温室は散歩にちょうどいいもの」

「ワン、そういえば南大陸から運ばれた珍しい花が咲いたんだ、って園丁も言ってましたよね。フルートたちも行きますか?」

 けれども、フルートは首を振りました。

「君たちだけで行っていいよ。ぼくはもう少しいろんなことを考えたいんだ」

「ポポロは?」

 とルルに聞かれて、緑の瞳の少女もあわてて首を振りました。

「あ、あたしも残るわ……気にしないで行ってきて」

「相変わらずポポロとフルートは仲いいよねぇ。いつも一緒にいたがるんだからさ」

 とメールが冷やかしたので、二人は顔を赤らめます──。

 

 メールたちも立ち去って自分たちだけになると、フルートはポポロに言いました。

「ぼくたちも少し散歩しようか。中庭に行こう」

「え、でも、フルートは考え事をしたいって……」

 とポポロはとまどいましたが、フルートはかまわず彼女の手を取りました。ちょっと強引なぐらいに引っ張って、ロムド城にいくつかある中庭の一つに出ます。

 そこは無数の薔薇の間を遊歩道が通る庭園でした。薔薇をこよなく愛するメーレーン王女やメノア王妃が一番気に入っている場所ですが、もう十一月も末なので、薔薇の花はまったく咲いていませんでした。花の季節には、王妃や王女だけでなく、入城を許可された貴族たちまでが訪れて賑わうのですが、今は人影もほとんどありません。遠くに庭の手入れをする園丁の姿がぽつんと見えているだけです。

 霜枯れした庭はうら寂しい景色でしたが、フルートたちは気にせず歩き出しました。邪魔が入らなくて、むしろありがたかったのです。

 風が吹き抜けていったので、フルートはポポロに話しかけました。

「寒くない?」

「ううん。だって、これは星空の衣だもの」

 とポポロは笑顔になりました。彼女が着ているのは魔法の国の服なので、周囲の状況に合わせて変化してくれるのです。今は、先ほどまでの白い上着と赤いスカートの上に、薄手のマントが現れていました。

 二人はそのままゆっくりと歩き続けました。フルートはもうポポロの手を放していましたが、二人肩を並べて同じ歩調で歩いていきます。

 庭の中は静かでした。イシアード国ではセイロスが飛竜部隊を再編して襲撃の準備を進めているはずでしたが、そんな物騒な動きが信じられないくらい、城も空も穏やかに見えます。

 

 二人は庭の真ん中まで来ると、噴水のそばの東屋(あずまや)に入りました。訪れる人が少ないので、噴水は派手に吹き出す代わりに、四角い貯水槽に静かに水を溜めています。

 東屋のベンチに並んで座った二人は、しばらくは黙ったままでいました。フルートは空を見上げ、ポポロはそんなフルートを眺めます。以前は、沈黙になると互いに相手の気持ちが心配になって、なおさら何も言えなくなったり、無理に何かを話そうとしてぎこちなくなったりしていたのですが、今はもうそんなこともありません。時々気を回しすぎる場面はありますが、話したいときには話し、黙っていたいときには黙っていていい。そんな当たり前のことが安心してできる関係になっていたのです。

 やがて、フルートが口を開きました。

「さっき、上空を天空の国が横切っていったんだよ」

 ポポロはうなずきました。

「あたしもちょっと見たわ。このあたりを通るのは久しぶりかもしれないわね」

 彼女の故郷の天空の国は、巨大な岩盤の上に城と町を載せて、世界中の空を音もなく飛び回っています。そこに住む人々は全員が強力な魔法使いです。

 けれども、彼らが見上げる空は一面の青の中に白い雲を浮かべているだけでした。どこを探しても、魔法の国は見当たりません。

 フルートはまた言いました。

「今日はずいぶん暖かいけど、もうすぐ冬だ。このロムドにも雪が降り出すよ。セイロスは飛竜部隊を再編して準備を整えているけれど、今年中に襲撃がなかったら、たぶん来年の春まで攻撃はないんじゃないかと、ぼくは考えているんだ」

 他の仲間たちならば、「あら、どうして?」とか「なんでそんなことがわかるんだよ?」などと聞き返すところですが、ポポロは何も言いませんでした。ただフルートの話の続きを静かに待ちます。

 フルートはことばを選ぶようにしばらく黙ってから、おもむろにまた話し出しました。

「飛竜は寒さにあまり強くない、とユラサイにいたときに聞いたことがある。トカゲや蛇のように冬眠したりはしないけれど、寒さに逢うとうまく飛べなくなるらしい。セイロスはいつも素早い進軍や攻撃をしてくるけれど、雪が降り出すまでに準備が整わなければ、きっと飛竜が使えるようになる春まで待つんじゃないかと思うんだ。だから――」

 フルートはポポロを振り向きました。宝石のような緑の瞳を見つめながら言います。

「冬の休戦期間に入ったら天空の国に行こう。みんなで」

「天空の国に?」

 とポポロは驚いて聞き返しました。故郷に里帰りできるのは嬉しいのですが、目的がわからなかったのです。さすがに、どうして? と尋ねてしまいます。

「君のご両親に会いに行きたいんだよ」

 とフルートは答え、彼女がますます腑(ふ)に落ちない顔になったので、穏やかに続けました。

「ほら、天空の国から地上に戻るときに言われたじゃないか。時間ができたらまたいつでも来なさい、って。この先、戦闘が始まったらきっと激戦続きになって、いつになったら天空の国に行けるのかわからなくなるからね。行けるうちに行っておいたほうがいいと思うんだよ」

 

 けれども、それは真実を隠すための詭弁(きべん)でした。パルバンで過去の真実を知った後、フルートはポポロの父親から会いに来るように言われていたのです。

 二千年前、要の国の皇太子で金の石の勇者だったセイロスは、領主の娘のエリーテ姫と愛し合い、婚約までしていました。ところが、長引く戦闘の間に彼らの心は少しずつすれ違い、やがて決定的な誤解も重なって、二人は別れてしまったのです。

 その後、セイロスは願い石と闇の竜の誘惑に負けて、彼自身が闇の竜になってしまいました。彼はエリーテ姫をさらい、力の一部を無理やり分け与えて自分から離れられないようにすると、暴力と恐怖で世界中を支配しようとし始めました。多くの町や村が消滅させられ、数え切れないほどの人々が殺されたのです。

 それに心を痛めたエリーテ姫は、光の軍勢の元へ逃げると、自身を囮(おとり)にして闇大陸の荒野パルバンへセイロスを誘い出しました。死闘の末、セイロスは捕まって世界の最果てへ幽閉されましたが、エリーテ姫もセイロスの呪いによってパルバンの塔に囚われてしまいました。闇の竜の力を与えられてしまったために、死ぬことも朽ちることもできずに、実に二千年もの間――。

 その長い長い苦しみから彼女を救ったのは、ポポロの両親でした。彼らは竜の宝と呼ばれる存在を消すためにパルバンに行ったのですが、それがエリーテ姫だったことを知ると、彼女の魂を救済するために、自分たちの娘として生まれ変わらせたのです。エリーテ姫を守るために翼の怪物に変わってしまったハーピーも、彼らの嘆願で犬に変えられて一緒に迎えられました。エリーテ姫の生まれ変わりがポポロ、犬になったハーピーがルルです。彼女たち自身はまったく記憶していない、隠された真実でした。

「君に話して聞かせたいことがあるんだ、フルート。ポポロやルルやゼンたちを連れて会いに来てくれ。ぼくたちは家で待っているから」

 意識だけの世界の中で、ポポロの父親はそう言ってきました。いったい何を話したいのか、フルートには見当がつきません。けれども言われたからには行かなくちゃいけない、それも、できるだけ早く――そんな思いはずっとフルートの中にありました。ロムドがこんなに差し迫った状況でなければ、今すぐにでも空を飛んで天空の国に行きたいくらいでした。

 

 そんなこととは知らないポポロは、冬になってもセイロスが攻めてこなかったら天空の国を訪ねよう、と言われて、とても喜んでいました。両手を握り合わせて言います。

「うん、会いに行きたいわ、お母さんやお父さんに……! この前は空の途中まで行ったけど、ルルが元気になったから、引き返してきちゃったし……! すごく会いたい!」

 けれども、ポポロはすぐにそんな自分を恥じるように目を伏せました。

「おかしいでしょう、フルート? あたし、昔はあんなに、家に帰りたくない、お父さんに会いたくない、って言ってたのに……。でも、今は自分の家が大好きだし、お父さんにもすごく会いたいのよ」

 フルートはうなずきました。

「ポポロのお父さんはポポロをものすごく大切に思っていたんだ。だからこそ厳しく接していたこともあったけど、本当はいつだって君を心から愛していたんだもの。好きに思って当然だよ」

 ポポロの父親は天空王の親衛隊の中でも特に優秀な魔法使いだったのですが、強力すぎる魔力を持って生まれた娘のために、地位も名誉も捨てて養育と指導にあたったのです――。

 ポポロはまた嬉しそうな顔になりました。

「ありがとう……。ああ、冬になって天空の国に行けるといいなぁ。そしたら、またみんなに町の中を案内してあげるわね」

 彼女が立ち上がってくるりと一回転したので、マントやスカートの裾が大きく広がって揺れました。屈託のない笑顔にフルートも笑顔になります。真実は永遠に自分たちだけの秘密にしておこう、とフルートが改めて心に誓ったことを、ポポロは少しも知りません。

 

 そのときです。

 

 城中に突然大きな音が響き渡りました。

 それは角笛でした。中央の建物の屋上から響いてきたと思うと、たちまち数が増えて四方八方から聞こえ始めます。城の周囲にめぐらした城壁の上からも、角笛が吹き鳴らされているのです。

 フルートとポポロは驚いて東屋から飛び出しました。周囲を見回していると、庭の一角に見えていた塔が急に青い光に包まれていきます。

「あれは!?」

 と尋ねたフルートにポポロが答えました。

「あれは魔法の光よ! あそこは守りの塔だから、青さんが護具を発動させたんだわ!」

「それじゃセイロスがもう襲撃してきたのか!? 飛竜部隊と!? まさか!」

 フルートポポロは愕然として立ちすくんでしまいました──。

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