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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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2.地図

 キースが魔法で出した地図を、一同は眺めました。

「ロムドを中心とした近隣の地図か。だが、私が知っている地形とは少し違っているようだな」

 とオリバンが言うと、ルルも言いました。

「私が知ってる地図とも違うわよ。距離がおかしいし、山脈や川の形も間違ってるわ」

 キースは苦笑しました。

「そのあたりは大目に見てくれよ……。これは神の都ミコンに保管されている世界地図の一部なんだ。ぼくがミコンにいたときに見たものを再現しているのさ。ミコンの魔法使いたちが作ったものだから、オリバンが知っている地図よりは正確なんだが、ルルが見てきたのは天空の国の地図だろうから、さすがにそこまで正確というわけにはいかない。でも、位置関係や大まかな距離を知るには、これでも充分役に立つはずさ」

「イシアードってのはどこさ?」

 とメールが尋ねたので、キースは地図の中央付近を示しました。

「ここが今ぼくたちのいるロムド国の王都のディーラだ。ロムド国の東隣が同盟国のエスタ。イシアードはそのエスタの南東にある国だよ。ぼくは少しの間イシアード国にもいたことがあるんだ。山の中の小さな国さ」

 とキースは言い、考えるような口調になって続けました。

「イシアード国は大半が深い森林と岩山で平地が少ないから、ロムド国やエスタ国のように豊かじゃない。だから、腕に自信がある者は武芸を磨いて外国の傭兵になるんだ。イシアードで傭兵をやるより外国で傭兵をした方が金になるからね。そのため、イシアード国内には案外兵士が少ない。戦力的に劣っていたから、イシアード王もエスタ国に服従を誓って、ずっとおとなしくしていたんだけれど、どうやらセイロスにそそのかされて、世界の覇者を目ざし始めたみたいだな」

 オリバンはうなずきました。

「先日クアロー王がエスタに反旗をひるがえしたのと同じことだ。クアローも長らくエスタに服従していた国だが、ある日突然それを裏切って、エスタに攻め込んでいったからな。陰にはセイロスの息がかかったサータマン王がいたのだ」

 キースは肩をすくめました。

「セイロスの正体は闇の竜のデビルドラゴンだからね。サータマン王はもちろんのこと、クアロー王もイシアード王も、心に隠し持っていた野心をあおられたんだろうな」

「そうだ。セイロスは自分が要(かなめ)の国の皇太子であったことを利用して、このロムドを自分の国と言い張り、国を取り戻すためと言って我が国に攻め込んできている。今回もまた同じことを主張して攻撃してくるだろう。連中にとっては絶好の大義名分だ」

 それを聞いて、ゼンは舌打ちしました。

「二千年も前になくなった国を返せだなんて、言いがかりもいいところだよな。しかも要の国を滅ぼしたのはセイロス自身なのによ」

「え、本当?」

「ゼンったら、どうしてそんなことを知ってるのさ?」

 とポポロやメールが驚いて聞きとがめました。セイロスは闇の竜になったときに自分の国を住人ごとそっくり滅ぼしたのですが、それを知っているのは、パルバンで過去の真実を見た少年たちだけで、彼女たちには初耳のことだったのです。

 すると、フルートが落ち着き払って答えました。

「北の大地の占いおばばが前にそう教えてくれたじゃないか。覚えていないかい?」

「え、そうだったかしら?」

 とルルもメールやポポロと顔を見合わせました。フルートがとっさについた嘘なのですから、記憶にあるはずはないのですが、フルートは平然と嘘を押し通します。

「ワン、話に気をつけてくださいよ」

 少女たちの注意がそれた隙に、ポチがゼンにこっそり注意します……。

 

「問題は、飛竜部隊がディーラに到達する前に、どうやってそれを防ぐかだ」

 とオリバンが話を戻すと、キースが言いました。

「セシルがいたメイ国はサータマンの飛竜部隊としょっちゅう戦ってきたんだろう? 飛竜に対して何か良い戦法は編み出していなかったのかい?」

 すると、セシルは溜息をつきました。

「飛竜の能力があの頃とは違っている。当時の飛竜は一度にせいぜい四、五キロしか飛ぶことができなかったから、サータマン軍は必ず馬車で飛竜を戦場の近くまで運んで、そこから出撃していた。だから、私たちは馬車部隊をたたいて飛竜部隊を防いだんだ。だが、セイロスの飛竜部隊はそれよりはるかに長い距離を飛んでいたし、馬車部隊も同行していなかった。こうなると飛竜部隊を事前に防ぐ方法がない」

 ところが、アリアンが言いました。

「セイロスの飛竜部隊も、イシアード国からずっと飛び続けてきたわけじゃないわよ。途中で何度も地上に降りて休んでいたわ」

「飛行距離はどのくらいだった?」

 とフルートが尋ねました。

「サータマンの飛竜の十倍くらいね――。それ以上は飛べなくて、地上に降りて餌をとっていたのよ」

 とアリアンが答えると、オリバンも言いました。

「連中は行く先々で家畜を襲っていたらしい。牛や羊、豚などが飛竜に食い荒らされた。だが、父上はそれを見越して、ディーラの周辺から家畜を隠したのだ。おかげで飛竜は飢えて乗り手の言うことを聞かなくなった」

「牛や羊や豚?」

 とポチは意外そうな顔をしました。

「ワン、不思議ですね。飛竜って元々は魚を食べる竜なんですよ。鳥なんかも食べるけど、牛や豚のような大きな動物は苦手なはずなんです」

「そういや、竜仙境の飛竜は湖で魚を捕ってたよな。長い首でよ」

 とゼンも言います。

 フルートは考え込みました。

「つまり、セイロスの飛竜は本来の飛竜より凶暴になっているということなのか。他にも変わったところはあるのかな?」

「飛行高度が以前より低くなっているようだ」

 とオリバンは答え、エスタとテトの国境の峠でセイロスの飛竜部隊を迎え討ったときの様子を話して聞かせました。飛竜は山の上を飛び越えることができなくて、山と山の間の峠に侵入して、そこに砦を築いていたオリバンたちの部隊と激突したのです。

 すると、今度はルルが首をかしげました。

「高く飛べないと言っても、上昇気流に乗れば高くまで飛べるんじゃないの? 鳥の中には、上昇気流を使って、びっくりするくらい高い場所を飛ぶものがいるのよ」

「いや、テトとエスタの国境の峠には、常に麓から風が吹き上げていたが、それでも飛竜は峠を越えるのがやっとだった。それに、動きもサータマンの飛竜に比べて鈍重に感じられたんだ」

 とセシルが言ったので、フルートは深く考えるときの癖で、曲げた人差し指を口元に当てました。

「たぶん、長く飛べるように筋肉が発達した分、体が重くなったんだな。翼が体重を充分支えられないのかもしれない……」

「ワン、空気の薄さも関係あるかもしれないですね。高い場所は空気が薄いから、激しい運動をすると息が続かなくなりますよ」

 とポチも言います。

 フルートは壁の地図を見ました。

「セイロスの飛竜があまり高く飛べないんだとしたら、進路が限られてくる。進軍ルートの見当もつくかもしれないな」

「奴はどこから来るのだ!?」

 とオリバンたちが身を乗り出します。

 

 フルートは地図を見つめながら話し続けました。

「飛竜に越えられない方向を、消去法で消してみよう──。まず、イシアードからロムドへ向かう直線ルートには山脈がいくつもある。特に、ロムドの南側のミコン山脈は高くて険しいから、セイロスの飛竜が山越えするのは難しい。一方、ロムドの北側にも北の山脈があるけれど、こっちは山と山の間に低い峠があるから、もしかすると飛竜にも越えられるかもしれない。ただ、その先に黒森と呼ばれる大森林があるから、飛竜部隊が越えてくるのはやっぱり大変だ」

「何故だい? 険しい山は飛び越えられなくても、森の木くらいは簡単に越えられるはずだろう?」

 とキースが不思議がると、フルートは首を振りました。

「こっちは餌の問題だよ。飛竜は森の中を飛べないから、森の中で獲物を獲ることができないんだ。だからといって、飛竜に餌を積めばますます重くなって、今度は飛行距離まで落ちてくる。だから、飛竜部隊は家畜がいる農村地帯を飛んで、行く先々で餌を手に入れるしかないんだよ」

 フルートの説明に、なるほど、と一同は納得しました。

「南と北が難しいっていうんなら、残りは東と西だな。どっちだ?」

 とゼンに聞かれて、フルートはいっそう考える顔になりました。

「両方の可能性を考えなくちゃいけないだろうな──。東はイシアードから近いし、前回もそのルートからやって来ている。一方西は正反対で距離も遠いけれど、ロムドの西部には荒野が広がっていて牧場もたくさんあるから、飛竜で進むのには好都合だ。ただ、ぼくとしては東ルートの可能性のほうが高いと思ってる」

「何故だ?」

 と今度はオリバンが尋ねます。

「セイロスは素早く進軍して、敵が防御を固めきれないところを徹底的にたたく戦法が得意だ。西回りのルートだと時間がかかりすぎて、その強みを生かし切れないんだよ」

 フルートの答えに、うむ、とオリバンはうなりました。

「確かに、西部から接近すれば、早くから見つかってディーラに報告が来る。セイロスにとっては都合が悪い話だ。そういうことであれば、またこの峠が奴らの進軍ルートに当たる可能性が高いな」

 とエスタのテトの国境にある山脈の一カ所を示します。先ほど言っていた激戦の場所です。

「この峠の名前は?」

 とフルートは尋ねました。

「エスタテト峠だ。両国にちなんでそう呼ばれている」

 よし、とフルートは部屋の出口へ歩き出しました。

「陛下にお願いして、エスタテト峠に魔法軍団の魔法使いを配備してもらおう。峠に砦を築いている暇はないから、セイロスの飛竜部隊が通過しようとしたら、いち早く知らせてもらうんだ。奴が最終的に目指してくるのはここディーラだ。奴がここに到達する前に迎撃準備を整えよう」

 すると、アリアンも言いました。

「私は部屋に戻って峠の透視を始めるわ。峠に魔法軍団が配備されるまで、私が見張っているから」

「じゃあ、ぼくも部屋に戻ろう。何か決まったら教えてくれよ」

 とキースも言います。

「それはもちろん」

 とフルートは答えて、オリバンやセシルと部屋を出て行きました。ゼンとメールがそれを追いかけ、キースとアリアンは自分たちの部屋へ戻っていきます。

 

 後に残されたポポロは、まだ壁を見ていました。キースが立ち去ってしまったので、タペストリーは元に戻っていましたが、まるでそこにまだ地図が映し出されているかのように、じっと見つめています。

 一緒に残っていた犬たちが尋ねました。

「何をそんなに一生懸命見ているのよ、ポポロ?」

「ワン、何か気になることでもあるんですか?」

 すると、ポポロが呪文を唱えました。

「ローデズチターマ」

 とたんにタペストリーがまた地図になりました。しかも、今度は山や川、森林や荒れ地といった地上の様子までが、実物を縮めて貼り付けでもしたようにくっきりと映し出されています。

 あら、とルルは言いました。

「天空の国で使ってる地図じゃない。どうしたのよ?」

「ねえ、フルートたちが考えた飛竜部隊の進軍ルートって、これよね」

 とポポロが指でなぞると、地図の上に光の道が現れました。イシアード城がある場所から険しい山脈を迂回して一度南下し、再び北上して山を越える道です。山を越える場所にエスタテト峠がありました。

「ワン、そうですね。山脈や大きな森を回避しようとすると、この道を通るしかないですよね。で、ミコン山脈の麓の北側を西へ進むんだけど、この先にはあの闇の森があるから、森に沿って北上してからロムド国に入るようになるんだ」

 とポチは言いました。道と言っても、兵士や馬車が進軍する地上の道ではなく、飛竜が飛んでいく空の道です。闇の森は、風の犬の戦いの時にフルートたちが歩いて抜けた場所でした。

 ポポロは視線を地図の上のほうへ向けました。

「北は? これは南回りのルートだけれど、セイロスがもっと北のほうから攻めてくるようなことはないのかしら?」

「ワン、エスタ国に北から侵入するルートですか? 可能性がないわけじゃないけれど、どうかなぁ」

「それってエスタ国をまともに横切るわよ。絶対に途中でエスタ軍と激戦になるじゃない。いくらセイロスでもそれは避けるわよ」

 と犬たちは言いましたが、ポポロは気がかりそうに地図を見つめ続けていました。やがて、魔法が時間切れになって、地図はタペストリーに戻ってしまいます。

 

 すると、ポポロは我に返った顔になりました。

「フルートたちが呼んでるわ。一緒に来ないのかって」

「ほら、みんな待ってるのよ。行きましょう」

 とルルに促されてポポロも部屋を後にしました。

 ポチも追いかけていこうとしましたが、ふと立ち止まって振り向きました。もう地図を映していないタペストリーを見てつぶやきます。

「ワン、まさか……ね」

 セイロスがあえて攻めにくいルートからやってくる可能性はゼロではありませんが、それにしても困難が多すぎるように思えたのです。

 廊下からはルルが呼んでいました。

「どうしたのよ、ポチ! あなたも早く来なさいよ!」

「ワン、今行くよ!」

 とポチは答えると、走って部屋を出ていきました――。

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