「レオンの声が聞こえたわ! 返事をしたわよ!」
とペルラは声をあげました。
ここは西の大海の真ん中、闇大陸への入り口がある場所です。
少年たちが闇大陸へ渡って戻れなくなったらしいと知った少女たちは、懸命に彼らを呼んでいました。ポポロはフルートを、メールはゼンを、ルルはポチを、そしてペルラはレオンの名前を。何度呼んでも返事はありませんでしたが、それでも諦めずに呼び続けていると、突然ペルラの耳にレオンの声が聞こえたのです。
他の少女たちはペルラを囲みました。
「なに、レオンが返事したのかい!?」
「私たちには聞こえなかったわよ!」
「話はできる!?」
そこでペルラは改めて呼びかけてみました。
「レオン、あたしの声が聞こえる!? あなたは今どこにいるの!? みんな一緒なの!?」
少しの間、沈黙が生まれました。他の少女たちは息を詰めて見守ります。
すると、ペルラの顔がぱっと明るくなりました。うん、うん、と何度も相づちを打ってから、仲間たちに話します。
「フルートもゼンもポチもビーラーも一緒ですって。みんな無事だけれど、闇大陸とは別の空間に閉じ込められて、こっちに戻れなくなっているらしいわ」
「やっぱりそういうこと!? ほんとにみんなドジなんだから! 私たちを置いて勝手に行ったからよ!」
とルルはたちまち怒り出しました。
メールがポポロに尋ねます。
「どうしたらいいんだろうね? フルートたちをこっちに呼び戻す方法ってないの?」
「待って。どうしてペルラだけがレオンと話せるのか調べてみるから」
とポポロは言って、ルルに乗ったままペルラの周囲を回りました。ペルラの左横でぴたりと停まると、耳に下がっている青いピアスを示します。
「それだわ。それが遠い場所と呼び合ってるのよ」
「え、これ?」
とペルラがあわててピアスを外そうとしたので、ポポロは止めました。
「そのまま身につけていて。通じなくなると大変だから」
「もう一方のピアスがないよね? そっちをレオンが持ってるわけ?」
とメールが尋ねたので、ペルラはとまどいながらうなずきました。
「ええ、そうよ……お守りに彼に持たせたの」
言いながら彼女はつい顔を赤らめました。ふぅん、と他の少女たちはそれを見つめます。
すると、ペルラは急にまた耳を澄ます様子になりました。うん、うん、とうなずいてから、答えるように言います。
「みんなそばにいるわよ。メールもポポロもルルも。それで?」
また沈黙になりました。ピアスがつないだ向こうでレオンが話しているのです。
やがて、ペルラは仲間の少女たちに言いました。
「レオンがここに新しい出口を作るって言ってるわ。だから、あたしとポポロに力を貸してほしいんですって」
「ペルラにも?」
とシードッグのシィが心配そうに聞き返しましたが、ペルラは青い髪を背中へ振り払って胸を張りました。
「そうよ。ここは海の上だもの。あたしの海の魔力だって役に立つわ」
「レオンはピアスを通じてここに出口を開くつもりなのね……きっと、かなりの魔力が必要になるわ」
とポポロは言って両手を組み合わせました。気持ちを集中させるために目を閉じます。
「レオン、あたしたちのほうはいつでもいいわよ! 戻っていらっしゃい!」
とペルラは遠い遠い場所の少年へ呼びかけました――。
「よし、ペルラが承知した! ポポロもそばにいるらしい! 彼女たちの力を借りて、向こうへ出口を開くぞ!」
とレオンは言いました。
こちらはパルバンと重なり合った別空間の中です。レオンを見守っていた少年たちが歓声を上げます。
「彼女たちが戻る場所の目印になってくれるんだな? 良かった!」
とフルートが安堵すると、ビーラーもレオンの手のピアスを見て言いました。
「それはあのときにペルラがくれたものか。本当にお守りだったんだな」
けれども、レオンは真剣な表情でした。
「安心するのはまだ早い。ぼくは今、この空間から力を引き出すことができないから、自分自身の魔力だけしか使えない。その状態でこっちとあっちをつながなくちゃいけないんだから、失敗したら、多分やり直す力は残らないんだ」
「ワン、そういえば、こっちとあっちでは時間の進み方も違うんですよね? きっと今は二つの場所の時間がほとんど合ってるんだけど、失敗したら時間はどんどんずれていくんだろうから、そういう意味でもやり直せるかどうかわからないですよね」
とポチも心配しますが、ゼンは肩をすくめました。
「なに不安がってるんだよ。やり直しが利かねえなら、一発で決めりゃいいだけだろうが」
「簡単に言うな! 空間をつないで出口を開くのは、ものすごく高度な魔法なんだぞ!」
とレオンが腹をたてると、ゼンはその背中をたたきました。
「おまえらならできるって言ってんだよ! 失敗するなんて考えるな。んなこと考えるから失敗するんだからな!」
「それはぼくも同感だな。君たちにならきっとできるはずだ。失敗したときのことなんか考えないで、思いきりやってくれ」
とフルートも言います。レオンたちを絶対的に信頼する声です。
「君たちときたら、本当にもう……」
レオンは顔を赤らめながらぶつぶつ言うと、おもむろに右手を広げ、手の上のピアスに呼びかけました。
「行くぞ、ペルラ! ぼくの魔法に君とポポロの魔法を同調させてくれ!」
応える声はフルートたちには聞こえませんでしたが、レオンは大きくうなずきました。ピアスをぐっと握りしめると、その手を空に突き上げて低くつぶやき、続いて声高く唱え始めます。
「ケラーヒテツクツオチグデーナターラアニメ-タノラレワータレラメコジトヨ……」
いつになく長く複雑な呪文が、閉じられた空間に響きます。
ところが、それをさえぎるように、甲高い声が響き渡りました。
「ちょぉっとぉ! ボクをここに残してキミたちだけ脱出しようだなんて、そぉんなこと絶対許さないんだからねぇ! ボクを連れていきなよぉ! さもないと――」
ランジュールの声です。ゼンは顔をしかめて振り向きました。
「るせぇな! てめえなんぞ魂が腐るまでここに閉じ込められて……」
そこまで言ってゼンは急に絶句しました。その反応にフルートやポチも思わず振り向き、こちらは、あっと声をあげて驚いてしまいます。
彼らのすぐ後ろにいるのは、幽霊のランジュールではありませんでした。
いえ、ランジュールの顔はそこにありました。ただ、その体は巨大な竜に変わり、二枚の翼を広げていたのです。長い首の先には竜の頭があり、何故かその両目は空洞になっていました。鼻先にはランジュールの顔がはめ込まれたようにのぞいています。
「飛竜――?」
とフルートが言うと、竜の鼻先でランジュールが、にぃっと笑いました。
「そぉそぉ。これはボクが育ててる飛竜の、めーないちゃんだよぉ。生まれつき目がなくて見えないから、ときどきボクがこぉして目の代わりになってあげるのさぁ。え、さっき手持ちの魔獣がなくなったって言ったはずだろぉって? もちろん嘘だよぉ。嘘も方便、ボクは勤勉。うふふふ、ボクってやっぱり天才だよねぇ」
誰も何も聞いていないのに、ランジュールはひとりでそんなことを話し続け、飛竜の長い首を蛇のように動かしてフルートたちに迫りました。
「わかるよねぇ? めーないちゃんは飛竜の中でもとびきり凶暴で強いんだよぉ。ボクをここから一緒に連れ出してくれるならよし。そぉでなかったら、キミたちみんなめーないちゃんのおやつにしちゃうからねぇ」
キェェェ!
飛竜が鋭い声で鳴きました。大きく開いた口には尖った歯がずらりと並んでいます。
レオンは右手を空に突き上げたまま、青ざめた顔で飛竜を見ていました。呪文はまだ完成していません。ここで邪魔されてしまったら、もう一度かけ直しすることができないかもしれないのです。
ビーラーもポチもゼンさえも、どうしたらいいのかわからなくて飛竜を見つめます。
すると、フルートが剣の柄を握りました。
「おまえを元の世界に戻すわけにはいかない。そんなことをしたら、おまえは必ずポポロの秘密をセイロスに知らせるからな」
鋭い鞘ずれの音と共に、フルートは背中の剣を引き抜きました。切りつけたものを焼き尽くす炎の剣です。
「レオン、魔法を続けろ! 元の世界に戻るんだ!」
フルートはそう言い残すと、ランジュールの顔をはめ込んだ飛竜に向かって駆け出しました――。