「なぁになぁに、キミたちったらいったい何やってるのぉ!?」
空から様子を見ていた幽霊のランジュールが声を上げました。
彼の眼下では緑の毛虫のモジャーレンが、頭の触角をフルートに、尻尾の触角をレオンに切られて、怒って二人を追いかけていました。正反対の方向へ進んでいるわけですが、モジャーレンの体は長く延びるので、互いの動きを妨げるようなことにはなりません。
長く延びた胴体の横では、戦人形に肩車されたゼンが弓を構えていました。矢を引き絞り、何かに狙いをつけようとしています。
「……?」
彼らが何をしようとしているのか理解できなくて、ランジュールは首をかしげました。モジャーレンは攻撃に腹を立てて、全身に針のような毛を逆立てています。ゼンがモジャーレンの隙を突いて矢を放ったとしても、重なり合った毛に弾かれるだけなのです。
すると、ゼンが突然叫びました。
「よぉし、やっぱりだ! これを待ってた!」
矢が狙いをつけた先には、モジャーレンの横腹がありました。緑の太い毛が様々な方向に突き出ているのですが、そんな中に、毛が生えていない場所が何カ所かありました。直径数十センチの円が胴に沿って並んでいます。ゼンはそのひとつを狙って矢を放ちました。
ばしゅっ!
鋭い音と共に矢が円に飛び、弾かれることなく突き刺さります――。
モジャーレンは突進をやめ、つんざくような悲鳴を上げました。太い体を持ち上げよじって、地面をごろごろ転がり始めます。
怪物の体がゼンに迫ると、ゼンを担いだ戦人形は素早くその場を離れました。のたうつ怪物を安全な場所から眺めます。
そこへフルートやレオンが空から下りてきました。
「あそこがモジャーレンの急所だったのか。でも、どうしてわかったんだ?」
とレオンに聞かれて、ゼンはまた、にやりとしました。
「奴は馬鹿でかいが、体が虫にそっくりだったからな。気門を狙ったんだ」
「気門?」
と今度はビーラーが聞き返します。
「気門ってのは、要するに虫の鼻の穴だ。虫は体の横に鼻の穴がいくつも開いてんだよ――。俺たち猟師は普段は虫なんか狩らねえが、オオワジって呼ばれるでかい毒虫に出くわして襲われたときには、横っ腹の気門を狙って矢を撃てと言われているんだ。オオワジは全身硬い殻でおおわれてるんだが、気門のところだけは矢が刺さるからな」
「ワン、それでぼくたちに頭と尻尾を同時に攻撃させて、モジャーレンの体を引き延ばしたんですね。気門を見つけるために」
とポチは感心しました。狩りに関することは、やっぱりゼンの独壇場です。
一方ランジュールはもだえ苦しむモジャーレンの周りを飛び回っていました。気門に突き刺さった矢を抜こうとしますが、幽霊の手ではどうすることもできないので、空に向かって叫びます。
「ロクちゃぁん! 早く来てコレを抜いてよぉ!」
ロック鳥は翼に刺さったゼンの矢をようやく振り払ったところでした。キィーッと鳴くと、モジャーレンのほうへ飛び始めます。
それを見たフルートが言いました。
「レオン、あの矢を通じて魔法をモジャーレンに送り込むんだ!」
え? とレオンは驚いたようにフルートを見つめ返し、すぐに言われた意味を理解して、あきれた顔になりました。
「本当に、君はどうしてそういうことをすぐに思いつくんだ? 君は魔法使いでもなんでもないっていうのに」
ランジュールもそのやりとりに気づいてまた叫びました。
「まずい、勇者くんたちがまた何か仕掛けてくるよぉ! ロクちゃん、大急ぎぃ!」
けれども、ロック鳥が飛んでくるより早く、レオンは呪文を唱え始めました。
「ローデローデリナミカローデ……テウオキテラカヤ!」
すると、空に湧き起こった黒雲から稲妻が飛び出し、モジャーレンに刺さった矢に命中しました。魔法攻撃を受け流してしまうモジャーレンですが、気門に刺さった矢から送り込まれた電撃は、防ぐことができませんでした。全身の毛を針のように逆立てると、みるみるふくらんでいって、ばん、と音を立てて弾けてしまいます――。
すると、あたり一面から何かが蒸発するような音がして、黄色い煙がたちこめました。飛び散ったモジャーレンの体液が地面に落ちたとたん、その場所が焼け焦げたように煙を上げ始めたのです。
体液の雨は助けに来ていたロック鳥にも降りかかりました。ロック鳥はすさまじい声をあげると、空をめちゃくちゃに飛び回り、やがて地面に落ちました。その体からも黄色い煙が立ち上り、やがて鳥の体そのものが溶けて蒸発してしまいます。毒虫のモジャーレンは体液もとんでもない猛毒だったのです。
一方、フルートたちは金の石が放った光に包まれて無事でいました。ロック鳥だけでなく、破裂したモジャーレンの体までが溶けて蒸発していくのを見て、思わず冷や汗をかきます。
「ワン、まともに毒を食らわなくて良かったですね。きっと溶かされてましたよ」
とポチが言うと、ビーラーが伸び上がって言いました。
「でも、少しだけ残っているぞ。ほら」
確かに地面には体液で溶けきれなかったモジャーレンの体が残されていました。緑の毛皮の切れ端のようです。
ゼンはうなずきました。
「パルバンの番人はこいつを使って毛皮の服を作るんだな」
「あんな巨大な奴を倒して、たったこれだけしか毛皮が手に入らないなんて、ずいぶん効率の悪い話だ」
とレオンは頭を振ります。
一方モジャーレンとロック鳥を同時に失ったランジュールは、ひどく腹を立てて空の中を飛び回っていました。
「ああもぉ! ああもぉ! ホントにもぉ! どぉしてキミたちはボクのかわいいペットたちを次々倒しちゃうわけぇ!? モーちゃんなんて、今までで二番目くらいに強い魔獣だと思ってたのにさぁ! あ、一番強かったのは、もちろんフノラスドのフーちゃんだけどね。しかもロクちゃんまで消滅させちゃってぇ! おかげでボクの手持ちの魔獣がなくなっちゃったじゃないかぁ!」
フルートはそんなランジュールを無視して地上に降りると、同じように降りてきた仲間たちに言いました。
「ここから脱出して元の世界に戻る方法を考えよう。時間がたてばたつほどあっちの世界では危険が増していく。セイロスがまたロムドや世界の国々を襲撃するかもしれないんだからな」
「ワン、でも、ランジュールを放っておいていいんですか? あいつをこのままにしたら、きっとセイロスにポポロのことを知らせますよ」
と犬に戻ったポチが心配すると、フルートは答えました。
「大丈夫だ。レオンが魔法をかけたからな。奴はもうこの空間から外に出られない」
ランジュールは飛び上がりました。
「え、なに!? どぉいぅことぉ!? ボクがここから出られないなんて、そんな馬鹿なコト――」
幽霊は姿を消そうと何度も挑戦しましたが、そのたびに何かに弾かれたように戻ってきました。消えていくことができません。
少年たちは納得してうなずきました。
「じゃあ、あいつのことはもう無視しといていいんだな」
「ワン、あとはぼくたちが戻る方法を考えるだけなんですね」
「何かいい方法はないのか、レオン?」
「そうは言われても、ここは閉じられた空間だからな。闇大陸のすぐそばにあっても別空間だから、闇大陸の出口はくぐれないし、肝心の元の世界がある場所がつかめないから、新たな出口を開くこともできないんだ」
「元の場所がつかめれば出口が作れるのか」
とフルートは言って考え込みました。ランジュールが乱入してくる前の状況に戻ったのです。
「ちょぉっとぉ! ボクをここに閉じ込めておくつもりぃ!? そんなのって、あんまりじゃないかぁ! 魔法を解きなよぉ――!」
ランジュールは空を飛び跳ねながらわめき続けましたが、少年たちは完全に無視しました。真剣な顔で考えるフルートを見守ります。
そんな彼らの間から戦人形はまた姿を消していました。ゼンを肩からおろした後、見えなくなったのですが、相変わらずそばにはいるはずでした。
息の詰まるような時間が過ぎていきます。
すると、レオンの耳に何かが聞こえてきました。かすかな音ですが、ずっとやむことなく続いています。
その音が自分を呼んでいるような気がして、レオンは周囲を見ましたが、それらしいものは見当たりませんでした。ただランジュールがわめき続けているだけです。
レオンはいっそう耳を澄まし、それが自分の上着のポケットから聞こえてくることに気づきました。あわてて手を突っ込むと、青い石がついたピアスが出てきます。同時に音がはっきりしました。少女の声が呼んでいます。
「レオン! レオンったら、どこにいるの!? あたしたちを待たせるなんて失礼だって言っているのよ! 早く帰ってきなさいよ!」
「ペルラ!?」
レオンは思わずピアスへ叫びました――。