モジャーレンの頭と尻尾に同時に攻撃しろ! とゼンに言われて、フルートとレオンは即座に動き出しました。風の犬になったポチやビーラーと一緒に、巨大な毛虫の両端へ飛んでいきます。
モジャーレンは頭だった場所だけでなく、尻尾にも三本の触手を出していました。触手の先にはカタツムリのような目があります。触手というより触角です。
「あの目を狙うぞ!」
とフルートはポチに言いました。手に握り直したのは、炎の剣ではなく銀のロングソードです。
一方、尻尾のほうではビーラーがレオンに尋ねていました。
「攻撃すると言っても、どうするつもりだ? あいつは魔法を全部受け流してしまうんだろう?」
「そうだな。魔法は効かないし、火も効果がないようだ。そうなると残るは地面か水だな」
「地面か水?」
ビーラーが目を丸くすると、レオンは地上を指さしました。
「そうだ。モジャーレンのすぐ横の地面に急降下しろ!」
ところが、そんな少年たちの動きをランジュールが見ていました。きんきん声を張り上げます。
「モーちゃん、勇者くんが目を狙ってるよ! 気をつけてぇ! 尻尾の近くには眼鏡くんが仕掛けようとしてるから、近づいたら潰しちゃえ!」
「ったく。ノーマークになったとたん、うるさくなりやがって」
とゼンはぶつぶつ言いながら弓矢を構えました。その下には白い戦人形がいて、ゼンを肩車しています。
フルートがモジャーレンの目を切り落とそうとすると、モジャーレンは触角ごとたちまち目を引っ込めてしまいました。レオンのほうは地面に急降下したものの、モジャーレンが尻尾を移動させてきたので、逆立った毛に突き刺されそうになって、あわてて空へ引き返しました。どちらも攻撃がうまくいきません。
「ワン、素早いですよ。近づく前に目を引っ込めてしまいます」
とポチが言うと、フルートは一瞬考え、すぐに答えました。
「よし、あれを使おう」
と行く手の地面に転がっていたものを指さします。
一方、ビーラーもレオンに話しかけていました。
「どうする? 地面に下りようとすると襲ってくるぞ。こっちより、あっちのほうが素早いんだ」
すると、レオンも考えて答えました。
「奴の下に大きな穴を作って落としてやろうかと思ったんだが、無理ならしかたない。水で行こう」
レオンの声をランジュールが聞きつけました。
「眼鏡くんったらどぉするつもりかなぁ? このあたりには川も沼もないよぉ?」
と怪訝そうに首をひねりますが、近づけばレオンの魔法攻撃を食らうので、安全な距離を保ちながら見守ります。
フルートが示したのは、先にゼンが作って矢で撃ったパンのライオンでした。矢に結ばれたまま地面に転がっていたものを拾い上げて引き返し、モジャーレンの頭のすぐ前にぶら下げます。周囲にぐるりと白い矢を突き刺したパンの塊です。二つの大きなリンゴが、目玉のようにモジャーレンと向き合います。
とたんにモジャーレンは三本の触角をそちらに向けました。奇妙な物体に興味を引かれたのです。
フルートはポチに言いました。
「そのまま後退だ! モジャーレンを引き寄せるぞ!」
そこでポチはフルートを乗せたまま、後ろ向きに飛び始めました。モジャーレンは身を乗り出し、ライオンの顔を追いかけるように体を伸ばし始めました――。
一方、レオンは力を集中させてから、空へ手を向けて呪文を唱えました。
「ローデーローデーヨーズミノンテー……」
雷の呪文に似ていますが、少し違っています。ビーラーが首をねじってレオンを見上げます。
呪文が完成すると、たちまち上空に黒雲が湧き上がり、猛烈な雨が降り出しました。どざぁぁっと音を立ててたたきつけてきます。
けれども、雨はレオンやビーラーがいる場所には降りかかりませんでした。ごくごく小さな雨雲で、モジャーレンの尾の先端だけに集中して降ってきたのです。
激しい雨を浴びてモジャーレンの体がまたふくれあがりました。先ほどは毛を針のように逆立てたのですが、今度は綿の塊のような毛がふくれあがって尻尾をくるみます。
へぇ、とレオンは眼鏡を押し上げました。
「モジャーレンは水に遭うとあんなふうに下毛をふくらませるのか。おそらく下毛は水を弾いて浮かぶことができるんだな。だから、五さんたちはあの毛皮を着て、渡れずの湖で溺れないようにしていたんだ」
「それはいいんだが、これからどうするつもりだ? 尻尾に雨をかけたって、奴は全然平気そうだぞ」
とビーラーは聞き返しました。もこもこの毛が雨を弾くので、モジャーレンは土砂降りに遭っても平然としています。
「いや、完全に平気ってわけじゃない。触覚を見てみろ」
「触覚?」
ビーラーが改めてよく見ると、尻尾の上にでていた触覚は雨に打たれて伸びたり縮んだりを繰り返していました。毛の外側に突き出ているので、雨を防げないのです。濡れても支障はないようですが、まるでカタツムリのように、雨が当たるたびに反射的に触覚を縮めています。
レオンは身を伏せると、ビーラーの耳元でささやきました。
「これからぼくは雨を止める。そしたら、ためらわずにあそこに突進するんだ」
「触覚へ?」
「そうだ」
答えたレオンの手に光が集まり、一本の細い剣に変わっていきました。意外なものが現れたので、ビーラーはまた目を丸くします――。
モジャーレンの頭はフルートがかざすパンの塊を追いかけ続けていました。
もちろん、それがライオンの頭を模したものだとはわからないのでしょうが、これまで一度も見たことがなかった奇妙なものに興味を引かれて、体を伸ばし続けています。
と、モジャーレンが声をあげました。シ! と鋭い音が響きます。
ポチがそれを聞き取って言いました。
「モジャーレンが食べものだと気がつきましたよ。餌の匂いだ、って言ってます」
「よし、なお好都合だ。投げるぞ! ポチ、押してくれ!」
とフルートは言ってライオンの頭を行く手へ放り投げました。すかさずポチが風の尻尾でそれを打って、さらに遠くへ飛ばします。
モジャーレンは体を思いきり伸ばしました。その頭の先に口が開き、短いくちばしがパンの塊を捕まえます。
そのとたん、フルートはポチと急降下しました。前へ伸びていたモジャーレンの触角へ剣を振り下ろします。
三本の触角の二本を切り落とされて、モジャーレンは悲鳴を上げました――。
同じとき、レオンもモジャーレンの尻尾に降らせていた雨を止めていました。ビーラーへ言います。
「よし、行け!」
まだ雨しずくが若干降り残っていましたが、ビーラーは果敢に突撃していきました。うなりを上げてモジャーレンの触角へ向かいます。
レオンは手にしていた剣を振り下ろしました。フルートのような鋭い太刀筋にはなりませんが、なんとか触角を一本切り落とします。
モジャーレンの尻尾はふくらんでいた下毛をしぼめて、右へ左へ激しくのたうちました。それでもまだ二本触角が残っているので、怒ってレオンへ突進していきます。
一方モジャーレンの頭もフルートへ突進していました。ものすごい勢いなので、ビーラーもポチもただ逃げることしかできません。
頭と尻尾、両方へ突進していくので、モジャーレンの体が伸びていきました。蛇腹のようになった毛虫の体が広がって、驚くほど長くなっていきます。
すると、戦人形に肩車されたゼンが叫びました。
「よぉし、やっぱりだ! これを待ってた!」
ばしゅっ!
鋭い音をたてて、矢がモジャーレンへ飛んでいきました――。