フルートに急に指さされて、ランジュールは驚いた顔になりました。
「え、なぁに? ボクのことまで攻撃しようっていうのぉ? ボクは善良なただの幽霊だよぉ。争いごとなんかに巻き込まないでほしいなぁ」
相変わらずのランジュールに、ゼンはどなり返しました。
「どこをどう解釈したら、てめえが善良になるんだよ!? 腹黒い問題児のくせに! おい、レオン! あいつが余計なことを吹聴しねえように、思いきりぶっ飛ばしてやれ!」
「そうだな。確かにそれはぼくが適任だ」
とレオンは答えると、力を集中させてから呪文を唱えました。
「ロエラートオイレノキーテ!」
光が自分へ向かってきたので、ランジュールは飛び上がってかわしました。
「嫌だったらぁ! 魔法使いなんかに攻撃されたら、幽霊だって怪我をするんだからねぇ! こんな危ない場所に長居は無用。モーちゃん、ロクちゃん、後は頼んだよぉ――うわ!?」
姿を消していこうとしたランジュールは、何かに突き当たって跳ね返され、空中で尻餅をつきました。探るように両手を突き出してわめきます。
「空間移動できなぁい! どぉしてさぁ!?」
「もちろん、ぼくが魔法で移動を封じたからだ。ビーラー、行くぞ!」
「よし!」
風の犬のビーラーはレオンを乗せて舞い上がりました。まっすぐランジュールへ向かっていきます。
ランジュールは大慌てで空を飛び始めました。
「えぇ、まずい! 眼鏡くんったら魔法が得意なんじゃないかぁ! ずっと大した魔法を使ってなかったから、魔法が苦手なんだと思ってたのにぃ!」
「馬鹿言え、レオンは次の天空王になると言われているんだぞ! 魔力の強さは抜群なんだ!」
とビーラーは自分のことのように腹を立てて、逃げるランジュールを追いかけます。
「ロクちゃん! 助けてぇ!」
ランジュールがロック鳥を呼ぶと、ポチに乗ったフルートが飛んできて割って入りました。
「行かせない。おまえの相手はこのぼくだ!」
とロック鳥へ炎の弾を撃ち出し、かわして逃げた鳥の後を追い始めます。
ランジュールを追うレオンとビーラー、ロック鳥を追うフルートとポチ。二組の追跡者たちが空に縦横無尽の軌跡を描きます。
一方、地上に残ったゼンは背中から弓を下ろして弦を張り、矢筒から白い矢を抜き取りました。まだ矢はつがえずに、モジャーレンの観察を始めます。
「あいつは馬鹿でかいし、魔法も効かねえが、五さんたちは槍一本で仕留めていた。てぇことは、どこかに槍でとどめを刺せる急所があるってことだ。それはどこだ――?」
ゼンは槍は持っていませんが、百発百中の弓矢を持っていました。急所さえ正確にわかれば、矢でも充分に倒せそうな気がします。
モジャーレンは頭の上に突き出た三本の触手を振り回して、空を飛び回るレオンやフルートたちの動きを追いかけていました。そちらのほうが動きは派手なので、じっとしているゼンには注意が向かないようです。
ゼンはひとりごとを言い続けました。
「動きに反応する習性があるか。さっき突進してきたし、意外と運動能力は高そうだな。動きを封じないと攻撃できねえか」
ゼンが見つめていたのはモジャーレンの触手でした。頭からひときわ長く延びた三本の先端には黒い目玉があります。
「あいつを潰して見えねえようにするか?」
とゼンがつぶやいたとき、モジャーレンの真上をロック鳥が飛び過ぎていきました。後を追ってフルートとポチも飛んできて、モジャーレンの触手をかすめていきます。
すると、モジャーレンは目のある触手を素早くひっこめました。フルートたちが飛び過ぎると、また伸びてきて先端に目が現れます。まるでカタツムリの目のようです。
はん、とゼンはうなずきました。
「急いで引っ込めるからには、やっぱり目は急所か。ルルがいれば風の刃でちょんぎってもらうんだが――」
レオンたちはランジュールを、フルートたちはロック鳥を追いかけていました。そちらに応援は頼めません。
ゼンは少し考えてから、腰の荷袋を空けました。中から大きなパンの塊を取り出します。
「カザインにもらっておいた非常食だが、しょうがねえな」
とひとりごとを言いながら背中の矢筒から次々に矢を抜き、パンに突き刺し始めます。矢筒は魔法の道具なので、いくら引き抜いても矢が尽きることはありません。じきにパンの塊は周囲をぐるりと矢羽根で取り囲まれました。元が丸い形なので、まるでたてがみに囲まれたライオンの頭のようになります。
「野生の動物は目玉に反応する奴が多いから、目も入れねえとな」
とゼンは今度は荷袋から二つの赤いリンゴを取り出しました。これもカザインたちからもらったものです。それをパンの上に押し込むと、赤い大きな目玉のライオンの顔が出来上がりました。
「こんなもん、これまで見たことがねえだろう? 驚けよ、モジャーレン」
とゼンは言いながら、ライオンの顔に細い紐をくくりつけ、それを新しい矢に結びつけました。立ち上がり、矢を弓につがえて、きりりと引き絞ります。
ばしゅっ。
音を立てて矢が飛び始めました。ライオンの顔をぶら下げたまま、モジャーレンの頭上を飛び越えていきます。
すると、モジャーレンの三本の触手がいっせいにそちらを見ました。矢の後ろの奇妙な物体に気を惹かれたのです。長い体を伸ばして身を乗り出します。
その間にゼンはモジャーレンの後ろへ走りました。
「どこが急所かわからねえから当てずっぽうだ」
と矢をモジャーレンの横腹へ放ちます。
とたんに上空からランジュールが叫びました。
「モーちゃん、防御ぉ!」
たちまちモジャーレンは全身の毛を逆立てました。一回り大きくなった体に矢が弾かれます。
ちっ、とゼンは舌打ちしましたが、最初から期待していなかったので、外れても悔しそうな顔はしませんでした。
「モジャーレンの毛はいろんな方向に生えてやがるな。だから、毛を逆立てると毛が体を守る鎧になるんだ。やっかいだな」
と冷静に分析していると、今度はフルートたちが叫びました。
「ゼン、後ろだ!」
「ワン、攻撃が来ますよ!」
モジャーレンが長い体の尾の部分をゼンに向けて動かしていたのです。
と、その尾の先にも三本の触手が伸びてきました。先端に黒い目玉が現れます。
ゼンは、ぎょっとしました。
「尻尾も頭なのか!?」
それを証明するように、モジャーレンは尾のほうを先頭にして突進を始めました。たちまちゼンに迫ってきます。
やっほぉ! と空でランジュールが歓声を上げました。
「モーちゃんには頭が二つあるんだよぉ! 前も後ろもどっちも万全! さぁ、モーちゃん、ドワーフくんを踏み潰して毒をくらわせちゃぇ!」
モジャーレンがゼンに迫ってきました。ゼンはあわてて逃げますが、速度がまるで違うので、すぐに追いつかれてしまいます。モジャーレンの巨体が壁のように迫ってきます――。
そのときレオンの声が響きました。
「ゼンを守れ!」
次の瞬間、ゼンの姿が消えました。モジャーレンが何もない場所を足音を立てて駆け抜けていきます。
ランジュールは目を丸くしました。
「あれれ、まただぁ! どぉしてキミたちは急に消えることができるのさぁ!? 魔法使いの眼鏡くんならまだしも、ドワーフくんもだなんてぇ!」
すると、ゼンが元いた場所に姿を現しました。その下には長い手足の白い人形がいて、ゼンを肩に担ぎ上げていました。
「戦人形だぁ!」
とポチは歓声を上げました。パルバンでもずっと自分たちを守ってきた人形ですが、普段姿を見せないので、つい存在を忘れてしまうのです。
ゼンも、にやりと笑い顔になりました。
「なるほど、こいつがさっきからレオンを守っていたんだな。おい、レオン、こいつに俺の言うことを聞かせることができるか?」
「それは無理だ。戦人形はぼくの言うことしか聞かない。君を守り続けることだけはできるけどな」
とレオンが空から答えます。
「そうか。じゃぁ、こいつにこのまま俺を担がせといてくれ。背が高くなってちょうどいいんだ。んで、だ――」
ゼンは体勢を変えて戦人形に肩車される格好になると、レオンに襲いかかろうとしたロック鳥へ矢を放ちました。矢が翼に命中したので、ロック鳥は悲鳴を上げて離れていきます。
「これで当分襲って来れねえだろう。おい、フルート、レオン、俺の言うとおりにしろ! モジャーレンの頭と尻尾に同時に攻撃するんだ! 俺が奴を仕留めてやる!」
ゼンはそう言うと、戦人形の肩で新しい矢を弓につがえました――。