巨大な毛虫のモジャーレンが突進してきたので、ゼンは両手を突き出して身構えました。自分より何百倍も大きな怪物ですが、受け止めようとしたのです。
フルートは叫びました。
「だめだ、ゼン! よけろ!」
すると、シュンという風の音と共にゼンの姿が消えました。風の犬になったポチがゼンをさらったのです。ビーラーも続いて風の犬になり、レオンを背中にさらっていきます。
「お、なんだよ、ポチ! 戻れって!」
「また変身できるようになっていたのか。いつの間に?」
ゼンとレオンが同時に話したので、犬たちも同時に答えました。
「ワン、だめですよ! いくらなんでも大きさが違いすぎるんだから!」
「別空間に飛ばされてから、また変身できるようになっていたんだ。パルバンから切り離されたせいだろうな」
その間にもモジャーレンは突進していきました。ひとり残っていたフルートへ迫り、よけようとした彼を跳ね飛ばしてしまいます。
ガシャン!
音を立てて地面に倒れたフルートが、次の瞬間、奇妙なうめき声を上げて咽を押さえました。すぐにうめくのをやめて跳ね起きますが、その顔は真っ青になっていました。
「毒か……」
とゼンはうなりました。モジャーレンの逆立った毛の先端には毒があって、フルートは跳ね飛ばされた拍子に刺されたのです。
ランジュールが口を尖らせました。
「ダメダメ、勇者くんは金の石を持ってるんだから、毒は効かないんだよぉ。でも、他のお二人さんは空の上。とするとぉ――こっちはこの子の出番だね。おいでぇ、ロクちゃん! 眼鏡くんやドワーフくんを空からたたき落としてぇ!」
とたんに今度は巨大な鳥が現れました。象もさらって餌にすると言われる怪鳥ロックです。また外に出られたのが嬉しいのか、キーィッと鋭く鳴くと、二匹の風の犬へ襲いかかっていきます。
ゼンを乗せたポチはすぐに身をかわしましたが、ビーラーのほうは後れをとりました。ロック鳥をかわしそこねてバランスを崩し、レオンを空に放り出してしまいます。
「レオン!」
「ワン、レオン!」
ビーラーとポチは助けに行こうとしましたが、ロック鳥に邪魔されました。鳥が二匹の首輪を狙ってきたのです。あわててまた身をかわした間に、レオンが墜落していきます。
「レオン!」
とフルートも走りましたが、間に合いませんでした。レオンは地面に激突します――。
ところが、レオンはすぐに跳ね起きました。確かに地面に落ちたはずなのに、怪我もしていなければ、眼鏡も壊れていません。
やっと駆けつけたフルートが、ほっとして言います。
「魔法が間に合ったのか。よかった。でも時間がかかっているんじゃないのか?」
「魔法の手順が違うせいだ。ここも、元の場所のようには魔法が使えないからな」
とレオンは言って、ずれた眼鏡を押し上げました。改めて片手をかざすと、呪文を発動させるための力を集中させてから、呪文を唱えます。
「ローデローデリナミカローデ……テウオキテ!」
おなじみ雷攻撃の魔法です。たちまち空から稲妻が降ってきてモジャーレンに命中します。
「ワン、やった!」
「いや、まだだ!」
とポチとビーラーが同時に言いました。稲妻がモジャーレンの体表を走り抜けて地面に流れていくのを、ビーラーは見たのです。
レオンも舌打ちしました。
「モジャーレンの毛は稲妻を通すようだな。体に攻撃が届かない」
すると、ランジュールが上機嫌で言いました。
「稲妻だけじゃないよぉ。モーちゃんは魔法攻撃をぜぇんぶ受け流せる体になってるのさぁ。ふふふ、こぉんなステキな魔獣が手に入ったんだから、ココに来た甲斐はあったよねぇ。さぁ、もぉ一度! モーちゃん、眼鏡くんに毒の体当たり!」
とたんにモジャーレンは体を伸ばし、また縮めると、レオンに向かって突進を始めました。
「レオン!」
「ワン、危ない!」
犬たちは駆けつけようとしましたが、ロック鳥がまた襲いかかってきたので、飛んでいけなくなりました。
フルートはモジャーレンへ炎の弾を撃ち出しましたが、それも表面の毛に弾かれてしまいます。
「むぅだ、無駄ぁ! さぁ、モーちゃん、眼鏡くんを踏み潰して、毒の毛でとどめを刺してぇ!」
ランジュールの命令通り、緑の巨大な毛虫は突進していきます。
レオン!! と仲間たちが叫びます。
すると、いきなりレオンの姿が消えました。誰もいなくなった場所をモジャーレンが駆け抜けていきます。
ランジュールは目を丸くしました。
「あれれ? 眼鏡くんはどこぉ? 魔法の呪文は聞こえなかったのに」
そこへレオンがまた姿を現しました。フルートのすぐ隣です。驚いた顔をしたフルートが、すぐにうなずきました。
「なるほど、そういうことか――。よし、みんな集まれ! 対戦相手の交換だ!」
「対戦相手の交換だと?」
「ワン、どんなふうに?」
襲いかかってくるロック鳥を振り切って、空からゼンとポチが下りてきました。ビーラーもロック鳥につむじ風をくらわせてから下りてきます。
フルートは言いました。
「ポチとぼくはロック鳥、ゼンはモジャーレンだ。レオンとビーラーは――」
仲間たちは驚きました。
「俺がモジャーレンか?」
「ワン、たったひとりで!?」
「そんなのは無理だろう!」
口々に言う仲間たちに、フルートは落ち着いて答えました。
「いいや、きっとできる。五さんたちはモジャーレンの毛皮を防具にしていた。パルバンの番人が生まれて真っ先に教えられるのが、モジャーレンの狩りのやり方だ。魔法が効かないモジャーレンを狩ってるってことは、普通の武器で倒す方法があるはずなんだ。ゼンならきっとできる」
その話に、ゼンは呆気にとられ、すぐに苦笑しました。
「言ってくれるぜ。俺はモジャーレンの弱点も急所も何も知らねえんだぞ。とはいえ、俺も一度モジャーレンを狩ってみたいとは思ってたんだよな。魔法なしで戦える相手なら、こっちも願ったりだ。やってやるぜ」
話すうちに自信に充ちた猟師の顔になっていって、背中の弓矢を揺すり上げます。
「モジャーレンに突進されたらどうするつもりだ? 彼ではかわせないぞ」
とレオンが心配すると、フルートは言いました。
「だから、『あれ』をゼンのほうにつけてほしいんだよ。レオンはビーラーと一緒に空だ。君たちが対戦するのは奴だ!」
フルートが指し示したのは、空中に浮いている幽霊のランジュールでした――。