復活したはずのランジュールの右目がまた消えて穴が開くだけになったので、フルートたちは息を呑みました。
ランジュール自身も、あれ? と言って右目の前に手をかざします。
「せっかく復活したのに、また目が消えちゃったぁ。どぉしてだろぉ?」
「んなもん、てめえが悪霊だからに決まってるだろうが! 今、何をするつもりだと言いやがった!? 人や世界に害をなす幽霊を悪霊って言うんだぞ!」
とゼンが言い返すと、ランジュールは左目を丸くしました。
「そぉいうことぉ? うぅん、やっとハンサムさんに戻れたのに、また右目がなくなっちゃうのは嫌だなぁ。どぉしよっかなぁ……」
ランジュールが腕組みして考え込むと、その右目が現れたりまた消えたりし始めました。どうやら、竜の宝の秘密をセイロスに知らせるかどうかで迷っているようです。
フルートは厳しい声で言いました。
「おまえは全然信用ができない! 元の世界に戻れば、ポポロの秘密をセイロスに知らせるはずだ! そんなことは絶対にさせない!」
すると、幽霊は腕をほどいて、ふふん、と笑いました。
「勇者くんは魔法使いのお嬢ちゃんを守ろうとしてるんだねぇ。お嬢ちゃんはあのデビルドラゴンの力を持ってて、しかもセイロスくんの昔の恋人だったっていうのにさぁ。とんでもない話じゃなぁいぃ? よぉするに、お嬢ちゃんは敵の身内だったってコトだよぉ。今はお嬢ちゃんはそのコトを忘れてるけど、将来思い出したらどぉなるだろぉね? キミたちなんか裏切って、セイロスくんの元に走っちゃうかもしれない――うわ!」
ごごぅっと炎の弾が体の中を通り抜けていったので、ランジュールは驚いて飛び上がりました。
フルートが剣を振り下ろした格好でどなります。
「ポポロはそんなことはしない! それに彼女はエリーテ姫なんかじゃない! ポポロはポポロだ!」
レオンやビーラーが驚いたようにフルートを見ます。
ランジュールはまた笑いました。
「うふふ、勇者くんは相変わらずだなぁ。おんなじ金の石の勇者でも、セイロスくんとはここが違うんだよねぇ。だぁけどぉ、ボクとしても、こぉんな面白そぉな話をここだけの秘密にしたくないんだなぁ。ボクにしゃべってほしくないなら、ボクを止めてごらんよぉ。ただし、ボクだって黙ってやられたりしないけどねぇ。ふふふふ」
ランジュールの体の中をまた炎の弾が通り抜けていきました。フルートが撃ち出したのですが、ランジュールはまったく平気です。
レオンはフルートを止めました。
「無駄だ。奴は幽霊なんだから、いくら攻撃しても効果はないぞ」
と言ってから、声をひそめて続けます。
「君は本当にポポロを守るつもりなのか? もちろん、彼女をセイロスに奪われたら奴の力が完璧になってしまうんだから、守らないわけにはいかないが、彼女は実際には――」
とたんにフルートは振り向き、ぐいとレオンの胸ぐらをつかみました。
「実際には、なんだ? 彼女がエリーテ姫の生まれ変わりだから、どうだっていうんだ! 彼女はカザインたちの娘として生まれ直して、ずっとポポロとして生きてきたんだぞ。彼女はもうエリーテじゃない、ポポロだ。彼女が生まれる前に何があったって、そんなのはポポロにもぼくたちにも関係ないことだ!」
揺らぐことも迷うこともない強い声です。
それを聞いたゼンが、にやりと笑いました。
「だな。今になってポポロがエリーテだったとか言われても、ポポロはやっぱりポポロにしか見えねえもんな。それによ、俺たちだってひょっとしたら誰かの生まれ変わりかもしれねえんだぞ。昔ロキは、闇の民だけが死んで生まれ変わるんだって話してたけどよ、俺たちだって本当は死者の国に行った後で、この世にまた生まれ直してるかもしれねえんだ。おまえは昔どこかのなんとかって奴だったんだ、なんて聞かされたって、そんなもんは今の俺には全然関係ねえや」
すると、ポチが尻尾を振りました。
「ワン、ぼくだってそう思ってますよ。いくらルルが元はハーピーだったとしても、やっぱりルルはルルなんだから。綺麗で優しくてお姉さんぶってて寂しがり屋な――ぼくのかわいい恋人ですよ」
「お、いきなりのろけやがったな?」
「ワン、悪いですか? 本当のことですよ」
茶化したゼンにポチは胸を張って言い返しました。
レオンとビーラーは、呆気にとられて何も言えなくなっています。
ランジュールは両手を大きく広げました。
「やぁれやれぇ、キミたちって、どぉしていつもこうなんだろぉねぇ? 頭ではそう思ったって割り切れない気持ちになって、お嬢ちゃんたちの見方が変わるのが普通なんだよぉ? なのにキミたちったら! ホントにとことんお人好しなんだからさぁ!」
すると、フルートはレオンを放して向き直りました。
「ポポロもルルも今まで通りぼくたちの仲間だ、と言ってるだけだ! おまえこそ、やっぱりポポロの秘密をセイロスに話すつもりでいるだろう!? 絶対にさせないからな!」
うふん、とランジュールはまた笑いました。
「させないって言ったって、どぉするつもりぃ? ボクは幽霊だから、キミたちの攻撃は当たらないよぉ? ま、ボクの攻撃もキミたちには効果ないんだから、同じことなんだけどさぁ――」
ところがフルートが急に炎の剣を振りました。体を沈めるようにして、目の前の空間をなぎ払います。
とたんに鋭い悲鳴が上がり、鋭い爪の生えた巨大な右手が真っ二つになりました。たちまち火に包まれて燃えあがります。
ランジュールは飛び上がりました。
「ボクのかわいいマーちゃんを切って燃やしたぁ! いきなり何するのさぁ!?」
「いきなりはそっちだろうが! そいつも魔獣だな!?」
とゼンはどなり返しました。巨大な右手が突然現れてフルートにつかみかかろうとしたのです。
うぅん、とランジュールは腕組みしました。
「今のは手だけの魔獣のマッドハンドだよぉ。不意討ちしても、普通の魔獣じゃやっぱりダメかぁ。勇者くんったら、相変わらず強いんだからさぁ。じゃぁ、ボクのとっておきのペットを出そぉかなぁ。この世界に来てから捕まえたんだよねぇ。出ておいでぇ、モーちゃん!」
「モーちゃん? 今度は牛の怪物か?」
とビーラーが言っていると、目の前に緑色の毛の塊が現れました。ぐんぐん上へ伸びていって、壁のようにそそり立ちます。
思わず後ずさったフルートたちは、壁の上のほうに三本の触手が飛び出して、先端に目が現れたのを見ました。触手がぐるぐる回転しながら周囲を見回し始めます。
「ワン、なんですか、これ!?」
とポチが言いました。こんな怪物はこれまで見たことがありません。
ゼンも身構えながら目をこらし、急に驚いた顔になりました。
「こいつの毛は五さんたちが着ていたモジャーレンの毛皮と同じじゃねえか! てぇことは、こいつがモジャーレンなのか!?」
すると、怪物がズシズシと音を立てながら動き出しました。巨大な体の下に短い足があったのです。壁のように見えていた体が長く伸びて、ぐるりとフルートたちを取り囲んでしまいます。まるで毛でおおわれた大蛇のようです。
レオンが魔法使いの目で怪物の全体を見て言いました。
「これは虫だ! 巨大な芋虫だぞ!」
ランジュールはくすくす笑いました。
「やだなぁ、眼鏡くんったら。全身に毛が生えてるんだもの、毛虫って呼んでくれなくちゃぁ。はぁい、巨大毛虫のモジャーレンのモーちゃんでぇす! かわいいだろぉ? さあ、モーちゃん、あの人たちを踏み潰してねぇ!」
ランジュールの命令に、緑の毛虫はまた体を伸ばすと、先端の目でフルートたちを見据えました。全身の毛が逆立って、体全体がさらに大きくなっていきます。
「来るぞ!」
とフルートが叫んだ瞬間、毛虫は地響きを立てて彼らへ突進してきました――。