ロムド城から飛び立った少女たちは、まっすぐ東を目ざして飛び続け、翌朝には西の大海までやってきました。
「闇大陸の入り口までもう少しよ! 降りていきましょう!」
とポポロが言ったので、ルルと花鳥は高度を下げ始めました。
風がない海は静かでした。朝日を浴びて鏡のように光る海面が近づいてきます。
メールは海上を見回し、そこに少年たちが見当たらないので、心配そうな顔になりました。
「あたいたち、この前の半分くらいの時間でここまで飛んできたよね。それなのにフルートたちに追いつかなかったなんてさ。ひょっとして――」
「やめてよ! フルートたちはもう闇大陸に行っちゃったって言うの!? 私たちは完全に置いてきぼりじゃない!」
とルルが怒って言い返すと、ポポロが言いました。
「ううん、きっと本当にそうなのよ……。あたしはずっとこの場所を透視してきたんだけど、とうとうフルートたちは現れなかったの。多分、もうとっくに闇大陸に行っちゃったんだわ」
ポポロは大きな目に涙をいっぱいに溜めていました。魔法使いの目では見つからなくても、ひょっとしたら、と思ってきたのでしょう。いよいよ自分たちが置き去りにされたとはっきりして、涙をこらえられなくなったのでした。
ルルはますます腹を立てて、海上をぐるぐる飛び回りました。
「ねえ、入り口はどこよ!? 早く追いかけましょう!」
「そうだよ! あっちとこっちじゃ時間の流れ方が違うんだから急がないと! それと、ポポロは入り口を開けられるんだよね!?」
とメールに言われて、ポポロはうなずきました。
「ええ、多分……。入り口には何重にも魔法がかけられてるんだけど、ひとつ目の魔法でそれを一気に開放して、もうひとつの魔法であたしたちを守りながら通り抜ければ、行けると思うわ。あたしの魔法が切れる前に通り抜けなくちゃいけないから、全速力になっちゃうんだけど」
すると、怒っていたルルが意外そうな顔になりました。
「どうして魔法が二回だけなの? あなた、前回パルバンに行ったときに、三回目の魔法も使えるようになったはずでしょう?」
ううん、とポポロは今度は首を横に振りました。
「三回目の魔法が使えたのは、あのとき一度きりよ。こっちに戻ってから何度もやってみたんだけど、やっぱり魔法は一日に二回しか使えないの。多分、パルバンの力か何かが作用してたんだと思うわ」
ふぅん? とルルは不思議そうに首をかしげました。それ以上の理由は、今の彼女たちにはわかりません。
やがて、少女たちは闇大陸の入り口にたどりつきました。
鶏の卵ほどの大きさしかない、透き通った球体です。そこにあるとわかっていても、ちょっと目を離せばすぐに見失ってしまいそうな入り口でした。
ルルはくんくんとあたりの匂いをかいで言いました。
「だめね。海の上だから、フルートたちがここにいたのかどうかわからないわ」
「でも、きっとフルートたちは闇大陸よ。それ以外、レオンと一緒に行くところは考えられないもの」
とポポロは言うと、目を閉じました。入り口を開けるのに一番適した魔法を考え始めたのです。
メールは花鳥の背中をたたいて言いました。
「あたいはこれをグリフィンにするよ。グリフィンは怪物の中でも一番速く飛べるっていうからね。花グリフィンに乗って、一気に入り口をくぐり抜けよう」
話し合う少女たちの下には、青い海原が広がっていました。魚が水中から海面に飛び上がり、ぽちゃんと音を立ててまた海に潜っていきます――。
すると、ほどなく海中から大きな影が浮いてきて、水しぶきと共に海面に出てきました。同時に甲高い声が響きます。
「メール! それにポポロとルルも! どうしてあなたたちがここにいるのよ!?」
それはシードッグのシィに乗ったペルラでした。海のしぶきが彼女の青い髪とドレスのまわりできらめきます。
「ペルラこそ! どうしてこんなところにいるのさ!?」
とメールも声を上げると、海面すれすれまで降下しました。従姉妹(いとこ)同士で手を取り合って再会を喜んでから、また話し始めます。
「メールたちは天空の国に行ったんじゃなかったの? ルルの具合が悪いから天空王に治してもらいに行った、ってフルートから聞いたわよ」
「やっぱりフルートたちはここに来てたんだね!? ルルはもう元気になったんだよ! それであたいたちも後を追いかけてきたんだ! フルートやゼンはいつ闇大陸に行ったのさ!?」
「昨日の午後よ。ポチやレオンやビーラーも一緒だったわ。すぐ戻るって言ってたから、シィとここで待っていたのよ」
そこへポポロとルルも降りてきて話に加わりました。
「昨日の午後のことなのね? それじゃレオンは光の通り道を使ったんだわ」
「急いでも追いつけなかったはずよね。でも、どうしてペルラは一緒に行かなかったの?」
とたんに海の王女はうつむきました。尖った声で答えます。
「行けなかったのよ。父上に海から離れられないようにされちゃったから!」
あちゃぁ、とメールは空を仰ぎました。すぐに従姉妹の頭をなでて慰めてから、また話します。
「それで? フルートたちはすぐ戻るって言ってたんだね? 他には何か言ってなかったかい?」
「闇大陸に行くと、こっちでどんどん時間が過ぎちゃうからって、変な方法を思いついていたわ。昔に飛んで、そこから闇大陸の入り口をくぐるって言ってたのよ。そうすれば、パルバンを渡って闇の竜の宝を破壊してから、出発した時間に合わせて戻ってこられるからって――正直、どうするつもりなのか、あたしにはよくわからなかったんだけどね。レオンはそんなふうに話していたわ」
「みんなは空中に現れた扉をくぐって行ってしまったんですよ。昔に行く扉だって話してました」
とペルラの下からシィが補足します。
ポポロは目を見張ると、両手を組み合わせて考え込みました。やがてひとりごとのように言います。
「レオンは時間をさかのぼる魔法を見つけたんだわ。失われた魔法だったんだけど、どこかに残っていたのね。昔の闇大陸に行って竜の宝を破壊して、今に合わせて戻れば、時間がたたないと考えたのに違いないわ……」
「昔って、どのくらい昔よ?」
とルルが言うと、ペルラが答えました。
「十六年くらい前に行くってレオンは言ってたわ。それが向こうでは二百日になるからとかなんとか。時間に合わせて戻ってくるから、あたしにはすぐ戻ってきたように見えるはずだって言ったのよ。なのに!」
「あいつらは戻ってこないのか」
とメールは言って、ポポロやルルと顔を見合わせました。同じ結論に至ってうなずき合います。
「やっぱりそういうことだよね」
「何かトラブルになって、こっちに戻れなくなってるんだわ」
「もう! どうしていつもこうなのよ!? 後先考えないで、危険に飛び込んでいっちゃうんだから!」
それを聞いて、ペルラもひどく不安そうな顔になりました。
「やっぱりレオンたちに何かあったのね? どうしたらいいの? 彼らがくぐった扉は、彼らが行ってしまったら崩れて消えてしまったのよ!」
「一度きりしか使えない過去への扉だったのね……」
とポポロはまた考え込みました。
ルルは闇大陸への入り口をにらみつけます。
「昔に行ったんじゃ、この入り口をくぐっても、フルートたちに会えないってことだわ。どうすればいいのよ!?」
とまた腹を立て、思いあまって、ほえるように叫びました。
「ポチ! ポチ、どこにいるのよ! 返事をしなさいよ!」
けれども答えはありません。ルルが泣きそうになると、ポポロが言いました。
「そのまま呼び続けて! メールもよ! 呼んで返事をしてもらえたら、みんなの居場所がわかるから、こっちに引き戻せるのよ!」
そして、彼女自身が入り口に向かって呼び始めました。
「フルート! フルート、聞こえる!? 聞こえたら返事をしてちょうだい! お願いよ――!」
メールとルルもすぐにそれにならいました。もちろん、メールはゼンを、ルルはポチを呼びます。
「あなたも呼んだほうがいいんじゃないの、ペルラ?」
とシィが言ったので、海の王女はたちまち顔を赤くしました。
「呼ぶって誰をよ?」
「もちろんペルラが一番呼びたい人をよ」
シードッグの返事は意味深です。
ペルラはますます赤くなりましたが、ポポロたちがそれぞれの恋人を呼んでいるのを見て、ふん、と鼻を鳴らしました。長い髪をかき上げてから、拗ねたようにひとりごとを言います。
「あなたはドジだから心配だったのよ。だから注意したのに、やっぱりこうなるんじゃないの」
そして、彼女もおもむろに声を張り上げました。
「レオン! どこにいるの、レオン!? あたしたちを待たせるなんて失礼じゃない! 早く帰ってきなさいよ!」
少年たちを呼ぶ少女たちの声は、海の上に繰り返し響きました――。