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第25巻「囚われた宝の戦い」

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72.行方不明

 ガチャリ、と音を立てて入り口の扉が開けられました。

 そこはロムド城の中のフルートとゼンの部屋でした。半白の黒髪の剣士が入ってくるなり大声を出します。

「こら、おまえたち! 陛下がお待ちだから急げと言ったのがわからなかったの――」

 そこまで言いかけてゴーリスは目を丸くしました。部屋の中はもぬけの殻で、フルートもゼンもポチもいなかったからです。

「妙だな。あいつらはまだ部屋から出てきていない、と衛兵は言っていたんだが」

 と彼はひとりごとを言いながら部屋を見回し、窓に歩み寄って大きく引き開けました。身を乗り出し、首をねじって空を見上げても、やはりフルートたちは見当たりません。

「いったいどこに行ったんだ?」

 とゴーリスはつぶやきました――。

 

 一方、ロムド王の執務室にはこの国の重要な人々が集まって、最後の重要人物たちの到着を待っていました。

 濃い緑のマントをはおったオリバンが、組んだ腕の上をいらいらしながらたたいています。

「遅い! 遅いぞ! いったい何をしているんだ、フルートたちは!?」

 セシルも濃緑のマントをはおって、オリバンの隣に立っていました。たしなめるようにオリバンに言います。

「今、ゴーラントス卿が彼らを迎えに行った。そんなに焦らずとも、間もなく来るだろう」

 絶世の美女ですが、男装をして男のように話しています。

 オリバンは婚約者に食ってかかりました。

「あの連中だから信用ならんのだ! いつもすぐに城からいなくなって、勝手なことをしているのだからな! あの連中が姿を見せないだけで、もしかしてまたか? と思ってしまうぞ!」

「彼らとはさっき屋上で会ったばかりだ。それに、もう勝手な行動はしない、とフルートも約束していた。それでいなくなるようなことはないだろう」

 とセシルがなだめていると、横でキースが肩をすくめました。

「きっとゼンの食事がいつまでも終わらなくて、なかなかこっちに来られないのさ。彼らは食べ盛りだからなぁ」

 甘い顔立ちの二枚目なのに、どこかひょうきんな雰囲気があるのがキースです。

 

 そこへ扉を開けてゴーリスが執務室に入ってきました。

 何も言わずにまっすぐロムド王の元へ行くと、片膝をついて頭を下げます。

「申しわけありません、陛下――フルートたちがいなくなりました」

 部屋の人々は飛び上がりました。

「そら見たことか!」

 とオリバンがどなります。

「勇者たちがいなくなっただと? どこへだ?」

 とロムド王が驚いて尋ねると、その横からリーンズ宰相も言いました。

「ポポロ様やメール様は、ルル様の治療のために天空の国に向かわれましたが、勇者殿たちは自分の部屋に戻ったと聞いておりました。それに、ゴーラントス卿もつい先ほど勇者殿たちにお会いになったのでしょう?」

「彼らを呼びに部屋に行ったのは、つい三十分ほど前のことです。ところが、今部屋に行ってみたら、彼らはもう部屋にはおりませんでした。外の通路に立つ衛兵も、中庭の見張りも、部屋を抜け出す彼らは見ておりません。それなのに、フルートたちはいなくなってしまったのです」

 ゴーリスはそう話して、申しわけございません! と王へまた頭を下げました。フルートはゴーリスの剣の弟子なので、弟子の不手際は師匠の責任と考えているのです。

 

 難しい顔になったロムド王に、ワルラ将軍が言いました。

「勇者殿たちは世界を守る勇者です。誰にも束縛はできないし、命令することもできません。何か理由があって城を出たのであれば、それはしかたありますまい。だが、勇者殿は我々連合軍の総司令官だ。この重大な局面に勇者殿たちがいないとなると、やはり我々には痛手ですな」

 と考え込んでしまいます。

 すると、王の反対側からトネリコの杖を持った女神官が言いました。

「ただいま他の三人に勇者殿たちの行方を捜させております。やはり、この場に勇者殿たちにいていただかなくては、対策が取れません。状況をお話しして城に戻っていただきましょう」

 ロムド城の魔法軍団の長で、四大魔法使いのひとりの、白の魔法使いです。彼女は心話を使って別な場所にいる他の四大魔法使いと連絡を取り、フルートたちの捜索を始めたのでした。

「それじゃ、アリアンにもフルートたちを探してもらおう」

 とキースは言って宙へ目を向けました。自分たちの部屋で待機しているアリアンに、やはり心話を使って呼びかけます。闇の民として生まれてきても、いつも光の方向を向いて、ロムドと共に戦う二人です。

 

 すると、ひょろりと長身の男がロムド王の前に進み出てきました。ひと目見れば二度と忘れられないような、奇妙な化粧と派手な衣装を着けたトウガリです。

 けれども、彼はここでは道化の口上や出し物を行いませんでした。ごくごく真面目な声で言います。

「事態は急を要します、陛下。仮にフルートたちが見つからなかったとしても、一刻も早く決断をして対応しなくては、ディーラはまた敵の襲撃を受けることになるでしょう」

 道化のトウガリの正体は、王妃の警護とロムドのための情報収集を行う間者です。今はその後ろにもうひとりの男がいました。王の重臣が集まっている執務室の中で、その男だけが見慣れない人物でした。

「彼がイシアード国に潜入していた間者だな? 私はまだ直接報告を聞いていない。聞かせてくれ」

 とオリバンは言いました。フルートたちの行方は気になるのですが、彼自身には探す方法が何もないので、とりあえず目の前の問題に集中することにしたのです。

 男はすぐに片膝をつくと、王や皇太子に深く頭を下げてから話し出しました。

「では、改めて報告させていただきます――。先の戦いでイシアード国は飛竜部隊を編成してディーラを襲撃しましたが、ロムドの鉄壁の守りの前に大敗して逃げ去りました。イシアード兵の大部分は我が国の捕虜となりましたが、飛竜は敵の大将のセイロスが連れ去ったので、空からの戦力は温存されたままです。イシアード国が再び軍を編成して攻めてくる可能性があるというので、私はクアロー人としてイシアード国に潜入し、都のアラ・イシューで荷運びをしながら、情報を集めておりました」

「この男はクアロー国の出身なので、イシアードに潜入しても怪しまれにくかったのです、殿下」

 とトウガリが補足します。

 オリバンはうなずきました。

「それで? おまえはイシアードで重大な情報をつかんだというのだな? 何を見た? 飛竜の大群か?」

「いいえ。さすがに飛竜は見かけませんでした。セイロスが飛竜を連れてイシアード国に戻ったとしても、人目につく都などには連れていかないはずです。ただ、大勢のユラサイ人を見ました。東の門から都に入ってきて、まっすぐイシアード王の城へ向かったのです」

 それを聞いて、セシルは首をかしげました。

「何故それが疑問なんだ? イシアード国の東側には大砂漠を挟んでユラサイ国があるのだから、ユラサイ人がイシアードに来ることだってあるだろう。多くは絹などの高級品を扱う商人だというから、王の城に出入りするのも不思議ではないぞ」

 クアロー人の間者は頭を振りました。

「失礼ながら、妃殿下はイシアード王という人物をご存じない。若い頃からユラサイ人を毛嫌いしていて、ユラサイ人が都に立ち入ろうものなら、逮捕して都の外で打ち首にしていたほどなのです。その王の城にユラサイ人が大勢行くなど、あり得ません。都の住人も、何事が起きているのだろう、と大騒ぎでした」

「イシアード王がこれまでの信条を曲げてユラサイ人を招いたということか。何が目的だ? ユラサイは我々に味方することを誓ってくれた国なのだぞ」

 とオリバンが言うと、クアロー人の間者はまた首を振り返しました。

「重ねておそれながら殿下――彼らは普通のユラサイ人ではありませんでした。確証はありませんが、おそらく、裏竜仙境の人間ではないかと思われます」

「裏竜仙境だと!?」

 とオリバンは大声になりました。

 セシルのほうは意外そうな顔になります。

「そんなはずはないだろう。裏竜仙境は帝の命に背いて飛竜をサータマンに売り渡していたために、帝によって里を解体されたはずだ」

「だからでございます、妃殿下。里を潰されて行き場をなくした裏竜仙境の人間が、集団でイシアード王の城に招かれていったのです。単なる偶然とは思えません」

 む、と腕組みしたオリバンの横で、セシルも考え込みました。

「竜仙境の住人は生まれながら飛竜の名手で、そこから分裂した裏竜仙境の人間もやはり優れた飛竜の使い手なのだと聞いている。だが、ユラサイ国の竜子帝は、彼らの飛竜を一頭残らず没収したと言っていたぞ。いくら素晴らしい竜使いでも、飛竜がいなくては実力は発揮できないだろう」

 とたんにオリバンは顔色を変えました。

「それか!? イシアード王は裏竜仙境の人間にセイロスの飛竜を扱わせようとしているのか!?」

 すると、トウガリが言いました。

「その可能性は充分にあります、殿下。しかも、先の戦いで捕虜になったイシアード兵の中に、セイロスの話を聞いていたという者がおりました。奴は飛竜に向かって、おまえたちをもっと巧く使いこなせる奴を見つけてやる、と約束していたそうです」

「では、やはり裏竜仙境の人間に飛竜を……」

 とセシルは言って絶句します。

 

「状況は予断を許さぬ」

 と難しい顔をしていたロムド王が口を開きました。

「どの国も空からの攻撃には極端に弱いのだ。一刻も早く勇者たちを見つけて、対策を打たなくてはならない――。ユギル、勇者たちは見つかったか?」

 王が振り向いた部屋の隅では、小さなテーブルに向かって銀髪の占者が座っていました。磨き上げられた石の占盤をずっとのぞいていたのですが、王に尋ねられて首を振りました。

「いいえ、陛下。勇者殿たちの象徴はこの世界のどこにも見当たりません。まるで、この世界から消えてしまっているようでございます」

 占者の答えに、部屋の全員がことばを失ってしまいました。勇者たちが世界から消えているというのはどういうことだろう、と誰もが考えます。

 すると、そこへ外の通路をばたばたと走る足音が聞こえてきました。衛兵が制止する声も聞こえます。

「何事!?」

 ゴーリス、ワルラ将軍、オリバン、セシルはいっせいに身構えました。王や宰相を守ろうと腰の剣に手をかけます。

 とたんに執務室の扉が勢いよく開き、ざぁっと雨のような音を立てて、色とりどりの花が流れ込んできました。たちまち部屋が花の香りに充たされます。

 続いて通路から飛び込んできたのは、メール、ポポロ、ルルの二人と一匹の少女でした。

「フルートたちがいないよ! 何があったのさ!?」

「フルートたちはどこですか!?」

「早く教えて!」

 顔をほてらせ息を切らして、少女たちは言いました――。

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