どこまでも広がる青空の下は雲の海でした。
日差しを浴びて白く光る雲の中から、一羽の鳥が浮き上がってきます。
それは普通の鳥ではありませんでした。色とりどりの無数の花が寄り集まってできた花鳥です。巨大な翼が霧の波をかき分けて飛び出してきます。
続いて雲の中から現れた鳥の背には、メールとポポロが乗っていました。ポポロは腕にルルを抱きかかえています。
メールがポポロを振り向きました。
「見通しが利くようになったよ! 天空の国はどっちの方角だい!?」
花鳥がごうごうと風を切って飛んでいるので、つい大声になってしまいます。
ポポロは雲海の上の青空を見渡し、ひとつの方角を指さしました。
「あっちよ! でも、ずいぶん距離があるわ! たぶん丸一日くらい飛ばないといけないんじゃないかしら……!」
「花鳥はそのくらい平気さ! それよりルルは!? 大丈夫そうかい!?」
彼女たちはつい先ほど、花鳥でロムド城を出発してきたばかりでした。闇大陸のパルバンで三の風に吹かれて以来、ルルの体調が思わしくないので、天空の国へ行って天空王に診てもらうことにしたのです。
そのルルは毛布にすっぽりとくるまれて、ポポロに抱きかかえられていました。出発するときにはフルートたちと話をしましたが、その後は口をきかなくなってしまったので、いるのかいないのかわからないほど静かです。
「今は落ち着いているわ。眠ってるみたい」
とポポロが答えたとき、毛布の中から低い声がしました。
えっ? とポポロは身をかがめました。
「なに、ルル? 何か言った?」
毛布の中からまた声がしましたが、声がくぐもって、やはりよく聞こえませんでした。ポポロはルルの頭にかぶさっている毛布をかき分けようとしました。
とたんに、ばっと勢いよく毛布が跳ね飛ばされました。
ポポロの膝の上に立ち上がったのは、長い茶色の毛並みの雌犬でした。頭をしゃんと上げ、ふさふさの尾を左右に振って言います。
「もう大丈夫よ! 元気になったわ!」
と言って、驚くポポロの顔をぺろぺろとなめます。
メールは目を丸くして聞き返しました。
「急にどうしたのさ、ルル? ホントに元気になったのかい?」
「ええ! どうしてかわからないんだけど、急に気分が良くなってきて、体中に元気が湧いてきたの! 本当にもう大丈夫よ!」
その声は以前と同じようにしっかりしていました。犬の顔で笑っています。
「ルル……ルル、良かった……!」
ポポロは雌犬を抱きしめると、声をあげて泣き出しました。涙が堰を切ったようにあふれ出します。
ルルはまたそれをなめて言いました。
「長いこと心配をかけてごめんね、ポポロ。私は元気になったから、もう泣かないでいいのよ」
犬と人間、種族は違っていても、ルルはやっぱりポポロのお姉さんです。
メールは肩をすくめました。
「わけがわかんないけど、とにかく良かったよね――。花鳥、停まりな! 天空の国に行くのは中止だよ!」
花鳥はたちまち進むのをやめて、空の中で羽ばたきを始めました。
「メールも、ごめんなさいね。いろいろ心配かけて、迷惑もかけちゃって」
とルルがすまなそうに言ったので、メールは笑顔になりました。
「なに言ってんのさ、元気になって良かったじゃないか! ああ、フルートたちに早く知らせてやりたいよね。きっとみんなすごく喜ぶよ!」
すると、ポポロも涙を拭って笑顔になりました。
「あたし、フルートたちに知らせるわ。ルルが元気になったって。みんな、すごく心配してくれてたんだもの。少しでも早く安心させたいわ」
「そうだね。それがいいね」
とメールは言うと、ポポロから飛び移ってきたルルを抱いて、背中をなでてやりました。ルルの黒い瞳は明るく輝き、茶色い長い毛も日差しを浴びてつややかに光っています。本当に、もうすっかり元気そうです。
ところが、嬉しそうにしていたポポロから笑顔が消えました。怪訝そうな表情になり、何度も空中へ呼びかけてから、メールとルルを振り返ります。
「変よ。フルートたちが返事をしないわ」
「え? ゼンやポチもかい?」
とメールは聞き返しました。
「ええ……。フルートが返事をしないから、忙しいのかと思ってゼンやポチを呼んでみたんだけど、やっぱり返事がないの」
「フルートたちとはついさっきロムド城の上で別れたばかりだよ。それで何か起きてるってことは、あんまり考えらんないよね。ポポロの声は聞こえてるけど、返事ができないのかなぁ。例えば大事な会議中だとか」
「透視してみたら、ポポロ? ここからならまだロムド城が見えるでしょう?」
とルルが提案したので、ポポロはすぐに下を見ました。先ほど出発してきたロムド城の方角へ遠いまなざしを向けます。
「どう、ポポロ?」
「フルートたちはいたかい?」
「えぇと……」
ポポロは狭い範囲で視線を動かしていましたが、しばらくして、顔を上げました。
「やっぱりいないわ。部屋にも会議室にも通路や中庭にも……。誰かのお部屋にいたら、あたしには透視できないんだけど、ロムド王の執務室にワルラ将軍やオリバンやキースたちが勢揃いしてるから、誰かの部屋に行ってるわけでもないんじゃないかと思うわ」
メールは細い眉をひそめました。
「ロムド王の部屋にみんなが勢揃いしてる? それって、ロムドにまずいことが起きかけてるってことじゃないのかい?」
「やだ! それじゃフルートたちは出動したの!? 私たちを置いて!?」
ルルは急に焦り出すと、メールの膝から飛び降りて風の犬に変身しました。
「ポポロはこっちに乗って! フルートたちはきっと自分たちだけで行動し始めたのよ! 急いで戻って合流しましょう!」
「ちょっと、ルル、変身して大丈夫なのかい? さっきまであんなに弱ってたのにさ」
「大丈夫だってば! メール、大急ぎでロムド城に戻るわよ! ほんとにもう! フルートもゼンもポチも私たちをなんだと思ってるのよ!? すぐに置いてきぼりにして、自分たちだけで動こうとするんだから!」
「それはルルの具合が悪かったからだと思うんだけど……」
とポポロは小さな声で言いましたが、ルルは耳を貸しませんでした。さらうように自分の背中にポポロを乗せて言います。
「行くわよ! 全速力でロムド城よ!」
「あいよ。ホントにもうすっかり元気みたいだね」
メールは苦笑すると、ルルに続いて急降下を始めました。風の犬と花鳥が、雲の海に飛び込んで見えなくなります。
フルートたちがどこで何をして、今現在どういう状況にあるのか。少女たちはまだ何ひとつ知らずにいました。
少年たちが見た過去の真実が、どんなものであるのかも――。