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第25巻「囚われた宝の戦い」

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70.もうひとつの真実・4

 激しく流れながら回転する景色から浮き上がる光景を見て、少年たちはひどく驚き、同時にとても納得していました。

 子犬のルルが赤ん坊のポポロを抱いて喜ぶ様子に、ゼンが思い出したように言います。

「こいつは前にどこかで見たよな。ルルが初めて会ったポポロを妹だって言って大喜びしてよ」

「ワン、闇の声の戦いのときですよ。デセラール山の地下の迷宮に、ルルの記憶が映し出されたんです」

 とポチは答え、流れに戻っていく光景を見送りながら、ルル……とつぶやきました。彼女の正体があのハーピーだったとわかっても、やっぱりそれ以外の名前で呼ぶことはできません。

 フルートは何も言いませんでした。周囲の流れに目をこらし、ものすごい勢いで通り過ぎて行く景色を見極めようとしています。

 そんなフルートを横目で見ながら、レオンが言いました。

「ぼくはこれでいろいろ納得したよ――。以前からずっと不思議だったんだ。あんなに強力な魔力を持つポポロが、どうして天空城じゃなく、町中で一般の学校に通っていたんだろうってね。ポポロの両親が彼女に教えていたからだとマロ先生から聞かされても、やっぱりどこかで疑問に思っていた。こういうことだったのなら完全に納得だ」

 マロ先生というのはレオンの目付役を務める天空城の教師で、以前はカザインやフラーと同じチームに所属する貴族だった人物です。

 すると、フルートがやっと口を開きました。

「ポポロは小さい頃からお父さんにものすごく厳しく育てられたんだよ。強すぎる魔力をコントロールできるようになるために。だから、お父さんに嫌われていると思い込んでいた時期もあったんだ……」

 

 そこへ流れの中からまた場面が浮かんできました。

 そこはポポロの家の居間でした。カザインがテーブルに向かって座っていると、フラーが隣の部屋から出てきて話しかけます。

「また泣き寝入りしてしまったわ、あの子……。ねえ、カイ、もう少しあの子に優しく言ってあげることはできないの? あれじゃ、あの子はますますおびえるばかりよ。すっかりあなたを怖がっているわ」

 すると、カザインは目を伏せて苦笑いをしました。

「それは承知の上だよ。だが、あの子の魔法はこれからますます強力になっていくんだ。今、それをコントロールできるようにならなかったら、将来、あの子の魔力はあの子自身を巻き込んで暴走してしまうだろう。そうなったら、もう誰にもあの子を助けられない。それだけはどうしても防がなくちゃならないんだよ。そのためになら、ぼくが憎まれ役になったって、しかたないだろう」

「カイったら……」

 フラーは涙ぐみました。

「私にもやらせてちょうだい。私だって、あの子の母親なのだもの。子どもに教えていく義務は同じくあるのよ」

「いや、君はいけない」

とカザインは答えました。

「絶対に何があっても受け入れてくれる人も必要なんだよ。それが君だ。君までがぼくと同じことを始めたら、あの子は行き場所がなくなってしまうよ――」

 過去の場面がまた流れに吸い込まれていきます。

 

 少年たちはそれを見送りましたが、ふとビーラーが首をかしげました。

「今、フラーはカザインをカイと呼んだよな? 名前が違うのは何故なんだろう? 愛称なのか?」

「マロ先生も確か彼をカイと呼んでいたよな」

 とレオンも言いました。彼らが知った真実の重さから比べたら、大したことではないのかもしれませんが、それでも、なんとなく釈然としませんでした。名前が同じだったら、もっと早くその正体に気づけたはずなのですから、なおさらです。

 その間も周囲では様々な景色が流れ続けていました。速度がどんどん増しているので、いくら目をこらしても、もう何も見極めることができません。

「ワン、なんだかすごい勢いで時間が流れてるような気がしますね」

 とポチがつぶやきます。

 

 そのとき、フルートはいきなり誰かから肩をつかまれました。願い石の精霊ではありません。力のある大きな男性の手です。

 フルートが驚いて振り向こうとすると、ゼンやポチやレオンが叫びました。

「おい!」

「ワン、フルート!?」

「誰だ――!?」

 仲間たちの声が遠ざかり、姿が見えなくなってしまいます。

 フルートは目を見張り、あわてて後ろを見ました。肩をつかんだ手に引き寄せられたと感じたからです。周囲から流れる景色は消えていました。先の見通せない乳白色の霧が立ちこめる場所に変わっています。

 霧の中に立っていたのは、黒い星空の衣を着た男性でした。短い銀髪に緑の輪をはめています。

「おじさん」

 とフルートは言いました。少し考えてから続けます。

「それともカザインと呼んだほうがいいですか?」

 それはポポロの父親でした。フルートたちがパルバンで出会ったような青年ではなく、中年の姿をしています。

 ポポロの父親は苦笑しました。

「カイでいいよ。これまでと同じようにね」

 と答えますが、フルートが腑に落ちない顔をしたので、話し続けました。

「カイというのがぼくの本当の名前だよ。カザインというのは、貴族だった時代に使っていた、チームの中での呼び名だ。被匿名(ひとくめい)とも言うんだけれどね。天空王様の親衛隊はチーム内でこれを使うんだ。本名をもじってつけることも多くて、ぼくの被匿名はカザインだった。古い古いことばで、戦士という意味がある。フレアは子どもの頃の愛称のフラーを使っていた。君たちが知っているマロは、本名とはまったく違うリングズという名前を使っていたよ。丸い輪のような眼鏡をかけているからだと言っていた。もうずいぶん昔のことになってしまったけれどね」

 それからカザインは――カイは改めてフルートを見ました。しみじみとした口調で言います。

「十六年前、闇大陸でぼくたちと出会ってパルバンを案内してくれたのは、君たちだったんだね。闇の塔を目前にして姿を消してしまったから、ぼくもフレアも君たちを精霊だと思い込んだんだ。しかも、パルバンから戻ってからは、君たちの顔や名前を思い出せなくなってしまった。まるで何かに記憶を隠されてしまったみたいにね。理(ことわり)のしわざだったのかもしれないな」

「だからおじさんたちは、これまでぼくたちに会っても何も言わなかったんですね。いつ、どうやって、ぼくたちのことを思い出したんですか?」

 とフルートが聞き返すと、カイは頭を振りました。

「理由はわからない。いつも通りに家で過ごしていたら、突然君たちの顔や名前が頭に浮かんできて、君たちが過去にやって来てぼくたちと出会ったことがわかったんだ。フレアもそうだ。ぼくと同時に君たちを思い出した――。ぼくたちは今も天空の国の自分の家にいる。君たちの居場所がわかったから、彼女の力を借りて、現し身をここに飛ばしているんだよ」

 そして、彼は大きな手を差し出しました。フルートが反射的に自分の手を出すと、ぎゅっとそれを握りしめて言います。

「あのときに言えなかったお礼を言わせてもらうよ。ぼくたちを助けてくれて本当にありがとう。君たちのおかげで、ぼくたちは無事にパルバンを渡って、とても大切なものに出会うことができた。何ものにも替えられない二つの宝だ」

「それは……ポポロとルルのことですね」

 とフルートは言いましたが、それ以上なんと続けていいのかわからなくなってしまいました。何か言わなくてはいけないのに、ことばが全然浮かんでこなかったのです。

 カイは優しい目になりました。カザインだった頃には見せなかったような、穏やかな表情で言います。

「君に話して聞かせたいことがあるんだ、フルート。ポポロやルルやゼンたちを連れて会いに来てくれ。ぼくたちは家で待っているから」

 

「え……?」

 ポポロやルルはメールの花鳥で天空の国へ向かったんですが、とフルートは言おうとして、自分の前から相手が消えていることに気がつきました。一瞬でカイがいなくなってしまったのです。

 代わりにのぞき込んでいたのはゼンとレオン、ポチとビーラーの二人と二匹でした。フルート自身はゼンに背中から抱きかかえられています。

「おい、フルート! しっかりしろって! おい!」

「意識を飛ばされたんだよ! 本当に誰のしわざだ!?」

「ワンワン、フルート! 早く目を覚まして!」

「こんなところで飛ばされたら、戻れなくなるかもしれないぞ――!」

 必死で呼びかけてくる仲間たちへ、フルートは手を上げて見せました。

「大丈夫、帰ってきてるよ」

 仲間たちは歓声を上げました。

 ゼンは強くフルートを抱きしめ、ついでにはがいじめにしてどなります。

「ったく、このすっとこどっこいが! こんなところでぶっ倒れるなんて、心配させるのもいい加減にしやがれ!」

「よせ、痛いって! それよりぼくは今――」

 フルートがカイに会ったことを話して聞かせようとすると、レオンが割り込んできました。ゼンを引きはがしながら言います。

「そんなことをしている場合じゃない。これを見てくれ」

 レオンがフルートの鼻先に突き出したのは、鶏の卵より一回り小さな卵でした。血のように赤い殻に白い斑点が散っています。

「なんだこりゃ?」

 と目を丸くしたゼンに、フルートは言いました。

「知らせ鳥の卵だ。闇大陸に行く前に、レオンがぼくたちの戻る時間に合わせて作動させたじゃないか」

「ワン、そうだ、レオンが二百日後に孵るようにしてくれたんですよね。それがちょうどぼくたちの元いた時間に当たるからって。でも、なんだかいやに赤いですね。こんなに赤かったっけ?」

 とポチが首をかしげると、ビーラーがあわてたように言いました。

「孵化が近いんだよ! 知らせ鳥の卵は孵る直前に真っ赤になるんだ!」

「そう、もうじき卵が孵る。つまり、ぼくたちはもうすぐ元の時間に追いついてしまうんだ」

 とレオンにも言われて、フルートたちは驚きました。

「どうしてだよ!? 俺たちが闇大陸に来てから、まだ三日しかたってねえはずだぞ!」

 とゼンが食ってかかると、レオンは首を振りました。

「原因はわからない。でも、ぼくたちの周りでは時間が急速に流れているらしい。ぼくたちが稼いだ過去の時間が一気に過ぎようとしているんだ」

 フルートは顔色を変えました。相変わらずすごい勢いで流れている周囲の景色を見ながら訊きます。

「時間が来たら元の世界に戻れるのか?」

「そうしたい。だが、ここは闇大陸がある場所とは別空間になっている。ぼくたちがくぐってきた入り口が、こっちの空間にはないんだ。つまり――」

 レオンも青ざめていました。そこまで言って口ごもってしまします。

「つまり、ぼくたちは卵が孵っても元の世界に戻れないってことか」

 とフルートが言った瞬間、レオンの手の上で卵の殻にひびが入り、殻を押し破って雛が頭を出しました。黄色いくちばしを大きく開けて鳴き出します。

 ギャァギャァギャアァァァ……ギャァァギャァアァァ!!!!

 そのすさまじい声に、フルートたちは思わず耳をふさぎました。

「ワン、卵が孵った!」

「時間がぼくたちに追いついたんだ!」

 ポチやビーラーが叫びますが、その声もかき消されるほどの大音量です。

 急速に流れる時間と鳴き声に取り囲まれて、少年たちはなすすべもなく立ちすくんでしまいました――。

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