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第25巻「囚われた宝の戦い」

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69.もうひとつの真実・3

 少年たちは、目の前で繰り広げられた一連の出来事を、ただ呆然と見ていました。空間を分けられて、出来事に関わることができなくなっているのですから、そうするしかなかったのです。初めのうちこそ固唾を呑んで見守っていましたが、やがてそれは驚愕に変わり、今は自分たちの目が信じられなくて立ちつくしてしまっています――。

 

 すると、フルートが急によろめきました。一、二歩ふらつきながら後ずさり、後ろにいたゼンに受け止められます。けれども、フルートもゼンも、自分がしたことに自分で気づいていませんでした。ポチやレオンやビーラーも、フルートたちには目も向けません。

 彼らが見ていたのは、フードを飛ばされたカザインとフラーの顔でした。今まで目元しか見えていなかった二人の顔が、すっかり見えるようになっていたのです。カザインは精悍な顔の青年で、短い銀髪に緑色の輪を額にはめていました。フラーのほうはチャーミングな顔立ちで、肩までの長さの赤い髪をしています。夫婦といってもまだ若い二人です。そして、その二人の顔に、少年たち全員は見覚えがありました。

「あれって、もしかして」

「どうしてあの人たちがここに……」

 とビーラーとレオンが同時に言いました。フルートたちは口をきくことさえできません。

 カザインが我に返ったように言っていました。

「赤ん坊の名前を考えなくちゃいけないな。もうエリーテじゃなくなったんだから。どんな名前がいいだろう。素敵な名前がいいな」

「それならもうとっくに考えてあるわ。結婚したときから、男の子の名前と女の子の名前を考えていたのよ」

 フラーの返事に、彼は目を丸くしました。

「準備がいいな。どんな名前だい?」

「男の子だったらグライリューン、女の子だったら――」

 楽しそうに妻が答えていきます。

 その二人の声にもフルートたちは聞き覚えがありました。これまでずっとフードの布で口元までおおっていたので、声がくぐもって、違う声のように聞こえていたのです。

 フラーはまた自分の下腹に触れると、そこへ聞かせるように言いました。

「女の子だったら、ポポロよ。かわいい名前でしょう?」

 

「マジかよ……」

 とゼンが声を絞り出しました。

 ポチは力が抜けたように、ぺたりとその場に座り込みました。

「ワン、やっぱりポポロのお父さんとお母さんだった……」

「じゃ、じゃあ、彼らの子どもに生まれ変わったエリーテ姫は――」

 とビーラーは言いかけて背中の毛を逆立てました。助けを求めるように、主人にすり寄ります。

 レオンはそれを強く抱き寄せました。

「ああ、ポポロだ。エリーテ姫はポポロになったんだ。ご両親の名前が今とちょっと違っているけれど、間違いない。ルルだけでなく、ポポロまでがそうだったんだ」

 それを聞いて、フルートは頭を振りました。そんな馬鹿な! と叫ぼうとします。

 ポポロがエリーテ姫だっただなんて、そんな馬鹿な! そんなことはありえない――!

 ところが、そのとたん、どこかで鐘が鳴りました。

 ディィィン……ドォォォン……ディィィン……ドォォォン……

 鐘の音は遠く天から聞こえてくるようです。

 そして、それと同時に、少年たちの目の前の風景がいきなり動き出しました。まるで高速で飛ぶ風の犬の背から見るように、カザインとフラーがいるパルバンの景色が流れて、周囲で渦を巻き始めたのです。

 少年たちは驚き、渦の中心で身を寄せ合いました。流れが急すぎて、その中にあるものを見極めることはできません。

 すると、流れの中から急にひとつの景色が浮き上がってきました。

 そこは部屋の中でした。薄緑色のカーテン越しに差し込む光の中、若草色のガウンをはおったフラーがベッドに身を起こし、幸せそうに笑っていました。

 ベッドのそばにはカザインが立っていて、妻の腕の中をのぞき込んでいました。そこには小さな赤ん坊が抱かれていたのです。母親譲りの赤い髪と、父親譲りの緑の瞳をしています。

「あなた、ポポロよ」

 得意そうに言う妻に、夫はうなずき返しました。

「君に似て、とてもかわいい子だな」

 その声も喜びに充ちています――。

 とたんに、その景色は流れに呑まれて消えていきました。

 すぐにまた流れから別の景色が浮き上がってきます。

 

 今度の場所は石で作られた大広間の中でした。一段高くなった場所に、輝く銀の髪に金の冠をかぶった人物が立っています。フルートたちがよく知っている、今の天空王です。

 その前にはカザインがひざまずき、罪人のようにうなだれていました。天空王は、普段の温和な顔が嘘のように、険しい表情をしています。

「カザイン、そなたは志願して妻と共に闇大陸へ行き、竜の宝を破壊することを試みた。非常に危険な任務だったが、闇の竜の復活する予感が迫っている今、竜の宝を放置しておくことはさらに危険と思い、私もそれを承知したのだ。だが、そなたたちは数ヶ月の旅の後、竜の宝を発見することができずに戻ってきた。それは責めぬ。竜の宝はパルバンの奥深く、誰にもたどり着けない魔法の嵐の奥に隠されていると言われているのだからな。親衛隊で最も優秀な魔法使いのそなたであっても、荷が重すぎる任務だっただろう。それはいたしかたないが、いつまでたってもそのときのことを報告しようとしないのは何故だ? それはそなたたちの義務であるぞ」

 厳しく追及されて、カザインはいっそう頭を低くしました。

「お許しください、天空王様。話すことができないのです。あそこで見聞きしたことを話そうとすると、我々は消えてしまいます」

 天空王は眉をひそめました。

「闇の竜の呪いか。そなたたちは過去の真実の近くまで行ったようだな。では、詳しいことは聞かぬ。はい、か、いいえ、のどちらかで答えよ――。そなたたちが闇大陸から戻る直前、天空の国で運命の鐘が鳴り響いた。世界に影響を及ぼす出来事が起きたときに鳴ると言われている、目に見えない魔法の鐘だ。だが、天空の国でも地上でも海でも、そのような出来事は起きていないように見える。あれは、そなたたちが関わった闇大陸での出来事に対して鳴ったのではないのか?」

 カザインは力が抜けたように地面にひれ伏しました。

「はい……おそらくは……」

 と答えます。

 天空王はうなずき、厳しい声のまま言い続けました。

「では、次の問いだ。つい先日、そなたの妻は子どもを出産した。大変めでたいことだ。だが、その日を境として、城下に非常に強大な『力』が出現した。天空の国に何かを起こそうという意思は感じられぬが、力の強さが桁外れだ。しかも、日を追って強くなっていく。これもやはり、そなたたちが関わった出来事によるものではないのか?」

「……はい……」

 カザインの声は小さくなっていきます。

 

 すると、天空王は壇上から降りてきました。広い大広間ですが、彼ら以外には誰もいません。カザインの目の前まで来て、天空王がまた尋ねます。

「生まれてきたそなたたちの子は、闇の竜の宝なのか?」

 カザインは頭を上げました。真っ青な顔で天空王を見つめて首を振ります。

「言えません……」

 けれども、その声と表情は事実を肯定していました。光と正義の王である天空王の前では、誰も嘘をつくことができないのです。

 天空王は深い溜息を洩らしました。

「出現した力を放置するわけにはいかぬ。今はまだ眠るように収まっているが、日を追うごとに強大になり、やがて我々天空の民が力を合わせても抑えきれないほどになるだろう。天空の国は力の暴走に巻き込まれて破壊され、影響は地上にも及ぶ。そうなる前に、なんとかしなくてはならない」

 カザインはまた激しく首を振りました。天空王ににじり寄って言います。

「私が教えます! 私はあの子の父親です! 親として、あの子に教えていきます! 力のコントロールのしかた、他人を思いやる大切さ、人々と共に生きていくことの重要性――! それを学べば、あの子は自分の力を制御できるようになります! 天空の国や世界を破壊するような、恐ろしい存在にはならないはずです!」

 けれども、天空王は厳しい表情のままでした。

「荷が重すぎる。そなただけでは力及ばないだろう」

「では、妻にも協力してもらいます! 彼女は母親だ! 私が及ばないところは、彼女が教えます!」

 とカザインは必死で言い、大きく呼吸をしてから続けました。

「天空王様、私と妻を貴族の任から解いてください! 私たちはこれからの人生を娘の教育に費やします。あの子が他者への脅威にならないように、そして、あの子自身が自分の力に呑まれることがないように、懸命に教え続けます! だから――だから、どうか――!」

 天空王は哀れむような目で彼を見ました。

「たやすいことではないぞ。強大になった力は周囲を巻き込み、身近な者に危害を及ぼすようになる。大きな危険が伴うのだ。それでも闇の竜の宝を、我が子として育てるつもりか?」

 カザインはまた首を振りました。

「あの子は竜の宝などではありません、天空王様。あの子はポポロです。私たちの大切な娘です」

 言い切って、青ざめた顔で笑って見せます。

 天空王はうなずきました。

「そなたたちの気持ちはよくわかった。では、私からも力を貸すことにしよう。朝日が昇ってから次の朝日が昇るまでの間に、ポポロは一度だけしか魔法が使えないこととする。いずれ彼女が魔法の制御を覚えれば、魔法の回数も増えるかもしれぬ。だが、それまでは、彼女が使える魔法は一日に一度だけだ。その間に、力のコントロールのしかたを教えるがいい」

「天空王様……ありがとうございます」

 カザインは目に浮かんだ涙を拭うと、床にひれ伏して感謝しました――。

 

 とたんに場面は流れの中に呑まれました。

 すぐに別な場面が浮かび上がってきます。

 そこはまた薄緑色のカーテンがかかった部屋の中でした。赤ん坊の泣き声が響いています。

 星空の衣を着たフラーが赤ん坊を抱いていましたが、いくらあやしてもなだめても、赤ん坊はまったく泣きやみません。

 フラーは同じ部屋にいたカザインに訴えました。

「ポポロはときどき、こんなふうに泣き出して泣きやまなくなるのよ。どうしてかしら? お腹はすいていないはずだし、おむつも汚れていないのに。まるで何かを呼んでいるみたいよ」

「呼んでいる? いったい何を?」

 と夫が聞き返すと、妻は何故か泣き笑いのような顔になりました。

「わからないわ……。でも、この前、この子に乳を飲ませながらうとうとして、夢を見たのよ。そこはあのパルバンだったわ。塔はすっかり崩れて砂の山になっていたけれど、その砂を黒い翼が抱いていたのよ。崩れる砂をかき集めて、ただ抱いているだけなんだけど、なんだか翼が泣いているように思えたわ。そのとたん、この子も泣き出したのよ。まるで夢の中の翼とひとつになったみたいに」

「それって、まさか」

 と目を見張った夫に、妻はうなずきました。

「ええ。あのハーピーが戻ってきているのかも。そして、ずっとこの子を探してるのかもしれないのよ」

 フラーの目から、ほろりと涙がこぼれます……。

 

 すると、場面はまた流れに戻り、次の場面が浮かび上がりました。

 そこは再び大広間でした。天空王の前にカザインがひざまずいています。

 彼の訴えを聞いたのでしょう。天空王はうなずき、考えながら言いました。

「ポポロとそのハーピーの間には、見えないつながりができているようだな。だから、ハーピーの孤独がポポロに伝わっているのだ」

「ハーピーをあのままにしておくわけにはいきません。もう一度、私に闇大陸へ行く許可をお与えください。パルバンからハーピーを連れ帰ります」

 カザインは真剣に訴え続けますが、天空王は首を振りました。

「そなたが天空の国を離れたら、誰がポポロを教育するというのだ。闇大陸とこの世界とでは時間の流れる速さが違う。そなたが行って戻ってくる間に、ポポロはたちまち成長してしまうだろう――。ポポロとハーピーの間のつながりを使うことにしよう。本当に心がつながり合っているのなら、ハーピーをこちらに引き寄せることができるはずだ」

 そして、天空王は目の前の空間に手を伸ばしました。たちまち淡い霧のような光が広がり、その向こうに荒野が現れます。灰色の空と乾いた大地が広がるパルバンです。

 色あせた砂の山に黒い翼がおおいかぶさっていました。大切に抱きかかえているのですが、砂は崩れて翼の隙間からこぼれ落ちていきます。そのたびに翼は羽ばたき、砂をかき集めては抱え直します。

 天空王は目を細めてその光景を眺めました。

「守り続けていたのか。そこから立ち去ってしまったものを、ずっと」

 翼がばさりと羽ばたきました。崩れていく砂をまた大事そうにかき集めて抱き直します――。

 天空王は翼に手を差し伸べて呼びかけました。

「来たれ、守るものよ。そなたに使命を与えよう――」

 すると、パルバンの中から黒い翼が消え、代わりに天空王の手の中に一匹の子犬が現れました。銀毛が混じった茶色い毛並みの小さな犬です。きょとんと、黒い瞳で天空王を見上げます。

 天空王は厳かに言いました。

「私のことばがわかるな? そなたはこれから、ある者のもとへ行く。その者と共にあることが、そなたの使命だ」

 子犬は不思議そうに光の王を見上げ続けました。

「シメイ?」

 と繰り返します。幼い女の子の声です。

 天空王はほほえみました。

「そなたに名前をつけてやらねばならぬな。――ルル。今日からこれがそなたの名前だ」

 

 場面がまた流れに呑み込まれ、カーテン越しに淡い緑の光があふれる子ども部屋が現れました。真っ白な産着を着た赤ん坊が、柔らかな布団の中で眠っています。

 子犬を抱いたカザインが、フラーと一緒に子犬に赤ん坊を見せていました。

「ほらルル、見てごらん。この子がポポロだよ。君はこの子を守るために天空王様からつかわされたんだ。今日からこの子が君の妹だよ。君はお姉さんさ」

「おねえさん?」

 子犬はびっくりしたような顔をしました。眠っている赤ん坊を、まじまじと見つめます。

「でも、この子、犬じゃないわよ。ぜんぜん似てないわよ」

「それでも、この子はあなたの妹なのよ、ルル。よろしくお願いね」

 とフラーがほほえみながら子犬をなでました。いとおしむ優しい手つきです。

「いもうと……?」

 子犬は一生懸命赤ん坊の顔をのぞき込むと、ふいに笑う声になって言いました。

「かわいいっ!」

 子犬がベッドに飛び降りて赤ん坊をなめると、眠っていた赤ん坊も目を開けました。宝石のような瞳で子犬を見て、えぇぇ、と笑うような声をあげます。

「いもうと、いもうと、わたしの妹!」

 子犬は嬉しそうに繰り返すと、抱きかかえるように、赤ん坊に前脚を回しました――。

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