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第25巻「囚われた宝の戦い」

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66.願い

 「だめだ! そんなことは絶対にだめだ!」

 フルートはエリーテ姫の願いを聞いたとたん、そう大声を上げました。

「ったく! どうせそんなこったろうと思ったぜ!」

 とゼンも顔をしかめてどなります。

「ワン、エリーテ姫は体が塔に同化してしまっているから、塔を破壊すると一緒に消滅してしまうんですね」

「彼らはこんな願いを聞いたりはしないよな? 二千年間も囚われでいたあげくに、塔と一緒に破壊されて殺されるだなんて、いくらなんでもあんまりだもんな」

 ポチとビーラーは心配そうにカザインたちを眺めます。

 ところが、レオンは考える顔で首を振りました。

「いや、彼らはきっとエリーテ姫の願いを聞くだろう。なにしろ、竜の宝はこの時点を境にパルバンからなくなってしまったんだからな」

 顔色を変えて反発しようとした仲間たちは、レオンの言っていることがわからなくて目を丸くしました。

「どういうことだ?」

 とフルートが聞き返します。

 レオンは丸い眼鏡を指で押し上げると、低い声で話し出しました。

「もちろん、ぼくだって、それはあんまりだと思うさ。だけど、思い出してくれ。前にこの大陸に来たときに、パルバンの番人だった岩の顔が言ったことを――。竜の宝は今はもうパルバンにない。二人の人間が『向こう』からここに入り込んで去って行った後、宝がなくなった。彼はそう言ったんだ。だからこそ、ぼくは宝がなくなる直前に狙いを定めて、時間をさかのぼったんだからな」

 ポチは小さな頭をかしげると、確かめるように言いました。

「ワン、つまりそれはカザインたちが塔を破壊したからだ、って言いたいんですか? 岩の顔は竜の宝が誰かに盗まれたと思っていたけど、実は姫がカザインたちに消滅させられていたってことですか?」

「そう考えればつじつまが合うだろう?」

 とレオンは沈んだ声で答えます。

 そのとたん猛反発したのはフルートでした。

「そんなはずはない! ぼくは前回ここに来たときに、三の風の嵐の中にこの塔を見た! 塔は破壊なんかされていなかったんだぞ!」

「それが大地の記憶だったとしたら?」

 とレオンが聞き返すと、フルートはたちまち顔色を変えました。言い返そうとしてことばに詰まり、思わず塔の上のエリーテ姫を見上げます。

 レオンは静かに話し続けました。

「前にも見たとおり、大地の記憶っていうのは、その場所で起きた過去の場面の再現だ。このパルバンみたいに魔力の強い場所でよく起きる。フルートが見た黒い塔は実体じゃなかったのかもしれない。岩の顔が言っていた通り、竜の宝は十数年も前にパルバンからなくなっていて、それはカザインたちがエリーテ姫の願いを聞き届けたからなんだろうと――ぼくはそう思うんだよ」

 そんな……とゼンや犬たちも黒い塔を見上げます。

 

 エリーテ姫はそんな少年たちには気づかずに、カザインたちに向かって話し続けていました。

「セイロスが世界の最果てに幽閉されてから、長い時間が過ぎました。梟の王が告げた復活のときが迫っているような気がするのです。私がここにいる限り、彼は必ずまた私を取り戻しに来るでしょう。そうなれば、闇大陸はまた戦場になります。私を守るためにパルバンの番人になってくれた人々は、その戦いの矢面に立つことになるのです――。彼らは私のために禁じられた魔法で自分を複製し、ここにいる理由も目的も誰も覚えていないというのに、それでも献身的にパルバンを守り続けています。人形から新たな番人に生まれ変わった者たちもいます。そんな彼らをこれ以上危険にさらしたくはありません。私自身のつらい日々を終わらせたい。そして、番人たちも自由にしてあげたい。それが私の願いなのです」

 エリーテ姫にほほえみかけられて、ハーピーはびっくりした顔になりました。首をかしげて姫を見つめ返します。

「ぼくたちに塔を破壊しろというのか」

 とカザインは言うと、手で目をおおって考え込んでしまいました。頭にかぶったフードから見えるのは目だけなので、カザインがどんな表情をしているのか、外からはまったくわからなくなります。

 フラーは今にも泣きそうな目でカザインとエリーテ姫を見比べていました。何かを言いたいのに言うことができない。そんな感じです。

 フルートはカザインの前に飛び出しました。彼に向かって激しく言います。

「塔を破壊するな! こんなにつらい人生を歩いてきた人を、最後の最後に殺そうってのか!? そんなことがあっていいはずがないだろう!!」

 すると、ゼンとポチも口々に言いました。

「そうだぞ、カザイン! いくらエリーテ姫が頼んだって聞くんじゃねえ!」

「ワン、きっと姫を解放する方法がありますよ! それを考えてくださいよ!」

 カザインには聞こえないとわかっていても、どうしても言わずにはいられなかったのです。

「レオンなら何か方法が思いつくよな? なんとかしてやってくれよ!」

 とビーラーに言われて、レオンは困惑した顔になりました。彼らは今、カザインやエリーテ姫たちとは別の空間に分けられてしまっています。向こうの様子はわかっても、こちらから働きかけることはできないのです。

「だから理(ことわり)はぼくたちとカザインたちを分離したんだろうか……?」

 とつぶやいてしまいます。

 

 カザインが顔をおおっていた手を下ろしました。決心をした目でエリーテ姫を見上げて言います。

「あなたの気持ちはわかった。あなたの望みをかなえてやろう」

 フラーは息を呑み、ハーピーは羽根を逆立てて体をふくらませました。

 フルートたちも血相を変えます。

「だめだ、カザイン! 絶対にだめだ!」

「馬鹿野郎! エリーテ姫を殺すのかよ!? んなことしていいと思ってんのか!?」

「ワンワン、カザイン!」

「カザイン!」

 すると、カザインは溜息をついて静かに続けました。

「彼女をこのままこの場所につなぎとめておくほうが、彼女にとっては残酷なことだ。彼女は二千年間もここにつながれていたんだ。もう自由にしてやろう。それが彼女の望みなんだから……」

 声がとぎれました。フードからのぞく目がつらそうに細められます。

「カザイン!!」

「よせって言ってるだろうが!」

 フルートやゼンが飛びつきましたが、彼らの腕や体はカザインをすり抜けてしまいました。ポチやビーラーはカザインのマントをくわえて引き留めようとしますが、牙は空をかむばかりです。

「ありがとう」

 とエリーテ姫は笑顔になりました。ふぅっとあたりへ息を吐くと、またほほえんで言います。

「周囲に充ちていた魔法の気を吹き払いました。これでもう爆発は起きません。魔法を使っても大丈夫です」

 カザインはうなずくと、塔に向かって両手を突き出し、指先を重ね合わせました。確かめるように口の中で何かをつぶやくと、おもむろに呪文を唱え始めます。

「レシバトホヨーリカヒルナイセーニメタクーダクチウオ……」

「塔を打ち砕く光の魔法だ」

 とレオンは言いました。彼の目にはカザインの手の先に魔力が集まっていくのが見えました。それはみるみる明るさを増し、やがてフルートたちにも緑の光となって見えるようになっていきます。

「だめだ、カザイン!!」

 フルートたちは必死で止めようとしましたが、やっぱり彼らの声は届きませんでした。彼らの手はカザインをすり抜けるだけです――。

 

 すると、ハーピーがいきなり青灰色の翼を広げました。羽音をたてて飛び立つと、カザインとエリーテ姫の間に割って入って甲高く叫びます。

「ダメだ! ダメだ! ダメだ!」

「どけ、ハーピー!」

 とカザインはどなりましたが、ハーピーはどきませんでした。エリーテの前で羽ばたきながら言い続けます。

「おまえはエリーテを殺そうとしている! ナゼだ!? かわいそうなエリーテを殺したら、もっとかわいそうじゃないか! エリーテを殺すな!」

「彼女をこのままそこに縛りつけるほうが、よほどかわいそうなことなんだよ! そこをどくんだ、ハーピー! 彼女を楽にしてやろう!」

 カザインの厳しい声の奥には深い苦悩がありました。フラーは立ちつくしたまま、両手で口をおおって泣き出します。

 けれども、ハーピーは承知しませんでした。

「ダメだ、ダメだ、ダメだ! エリーテを殺すな! 絶対に殺すな!」

「もういいのよ、ハーピー」

 と話しかけたのはエリーテ姫でした。振り向いたハーピーに優しく言います。

「私はずっと願い続けてきたの。光の魔法を使う戦士がここまでやってきて、闇の力を持つ塔を壊してくれることを。塔が壊れれば私の苦しみもやっと壊れてなくなるわ。あなたたち番人もパルバンから解放されて自由になる。これからはあなたたちの好きなように生きていいのよ。自由に生きられなかった私の分まで……。だから、そこをどいてね。私をこの処刑場から解き放ってちょうだい。お願いよ」

 姫の声は幼い子どもを諭すようでした。目を見張っているハーピーに、やつれた顔でにっこりと笑ってみせます。

 それを見て、カザインはまた呪文を唱え始めました。闇の塔を破壊する魔法を両手の先に集中させていきます。

「カザイン!!」

 フルートたちは叫んでカザインの手にしがみつきました。輝き出した魔法を払い落とそうと必死になりますが、もちろんそんなことはできません。魔法が力を増して大きくなっていきます。

 そのとき、ばさりと羽音をたててハーピーが身をひるがえしました。青灰色の翼を大きく広げると、塔に浮かび上がっているエリーテ姫を包み込むように抱きしめます――。

 

 フラーは悲鳴を上げました。

「よせ、ハーピー!」

 とカザインもどなります。驚きのあまり、攻撃魔法を繰り出すことは忘れてしまいます。

 抱きしめられたエリーテ姫も、顔色を変えて叫びました。

「離れて、ハーピー! 早く私から離れて! さもないとあなたは……!」

 とたんにハーピーの体が変化し始めました。

 彼女はカザインやフルートたちに背を向けながら、エリーテ姫ごと塔を抱きしめていたのですが、みるみるその体が縮み始めたのです。細くて長い足が引き寄せられるように体の中にめり込み、頭が向こう側にがくりと垂れます。

「ハーピー!!」

 フルートたちは塔の向こう側に回り込み、頂上を見上げて息を呑みました。

 ハーピーは頭を垂れたのではありませんでした。いくら正面から見上げても、彼女の頭や顔が見えません。彼女の頭部は鳥の体の中に吸い込まれていました。かぎ爪がついた両足も、めり込みながら体の中に消えていきます。さらにその体もどんどん縮んで小さくなっていき、翼の根元に呑み込まれ、最終的には翼だけが残りました。頭も体もない、一対の翼だけの存在です。

 すると、翼の色が変わり始めました。塔の色が染みこむように、青灰色の羽毛が闇の色に染まっていきます。

 地上の一行は立ちつくしました。ハーピーは大きな黒い翼に変わってしまったのです。

 それでも彼女は羽をいっぱいに広げ、包み込むように黒い塔の先端を抱いていました。翼の中のエリーテ姫を懸命に守り続けています。

「これって……そんな、まさか」

 フルートは信じられないようにつぶやきました――。

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