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第25巻「囚われた宝の戦い」

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63.過去の真実・5-3

 世界の最果てのこの世ならざる場所に幽閉する、と竜王から宣言されて、セイロスは怒りの表情になりました。その体にも、足元につながっている闇の竜にも、細い紐のようになった竜たちが絡みついています。どんなに彼が闇の竜の力でもがいても、振り切ることができません。

 セイロスは地上に向かって叫びました。

「闇の中に生きる我がしもべたち! この戒めを断ち切って、私を自由にするのだ!」

 地上にはまだ数え切れない闇の怪物がひしめいていたのです。

 ところが、怪物たちがいっせいに紐に取り憑き、食いちぎろうとすると、塔の下に天空王が現れました。響く声で言います。

「そうはさせぬ! 貴族たち、竜の戒めを守るのだ!」

 すると、怪物たちの間に大勢の人間が姿を現しました。全員が天空王と同じような白い服を着ていて、何かに向かって叫びます。

「行け!」

「闇の怪物を倒せ!」

「竜の戒めを怪物から守るんだ!」

 そのとたん竜の紐から怪物が吹き飛ばされました。さらに目に見えない刀で切り刻まれたように、ばらばらになって地上に落ちてきます。

 たじろいだ怪物たちも、次の瞬間には同じような目に遭っていました。見えない何かに吹き飛ばされ、首を切られ、さらに炎を吹いて燃え上がったのです。

「なんだ!?」

 セイロスは地上へ目をこらしました。怪物たちは次々に倒され燃え上がっているのに、何が怪物を攻撃しているのかわからなかったのです。

 すると、ヒキガエルのような怪物が長い舌で敵を捕らえました。それは白い人形でした。手足が長く、どちらが前か後ろかわからない、のっぺりした顔と体をしています。

 と、人形の腕が動いて怪物の舌を断ち切りました。腕に鋭い刃が現れたのです。白い顔に口のような穴が開いて炎を吹き出し、カエルの怪物を火だるまにします。

 驚くセイロスへ、天空王は言いました。

「これは闇の軍勢と戦うために天空の国で作られた戦人形だ! 長年の研究と開発の末に先日ようやく完成した! そなたが願い石の元へ向かったとき、我々が天空の国に戻っていたのは、これを装備するためだったのだ! これさえあれば、皆と力を合わせて闇の竜を倒せるものと思っていた! よもや、そなたを捕らえるために使うことになろうとはな――!」

 地上では闇の怪物が次々と倒されていました。何百人もの天空の国の貴族が、それぞれの戦人形を繰り出しているのです。戦人形は目にも留まらない速さで動き回り、怪物を攻撃して燃やしていきました。空にいる怪物さえ、戦人形が撃ち出した炎の弾に撃ち落とされています。

 さすがの闇の怪物も、この有り様には震え上がりました。反撃しようにも、戦人形が速すぎて見つけることができないのです。怪物たちは大きく後退し、そこにも戦人形が襲いかかってきたので、いっせいに背を向けて逃げ出しました。黒い波が引いていくように、闇の怪物たちが戦場から逃げ出していきます。

 地面から闇の竜へ伸びる紐は無傷のままです――。

 

「これでおまえが逃れる手段は完全になくなった。おとなしく己の運命に従って、世界の最果てへ行くがいい」

 と竜王はセイロスへ言うと、視線を下に向けて、地上にいる琥珀帝へ言いました。

「我らは奴を世界の果てまで連れていく。だが、そのためにシュンの国から飛竜以外の竜はほとんどいなくなってしまうだろう。飛竜は人間に飼い慣らされて魔力を失ったので、奴の捕縛には加われないのだ。この我も、奴を封印するためにこの世から消えることになる。しかし、はるか昔、シュン王の祖に救われて以来、我ら竜の一族はシュンの王家の守護獣となり、王の血筋と王の国を守り続けてきた。この契約はこれからも続く。そなたたちだけではどうすることもできない事態に陥り、王の国が危うくなったとき、我はこの世ならざる場所からまた現れて、そなたの子孫を助けてやろう」

 すると、セイロスがさえぎるように言いました。

「私は幽閉などされん! 私は願い石によって世界の王になることを約束されたのだ! 誰であっても、その邪魔をすることはできないぞ!」

「この期に及んで負け惜しみを言うとは、セイロスともあろう者が見苦しい」

 と琥珀帝が溜息をつくと、塔の陰から別の声がしました。

「いいや、奴の言うことは正しい。たとえ竜王であっても、願い石の力を止めたり、本来の方向とは別の方向へねじ曲げたりすることはできないのだ」

 年とった男性の声でしたが、塔の後ろから現れたのは一羽のフクロウでした。全身灰色で、鷹ほどの大きさがあります。

「梟(ふくろう)の王、それは予言ですか?」

 と天空王が驚いて聞き返すと、フクロウに続いて大きな白猿と赤毛の狐も姿を現して言いました。

「梟の王は偉大な予言者だ。彼が告げることは必ず成就する」

「彼は闇の竜を永遠に捕らえておくことはできない、と言っているのだ」

 獣の王たちは困惑した様子をしていました。せっかく敵を捕まえたというのに、いずれまた逃げ出すぞ、と予言されているのですから当然です。

 セイロスが勝ち誇ったように言いました。

「そうだ、私は必ずまたこの世に戻ってくる! そのときこそ、私はこの世界を我が手に収め、世界の王になるぞ! それまで貴様たちはこの戦いのことを語り継げなくなる! 貴様たちだけではない! この世界の山も川も海も空も、あらゆる生きものも、あらゆる死んだものも、神も精霊も、この戦いのことを語り継ぐことはできなくなる! この禁を破って戦いを語ろうとすれば、そのものは消滅するし、記録に書き残そうとすれば、その書物は燃え尽きる! これは世界が消滅するまで消えることがない契約だ!」

「セイロスが闇の竜の力で世界に呪いをかけているぞ!」

 と猿の王が叫び、天空王が防ごうとしましたが、魔法はセイロスの前で砕けてしまいました。天空王の魔力でも、闇の竜の呪いには対抗できなかったのです。セイロスのことばが黒い揺らぎになって、あっという間に広がっていきます。

「奴を世界の最果てへ連れ去れ!」

 と竜王が命じると、竜の紐はいっせいに縮み始めました。巨大な闇の竜を背中のセイロスごと、じりじりと地面へ引き寄せ始めます。

 闇の竜は抵抗して首や体をねじりました。砦を破壊した声で鳴こうとしますが、その口にも竜の紐が絡みついていたので、声を出すことができません。

 その様子を一同は見守りました。塔の上空からは竜王が、塔の下からは天空王と琥珀帝が、さらにその近くから猿の王と狐の王と梟の王が、この世ならざる場所へ引き込まれようとする敵を見つめます。

 エリーテ姫も塔の上の展望台から青ざめて見つめています――。

 

 すると、セイロスがエリーテ姫をにらみつけてきました。

「よくも私を謀(たばか)ったな! 裏切り者め!」

 恨みと憎しみがこもった声に、姫は後ずさりました。展望台の中心の円柱に突き当たって、それ以上下がれなくなります。

 セイロスは姫をにらみ続けました。

「おまえは私から逃げて光の連中の元へ走った。それならば、永遠にその場所に居続けるがいい! 何ものもおまえをその場所から解き放つことはできない! 死ぬことができないおまえは、世界が終わるそのときまで、その場所で生きるのだ!」

 とたんに塔が揺れ出しました。金属のような物質でできた塔ですが、展望台の縁にひび割れが走り、そこから手すりが崩れ落ちていきます。

 姫は円柱に背中を押しつけてしがみつきました。そうしないと揺れる塔から振り落とされそうだったのです。頭上からは展望台の屋根が音を立てて崩れてきました。思わず目をつぶった姫をかすめるように落ちていきますが、幸い姫に命中することはありませんでした。さらに、塔が先端から根元に向かって黒く染まり始めます。

「塔が闇に染まっていく! 皆、離れろ!」

 と天空王が言って障壁を張りましたが、その向こうで塔が黒く染まったとたん、すさまじい爆発が起きました。塔の近くにいた天空王や琥珀帝、獣の王たちが吹き飛ばされます。

「奴を連れ去れ! 世界の最果てに封印するのだ!」

 と竜王の声が雷鳴のように響き、竜の紐は闇の竜をぐんぐん地面へ引き寄せていきました。どんなに闇の竜が身もだえしても、抵抗することができません。

 やがて闇の竜は地面に引き下ろされました。それでもなお竜の紐は縮み続け、敵を地中へ引きずり込んでいきます。

「天空王!」

「天空王様!」

 白い衣を着た天空の国の貴族たちが集まる中、冠をかぶった天空王が立ち上がりました。

「大丈夫だ、心配はいらん」

 天空王が手を振ると、その周囲で琥珀帝や獣の王たちも立ち上がりました。天空王が魔法で守っていたのです。全員で闇の竜を見つめます。

 錦の紐にがんじがらめにされたセイロスも、闇の竜と共に地中に沈もうとしていました。竜の紐が頭にも絡みついたので、彼はもう呪いを吐くこともできなくなっています。

 すると、セイロスが歯を食いしばりました。猿ぐつわのように口に食い込む竜の紐を、牙で食いちぎってしまいます。

 全員が、思わずはっとすると、セイロスは血の色の瞳で彼らをにらみつけて言いました。

「私は去る。だが、これは束の間だ。私は必ずこの世に戻り、今度こそ世界を我がものにしてみせる。そのときにはもう貴様たちはこの世にいない。私は誰にも邪魔されることなく世界の王になるのだ!」

 オォォオーーーオーォオオォォー……

 咆吼がセイロスの声に重なって響き渡り、遠ざかっていきました。闇の竜がセイロスもろとも完全に地中に引きずり込まれたのです。

 闇の権化の姿が消えた後には、パルバンの荒野が広がっていました――。

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