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第25巻「囚われた宝の戦い」

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62.過去の真実・5-2

 新しい場面に映し出されたのは、荒野にそそり立つ塔でした。

 塔は非常に高かったので、まるで一本の立木のように見えました。つや消しの金属のような表面が日に照らされて白々と輝いています。

 そのてっぺんには手すりと屋根を設けた展望台があり、そこにエリーテ姫がいました。手すりを固く握りしめながら、遠くを眺めて涙を流しています。

 すると、同じ場所に天空王が姿を現しました。今の天空王は輝く銀の髪とひげの中年の男性ですが、この時代の天空王は栗色の短い髪をした初老の男性でした。金の冠はかぶっていますが、白地に金の刺繍の服を着て白いマントをはおっています。天空の民の象徴である星空の衣は、この戦いが終結した後に、自省のために着用されるようになったのです。

「いよいよセイロスが闇の怪物と共に近づいてきた。覚悟はよいだろうか」

 と天空王が話しかけると、エリーテ姫は振り向くことなく答えました。

「もちろんです……彼を止めなくてはいけません」

 涙を流していても、きっぱりとした声でした。彼女が見つめる荒野の彼方からは、セイロスが迫っているのです。

 天空王は話し続けました。

「光の戦士たちが命がけで敗退を演じてくれたおかげで、セイロスはこれが罠とは気づかずに接近している。あなたはここで、できる限り長く彼を引き留めてほしいのだ。その間に我々は彼を捕縛する」

 けれども、そこまで言って、天空王はひどく心配そうな顔になりました。

「正直なことを言えば、これは非常に危険な役目だ。あなたは確かに彼の宝のような存在だが、それでも彼はあなたに危害を加えるかもしれない。我々は塔の周囲であなたを守るが、主力は彼を捕らえる側に回っているので、あなたを守る力が足りないかもしれないのだ」

 すると、姫は青ざめた顔で天空王へほほえみました。

「私は死ぬことはありません。セイロスが私に竜の力を分け与えたときに、そういう体になってしまったのです――。私のことはどうぞお気遣いなく。それより、皆様こそお気をつけください。彼の破壊力は本当にすさまじいのです」

「ありがとう。我々も充分気をつけることにする」

 と天空王は言って姿を消していきました。高い塔の上にはまたエリーテ姫だけが残ります。

 

 やがて、黒雲が湧き上がるように空の一角が暗くなり始めました。空の下の地上も黒く染まっていきます。それは押し寄せる闇の怪物の大群でした。地平線の向こうから闇の竜もゆっくりと姿を現します。

 とたんに荒野で戦闘が始まりました。

 塔の手前に光の戦士たちが砦を築いて待ち構えていたのです。魔法攻撃が闇の怪物や竜に飛び、激しい爆発を引き起こします。

 続いて軍勢が雄叫びをあげて飛び出していきました。鎧兜で身を包んだ光の戦士たちです。風の犬や飛竜や鳥たちは空に舞い上がり、ドワーフやノームや獣たちは地上を走って、闇の怪物へ襲いかかります。

 光の戦士たちは合いことばのように同じことを叫んでいました。

「倒せ、倒せ! 闇の竜を倒せ! 裏切り者を許すな――!」

 空でも地上でも、光の戦士と闇の怪物が入り乱れた戦いが繰り広げられます。

 闇の竜とセイロスにも大量の攻撃が集中しましたが、それは周囲で砕けてまったく届きませんでした。セイロスが冷ややかにまたつぶやきます。

「くだらん」

 その声に闇の竜の鋭い鳴き声が重なりました。

 キェェエェェェ……!!

 とたんに空から光の戦士たちが墜落し、地上では石積みの砦が爆発して粉々になりました。たたきつけられ吹き飛ばされた光の戦士に、闇の怪物がよだれを垂らして襲いかかります。

 

 ところが、砦の中に一カ所だけ砕けずに残った場所がありました。石を積み上げた防壁の上に天空王が立っています。

「セイロスよ、私の声が聞こえるか!?」

 天空王の声は魔法で周囲に広げられていました。

 闇の竜は前進をやめて空中で羽ばたきを始めました。

「天空王か。私になんの用だ」

「目を覚ませ、と忠告に来た。そなたは先日まで我々と共に戦い、闇の駆逐に全力を尽くす仲間だった。私が態勢を整えるために親衛隊と天空の国へ戻っていた間に、そなたは願い石の元へ行き、闇の竜に心を捕らえられてしまったのだ。私はそなたと敵同士になって戦いたくはない。これが最後のチャンスだ。思い直して、我々の元へ戻ってきてくれ」

 真剣な顔と声で呼びかけていますが、セイロスはまったく心動かされませんでした。冷ややかに笑って言います。

「おまえたちは先ほど、私を倒せ、裏切り者は許すな、と言ったぞ。おまえたちの魂胆は読めている。世界の番人を気取るおまえたちは、私の存在が許せないのだ。私は闇の竜の力で世界を征服しようとしているが、おまえたちは光の力で世界を支配しようとしている。どちらも同じことだぞ、天空王」

 天空王は冠をかぶった頭を振りました。

「それは違うぞ、セイロス。我々は世界の秩序と平和を守ろうとしているのだ。闇による世界の破壊を望むそなたと同列ではない」

「私は闇の力で世界を再構築する。これは新生のための破壊なのだ。おまえたちこそ、耳障りのいいことばで自分たちの独善と優越を正当化しているではないか。私は己に正直になっただけだ」

「では、どうしても世界征服をやめないと?」

「無論だ」

 天空王との話し合いが決裂した瞬間、闇の竜が口を開いて、また鋭く鳴きました。鳴き声が空と大地をびりびりと震わせ、天空王が立っていた砦を一瞬で破壊してしまいます。大勢の光の戦士が爆発に巻き込まれて吹き飛ばされましたが、天空王はどこかへ姿を消しました。ふん、とセイロスが鼻を鳴らします。

「天空の連中は逃げ足だけは速いな」

 闇の竜は翼を羽ばたかせてまた前進を始めました。地上の怪物たちが歓声をあげて新しい獲物に襲いかかっていきます。

 

 すると、行く手から声がしました。

「やめなさい! 彼らに手を出すことは許しません!」

 高い塔の上からエリーテ姫が叫んだのです。

 醜悪な怪物の群れは襲撃をやめて、いっせいに塔を見上げました。セイロスが闇の竜の上で薄笑いをします。

「そこにいたな、我が宝よ。私の力を分け与えたために、闇の怪物に命令できるようになったか。だが、命令の強さでは私のほうがはるかに上だ。私に逆らって私を亡きものにしようとする連中を、私は決して許さん」

 再び怪物の襲撃が始まりました。逃げる光の戦士たちに追いすがり飛びかかります――。

「やめて、セイロス!」

 とエリーテ姫は叫びました。

「やめてやろう。おまえが私の元へ戻ってきたらな」

 とセイロスが答えます。

 姫は黙り込み、その間にセイロスは空を飛んで近づいていきました。怪物の大群はそれより早く塔へ押し寄せますが、あるところまで近づくと急に進めなくなり、悲鳴を上げて消滅し始めました。塔は光の魔法の障壁で守られていたのです。

 塔の手前で立ち止まったセイロスは、空中で羽ばたきながら言いました。

「くだらん。こんなもので身を守れると思っているのか? だが、束の間でもおまえを傷つけることは私の本望ではない。なにしろおまえは私の宝だからな。最後にもう一度だけチャンスをやろう。私の元へ戻れ、エリーテ。そうすれば、おまえも光の戦士どもも傷つけずにおいてやる」

 すると、姫はきっぱりと首を振りました。

「いいえ、戻りません。闇の竜になったあなたのやり方はよく知っています。あなたは私を取り戻したとたん、この場所の光の戦士を容赦なく全滅させます。あなたが自分の敵を許すはずはないのです」

 ふん、とセイロスはまた鼻を鳴らしました。

「相変わらず反抗的な女だ。そんなに光の連中と運命を共にしたいのなら、連中と共に吹き飛ばしてやろう。どのみち、おまえは死ぬことはできないのだ。生きながら引き裂かれ、それでも死ぬことができない苦しみを味わうがいい」

 闇の竜が身を起こし、巨大な前脚を塔に向かって伸ばしてきました。黒い鋭い爪を見えない壁に突き立てようとします――。

 

 とたんに何かが飛んできて、闇の竜の右の後脚に絡みつきました。続いて左の後脚にも絡まります。

 闇の竜は前脚を止め、長い首をねじってそれを眺めました。セイロスが眉をひそめます。

「なんだ、この――紐は?」

 二本の長い紐のようなものが地上から闇の竜に向かって伸びていたのです。一本は青、もう一本は赤い色をしていますが、どちらも反対側の端は地面に突き刺さっています。

 すると、紐はいきなり、びんと音を立てて張り詰めました。闇の竜に絡みついたまま、ぎりぎりと地面に向かって縮み始めます。

「こざかしい! こんなもので私を捕らえようというのか!?」

 とセイロスは竜の頭で紐に食いつきましたが、紐はびくともしませんでした。それどころか、色とりどりの紐が地面から次々に飛び出してきては絡みついてきます。見た目は細い紐なのに、闇の竜はそれを振り切ることができませんでした。やがて、何千本にも増えた紐が、闇の竜の体をがんじがらめにしてしまいます。

 すると、塔の下に青い上着を着た人物が現れました。琥珀帝です。その周囲には、とぐろを巻いた白い竜が浮いていました。

「どうやらうまく捕縛できたようだな」

 と琥珀帝は白竜に言いました。

「はい、我々の中庸の力を闇のものは感知できませんから」

 と竜は答え、琥珀帝へ丁寧に頭を下げて続けました。

「それでは私もここでおいとまさせていただきます。私も闇の竜を捕らえる力の一助となりますので」

「よろしく頼む」

 と琥珀帝が答えると、白竜はとぐろをほどいて飛び、ものすごい勢いで地面に自分の尾を突き刺しました。そのまま自分の体を長く長く伸ばし始め、白い細い紐のようになるまで自分の体を伸ばしきると、闇の竜の首に絡みついていきました。闇の竜を捕らえている紐は、すべて生きた竜だったのです。赤、青、黄、緑、白、黒……様々な色の竜は、闇の竜の体の上で錦の網を織り上げています――。

 そこへ、どこからともなく、もう一匹の巨大な竜が現れました。蛇のような体に四本の脚、白く輝くうろこにおおわれた竜王です。

 竜王はエリーテ姫の塔の上でとぐろを巻き、身動きが取れなくなった闇の竜へ言いました。

「我々はおまえを捕らえた。おまえにその戒めをほどくことは不可能だ。おまえに世界を支配させ、破壊と破滅に向かわせるわけにはいかぬ。我は世界の最果ての、誰もたどり着くことができないこの世ならざる場所に、おまえを幽閉する。その場所で永遠の時を過ごすがいい、セイロス」

 竜王の宣告は雷鳴のようにパルバンの大地に響き渡りました――。

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