息を詰めるようにして見守るフルートたちやカザインたちの前で、過去の光景はまた新しい場面になりました。水平線まで続く海が現れます。
波が打ち寄せる砂浜で大勢がエリーテ姫を出迎えていました。人間、エルフ、ドワーフ、ノーム、動物や鳥たち、海からは武装した海の民や半魚人、海の生き物たちも姿を現しています。
白い竜から降り立ったエリーテ姫に初老の男性が手を差し伸べました。
「闇大陸へようこそ。我々光の軍団に加勢を決断してくださったことを、心から感謝します」
その人物の顔を見て、レオンが、あっと声をあげました。
「天空王だ、今から二千年前の!」
レオンたち天空の国の学生は歴代の天空王について彫刻や絵画を通して学んでいくので、過去の王の顔を知っていたのです。
「ワン、あっちはシュンの国の琥珀帝ですよ」
とポチが天空王の後ろに立つ中年の男性を示しました。エリーテ姫を下ろした白い竜が、琥珀帝の周囲でとぐろを巻きます。
フルートは考えながら言いました。
「セイロスが味方を裏切ってデビルドラゴンになった後、天空王や琥珀帝が中心になって光の軍勢を再編したんだな。セイロスを捕らえて幽閉するために……」
エリーテ姫は天空王と握手をしていました。
「あなた方の作戦を教えてください。セイロスを止めるために私にできることがあれば、なんでも協力します」
きっぱりとした声は固い決心を感じさせます。
天空王はうなずきました。
「あなたでなければできないことだ。我々はパルバンの中心に砦を築き、高い塔を作った。そこでセイロスを待ち受けてほしいのだ。彼があなたを取り戻しに来たら、我々は全力で彼を阻止する。だが、これは見せかけの行動だ。我々は彼に押されて後退するふりをしながら、あなたがいる塔まで彼を誘導する。そして、彼を捕らえるのだ」
「彼の捕縛には我々が全面的に協力する」
と言ったのは白竜に守られている琥珀帝でした。
「セイロスは非常に強大な闇の力を手に入れたが、竜王たちが持つ中庸の力に対抗することはできないからだ」
姫はうなずきました。ドレスの裾を握りしめながら言います。
「彼はどこにいても私のいる場所を知ることができるので、きっと私のいる場所へ現れるでしょう。どうか必ず彼の暴走を止めてください。お願いします」
生き残りの光の戦士たちは姫の嘆願にうなずき返しました。その中には白い大猿や赤毛の大狐もいます――。
場面はまた変わり、荒涼とした平原が現れました。大小の岩が転がる大地の上に青空が広がっています。
その荒れ地を埋め尽くしながら前進するのは、おびただしい数の怪物でした。人のようなもの、獣のようなもの、鳥のようなもの、虫のようなもの、魚のようなもの、そのどれにもまったく似ていないもの……様々な怪物がいますが、どれも醜悪な姿をしていました。闇の怪物の大群です。
怪物の先頭に象の頭をした巨人がいるのを見て、フルートは、はっとしました。この怪物たちを以前にも見たことがあったのです。
カザインたちのほうでも同じことに気づいていました。ハーピーが怪物を見て言います。
「こいつらは覚えているぞ! ここに来る途中で見た幻の怪物だ!」
「ああ、そのようだな。あのときに大地の記憶が見せた怪物だ。大地はこの場面を再現していたんだな」
とカザインが言うと、フラーがちょっと苦笑しました。
「これも記憶の再現よ。エリーテ姫の」
闇の怪物はひしめき合いながら荒野を進んでいきましたが、やがて行く手の空から新たな集団が姿を現しました。飛竜や空飛ぶ犬に乗った戦士たちが、闇の怪物に攻撃をしかけます。
ゼンは、うぅむとうなりました。
「この場面も前に見たぞ。光の軍勢が闇の連中を止めようとしてるんだよな」
「でも、それも本気じゃなくて、負けるふりをしながらエリーテ姫のところへセイロスを誘導しているんだろう? 命がけで」
とビーラーも言ったところへ、闇の大群を追いかけるように、空の彼方から巨大な竜が現れました。全身真っ黒で背中には四枚の翼があります。
ゼンは顔をしかめました。
「出やがったな。背中を見ろよ。やっぱりあの野郎がいるぞ」
以前見たときと同じように、闇の竜の背中には紫の防具を着たセイロスがいたのです。前回は遠目にしか見えなかったセイロスですが、今回は彼らにもはっきり見ることができました。黒いうろこにおおわれた背中の上で、腕組みをして仁王立ちになっています。立ったまま乗っているように見えますが、その足元は竜とつながっていました。デビルドラゴンと一体になっているのです。
そうか! とフルートは膝を打ちました。
「セイロスはデビルドラゴンの力を強く呼び出すと竜の姿になってくる。でも、完全にデビルドラゴンの姿になると精神まで乗っ取られてしまうから、それはできないんだ!」
「完全な闇の竜の姿になると、闇の竜の力を抑えることができなくなるんだな。なるほど」
とレオンも納得します。
光の軍勢はセイロスが迫ってくるのを見ると、たちまち向きを変えて逃げ出しました。邪魔する者がいなくなったので、闇の怪物たちは歓声をあげてまた前進を始めます。
すると、怪物たちの足元からいきなり地面が消えました。代わりに現れたのは巨大な湖です。
怪物たちは悲鳴を上げながら水へ落ちていきました。もがきながら這い上がろうとしますが、後続の怪物たちには湖が見えなかったので、続々と前進して湖に落ちていきます。
そこへ湖の中から雄叫び(おたけび)が上がり、水面に大軍が現れました。うろこの鎧兜をつけた戦士たちと、魚のような鱗とひれを持つ半魚人たちです。湖でもがく怪物に襲いかかり、武器や魔法で攻撃したり、水底に引きずり込んだりします。
「海の民の軍勢だ! こんな内陸で戦ったのかよ!?」
とゼンが驚くと、ポチが言いました。
「ワン、きっと天空の民か竜王の魔法ですよ。内陸の湖に潜んで、敵を待ち伏せしたんだ。こんな場所に海の民がいるなんて、セイロスだって想像しなかったはずです」
けれども、そこへまた黒い竜が追いついてきました。
「くだらん」
セイロスのつぶやきが何故かフルートたちにも聞こえました。血の色の目が湖を冷ややかに眺めます。
水面では海の軍勢と闇の怪物がしぶきを上げて戦っていましたが、そのしぶきが次第に激しくなっていきました。しまいには湖の水面全体がしぶきでおおわれてしまいます。
ゼンは突然真っ青になり、こんにゃろう……と低い声でうなりました。
「セイロスの野郎が湖に魔法をかけやがった。海の軍勢が溺れてるぞ」
フルートたちは驚いて湖を見直し、海の戦士や半魚人がもがきながら湖に沈んでいくことに気づきました。生まれたときから泳ぎの達人のはずの彼らが、溺れて水に呑み込まれているのです。
逃げるふりをしていた光の軍勢がすぐに引き返してきましたが、仲間を助けに湖の上へ来ると、彼らまでが失速して湖へ落ちてしまいました。飛竜も風の犬も背中の戦士たちと一緒に溺れてしまいます。
「これがあの泳いでも飛んでも渡れない湖なのか……」
とビーラーはつぶやき、ぶるぶるっと身震いしました。彼らの目の前で大勢の光の戦士たちが溺れて死んでいきます――。
すると、怪物たちが湖の向こう岸から這い上がってきました。闇の怪物は通常の方法では死ぬことがありません。湖で溺れて沈んでも、水底を歩いて、向こう岸に渡ってしまったのです。
空を飛べる怪物は湖の上を飛び越えていました。光の軍勢は失速しますが、闇の怪物たちは平気だったのです。
怪物たちは前進を再開し、大勢の光の戦士を呑み込んだ湖が後方に遠ざかっていきます。
すると、どこからか女性のすすり泣きが聞こえてきました。
フルートたちとカザインたちは、それぞれにはっとして、泣き声に耳を傾けました。
「やめて、セイロス……お願いだから、もうやめて……」
嘆いているのはエリーテ姫の声でした。姿は見えませんが、どこかで戦闘の様子を見ているのです。
少年たちは拳を握り、唇をかみました。どんなになんとかしたいと思っても、彼らにはどうすることもできませんでした。これは二千年も前の戦闘の光景なのです。
ハーピーも翼を固くたたむと、唇をぎゅっとへの字に歪めました。
「エリーテが泣いている。エリーテがかわいそうだ」
とつぶやきます。
無力の哀しさと悔しさの中、過去の場面はいよいよ終局に移り変わろうとしていました――。