荒れ果てたパルバンの中心で、二千年前の光景は過去の真実を教えていました。カザインたちと少年たちは息を呑んで立ちつくします。
やがてエリーテ姫が倒れると、フルートも力が抜けたように、どさりと座り込みました。血の色に染まっていく泉を見つめます。
ゼンがうなるように言いました。
「これがロズキさんの死んだ理由だったのかよ……」
ポチも信じられない顔をしていました。
「ワン、ロズキさんは今でもセイロスを敬愛してましたよ。心から尊敬して、セイロスを守り切ることができなかったって後悔して――だけど、こんなことって――」
レオンとビーラーは、あまりの出来事に声を出すこともできなくなっています。
すると、いきなりフルートが手を伸ばしてゼンの腕をつかみました。驚くゼンに言います。
「ロズキさんはセイロスにとって大事な親友だったはずだ。一緒に戦って、背中を守ってもらって。命の半分を預けた者だと彼は言った。なのに――それなのに――！」
フルートの手と声は震えていました。金の兜からのぞく顔が歪んで歯を食いしばります。フルートは激しい怒りにかられていたのです。自分の親友の腕を握りしめたまま、過去の中の泉をにらみつけます。
一方、カザインたちも悲惨な過去の真実に呆然としていました。
「セイロスは闇の竜と一体になったために、仲間も平気で殺せるようになったんだな……。だからユウライ砦で光の軍勢は敗北したんだ。よりによって、自分たちのそれまでの大将に惨殺されたなんて……」
痛ましそうに目を細めるカザインの隣で、ハーピーがまた羽をばたつかせていました。彼女は泉に倒れているエリーテ姫の心配をしていたのです。
「彼女はどうしたんだ！？ 死んだのか！？ まだ生きているのか！？」
「死んでいるはずはないわ。気を失っているのよ。無理ないわ」
とフラーが涙をぬぐいます。
赤く染まった泉からは、かすかな声が聞こえていました。
「――にはいかない――契約に従って――竜の王よ来たれ――」
姿は見えませんが、琥珀帝の声でした。
続いて雷鳴のような鳴き声が響き渡りました。琥珀帝の呼びかけに応じて、神竜が現れたのに違いありません。泉の表面が激しく波立ち、また静かになっていきます。
やがて、泉から血の色が消えていきました。澄んだ水が中心からあふれて広がり、さらさらと音を立てながら泉の外へ流れ出していきます――。
すると、過去の景色が一度暗くなり、再び明るくなりました。
そこはまだ庭園の泉のほとりでした。草の上にエリーテ姫が倒れています。
そこへ他でもないセイロスが姿を現したので、少年たちもカザインたちも飛び上がりました。ハーピーがフラーを振り切って飛び出し、エリーテ姫の前に立ちはだかりますが、セイロスはそれを突き抜けて姫にかがみ込みました。姫を揺り起こします。
「エリーテ、エリーテ、こんなところでどうしたのだ？ 大丈夫か？」
意外なほど心配そうな声でした。ハーピーは驚いてセイロスを振り向きます。
エリーテ姫は目を覚まし、たちまち悲鳴を上げて飛びのきました。その拍子にまた草むらに倒れ込んでしまいます。
セイロスは驚いた顔をしました。
「いったいどうしたのだ、そんなにあわてて？ 何かあったのか？」
えっ？ とエリーテ姫はセイロスを見上げました。彼は紫水晶の防具を身につけて戦支度をしていましたが、その瞳は黒い色に戻っていました。表情も穏やかで、先ほど泉を通じて見たような禍々しさはありません。
わけがわからなくなって混乱しているエリーテ姫に、セイロスは悲しそうに首を振ってみせました。
「どうして私をそんな目で見るのだ、エリーテ？ 確かに私はあなたから婚約を解消されたが、あなたの友人ではいられると思ったのだがな。それも我慢ができないというのか？ 我ながら、ずいぶん嫌われてしまったものだ」
姫は確かめるように泉を見ましたが、そこはもう何も映してはいませんでした。澄んだ水があふれてさらさらと流れていくだけです。
「夢……？」
と姫がつぶやくと、セイロスは聞きつけて肩をすくめました。
「あなたはこんな場所で眠っていたのか。怖い夢でも見たのではないか？ ここは湿っぽくて昼寝には向かない場所だ。もう少しましな場所に行かなくては」
ほら、とセイロスが手を差し伸べたので、姫はまたとまどいました。自分の見たものが夢か現実か、本当にわからなくなったのです。差し伸べられた手とセイロスの顔を見比べてしまいます。
「本当にどうしたのだ？ 私の顔に何かついているのか？」
とセイロスがまた聞き返しました。その顔は以前とまったく同じでした。穏やかで気品があり、同時に人を自然と従わせるような威厳に充ちています。
ところが、エリーテ姫は急に顔色を変えました。
座り込んだ草むらから、さらに後ずさって、セイロスから離れようとします。
驚くセイロスに姫は言いました。
「そ――その額の輪は――！？ 聖守護石はどうされたのですか！？」
紫水晶の兜の中心にはくぼみがあって、そこから額にはめた輪の中心がのぞいていました。ところが、輪にはめ込まれた金の石がなくなっていたのです。空っぽになった台座から、セイロスの額がのぞいています。
とたんに、その額に深い縦皺が幾筋も現れました。それまで穏やかだったセイロスの顔が、いきなり険しくなっていきます。
「優しく招いているというのに、相変わらず私に従おうとしない女だ！」
とセイロスは姫をどなりつけました。その口に鋭い牙が伸びていきます。
エリーテ姫は跳ね起きました。自分が泉で見たことは夢でもなんでもなかったと悟ったのです。セイロスは姫の目の前で変貌を続けました。瞳が血の色に変わり、差し伸べた手に黒い爪が伸び、長い黒髪がざわざわと広がって四枚の翼の形になっていきます――。
姫は身をひるがえして駆け出しました。悪魔のような姿のセイロスから逃れようとします。
すると、一瞬でセイロスが追いついてきました。空を飛んだのです。姫の肩を後ろから捕まえて引き戻します。
「逃がさん。おまえは私のものだ、エリーテ」
セイロスの黒い爪が姫の肩に食い込んでいきます。
ばさり、とセイロスの黒髪が翼のように広がって姫を包み込み――
セイロスとエリーテ姫は庭園から消えていってしまいました。
