セイロスは、これまで共に戦ってきた仲間たちを、強大な闇の力で次々に殺していました。広場は光の戦士たちの死体で埋め尽くされています。
ロズキは否定するように首を振りました。
「そんな……そんなはずはありません! セイロス様はこのようなことをされる方ではない! 何があったというのですか!? 何故、味方を害するのです……!?」
彼の顔は今にも泣き出しそうに見えました。現実は目の前に広がっているのに、それを受け入れられずにいるのです。
セイロスは薄笑いしました。哀れみ馬鹿にするように言います。
「明確に知らされなければ納得できないか、ロズキ。では教えよう。私は世界の王になることを願い石に願い、願い石は私と闇の竜をひとつにしたのだ。今や闇の竜は私。私は闇の竜の力を使って、この世界の王となっていくのだ」
ロズキは立ちすくみました。これだけはっきり告げられても、やっぱりまだ信じられない顔をしています。
すると、焼け焦げた広場の片隅から、うなるような声が湧き起こりました。
「セイロス、貴様は我々を裏切ったのだな!? ここまで共に戦ってきたというのに、最後の最後で、闇へ寝返ったというのだな!?」
それは人間ほどの大きさの真っ白な猿でした。長い両腕を振り回して叫び続けます。
「貴様のせいで獣の王たちが死んだぞ! 狼の王も鹿の王も熊の王も猪の王も――! 皆、貴様を信頼して、家臣たちと共に光の軍団に加わったというのに! 貴様は――!!」
白い大猿は牙をむくと、セイロスへ駆け寄り飛びかかろうとしました。セイロスのほうは、顔色も変えずにそれを見つめています。
すると、後ろから追ってきた獣が大猿に飛びつきました。大猿と同じくらいの大きさの、赤毛の狐です。白猿にかみつき、引き戻して後ろへ放り投げます。
とたんに闇の弾が地面に激突して炸裂しました。白猿が走り続けていたら間違いなく命中した位置です。
赤毛の狐はひらりと身をかわすと、白猿へ言いました。
「むやみに突進するな、猿の王。あれは今はもう闇の竜だ」
「だが、狐の王! 彼らが! 仲間たちが――!!」
白猿はほえるように叫ぶと、地面を幾度も殴りつけました。その周囲には無数の獣の死体が転がっていました。先ほどまで一緒にいた獣の王たちです。
大猿と大狐がその場から動かなくなったので、セイロスは、ふんとまた冷笑しました。
「そうだ、そこで何もしないでいるのが賢明だ。今はまだ殺さずにおいてやる。今はこちらに用があるからな」
とロズキへ向き直ります。ロズキはまだ呆然と立ちつくしていましたが、琥珀帝は顔色を変えてどなりました。
「貴殿はロズキ殿まで手にかけるつもりか!? 彼は貴殿の腹心ではないか!」
セイロスは、はっきりと笑いました。気品のある顔に牙がのぞきます。
「彼こそが裏切り者なのだ。なにしろ、私からエリーテを奪い取ったのだからな――」
泉のほとりで顔をおおっていたエリーテ姫は、それを聞いて、ぎょっと顔を上げました。泉に映るセイロスに向かって叫びます。
「あなたは何を言っているの、セイロス!? それは誤解よ!」
けれども、セイロスたちがいるのは、姫が立ちすくんでいる庭園からはるかに遠い場所でした。姫がどんなに叫んでも、その声は届きません。
ロズキはぽかんとした顔になり、すぐに真っ赤になると、激しく頭を振りました。
「そんな事実はありません、セイロス様! エリーテはあなたの許嫁! 私はただの幼なじみです!」
すると、セイロスは赤い瞳を冷ややかに光らせました。
「おまえの本心に気づいていないとでも思っていたか? おまえはずっとエリーテを愛していたのだ。私が彼女と出会う前から、ずっとな。そして、彼女を奪っていったのだ」
泉のほとりで、エリーテ姫は青ざめていました。
「違うわ、セイロス! 私があなたに婚約を解消してもらったのは、ロズキのせいではないわ! 彼は私の友だちなのよ――!」
けれども、やっぱりその声はセイロスに届きません。
「私は私のものを奪うことを誰にも許さん」
とセイロスは言いました。
「私はこの世界の王。この世界に存在するものは、すべて私に支配される。エリーテも私のものだ。貴様などには渡さん」
ロズキはまた頭を振りました。泣き出しそうな顔で言います。
「彼女はセイロス様の妻です。私のものなどではありません。今までだってこれからだって、そうです」
セイロスはまた笑いました。ゆっくりとロズキに近寄って言います。
「今まで長い間、私に従ってきてくれてありがとう、青嵐の領主ロズキ。おまえはずっと私の背中を守ってきてくれた。おまえは私の右腕。私の命の半分を預ける者だったのだ。だから――」
それは彼が願い石の元へ行くときに言ったのとまったく同じことばでした。ただ、あのときには深い慈愛と感謝に充ちていた声が、今は鋭く冷ややかになっていました。ひどく危険な響きです。
ロズキはまた首を振りました。声は出しません。何も言えなくなっていたのかもしれません。
セイロスは手を差し伸べるように腕を伸ばして続けました。
「だからこそ、私は貴様の裏切りを許さん。死ぬがいい、ロズキ」
セイロスの手から黒い光がほとばしり、ロズキに激突しました。
ガララン。
ロズキの赤い兜が吹き飛び、音を立てて地面に転がりました。片側が大きくへしゃげています。
けれども、ロズキ自身はとっさに飛びのいて無事でいました。反射的にまた防御魔法を使っていたのです。セイロスから距離を取って身構えます。
ほう、とセイロスは感心した声を出しました。
「かわしたか。ずいぶんと魔法がうまくなっていたようだな。では、もう少し威力を上げるとしよう」
差し上げたセイロスの手の中に黒い大剣が現れました。闇の力で作られた剣です。刃は銀色ですが、刃先から揺らめく霧のような闇の気を放っています。
それを見て、ロズキも自分の剣を抜きました。こちらは火の山の地下まで行って手に入れてきた炎の剣です。ひとかすりでもすれば、どんな敵もたちまち燃え上がって灰になってしまいます。
すると、セイロスはまた冷笑しました。
「それで私を切るつもりか。おまえにそれができるのか――? 私を切ることができるのか、青嵐の領主ロズキよ!!?」
雷鳴のような主君の声に、ロズキは打ちのめされて身動きできなくなりました。両手に炎の剣を握ったまま立ちすくんでしまいます。
エリーテ姫は泉に向かって叫び続けました。
「逃げて、ロズキ! 早く逃げて! 逃げて!!」
けれども、ロズキは逃げませんでした。自分の頭上に黒い剣を振り上げた主君を見上げ、また首を振ります。
「セイロス様、私は……」
弱々しい声がとぎれました。
セイロスが剣を振り下ろしたのです。
泉の表面が真っ黒に染まり、その中心から赤く変わっていきました。血の色が広がります。
エリーテ姫は悲鳴を上げ、気を失って泉のほとりに倒れてしまいました。