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第25巻「囚われた宝の戦い」

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第19章 過去の真実・3

55.過去の真実・3-1

 過去の景色の中で泉が強烈な光を放ったので、ハーピーは驚いて翼をばたつかせました。

「なんだ!? なんだ!? いったい何が起きているんだ!?」

 と甲高い声でわめきます。

 カザインとフラーは手をかざして光をさえぎりながら、その光景をなんとか見透かそうとしました。泉からは苦しげな咆哮も聞こえてきます。

「これは聖なる光の爆発だ。願い石の元へ行ったセイロスが、聖守護石と一緒に闇の竜の消滅を願ったんだろう。あれは闇の竜が消えようとして苦しんでいる声だ」

 とカザインが言うと、フラーが疑うように聞き返しました。

「でも、セイロスは願い石の誘惑に負けて、闇の竜に魂を売り渡してしまったはずだわ。どうして闇の竜が消えようとしているのよ?」

 一方、彼らから見えない姿で存在しているフルートたちは、声もなく顔を見合わせていました。占いおばばの水晶玉や時の翁の鏡を通じて、セイロスが誘惑に負けていった場面を見ていたので、この瞬間に何が起きているのか想像がついたのです。

 セイロスは金の石の精霊と共に願い石を訪ね、世界と人々を守るために、闇の竜の永遠の消滅を願おうとしました。ところが、セイロスたちが強烈な聖なる光になって闇の竜を消し去ろうとしたとき、ぎりぎりの場面でデビルドラゴンはセイロスに呼びかけ、彼の心に潜む闇の願いを引き出しました。それは世界の王になりたい、という望みでした。全世界を治める王になって世界中を繁栄に導きたい、と彼はずっと考えていたのです。光になって消滅してしまえば、世界を治めることはできなくなります。そんなことはできない、私はいまここで死ぬわけにはいかない――そんなセイロスの本心を、デビルドラゴンは心の奥底から引きずり出したのです。

 セイロスが願い石に真の願いを語ったために、願い石は承知して消えていき、裏切られた金の石は、小さなかけらひとつを残して、砕けて消滅しました。そして、セイロスとデビルドラゴンはひとつになったのです。世界の王となる力を与える、とデビルドラゴンがセイロスに約束したために……。

 

 

 泉からの光が薄れて消えていったので、木にもたれていたエリーテ姫は目を開けました。迫っていた怪物が一匹残らず消滅していたので、驚いた顔になります。

 すると、庭園の離れた場所で、衛兵たちが次々に起き上がってきました。先ほど怪物に襲われて瀕死の重傷を負ったはずなのに、傷がすっかり消えたのです。信じられないように自分たちを見回しています。泉から響いていた苦しげな咆哮は、もう聞こえません。

 エリーテ姫は顔色を変えました。泉に駆け寄り、転ぶように膝をついてのぞき込みます。

 水面はまだ遠い場所を映し続けていました。西の長壁を背景にしたユウライ砦の広場です。大勢の戦士たちが立ちつくし、あるいは泣き崩れていました。獣の戦士たちは空へほえ、鳥の戦士は嘆きの曲を歌っています。彼らが口々に呼んでいたのはセイロスの名前でした。壇上に残っていた竜子帝が、天を振り仰いで言います。

「貴殿は自分の身を光に変えて闇の竜を焼き尽くしたのだな、セイロス殿! 闇の竜は消え去った! 貴殿は世界を救ったのだ!」

 その足元では、ロズキがうずくまり、拳を壇上にたたきつけて男泣きに泣いていました。

 誰もがセイロスは闇の竜と共に消滅したと考え、その死を悼んでいます。

 エリーテ姫もまた泣き出しました。広場の光景を映す水鏡に涙を落としながら、愛しい人の名を呼びます。

「セイロス……セイロス、セイロス……!」

 大勢の呼び声が悲しく響き渡ります――。

 

 すると、その声に応えるように、壇上に光が湧き上がりました。周囲を明るく照らし、一カ所に集まっていって、セイロスの姿に変わります。

 広場の兵士たちは自分の目を疑い、たちまち歓声をあげました。死んだと思われていた大将が、無事な姿で生還したのです。激戦に勝利したときのように、誰もが手や翼を振り、武器を掲げ、天を仰いで叫び声をあげます。

 広場は歓喜と興奮のるつぼとなりました。大歓声は遠く離れた泉の水面まで揺らしたほどです。

 エリーテ姫も泉のほとりに座り込んで、嬉し涙にむせびました。

「セイロス、良かった……ああ、良かった……」

 新たな涙が落ちて、泉の水に混じり合います。

 水面ではロズキも嬉し泣きをしていました。セイロスに駆け寄り、足元にひれ伏して言います。

「セイロス様、よくぞご無事で! 本当に、よくぞご無事で……!」

 こちらも感極まって、同じことばしか繰り返せなくなっています。

 琥珀帝は満足そうにうなずくと、おもむろにセイロスへ歩き出しました。

「貴殿が向こうへ行っている間に、すさまじい光が世界を照らして、闇の竜の声が消えた。貴殿は闇の竜を消滅させて、なおかつ無事に生還したのだな。見事だ。貴殿こそ真の勇者。どのようにして闇の竜を消し去り、金の石の勇者の定めにも打ち勝って戻ってきたのか、ぜひ我々に語って聞かせてくれ――」

 ところが、琥珀帝の胸からふいに霧が立ち上って、一匹の白い竜になりました。琥珀帝とセイロスの間をさえぎるように宙に浮かびます。

 琥珀帝は、ぎょっと立ち止まりました。白い竜は彼の青い上着の刺繍から抜け出してきたのです。

「おまえは竜王の使いか。なんのために現れた?」

 と琥珀帝が尋ねると、竜は口を開きました。

「我は契約に従ってそなたとそなたの子孫を守っている。それ故、警告する。あの男に近づくな、琥珀帝。あれは闇の化身だ」

「なに!?」

 いつも泰然としている琥珀帝も、さすがに驚いた顔になりました。確かめるようにセイロスを見ます。

 すると、セイロスがふん、と鼻を鳴らしました。

「邪魔をするな、竜の王。私はなすべきことをするだけだ」

 その瞳が血のような赤い色に変わっていきました。セイロスはこのとき兜をかぶっていませんでしたが、風もないのに長い黒髪がざわざわと動き出し、四方八方へ広がり始めます。

 空中の白い竜がまた警告を発しました。

「気をつけろ、琥珀帝! 闇の攻撃が来るぞ!」

 同時に竜は大きくなって琥珀帝に絡みつき、空の高みへ昇っていきました。

 その後に激しい爆発が起きました。黒い光がセイロスを中心に広がり、広場全体を闇色の中に呑み込んだのです。

 泉の水面も激しく波立ちました。大きな波紋が広がってしぶきを散らしたので、エリーテ姫は思わず後ずさりました。水面から立ち上った黒い光が泉のほとりを照らすと、みるみる木々が枯れ、木の葉が病葉(わくらば)に変わって散っていきます――。

 

 やがて光はおさまり、泉も静かになりました。水面がまた遠い景色を映し始めます。

 おそるおそる近寄ってのぞき込んだエリーテ姫は、たちまち悲鳴を上げて目をおおってしまいました。そこには地獄絵が広がっていたのです。

 つい先ほどまでセイロスの生還を喜んでいた光の戦士たちが、真っ黒な死体になって転がっていました。人も獣も鳥も関係なしです。無数の焼死体が累々と転がって、広場を埋め尽くしています。

 広場の壇上には、セイロスがひとりで立っていました。紫水晶の防具も流れる黒髪も気品のある顔も、少しも損なわれてはいません。当然のことのように周囲の景色を見回しています。

 ところが、ごく少数ですが、黒い爆発を免れたものたちがいました。大半は魔法を使える人間や獣たちでしたが、とっさに空高く逃れて無事だった鳥たちもいました。上空を旋回しながら、ギャァギャァと騒ぎ立てています。

 セイロスの足元からもロズキが立ち上がりました。反射的に防御魔法を使って闇の爆発を防いだのです。呆然とした顔で周囲を見回し、セイロスを見つめます。

「セイロス様、これはいったい……?」

 こんな状況でも、ロズキはまだセイロスに敬称をつけていました。何が起きたのかは明らかなのに、それでも主君を信じようとしているのです。

「無事だったか、ロズキ。さすがは我が右腕だけのことはあるな」

 とセイロスは言って、冷ややかに笑いました。持ち上げられた口の端から牙の先がのぞきます。

 ロズキはふいに雷に打たれたように体を引きつらせ、後ろへ飛びのきました。自分でそのことに驚いたようで、うろたえ混乱しながら言います。

「セイロス様、その牙と目の色は……? 何故このような……」

「わからないのか、ロズキ。相変わらず、おまえの頭は物事の理解に時間がかかるな。私は願い石の元へ行って願いをかなえてもらったのだ。私はこの世界の王となる。願い石は私にそれを約束したのだ」

 けれども、ロズキはやっぱりよく理解できずにいました。首を振って聞き返します。

「セイロス様の願いは闇の竜を倒して世界に平和をもたらすことのはずです。願い石の力で闇の竜を倒したのですか? でも、それでどうしてこんなことを……」

 その足元から紫水晶の兜がセイロスへ飛んでいきました。セイロスが願い石の元へ行く直前に、永久の別れを告げながらロズキに手渡したものです。

「これは返してもらおう。また戦いが始まるからな。今度は全世界を私に服従させる戦いだ」

「セイロス様……?」

 ロズキはまだ信じられない顔です。

 

 すると、上空から白い竜に乗った琥珀帝が舞い降りてきました。厳しい声でセイロスへ尋ねます。

「貴殿は願い石に世界の王となることを願ったのか! 闇の竜を消滅させずに、己の願いをかなえようとしたのだな!? では、闇の竜はどうした!? 貴殿のその闇の力はなんとしたことだ!?」

 そこへ広場の外からも十数頭の竜がやってきました。琥珀帝を乗せた竜は四本足の大蛇のような姿ですが、こちらの竜はもっとずんぐりした姿で、前脚がない代わりに二枚の翼がありました。飛竜です。

 飛竜にはシュンの国の兵士たちが乗っていました。琥珀帝目ざして飛びながら口々に言います。

「帝、ご無事ですか!?」

「この惨状は何事でしょう!?」

「敵はどこです――!?」

 広場の異常事態を知って、主君を守ろうと飛んできたのです。

 琥珀帝は顔色を変えてどなりました。

「馬鹿者、こちらへ来るな!」

 とたんにセイロスの背後から黒い光の弾が飛び出しました。

 次の瞬間、どん、と空で破裂して光が広がり、飛竜に乗った兵士たちを呑み込みます。

 兵士と飛竜は空から地上へ落ちていきました。真っ黒に焼け焦げた死体がまた増えます。

「セイロス様!!」

 ロズキは悲鳴のように叫びました――。

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