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第25巻「囚われた宝の戦い」

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54.過去の真実・2-3

 過去の場面はまた暗くなり、再び明るくなりました。

 これまでは必ずエリーテ姫の姿が現れたのですが、今度はそうではありませんでした。長い石塀のような建造物の前に広場があり、大勢の兵士が集まっていたのです。人間だけではありません。様々な種類の獣や鳥たちも、人間たちの間や周囲の木々に陣取っています。

「ワン、ここはユラサイの西の長壁ですよ! あの石の積み方は間違いない!」

 とポチが声をあげました。

「この場面には見覚えがあるな。こいつらみんなセイロスの仲間だぞ」

 とゼンも言うと、フルートはうなずきました。

「ここに集まっているのは光の戦士たちだ。ぼくは占いおばばの水晶玉でこの光景を見た。当時シュンの国と呼ばれていたユラサイで、セイロスが味方の隊長たちを集めて重大な発表をしたんだ」

 ああ、とレオンも思い出してうなずきました。天空城の鏡の泉でフルートたちの過去を追いかけたときに、同じ場面を見たのです。

「とすると、これはユウライ砦の戦いの終末の場面なんだな。セイロスは極東の国のシュンの琥珀帝と連合を結ぶことに成功して、闇の軍勢と五ヶ月間にわたって激戦を続けた。西からやってきた援軍と敵を挟み撃ちにして、あと一歩で敵を壊滅できるところまで来たんだ」

 とレオンは話し続けました。このあたりは泉ではなく、学校の歴史の授業で習って得た知識です。

 フルートとゼンとポチは、厳しい顔でその場面を眺め続けました。この後にどんな出来事が起きるか、彼らは知っていたのです――。

 

 

「総大将セイロス様がご入場になります!」

 と駆け込んできた小姓に続いて、セイロスが広場に現れました。紫水晶の防具の上に灰色のマントをはおり、堂々とした態度で広場前の壇上に上がっていきます。その腰に下がっているのは光の剣でした。セイロスは当時の天空王から天空の国の守り刀を授けられていたのです。

 同じ壇上には赤い防具のロズキもいましたが、隅のほうに退いて控えていました。代わりに壇上で待っていたのは、黒い髪とひげの中年の男性でした。白い竜を刺繍した青い服を身につけ、セイロスに負けないほど堂々とした態度で立っています。後にユラサイ国の初代皇帝になる、シュン国王の琥珀帝です。

 セイロスは琥珀帝と少しの間ことばをかわすと、おもむろに兜の面おおいを引き上げました。その下から黒い瞳の品の良い顔が現れます。けれども、その表情は以前よりもっと厳しく鋭くなっていました。目には見えない貫禄もまとうようになっていて、千を超す戦士たちを無言のうちに威圧します。

 しんと静まりかえった広場に、セイロスの声が響き渡りました。

「皆も承知の通り、我々光の軍勢は大陸のはるか西の外れから、闇の軍勢に対抗できる力を求めて、この東の外れまでやってきた。そして、シュンという、非常に頼もしい味方を得ることができたのだ。シュンの兵士は勇猛であり、この国の魔法は闇の敵に絶大な効果を発揮できる。その強力な援護を受けて、我々も再び本当の実力を発揮できるようになった。東に来てからの勝利は、ひとえにシュンの盟友がもたらしてくれたものだ。西方軍を代表して、心から感謝をする」

 セイロスが述べた謝辞に、琥珀帝が鷹揚(おうよう)にうなずき返します。

 ところが、セイロスは急に深刻な口調になりました。にこりともせずに言い続けます。

「けれども、残念なことに、この連勝の中で、私は気づいてしまったのだ。我々が戦っている敵の総大将は、闇の竜。この世界の悪と闇の象徴である生き物だ。この世界に闇がある限り、あの怪物を倒すことは不可能。つまり、我々の戦いに真の勝利や決着は存在しないのだ」

 一同は驚きました。

 琥珀帝が叱りつけるように言います。

「貴殿はどうされたのだ!? これからそれを追い立て、壊滅させようとしているのに、何故、そのような弱気な発言をされるのだ!? セイロス殿らしくもない!」

「セイロス様!」

 とロズキも主君をいさめようと飛び出してきました。

 広場の戦士たちは動揺してざわめき始めます。

 すると、セイロスは声を張り上げました。

「私の話はまだ終わってはいない! 確かに、我々がどれほど勇敢に戦っても、真に闇に勝利することはできない。それは世界によって定められた理だ――。だが、私は、その理を超えて闇を倒す手段を発見したのだ。それを使えば、必ず闇の竜を倒すことができるし、もう二度と奴が世界に出現することもなくなる。皆がこれ以上、闇と戦う必要もなくなるのだ」

 セイロスに呼ばれて壇上に金の石の精霊が現れました。長い黄金の髪と瞳をした、美しい女性の姿をしています――。

 すると、その光景が急に遠ざかり始めました。

 景色が縮み、離れた場所に貼り付いて、そこから動かなくなります。

 そこは泉の上でした。泉のほとりにエリーテ姫が座り込み、涙を浮かべながら、水面に映る光景を見つめています。

「ああ……」

 セイロスの真剣な顔に、姫は嘆きの声を洩らしました。

「あの人は何かをするつもりなのだわ。そういう顔をなさってる。いったい何をなさろうというの……?」

 婚約を解消してくれ、と自分から懇願したのに、姫は今もやっぱりセイロスを心配していました。彼女がいるのは要の国の城の庭園です。泉に魔法をかけて、ずっとセイロスの様子を見守っていたのです。

 泉の水鏡では、セイロスが光の軍団の隊長たちを前に、演説を続けていました。

「だから、私はこれから聖守護石と共に、願い石の元へおもむくことにした。願い石とは、どんな願いであっても一つだけかなえることができる、究極の魔石だ。その石へ願えば、消滅するはずのない闇の竜を消すことができる、と聖守護石は言った。私は皆とここで別れ、聖守護石と協力して闇の竜を倒してくる。諸君、これにて永遠(とわ)の別れだ。私が行った後も、この世界をよく守り、平和と繁栄を築き上げていってくれ」

 とたんに、一度静かになった広場で、また騒ぎが始まりました。セイロスが全員に永遠の別れを告げたので、誰もが驚き不安になったのです。

 ロズキも青ざめてセイロスへ駆け寄りました。

「セイロス様! 今おっしゃったことは、どういうことでございますか!? 永久の別れとは――!? セイロス様は要の国の次の王! 世界を代表する王の一人となられる方です! 闇を倒して世界に平和が訪れた後は、父君の跡を継いで、国の平和と繁栄を守り続ける方ではございませんか!」

 必死の訴えに、セイロスは静かに答えました。

「世界に平和が来なければ、我が国にも平和と繁栄は訪れない。私は聖守護石と共に願い石のところへ行き、そこで闇の竜の消滅を願う。それで九十年に及ぶこの長い戦いに幕を下ろすことができるのだ。これは、金の石の勇者と呼ばれた私に定められていた運命だ。運命に抗議することはできないぞ、ロズキ」

 赤毛の戦士はことばに詰まり、うなだれてしまいました。忠実な家臣の彼は、それ以上主君に言い逆らうことができなかったのです。

 代わって琥珀帝が具体的な方法をセイロスに尋ねます――。

 

 エリーテ姫はそれ以上見続けることができなくなって、顔をおおいました。泉のほとりにひざまずいたまま、背中を震わせて泣き出します。

 すると、突然姫の背後で大声が上がりました。姫の警護のために控えていた衛兵が叫んだのです。

「闇の怪物です、エリーテ様! 早くお逃げください!」

 姫は驚いて振り向き、庭園から湧き出すように飛び出す怪物を見ました。怪物はどれも醜い姿をしていて、シ、シ、シ、と耳障りな声で笑っています。

 庭園に衛兵たちが集まってきました。剣を抜き、怪物に切りつけます。

「いつの間に結界を破られていたんだ!?」

「城内にまで入り込んでくるとは!」

「いやらしい悪魔の手下どもめ! いたるところに出没するようになりおって!」

「建物の中は天空人が守ってくれているので安全です! エリーテ姫、早く中へ!」

 けれども、怪物は衛兵より数が多い上に、剣で切られてもすぐに復活してきました。衛兵たちは次々に怪物にやられていきます。

「やめて! あっちへ行って!」

 怪物が迫ってきたので、姫は叫びながら泉に沿って逃げ出しました。泉はまだ水鏡にセイロスを映し続けていましたが、それを見る余裕がなくなります。

 セイロスはへたり込んでいるロズキに話しかけていました。

「今まで長い間、私に従ってきてくれてありがとう、青嵐(せいらん)の領主ロズキ。おまえはずっと私の背中を守ってきてくれた。おまえと共に戦うとき、私は一度も自分の身の危険を感じなかった。おまえは私の右腕。私の命の半分を預ける者だったのだ。だから、世界が平和になった暁には、おまえも幸せになるがいい。――エリーテをよろしく頼む」

 とたんにロズキは顔色を変え、うろたえたように視線をそらしました。けれども、セイロスに見つめられると、すぐに真剣な顔になって言い返します。

「エリーテ姫はセイロス様の許嫁であられます! セイロス様以外の人間が姫を幸せにできるはずはありません!」

「私にはエリーテを幸せにすることができない。東へ向かう前に、姫から婚約解消を言い渡されたのだからな。彼女はおまえに想いを寄せているのだ、ロズキ。私にはわかる……。命令だ! 私が去り、世界が平和になったなら、エリーテを娶り(めとり)、彼女を幸せにするように! よいな!」

 セイロスがロズキに命じますが、そのやりとりも姫の耳には届きませんでした。闇の怪物が姫を追いかけ、飛びかかってきます。

「セエカ!」

 エリーテ姫は手を突きつけて呪文を唱えました。怪物は吹き飛んで消滅しますが、すぐに別の怪物が襲ってきました。姫は二匹、三匹と消滅させましたが、そのうちに息が上がってきて、呪文が唱えられなくなってしまいました。地上の人間である彼女は、魔法を際限なく使い続けることができなかったのです。

 木にもたれてあえぐエリーテ姫に、怪物たちが迫ってきます。

 

 すると、泉の中から突然強い光があふれ出しました。

 四方八方に広がって、庭園を白々と照らします。

 あまりのまぶしさにエリーテ姫は目を開けていられなくなりました。強烈な光を浴びて、闇の怪物たちが燃え尽きるように消滅していきます。

 泉の中からは苦しげな咆哮も響いてきました。

 オォーオォォオォー……

 のたうつように、遠く近くうねって聞こえます。

 そして。

 声はやみ、泉の光も消えていきました。

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