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第25巻「囚われた宝の戦い」

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53.過去の真実・2-2

 木々が緑の梢を広げ花が咲く庭園に、エリーテ姫が一人で立っていました。

 先ほどの場面からまた少し時間が過ぎたようで、姫はいっそう大人びた姿になっていました。長い金髪を結い上げた上に白い石がついた金の輪をはめ、落ち着いたデザインの紺色のドレスを着ています。

 その足元には、こんこんと湧き出す清らかな泉がありました。姫は泉にかがみ込むと、水面に呼びかけました。

「お願い、戦場の様子を見せてちょうだい。セイロスやロズキはご無事かしら?」

 すると、湧き出す水に揺れていた水面が急に静かになり、水鏡に姫の顔がくっきりと映りました。不安に曇り、とても悲しそうな目をした顔です。

 と、その顔がまた揺れて大きく歪み、別の人々の顔が映りました。紫水晶の兜をかぶったセイロスと、赤い兜をかぶったロズキです。二人は何かを話し合っているようでした。じきにロズキがセイロスから離れていき、水鏡の顔がかすんでしまいます。

 エリーテ姫はあわててまた呼びかけました。

「セイロスを見せて! ご無事なのね? 今どこにいらっしゃるの!?」

 すると、水鏡はまたはっきりしてきました。地上で軍勢と共にいるセイロスを映し出します。その背後にそびえる城を見て、姫は驚いて立ち上がりました。

「セイロスたちがこの城に戻ってきたの!? 本当に――!?」

 

 すると、頭上で羽音がして、白いペガサスが舞い降りてきました。ロズキが飛び降りて兜を脱ぎます。

「こんなところにいたんだな、エリーテ!」

「ロズキ!」

 エリーテ姫は歓声をあげて駆け寄りました。ロズキの手を両手で握りしめて言います。

「たった今、あなたたちが城に到着した様子を泉で見ていたのよ! 夢かと思ったわ!」

 ロズキは目を丸くしました。

「泉で? いつの間にそんな魔法が使えるようになっていたんだ?」

「セイロスが城によこしてくれた天空人に教えてもらったのよ。でも、他の場所ではだめなの。この泉だけで見えるのよ。泉に不思議な力があるみたい」

「そうか。この世界には泉の長老と呼ばれる偉大な魔法使いがいるようだから、その力添えかもしれないな。私のほうも、部隊の天空人に魔法を教えてもらって、だいぶ腕前が上がったぞ。その力で君のいる場所を見つけ出したんだ」

「魔法は役に立つわね」

 と姫は言って、くすくす笑いました。先ほどまでの不安な様子が嘘のように、楽しそうな顔になっています。

「セイロスも到着しているのよね? 泉に映ったわ」

「ああ、もちろんだ。我々は新たな味方を得るために東に向かっている途中なんだが、補給のために城に立ち寄ったんだ」

 とロズキも笑顔で答えました。どちらも再会を喜ぶ気持ちがあふれています。

「東に? 誰を味方にするつもりなの?」

「東の最果てにあるシュンの国の王だよ。シュンの国には闇の竜に効く魔法があるらしいんだ――。セイロス様が総大将になって以来、光の軍団には大勢の天空人が参戦するようになった。彼らが教えてくれたおかげで、我々も光の魔法がかなり得意になったんだが、闇の竜は非常に強力な闇魔法を使うから、光の魔法の威力が半減されてしまうんだ。そのためにカルデラの海戦では全滅の一歩手前まで追い込まれた。でも、そこに天空人と古い契約で結ばれた海の民が助けに駆けつけてくれてね。おかげで我々は命拾いをしたんだ。海の民の魔法も闇の竜には効果があるんだが、彼らは陸では戦えない。陸上での味方を得る必要があるんだ」

 ロズキの話に、エリーテ姫から笑顔が消えました。ふぅと溜息をつきます。

「敵の陣営に巨大な悪竜が現れたと聞いて、本当に心配していたわ……。闇の竜が怪物を大量に呼び出したせいで、味方の兵が大勢やられてしまったのでしょう?」

「ああ、残念ながらそうだ。南大陸にはムヴア族という強力な魔法使いたちがいて、彼らの魔法も闇の竜に効くんだが、連中は協力を拒んで大陸を閉じただけでなく、通り道の山頂に罠を仕掛けてセイロス様をはめようとした。無論、セイロス様はそんなものにはひっかからなかったが。味方を増やすことは急務だ。だから東に向かっているんだ」

「東のシュンの国に行けば、悪竜に対抗できる強力な味方が得られるのね? それを聞いて、少し安心したわ……」

 そう言いながらも、姫から不安そうな表情は消えませんでした。城のある方向を振り向いて言います。

「セイロスに会いたいわ。会ってお声を聞きたい。セイロスのことだから、こんな状況でもきっと勇敢でいらっしゃるでしょうけど、私も陰ながら応援していることをお伝えしたいの」

「それがいい、セイロス様もきっとお喜びになる。セイロス様は陛下にご挨拶に向かわれたんだ。一緒に行こう」

 とロズキは言うと、ペガサスにエリーテ姫を乗せて、自分はその後ろにまたがりました。姫がうつむいたまま不安そうな顔をしているのを見て、そっと苦笑を浮かべます。姫の心がセイロスを心配する気持ちでいっぱいになっているのを見取ったのです。ロズキは何かを振り切るように一度目を閉じると、目を開けてペガサスの横腹を蹴りました。

「行け、セイロス様の元へ……!」

 

 ところが、彼らが城に入って国王のもとへ行くと、そこにセイロスはいませんでした。

 驚くエリーテ姫やロズキに、セイロスの父親である国王はすまなそうに言いました。

「セイロスはこの国の近隣の王たちにも参戦を呼びかけると言って、先ほど出発してしまったのだ。西の国や東の国は以前からの同盟国だが、光の軍団に加わることをためらっている国もまだあるからな。せめてエリーテ姫に会っていくように言ったのだが、時間が惜しいと言って、急いで行ってしまった」

「でも、セイロスはまた城に戻ってくるのよ、エリーテ姫。じきに戻ってくるから、もう少しだけ待っていてちょうだいね」

 と王妃も慰めるように言います。

 ロズキは顔色を変えて駆け出しました。

「セイロス様が出発されたのなら、私も後を追わなくては! 陛下、王妃様、エリーテ、私もこれで!」

 ばたばたと走る足音が王の部屋から遠ざかっていきます。

 エリーテ姫はドレスの裾を握って、呆然と立ちつくしていました――。

 

 すると、過去の光景はまた場面を変えました。

 前方に椅子が置かれた壇がある部屋です。王座の間のようにも見えますが、部屋が小さいうえに背後の壁にユリスナイの象徴が飾られているところを見ると、どうやら礼拝堂のようです。

 エリーテ姫は頭に白いベールをかぶり、神の象徴に向き合うように床にひざまずいていました。ベールの陰の顔はひどく悲しげでした。手は組んでいますが、象徴を見上げようともせずに、もの思いに沈んでいます。

 そこへ部屋の外から人の声が聞こえてきました。

「姫様は中に――お呼びしてまいります――」

「かまわん。こちらから行く」

 答えたのは力強い青年の声でした。エリーテ姫は、はっと我に返って振り向きました。礼拝堂の入り口からセイロスが入ってきます。

「エリーテ! ようやく会えたな!」

 とセイロスは言いました。紫水晶の防具を着けた腕を広げ、笑顔で歩み寄ってきます。

 エリーテ姫は座り込んだままでそれを見上げました。こちらは、にこりともせずに答えます。

「本当に私に会いたいと思っておいででしたの、セイロス? 私はてっきり、あなたが私のことなど忘れておいでなのだと思いました」

 セイロスは驚いたように立ち止まりました。

「何故そんなことを言うのだ? 戦場でもどこの場所でも、私があなたを忘れたことは一度もなかったぞ。やっとまた会えたというのに、嬉しくないのか?」

「そのおことばは本心ですの? 近隣諸国に同盟を呼びかけると言って、あなたが城を立たれてもうひと月以上が過ぎました。その間、手紙ひとつよこすでもなく、あなたはずっと国々を駆け回っておいででした。そんな日々の中で、私のことなど思い出す暇はありましたの?」

 恨みごとを言う姫に、セイロスは困惑した様子になりました。兜を脱いだ額には、大きな聖守護石をはめ込んだ輪が、冠のように光っています。

「あなたに挨拶もなく出発してしまったことは、本当に申し訳なく思っている。だが、これはなんとしても必要なことだったのだ。我々はこれから東の果てのシュンの国へ協力を求めに行く。だが、闇の竜を大将とする闇の軍団は、我々の後を追ってきている。その敵を後方から追跡して、シュンの国に到着した我々と一緒に挟み撃ちにする味方が必要なのだ。それに、諸国を同盟にくわえることができれば、闇の竜を倒した後に強固な協力関係が生まれる。この大陸に帝国を築き上げることができるかもしれないのだ。すばらしいことだとは思わないか、エリーテ? 大陸は強大なひとつの国となり、この要の国はその中で最も重要な存在になるのだ。闇の竜を倒した暁にはきっと……!」

 セイロスの声は、最初のうちこそ神妙でしたが、話すうちにどんどん熱を帯びて力が入っていきました。熱く輝く目は、エリーテを通り越して、ずっと向こうにある未来を見つめています――。

 

 エリーテ姫は深い溜息をつきました。

 ひどく悲しげな溜息でしたが、セイロスはそれには気づかずに話し続けていました。大陸に新しく生まれる帝国がどんなにすばらしいか、それによって世界や人々がどんなふうに変わっていくか。そんな話を延々と続けています。

 姫は唐突に口をはさみました。

「お願いがあります、セイロス。ぜひとも聞いてくださいませ」

「なんだ?」

 とセイロスは驚いて聞き返しました。話の腰を折られたので、少し気分を害したようにも見えました。

 エリーテは目を伏せ、床の上に広がる自分のドレスを見つめながら言いました。

「私との婚約を解消してください。私との結婚はなかったことに――」

 姫の声が震えてとぎれます。

 セイロスは非常に驚いた顔をしました。まったく予想外だったのです。眉をひそめ、確かめるように聞き返します。

「何故急にそんなことを言い出すのだ、エリーテ。あなたとの結婚は父君も母君もあなたのご両親も認めたことだぞ。誰も反対などする者はいないし、いたとしたら私が絶対に許さん。あなたは私の妻、私の生涯の伴侶なのだ」

 セイロスはエリーテ姫を抱いて話をしようとしましたが、姫はそれを拒絶しました。いっそう驚く彼に、うつむいたまま言い続けます。

「誰かに反対されたからではありません。私がそう望んでいるのです。私はあなたについていくことができません。私との婚約を解消してください」

 姫の声は震えていましたが、それでも、頑として譲らない強さがありました。セイロスのほうは、何故そんなことを言われるのか理解できなくて、呆然としています。

 と、セイロスは急に思い当たったような顔になりました。エリーテ姫を見つめながらつぶやきます。

「そうか、あなたはロズキを――」

 けれども、それはほとんど声にならないつぶやきでした。うつむいていた姫には届きません。

 セイロスも深い溜息をつきました。こちらはしばらく天を振り仰ぐと、意を決したように言います。

「わかった、あなたとの婚約を解消しよう。あなたはもう自由の身だ。誰とでも、あなたの望む人と結ばれるといい」

 皮肉な響きはまったくない、寛大な声でした。

 エリーテ姫はうつむいたままうなずきました。そのドレスの膝に涙が落ちて染みを作りますが、セイロスは天を振り仰いだままだったので気づきませんでした。

 悲しいすれ違いの誤解が生まれます。

 

 そこへ鎧兜で身を包んだ兵士が、失礼します! と駆け込んできました。火急の知らせを告げます。

「後方から敵の軍団が追ってきていると連絡が入りました! すでに我々から三日の距離まで迫っているとのこと! いかがいたしましょう!?」

 セイロスは、がらりと表情を変えました。厳しい指揮官の顔になって兵士に尋ねます。

「敵は飛行部隊か? それとも地上部隊か?」

「大半は地上部隊ですが、空を飛べる怪物や闇の民が混じっていて、哨戒や攻撃に当たっているようです!」

「では、我々のほうが速い。こちらは全軍が飛行部隊だからな。ただちに東へ出発! 敵の飛行部隊が追いついてきたら迎撃する!」

「了解! 全軍に出発を伝えます!」

 と兵士は大慌てで駆け去りました。セイロスも厳しい顔つきのまま、大股で礼拝室を出ていきます。

 そして――彼はとうとう振り向きませんでした。

 エリーテ姫が青ざめ、泣きながら見送っていたのに、セイロスは最後までその事実に気づかなかったのです。

 セイロスが去っていき、その足音も聞こえなくなると、エリーテ姫はわっとその場に泣き伏してしまいました。

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