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第25巻「囚われた宝の戦い」

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第17章

50.過去の真実・1-2

 エリーテ姫がいきなり少女になり、周囲の景色が変わったので、フルートたちは面食らっていました。

「なんだここは? パルバンにいたはずなのに、なんでこんなところにいるんだよ?」

 とゼンが言うと、レオンが庭園を見回しながら答えました。

「これは過去の光景だな。エリーテ姫が魔法で呼び出したんだろう」

 それを聞いて、ビーラーが驚きました。

「そんな、ぼくたちは彼らと別の空間にいるんだろう? それなのに同じ過去が見えてるのか!?」

「それだけエリーテ姫の魔力が強力だということだ。地上の人間だと言っていたが、どうやら相当力のある魔法使いのようだな」

 とレオンは答えて、少し離れた場所にいるエリーテ姫を見つめました。姫は今は美しい少女になって、屈託のない笑顔で手を振っていました。それに呼ばれて、二人の青年が現れます――。

「ワン、セイロスとロズキさんだ!」

 とポチも驚きました。茂みの向こうから現れた二人が、彼らの知るセイロスやロズキより、ずっと若かったからです。フルートやゼンよりほんの少し年上にしか見えません。

「これはセイロスたちの過去なのか……」

 とフルートがつぶやきます。

 

 二人の青年は防具や武器を身につけていませんでした。仕立ての良さそうな服を着て、いかにもくつろいだ様子でエリーテ姫の前に立ちます。

「ボートか、いいな。今日は天気がいいから、さぞ気持ちがいいだろう」

 とセイロスが言いました。フルートたちが知っている彼は、世界征服の野望をぎらぎらさせながら、強烈な闇の気を放っていますが、このセイロスにはそんな危険な雰囲気はありませんでした。歳の割に落ち着いた態度でゆったりと池を眺めています。

「船着き場にボートがあります。私がここまで運んできましょう」

 とロズキが駆け出そうとすると、セイロスが引き留めました。

「その必要はない。三人で船着き場へ行こう」

「そうよ。そのほうが早いわ」

 とエリーテ姫も言い、三人は連れだって池へ歩き出しました。歩きながらおしゃべりを続けます。

「池の中州にシラサギが巣をかけているのよ。卵を温めているのかもしれないし、ひょっとしたらヒナもかえっているかもしれないわ。確かめにまいりましょう」

 と姫が言ったので、青年たちはほほえみました。

「もしヒナがかえっていたら、連れ帰って城の中庭で育てるのはどうだろう? きっとみんなが鳥をかわいがるようになる」

 とロズキが提案すると、姫は顔色を変え、セイロスはたしなめるように言いました。

「それはだめだ。人間に親鳥よりうまくヒナをそだてられるはずはないからな。鳥にとっては、生まれた場所で親鳥に育てられるのが一番幸せなのだ」

 は、はい……とロズキはたちまち恐縮しました。

「思慮が足りなくて申しわけありません、セイロス様、エリーテ姫。忘れてください」

 すると姫はすぐにまた笑顔に戻りました。

「ロズキは私のためにヒナを連れ帰ろうと言ってくださったのよね。私がヒナをかわいがれるようにと。ありがとう。その気持ちは嬉しいわ」

 姫に笑いかけられて、ロズキは顔を赤らめました。セイロスはわざと口を尖らせます。

「エリーテとロズキは幼なじみで、子どもの時分からよくわかりあっている仲だ。私の忠告はお節介なことだったな」

 本気で怒っているわけではないことは、表情を見ればわかるのですが、ロズキはいっそうあわてました。

「と、とんでもありません。エリーテ姫は今やセイロス様の許嫁(いいなずけ)です。私こそがお二人の邪魔をしているのです」

 ロズキがそう言って本当に二人から離れようとしたので、エリーテ姫はあきれた顔になりました。

「もう、ロズキったら何を言っているの!? ボートは三人乗りなのよ。三人で乗りましょう」

 と言って、右手でセイロスの腕を、左手でロズキの腕をつかむと、池のほうへ引っぱり始めます。

 二人の青年は顔を見合わせると、どちらからともなく笑い出しました。エリーテ姫に腕を引かれながら、池の船着き場へ向かいます――。

 

 フルートたちはその光景を呆気にとられながら眺めていました。

 ゼンが頭をかきます。

「なんつぅか……えらく普通だな。本当にこれがセイロスなのか? そのへんの育ちのいい奴と変わらないじゃねえか」

「ワン、セイロスは要の国の王子でしたからね。最初からあんなふうに恐ろしい人間だったわけじゃなかったんだ」

 とポチも言うと、ビーラーが首をかしげました。

「ただ、ロズキって言うのか? あの赤毛の人は他の二人にちょっと遠慮している感じがするな」

「セイロスはロズキさんの主君だったからね。でも、それにしては本当に仲が良かったんだな。主人と家来というより、友だち同志って感じだ」

 とフルートは言って、歩いていく三人を見つめました。ずっとこのままだったら、その後の不幸な争いは起きなかったんだろうな、と心の中で考えます。

 

 一方、カザインとフラーとハーピーも、フルートたちから少し離れた場所で、同じ光景を眺めていました。

 ハーピーは、突然現れた庭園や三人の若者たちに目を丸くしています。

「ここはどこだ? 彼らは何者なんだ?」

 ハーピーは怪我をしていて、まだ立ち上がることができませんでした。地面の上に座った彼女を、フラーが隣で支えています。

「ここは二千年前の地上のようね。もう第二次戦争は起きていたはずだけど、このあたりまでは及んでいないんだわ。あの女の子がエリーテよ。それから、後に闇の竜に魂を売り渡したセイロスと、もうひとりは彼らの友だちのようね」

 とフラーは言いました。フラーたちはロズキの存在を知らなかったのです。

「この頃は仲が良かったんじゃないか。それがどうして……」

 とカザインは不思議がっています。

 

 すると、彼らの目の前で景色が変わりました。

 植物や池がある庭園から、石造りの壁に木の床の一室になったのです。

 部屋の床には大きな布が広げてあって、たくさんの女たちが布をつかんで刺繍(ししゅう)をしていました。図案は戦争の場面でした。大勢の白い兵士たちが黒い防具の兵士たちと戦い、倒しています。

 そこへセイロスが入ってきました。先ほどは普段着姿でしたが、今は鎖かたびらを着た上に紫水晶の鎧兜をつけて、腰には大きな剣を下げています。

 刺繍をする女たちの中から、エリーテ姫が驚いたように立ち上がりました。手には美しい糸を通した刺繍針を握り、ポケットにハサミや糸束を入れたエプロンをつけています。

「セイロス、その格好はいったい……? まさか、あなたも戦場へ行くのではないでしょうね?」

 そう言うエリーテ姫は、先ほどより少し成長したようでした。髪を結い上げ、白いエプロンを着けていると、もうれっきとした大人のように見えます。

 セイロスは紫水晶の兜を小脇に抱えて、真剣な表情をしていました。

「私ももう戦場に出るには充分な年齢だ。父上が光の軍団の総大将となっておいでなので、父上の留守を守るために城に留まっていただけなのだから。だが、私はまだ戦場には行けない」

「それはどういう……その戦支度はなんのために?」

 とエリーテ姫がまた尋ねると、セイロスは彼女を連れて部屋の外に出ました。そこにはロズキが待っていましたが、彼は普段着姿のままだったので、姫はまた意外そうな顔になりました。

「セイロスだけが行くの? いったいどこへ?」

「魔の森だ」

 とセイロスは答え、思わず息を呑んだエリーテ姫を見つめながら続けました。

「そうだ。魔の森は悪しき魔物どもの巣窟で、足を踏み入れた者は気が狂い、魔物に引き裂かれて骨までしゃぶり尽くされると言われている。だが、私はそこへ行かなくてはならないのだ」

 話すことばには決意の強さがにじみ出ていました。手は腰の剣を握りしめています。

 すると、ロズキが急に口をはさんできました。

「セイロス様、そのお役目をどうか私に! さもなくば、私を供として連れていってください! 単身で魔の森に踏み込むなど、あまりにも危険です!」

「いいや、そういうわけにはいかない、ロズキ。これは私がなすべきことなのだ」

「なすべきって……いったい何を?」

 と姫が繰り返し尋ねると、セイロスは急に声を潜めました。

「昨夜、戦地から知らせが入った。父上が敵の襲撃を受けて重傷を負ったのだ。伝令によると、明日をも知れない容態だという。父上は光の軍団の総大将だ。父上が亡くなるようなことがあれば、光の軍団は崩壊して世界が闇に支配されてしまう。そんなことをさせるわけにはいかない。私は魔の森へ行って、勇者の証(あかし)の聖守護石を手に入れてくるのだ」

 セイロス……とエリーテ姫は言って、それきりことばが続かなくなりました。魔の森の恐ろしさをよく知っているのでしょう。青ざめて体を震わせています。

 セイロスは優しい目になりました。

「心配はいらない、エリーテ。私は聖守護石を手に入れて、必ずここへ戻ってくる。そして、世界中の正しい者たちの力を結集させて闇を討ちまかし、この世界を守ってみせる。あなたは他の女性たちと一緒に、我々の必勝を願っていてくれ」

 エリーテ姫はひと筋の涙をこぼしましたが、すぐにうなずいて笑顔を見せました。

「わかりました。私はあなたを信じて待ちます。どうか一刻も早く聖守護石を手に入れて、戻ってきてください。私たちの元へ」

「無論だ」

 とセイロスは答えると、腕を広げて姫を抱きしめました。姫の髪に頬を寄せ、穏やかに言い続けます。

「あなたは未来の私の妻だ。私が留守の間、母上とこの国をよろしく頼む」

 それを聞いて、姫の頬をもうひと筋の涙が流れていきました。

「わかったわ。必ず目的を達成させてお戻りになって。そして、世界を闇から救ってください」

 セイロスは力強くうなずき返すと、姫を腕から離しました。そのまま背を向けて通路の向こうへ歩いていきます。金の石を手に入れるために、魔の森へ出発したのです。

 エリーテ姫は涙をこぼし続けます。

 

 すると、一緒にセイロスを見送っていたロズキが、決心したように言いました。

「エリーテ、私も少しの間、留守にする」

 えっ、と姫は振り向きました。

「あなたはどこに行くつもり、ロズキ!? セイロスを追いかけるの!?」

「いいや、私は火の山に行く――。以前から話は聞いていたんだ。火の山の中には火の魔力を秘めた魔剣が眠っていて、新しい主を待っているらしい。その剣を手に入れに行く。セイロス様が聖守護石を得て光の軍団の総大将になるならば、私もその背中を守れるくらい強くならなくてはいけないからな」

「ロズキ……」

 エリーテ姫は泣き笑いの顔になりました。

「すばらしい決心だけど、火の山までどうやっていくつもり? セイロスが目ざす魔の森はこの国の中にあるけれど、火の山ははるか西のほうにあるはずでしょう? そこまで旅している間に、セイロスが戻ってきて出陣してしまうわよ」

「大丈夫。私には心強い友人ができたんだ」

 とロズキは言うと、通路の横の窓を押し開けました。窓の外の空に大きな翼を持った白馬が浮いていたので、姫は驚きました。

「天馬!?」

「地上の戦いを手助けに来てくれた、頼もしい天の馬だよ。ゴグって名前なんだ――。ゴグ、セイロス様はやっぱり魔の森へ向かってしまわれた。大急ぎで火の魔剣を手に入れなくちゃいけない。私を火の山まで運んでくれ」

 すると、ペガサスは口を開いて人のことばを話しました。

「私は火の山の奥までは行くことができないぞ。それでもかまわないのか?」

「ああ。セイロス様ほどじゃないが、私も少しは魔法が使える。火山の中に入ることくらいはできる」

「では行こう」

 窓越しにそんな会話を交わすと、ペガサスは向きを変えて背中を向けてきました。ロズキが窓を乗り越えてペガサスにまたがります。

「セイロスもロズキも、私を置いていくのね。二人とも本当に勝手なんだから……。気をつけて行ってきてね」

 とエリーテ姫は泣き笑いしながら言いました。

「わかってる。セイロス様が戻る前に、必ず火の魔剣を手に入れて戻ってくるよ。じゃあ」

 ロズキを乗せたペガサスが窓から遠ざかっていきました。

 先に出発したセイロスは、もう通路から姿を消しています。

 ひとりだけ後に残されたエリーテ姫は、二人の無事を祈るように、両手を胸に重ねて目を閉じました――。

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