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第25巻「囚われた宝の戦い」

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48.黒い柱

 ついに彼らは黒い柱の下に到着しました。

 高さが十数メートルもありそうな高い柱です。真下に立って見上げると首が痛くなるので、少し距離を置いて立ち止まります。

「これがフルートたちの言っていた柱だな」

 とカザインが言いました。

「確かにぼくの見た柱だ。これのてっぺんに、何かを守るように黒い翼がいたんだけれど――」

 とフルートも言いましたが、その声はゼンとレオンと犬たちにしか聞こえませんでした。カザインたちはすぐそばにフルートたちがいることにさえ、気がついていないのです。

「翼なんかいねえな」

 と柱の頂上を見ながらゼンが言いました。

「ワン、ずっと宝を守っているわけじゃないのかな? どこかに飛んでいってるのかしら」

「風の犬になれたら、上まで飛んで確かめてくるんだが、また変身できなくなっているからな」

 とポチやビーラーも言います。

 フルートはレオンに尋ねました。

「ぼくたちはカザインに何もできないけれど、戦人形はどうなんだ? 人間じゃなく人形だから、ひょっとしたらあっちに働きかけができるんじゃないのか?」

「いや、無理だ。ぼくはさっきから、カザインたちの周りに繭を作って三の風から守れ、と戦人形に命じていたんだけど、人形はいっこうに動かなかった。人形もカザインたちには手を出せないんだろう」

「それじゃ、翼が戻ってきてカザインたちを襲っても、ぼくたちには何もできないってことか……」

 とフルートは唇をかみます。

 

 一方、カザインたちはフルートたちがそんなやりとりをしているとは知らずに、柱を眺めて話し続けていました。

「ものすごい闇の力を感じるわよ。ここに竜の宝が隠してあるのは間違いなさそうね」

「ああ。いったいどこに隠してあるのか――まだ行くんじゃない、ハーピー! 迂闊(うかつ)に近づいて触れたら、闇の影響を受けるぞ!」

 とカザインが急に声を大きくしました。ハーピーが今にも飛び立とうとしたからです。

 フラーも言いました。

「これだけ強力な闇だと、触れたとたんに闇に取り込まれるのよ。宝が隠されている場所を見極めて、そこを集中的に攻撃しなくちゃいけないわ」

「どこに宝があるんだろう?」

 とフルートたちは柱の周りを歩き出しました。特にフルートは、以前翼を見た頂上のあたりを一生懸命眺めますが、柱はどの方向から見てものっぺりとしていて、宝らしいものは見当たりませんでした。上に行くにつれて細くなっていく柱が、灰色の空に吸い込まれるように伸びています。

 カザインたちは逆に柱の根元を見ていました。大人が五、六人がかりでやっと腕を回せるほどの太さがありますが、通常ならあるはずの土台が、この柱にはありませんでした。まるで巨大な一本の木のように、大地からいきなりそそり立っています。

「聖なる魔法の痕跡も感じられるわね」

 とフラーが身をかがめて言いました。

 カザインがうなずきます。

「そうだな。聖なる魔法でつくられたものが、闇の力で反転したような感じだ」

「ワン、どういうことですか?」

 とポチがレオンに尋ねました。

「この柱は元々は光の魔法で作られた、ってことだ。闇の竜の宝を奪ってここに隠したのは光の軍勢なんだから、当然だな。ただ、三千年もの間、闇の竜の宝を封じていたから、柱全体が闇に感化されてしまったんだろう」

 とレオンが答えるすぐ横で、フラーが話していました。

「宝が柱の中にあるのか、柱の下に封印されているのか、それを調べなくちゃいけないわね。あなたには見える?」

「いや、柱からの闇の放射が強くて無理だな。だが、宝がある場所は見当がついている」

 とカザインが言ったので、フルートは言いました。

「宝はきっと柱の上だ。翼が守っていたんだからな」

「フルートが言っていただろう。黒い翼が柱の上のほうで宝を守っていたって。だから、下ではなくて、きっと上だ」

 とカザインも言います。

 ついにゼンは我慢できなくなりました。

「なんだよ、このごちゃごちゃしたやりとりは! カザインたちもカザインたちだ! どうして俺たちの話がわかんねえんだよ!?」

「ワン、しかたないですよ。カザインたちにはぼくたちの声が聞こえないんだもの」

 とポチがゼンを慰めます。

 

「宝は上なのか? 私の順番か?」

 とハーピーが尋ねました。

 カザインは重々しくうなずきました。

「そうだな。このあたりにも魔法が充満しているから、ぼくたちが攻撃魔法を使うと爆発が起きる。君が柱の上を攻撃してみてくれ。宝が外に出てくるかもしれない」

「でも、柱に触れてはだめよ。距離を置いて攻撃するのよ」

 とフラーは心配して念を押します。

 ハーピーは青灰色の翼を広げると、空に舞い上がりました。柱の周囲を旋回するように飛びながら上へ向かい、頂上近くまで行くと、口を開けます。

 どん!

 空気が振動して柱の上で爆発が起きました。黒い光が火の粉のように下へ降ってきます。

「やったか!?」

 とビーラーが声をあげると、レオンとカザインとフラーが同時に首を振りました。

「だめだ」

「だめだな」

「当たる前に防がれたわ」

 ハーピーが上空から尋ねてきました。

「柱は壊れないぞ。壊れるまで攻撃するか?」

「もう少しやってみてくれ!」

 とカザインは答えました。

 再び頭上で、どん、どんと爆発が起き、黒い火花が雨のように降ってきましたが、やはり柱はびくともしませんでした。

「何かの力が柱を守っているんだ」

 とレオンが遠いまなざしで言います――。

 

 すると、いきなり柱の上のほうが黒く光り出しました。

 はっとフルートたちが息を呑む横で、カザインがどなりました。

「そこだ、ハーピー! そこを狙え!」

 ハーピーはすぐに口を開けて、空気弾を吐き出しました。フルートのダイヤモンドの盾をひび割れさせた攻撃が、柱の表面で炸裂します。

 黒い光は、ふぅっと弱まって、すぐにまた強くなりました。

「あそこに何かあるわ! 竜の宝よ!」

 とフラーが言いました。ハーピーがまた攻撃しようとします。

 ところが、柱の上が急に強く光り出しました。たちまち光度を増して、あたりを白々と輝かせます。

 ハーピーは驚いて空中で羽ばたきました。猛禽類の目で光の元を確かめようとします。

 フルートは叫びました。

「戻れ、ハーピー! 柱から離れるんだ!」

 けれども、フルートの声はハーピーには聞こえません。

 すると、また光が弱まりました。

 黒い柱の頂上が見えるようになったので、誰もが、どうしたんだろう? と見上げます。

 そのとたん、だだだん!! と激しい音がして、ハーピーが吹き飛びました。柱から攻撃が飛んできたのです。青灰色の羽毛が空中に飛び散り、ハーピーが墜落していきます。

「ハーピー!!」

 フルートは思わず駆け出しました。ハーピーを追いかけ、両手を広げて受け止めようとします。

 ところが、せっかく追いついたのに、ハーピーはフルートの腕や体をすり抜けていきました。墜落の勢いのまま地面にたたきつけられてしまいます。

 フルートはあわててハーピーを抱き上げようとしましたが、その手もハーピーを素通りしてしまいました。どうしても触れることができないのです。

「反撃してきた! やはりあそこだ!」

 とカザインは両手をあげました。柱の上に向かって呪文を唱え始めます。

 ハーピーに駆け寄ろうとしていたフラーが、ぎょっとしたように振り向きました。

「だめよ! 魔法を使ったら爆発するわよ!」

「爆発したら、それも柱に返してやる! 次の攻撃が来る前に攻撃しなくちゃいけない!」

 とカザインは言い返して、また呪文を唱えました。掲げた手の先に緑の光が集まっていきます。

 フルートたちはそれぞれに、どうしたらいいのかわからなくなっていました。一緒に戦いたいのですが、彼らには何もできないのです。柱を攻撃することも、カザインたちを守ることも、傷ついたハーピーを助けることもできません。

「こんちくしょう!」

 ゼンは思いあまって柱を殴りつけましたが、柱を通り抜けて向こう側に飛び出してしまいました。やはり触れることができません。

 カザインの魔法がふくれあがるにつれて、ぱちぱちと空中で音がし始めました。周囲に充満している魔法とカザインの魔法が反応し始めたのです。

「無茶だ! 守りの光も繭もないんだぞ! 爆発してみんな吹き飛ぶ!」

 とレオンが言いますが、カザインは魔法を止めませんでした。ふくれあがった緑の光を、柱の上めがけて投げつけようとします――。

 

 そのとき、ふいに声が聞こえてきました。

「それは光の魔法……。あなた方は光の戦士なのですか?」

 若い女の声でした。フラーやハーピーの声ではありません。

 カザインは思わず魔法を止め、フラーやフルートたちも驚いて声がしたほうを見ました。ハーピーも、傷ついた頭を上げて声の聞こえるほうを見上げます。それは彼女が攻撃を繰り返した柱の上のほうから聞こえたようでした。先ほど強く光った場所が、今はぼんやりと白く光っています。

「何か出てくる」

 とレオンは言いました。ぼんやりした光が、次第に寄り集まって立体になり、何かを形作っていったのです。

 と、一同は目を見張りました。柱の上に意外なものが現れたからです。

 それは若い女性の顔でした。柱の表面から青白い顔と長い金の髪の頭をのぞかせて、じっと彼らを見下ろしています。元はとても美しかったのでしょうが、頬はこけ、落ちくぼんだ目は隈(くま)に縁取られて、やつれきっています。青い瞳はひどく悲しそうです。

「誰だ!?」

「ワン、幽霊……!?」

 一同が驚いて見つめていると、柱の上の女の顔は何故か急に笑いました。青ざめた顔が笑顔になり、同時に涙をこぼし始めたので、彼らはますます驚きました。カザインは魔法で攻撃することを忘れてしまいます。

 すると、女が口を開きました。

「ああ、待ちました。待ち続けました……。やっと来てくださったのですね……」

 先ほど、光の戦士なのですか? と尋ねてきた声です。話しながら、まだ泣き笑いを続けています。

 ようやく我に返ったカザインが、聞き返しました。

「おまえは何者だ!? こんなところで何をしている!?」

 すると、女の顔は目を閉じました。やつれきった頬の上を、大粒の涙が後から後から伝っていきます。

 ひび割れ土気色になった唇で、女は言いました。

「私はエリーテ……闇の竜の力を与えられた、セイロスの宝です……」

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