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第25巻「囚われた宝の戦い」

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 一方、レオンは少女たちの話題で賑わう仲間に背を向けて、三の風が吹き荒れる荒野を眺めていました。

 ポポロへの片思いは、まだレオンの胸の中にくすぶっています。彼女とフルートが相思相愛で、彼女がレオンに気持ちを移すことなど万に一つもありえないことはわかっているのに、それでもやっぱり彼女が気になってしまいます。フルートが彼女を恋人として話しているのを聞くのも面白くないし、そんな気持ちでいる自分自身にも腹立たしい気がしてきます。

 そんな複雑な気持ちを仲間たちに悟られないためには、外を眺めて行く手を見ているふりをするしかありませんでした。ちぇっ、と舌打ちしそうになって、途中でそれを止め、ごまかすように両手を上着のポケットに突っ込みます。

 すると、何か堅くて小さなものが指先に触れました。取り出して見ると、それは片方だけのピアスでした。金の金具の先に青い石がついています。彼らが西の大海から闇大陸へ旅立つときに、海の王女のペルラが、お守りよ、と言って手渡してきたものでした。

 手の上のピアスを眺めるうちに、レオンは微笑んでいました。気が強くて美人なペルラの顔が思い浮かんだのです。

 怒りっぽくてレオンとは喧嘩ばかりでしたが、時々、驚くほどの素直さで謝ったり感謝してきたり、めまぐるしく変わる少女でした。本当は自分も闇大陸に行きたかったのに、それができなくて、一生懸命我慢しながらピアスをレオンに託してきたのです。

 君が来てもきっと大丈夫だったんだけどな、とレオンは心の中でつぶやきました。彼女のために準備した壁の木の糸の繭や、その向こう側で繭を守っている戦人形を眺めて、今度は苦笑してしまいます。

 繭の外ではようやく三の風が通り過ぎていくところでしたが、地平線近くに新しい三の風が見えていました。時折弱まりながら、次々と吹いてくるのです。新しい風は遠くを吹き過ぎて行くように見えましたが、何故か急に向きを変えると、こちらへ向かってきました。

 次の三の風も、同じように突然向きを変えると、やはりこちらへやってきます――。

 

 レオンは急に真剣な顔になりました。

 ピアスをポケットに戻すと、地平線近くを眺め、風が巻き上げる煙が次々向きを変えるのを見て声をあげます。

「あそこに何かあるぞ! 何かが三の風を弾いているんだ!」

 たちまち一行は振り向きました。

 フルートとゼンがレオンと並んで地平線を見ます。

「どれだ?」

「三の風が邪魔して見えねえぞ」

「その三の風が知らせているんだよ。目には何も見えないのに、風があのあたりで急に向きを変えるんだ。あそこにはきっと何かある」

 とレオンが指さした先で、いったん風がやみ、すぐにまた次の三の風が吹いてきました。左から右へ吹き過ぎていくように見えたのですが、レオンの言う通り、あるところまで来ると突然向きを変え、さえぎられたようにこちらへ吹いてきます。

「だから、ここに来て急に三の風が増えたのか」

 とフルートが言う横で、ゼンは腕組みしました。

「いくら目をこらしても何も見えねえな。いったい、あそこに何があるってんだ?」

 すると、カザインが言いました。

「魔法の嵐の三の風を防げるものなんて、そうはないはずだ。あらゆる魔法を防いでしまうような、非常に強力な結界だろうな」

「じゃ、それってもしかして――竜の宝!?」

 とフラーが言います。

 ハーピーはそちらを見通そうと一生懸命背伸びをし、犬たちは嵐の下を透かすようにして問題の場所を眺めました。

 フルートが勢い込んで言います。

「あそこに行こう! 確かめるんだ!」

「ワン、でも、三の風が吹いてる間は身動きとれませんよ」

 とポチは言いました。三の風は本当にひっきりなしに吹いてくるようになっていて、風がやんでいる間に進むことができなかったのです。

「この繭に移動手段はないんだ。三の風がやむのを待つしかないだろう」

 とレオンも言います。

 

 すると、フルートは口元に手を当てました。曲げた人差し指を唇に押し当てて、じっと考え込みます。何かを思いつこうと、深く考えるときの癖です。

 それを知っている仲間たちは驚き、半ば期待しながら彼を眺めました。絶対不可能に見える状況を、知恵と工夫で何度も乗り越えてきたフルートです。ひょっとして今回もまた……? と考えてしまいます。

 やがてフルートは目を上げて繭の外を見ました。彼方にある見えない何かではなく、すぐそばで繭を守っている戦人形を見てレオンに言います。

「戦人形は君の命令ならなんでも聞くよな? 繭をもう少し編むことはできるか?」

 レオンは目を丸くしました。

「繭をもっと作れって言うのか? 壁の木の糸はもう少し残っているが、もうひとつ繭を作るような量はないぞ」

「いや、そうじゃない。繭に底を作ってほしいんだ」

 とフルートは言って足元を示しました。そこにはむき出しの地面がありました。繭は彼らの周囲をすっぽり取り囲んでいますが、地面の上までは包んでなかったのです。

「そのくらいならできると思うが、でも、なんのために? 周りさえ囲めば、三の風は入ってこないぞ」

 不思議がるレオンを、ゼンが小突きました。

「いいから、フルートの言うとおりにしろよ。こいつはまた、とんでもねえ方法を思いつきやがったんだ!」

 そこでフルートは考えついたことを二人に説明しました。レオンがあきれたような声を出します――。

 

 少年たちが相談している間、カザインとフラーは地平線を眺め続けていました。

「待っていれば、そのうち三の風はやむんだ。それから移動すればいいんだよ」

 カザインがわざと少年たちに聞こえる声で言いますが、少年たちが耳を傾けようとしません。

 彼は肩をすくめました。

「待ちきれないのか。子どもはせっかちだな」

 ところが、フラーは首をかしげました。

「でも、この風、いっこうにやむ様子がないわよ。三の風はいろんな方向から吹いてくるのに、跳ね返ると、みんなこっちへ向きを変えるわ。まるで、私たちが竜の宝に近づくのを阻止しようとしているみたい。そうだとしたら、いくら待っていても三の風はやまないわよ」

「まさか――」

 とカザインは言いかけて黙り込んでしまいました。ちょうど向きを変えた三の風が、またこちらへ向かうのを見たからです。見えない何かが侵入者の彼らに向かって三の風を打ち返しているようです。

 

 すると、背後で少年たちが歓声をあげました。

「よし、できたぞ!」

「うまくいったな!」

 振り向いたカザインとフラーは、意外なものを見て目を丸くしました。

 彼らを包む繭の内側に、一方から反対側へ太い銀の棒が渡されていたのです。繭の底もいつの間にか銀の糸でおおわれ、繭は完全な球体になって彼らを包んでいます。

 ゼンが銀の棒を握っていたので、カザインは尋ねました。

「それはなんだ? どうやって渡したんだ――いや、何に使うつもりなんだ?」

「ちょっとな」

 とゼンは言って、棒を軽く持ち上げるようなしぐさをしました。とたんに足元が大きく揺れたので、一行はよろめきました。ゼンが棒を持ち上げたとたん、繭全体が持ち上がりそうになったのです。

「それは繭につながってるのか! どうするつもりだ!?」

 カザインはまた尋ねましたが、ゼンはそれを無視してレオンに言いました。

「重さは大丈夫だが、やわな感じがするぞ。持ち上げたら破れるんじゃねえのか?」

「魔法で渡してあるから、棒と繭の接合部は心配ないさ。底もある程度の質量までは耐えるはずだが、さすがにここにいる全員だと、重すぎるかもしれないな。底が抜ける可能性はある」

「じゃあ、ぼくたちを軽くしよう」

 フルートは簡単にそう言うと、足元の犬たちに話しかけました。

「二匹ともこの中でなら変身できるんじゃないのか? ここは聖なる光の内側だし、繭で外の魔法からも守られているんだから」

「ワン、そうか!」

「やってみる価値はあるな」

 犬たちが低く身構えたので、フルートはペンダントに呼びかけました。

「金の石、内側から風圧がかかるから、繭を守ってくれ!」

 とたんに繭の中に金の石の精霊も姿を現しました。フルートへ言います。

「君たちはいったい何をしようとしているんだ? 予想がつかないぞ」

「今わかるって――ポチ、ビーラー、変身だ!」

 とたんに二匹はごぅっと音を立てて巨大な風の獣に変身しました。狭い繭の中をぐるぐる飛び回り始めます。

「風の犬!?」

 カザインたちは仰天しました。

「どうして君たちが風の犬を連れているんだ!? 君たちは貴族だったのか!?」

 混乱して質問しますが、少年たちはやっぱり答えません。

 フルートがまた言いました。

「ビーラーはレオンを、ポチはぼくを乗せてくれ! ハーピーは自分で宙に浮くんだ! これでどうだ、ゼン!?」

「うん――まぁ、なんとかなるか――」

 ゼンは銀の棒を握って、ぐっと力を入れました。そのまま、ゆっくりと棒を持ち上げていきます。

 

 繭の内側に張り渡した棒が上がっていくと、それに合わせて繭もじりじりと持ち上がり始めました。繭が大きく揺れたので、カザインとフラーは立っていられなくなって座り込みました。新たに編まれた床の上で、繭と一緒に持ち上げられていきます。

 繭の内側の空間には、風の犬に乗ったフルートとレオン、そして自力で舞い上がったハーピーがいました。

 金の石の精霊があきれたように言います。

「宙に浮いて繭に重さをかけないようにしているのか。だが、ゼンは浮いていない。このまま持ち上げていくと、底が抜けるぞ」

 見た目は幼い子どもでも、大の大人のような話し方をする精霊です。

 ゼンは巨大な繭をカザインたちごと持ち上げても、少しも重そうな顔をしていませんでした。精霊の指摘に、へっ、と鼻で笑って答えます。

「俺の足元を見ろよ。特別製になってるだろうが」

 確かに、ゼンの立っている場所には二つの穴が開いていました。そこにゼンが左右の脚を入れて踏ん張り、繭を持ち上げていたのです。ゼンの両足はきらきら光る銀の糸でおおわれていました。そこもまた繭の一部になっていたのです。

 レオンがフルートに言いました。

「繭の下に底を作って、さらにゼンが脚を入れる長靴を編めだなんて、最初は何を言われているのかわからなかったぞ。本当に、よくこんな方法を思いつくもんだな」

「必要に迫られるからさ。脚だけでも三の風にさらしたら、ゼンが危険だからな。さあゼン、あの場所に向かってくれ。ゆっくりでいい。急ぐとカザインたちが船酔いするかもしれないからな」

「おう。ただ、風にあおられると繭がひっくり返るかもしれねえ。レオン、戦人形に繭を押さえさせろ」

「わかった」

 少年たちは互いに話し合いながら、きびきびと事を進めていました。三の風が吹く中をゼンが歩き出すと、繭がゆっくりと移動を始めます。繭の後ろにはいつの間にか白い戦人形が現れていました。両腕をぐんと伸ばして、繭が吹き倒されないように後ろから押さえています。

 

 カザインとフラーは揺れながら進んでいく繭の中に座っていました。度肝を抜かれて、口を利くこともできません。

 いくら軽い材質で作られていても、繭は直径数メートルもある巨大な球体です。そこにカザインとフラーの二人が乗って、さらに向かい風の風圧までかかっているのですから、魔法でも使わなければ、とても動かせないはずです。

 それなのに、ゼンは自分の力だけで軽々と繭を持ち上げて運んでいました。歩くうちにスピードが上がってくるので、フルートが、もっとゆっくり! と注意するほどです。とても人間業とは思えません。

「彼らって……何者……?」

 かすれ声で言うフラーに、カザインは頭を振り返し、風の犬の背で行く手を見つめているフルートを見上げました――。

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