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第25巻「囚われた宝の戦い」

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第15章 移動

43.学び

 二千年前にあった光と闇の戦いの幻を見た後も、一行はパルバンを進み続けました。

 時折、本物の怪物が襲ってくるので、そのたびに戦闘が繰り広げられます――。

 「そいつは俺が倒す! 戻れ、ハーピー!」

 とゼンはどなって矢を放ちました。ハーピーに襲いかかろうとしていた怪物に、百発百中の矢が命中します。

 一行は今は巨大な怪物と戦っていました。猫のような姿の怪物ですが、両目があるはずの場所には長い触手が突き出していて、それでハーピーを捕まえようとしていたのです。

 怪物は眉間に矢が突き刺さると、ギニャーッと猫そっくりの悲鳴を上げてのけぞりました。地面に倒れてのたうちます。

 ところが、同じような怪物がまた三匹、低い丘の向こうから現れました。

 ハーピーが迎撃に飛んでいこうとしたので、フルートが叫びます。

「行かなくていい! あれはぼくが倒す!」

 フルートの剣がうなり、切っ先から炎の弾が飛んでいきました。走ってくる三匹に命中して、先頭を火だるまにします。

 それでもハーピーが飛んでいこうとするので、カザインが守りの光の外へ飛び出しました。ハーピーを後ろから抱きしめて光の内側へ引き戻します。

「放せ! 敵を倒すんだ! 放せ!」

 とハーピーはもがきましたが、彼は放しませんでした。

「だめだと言ってるだろう! まったく、敵を見るなり飛び出していって! フルートたちに任せるんだ!」

「そうよ。ゼンだって戦っているんだから、あなたはここにいなさい!」

 とフラーも言います。

 彼らはすでに半日近くパルバンを歩いていました。その間に、カザインもフラーもフルートたちを名前で呼ぶようになっていたのです。

 それでもハーピーがもがいていると、レオンが言いました。

「敵は空を飛んでこないから大丈夫だ。地上を来る敵なら、これがいる」

 とたんに守りの光の外側に白い戦人形が姿を現しました。矢が刺さった怪物の首を一瞬で切り落とし、次の瞬間、ずっと離れた場所にまた現れて、二匹いた怪物の横腹を切り裂いてしまいます。

「せぃっ!」

 フルートはまた剣を振りました。音を立てて飛び出した炎が二匹の怪物に命中して燃え上がります。

 戦人形は姿を消しました。次の瞬間、一行のすぐそばに姿を現してから、また見えなくなります――。

 

 フルートは息を弾ませながら剣を収めました。

 ゼンも構えていた弓を下ろします。

「パルバンの奥まで来たせいか、怪物が増えてきたようだな」

「ああ。次々に現れて襲ってきやがる」

「ワン、竜の宝に近づいてるからですよ、きっと」

 とポチも言いました。周囲は相変わらず薄暗い荒野ですが、漂う気配が少しずつ変わり始めていました。近づく者を押し返そうとする力が感じられるようになっていたのです。

 すると、ハーピーがカザインを翼で打ってふりほどきました。

「何故止めた! 怪物を倒したかったのに!」

「むやみに飛び出すなよ。危険じゃないか」

 とカザインは顔をしかめましたが、ハーピーは翼を羽ばたかせて言い張りました。

「私は守りたいんだ! 私を止めるな!」

 一行は思わずうんざりしました。敵が現れるたびにハーピーが飛び出していくので、逆に戦闘の邪魔になることが増えていたのです。

 けれども、フルートだけは穏やかに言いました。

「いざとなったら君にも戦ってもらうよ。でも、今は大丈夫なんだ。それに、戦っている間に三の風が吹いてきたら、君は繭に入り損ねてしまうかもしれない。それも心配なんだ」

 ハーピーは驚いたように目を丸くしました。

「心配? なんだ、それは?」

「君が怪我をしたり三の風で変化したりしたら、ぼくたちは悲しいってことだよ。だから、ぼくたちと一緒にいてほしいんだ」

「カナシイ?」

 とハーピーはまた首をかしげました。ぴんときていないことは明らかです。

 カザインは溜息をつきました。

「ホムンクルスだから人の感情が理解できないんだ。いくら言い聞かせても無駄だな。しかも、馬鹿のひとつ覚えのように、守る、守るって――」

「あなた、それは言いすぎ。ハーピーがかわいそうだわ」

 とフラーは夫をたしなめると、おもむろにハーピーに話しかけました。

「聞いて、ハーピー。私たちはみんなでひとつのグループなの。だから、何をするのも順番なのよ。戦うことだって、やっぱり順番。それをみんなで守ると、強い敵でも倒せるようになるのよ」

 ハーピーはびっくりした顔になりました。最初は無表情だった顔が、いつの間にかいろいろな感情を表すようになっていたのです。

「我々は攻撃の時に順番など守らない。他の番人たちもそうだ」

「私たちは番人じゃないから、戦い方が違うのよ。強い敵が現れても倒せるように、順番を守ってほしいの。それを私たちは『協力する』って言うわ。あなたの順番はフルートたちが教えてあげる。順番がきたら、思う存分戦ってちょうだい」

 フラーに説得されて、ハーピーはまた首をかしげました。しばらく考え込んでから言います。

「わかった。順番を守る」

 フードからのぞくフラーの目が、にっこりとほほえみました。

「ありがとう、ハーピー」

「ドウイタシマシテ」

 ハーピーは反射的に答えると、何故お礼を言われたのだろう、と不思議がるようにまた首をかしげました――。

 

 一方、フルートは考える顔で行く手を眺めていました。ひとりごとのように何かをつぶやいたので、ゼンが聞き返します。

「なんだ?」

「翼が出てこないな、って言ったんだよ」

 とフルートは答え、周囲を見回しました。空は一面灰色の雲におおわれ、荒野も灰色に乾ききっています。時折怪物が襲ってきますが、フルートが予想していた黒い翼は、まだ現れていませんでした。

「ルルの仲間だろうと言っていた翼の怪物のことか」

 とレオンもあたりを見渡しましたが、やはり翼だけの怪物は見当たりません。

 フルートは溜息をつきました。

「見間違いなんかじゃなかったと思うんだよ。頭も体もない黒い翼だけの怪物が、黒い塔の頂上付近で何かを守っていたんだ。あれが竜の宝の番人なら、そろそろ姿を見せてもいい頃だと思うんだけど……」

 自信のない声になってきたフルートに、ポチはぐいと頭を押しつけました。

「ワン、きっと竜の宝のすぐそばで守っているんですよ」

「ああ。宝の番人なら充分考えられるな」

 とビーラーも言います。

 

 すると、急にハーピーが左手の地平線を示しました。

「来る! 三の風だ!」

 地平線の上に鉛色の煙のような雲が湧き上がり、みるみる広がっていたのです。

「戦人形、壁の木の糸の繭だ!」

 とレオンが呼びかけると、すぐに彼らの周囲できらきら光るものがひらめき始めました。光る繭に変わっていきます。

「三の風が来る前に繭が完成しそうね」

 とフラーが言ったので、フルートはハーピーに言いました。

「君のおかげだな。いち早く三の風に気がついてくれるから、いつも繭が間に合うんだ。ありがとう」

「ドウイタシマシテ」

 とハーピーはまた条件反射のように言うと、不思議そうに目を丸くしました。

「私は今、おまえたちを守っていないぞ。それなのに、どうしてありがとうと言うんだ?」

「ううん、守ってくれてるんだよ。三の風を教えてくれるのだって、立派な手助けだ。本当にありがとう」

 フルートに重ねて礼を言われて、ハーピーはまた首をかしげました。相変わらず不思議そうな顔のまま、鳥のような動きで一行を見回します。

 やがて繭は完成して、きらきら光る銀色の壁で一行を囲みました。内側には守りの金の光が充ちています。そこへ三の風が音を立ててやってきましたが、繭にさえぎられて外側を吹き過ぎていきました。フルートたちにはまったく影響がありません。

 それを見ながらカザインが言いました。

「レオンは天空の国に帰ったら繭のことを天空王様にご報告するといい。素晴らしい技術だから、きっと業績を認められて貴族の仲間入りができるぞ」

「そうね。壁の木を生きたまま糸にするなんてこと、今まで誰もやったことがなかったんだもの。すばらしい技術革新よ。私も天空の国に帰ったら、この糸で新しい防護服を作りたいわ」

 とフラーも言ったので、レオンは思わず苦笑いしてしまいました。レオンはすでにもう天空の国の貴族で、次の天空王の候補とまで言われています。ただ、口に出すことはできませんでした。それはこの時代から十数年後にやって来る、遠い未来の出来事なのです。

 ごうごうと音を立て、鉛色の雲の渦を巻き上げながら、三の風はフルートたちの周囲を通り過ぎていきました――。

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