デビルドラゴンは一行の頭上へ来ていました。空の大半をおおい隠すほど巨大なので、地上は夜のように暗くなってしまいます。
「上が見えないな」
とカザインが目を細めながら言いました。まぶしい光越しに見えているのは、竜の腹面だけだったのです。
「ワン、魔法使いの目でも見られないんですか?」
とポチが聞き返すと、フラーが首を振りました。
「あれは幻だし闇の怪物だから、肉眼では見えても、魔法使いの目には映らないのよ」
「でも、フルートは奴がいると感じるんだな?」
とレオンが言いましたが、フルート自身はまた痛みに耐えるのに必死になっていました。願い石の精霊は彼の肩から力を注ぎ続け、金の石は強く光って全員を守り続けています。
すると、ゼンが行く手を示しました。
「光の連中が奴に攻撃を始めたぞ」
ペガサスやユラサイの竜、フェニックスや風の犬が、いっせいにデビルドラゴンに向かっていったのです。デビルドラゴンの手前で別方向へ別れると、それぞれ攻撃をしかけます。竜は火や水や稲妻を吐き、フェニックスは炎を吐き、風の犬の背中からは天空の民が光の魔法を繰り出します。
ペガサスだけはデビルドラゴンに接近できなくて、直前で高度を上げました。蹄の音を響かせながらデビルドラゴンの頭上へ駆け上がります。
とたんにペガサスの背中に大勢の人が姿を現しました。鎧兜をつけた戦士たちで、手に手に槍を構えています。
「あれは地上の人間だぞ!」
「魔法で姿を隠していたの!?」
カザインやフラーが驚いている間に、ペガサスの上からもデビルドラゴンへ攻撃が始まりました。槍が雨のように降り注ぎ、デビルドラゴンに触れたとたん白く光ります。
「光の魔法の槍だ!」
とレオンも言いました。魔法攻撃が命中すると、デビルドラゴンの体がその部分だけ黒い霧に変わります。
猛攻撃にデビルドラゴンが空中で停まりました。敵を払おうとするように長い首を振りますが、光の軍勢は散開して、ばらばらの場所から攻撃を続けます――。
「こ、これは幻だよな? ずっと昔にあった戦いを見ているだけなんだろう?」
とビーラーが言いました。繰り広げられる光景の迫力に、後ずさりそうになっています。
ああ、とレオンは答えてビーラーの背に手を当てました。
「これは二千年前に終結した戦いだ。だけど、ものすごい力を感じる。精霊たちが言うとおり、気持ちをあっちに置いてしまうと、戦いの中に引き込まれかねない。落ち着けよ、ビーラー」
「わ、わかった」
雄犬は主人にすり寄ります。
一方ポチはやきもきしながらフルートと空を見比べていました。願い石はまだフルートに力を送り続けています。時間が長くなってきたので、フルートが本当に苦しそうな様子になってきたのです。早く行ってしまえ! と幻へ念じます。
すると、ゼンがまた言いました。
「奴が仕掛けようとしてやがる! 反撃に出るぞ!」
デビルドラゴンの巨大な体が、ぼぅっと黒く光り出したのです。次の瞬間、黒い光が炸裂します――。
光を浴びた光の軍勢は、たちまち失速して空から落ちていきました。ユラサイの竜、フェニックス、天空の民を乗せた風の犬、地上の人間を乗せたペガサス。誰もが小石のように落ちて地面ににたたきつけられます。
とたんに地上から歓声が上がり、荒野を埋め尽くしていた闇の怪物がいっせいに動き出しました。空から墜落した戦士たちに襲いかかったのです。悲鳴やいななきが上がり、骨や肉をかみ砕く音に呑み込まれていきます。
墜落を免れた光の戦士は数えるほどしかいませんでした。何百という光の軍勢が、デビルドラゴンのたった一度の攻撃で壊滅したのです。
生き残った戦士たちは逃げ出すしかありませんでした。背を向けて飛んでいく彼らを、デビルドラゴンがゆっくり追いかけ始めます。
通り過ぎて行くデビルドラゴンの背中に人影を見つけて、一行は、はっとしました。巨大な竜の上、人影は本当に小さく見えますが、確かに紫に光る防具を着ていました。
「セイロスか?」
と振り向いたレオンにゼンはうなずき返しました。厳しい顔で遠ざかるデビルドラゴンをにらみつけています。
やがてデビルドラゴンは空の彼方に溶けるように消えていきました。
同時に、地上を埋めていた怪物の大群も消えてしまいます。
後には岩や石だらけの荒野が広がるだけになりました。乾いた風が吹いてきて、空っぽの空で泣き声を上げます――。
フルートは、どさりとその場に座り込みました。ずっと彼の肩をつかんでいた願い石の精霊が、やっと姿を消したのです。金の石の精霊ももう消えていました。守りの光は明るさを下げ、今は穏やかに彼らを包んでいます。
ぜいぜいと荒い息をしているフルートに、ポチが駆け寄りました。
「ワン、大丈夫ですか? どこかおかしくなっていませんか?」
「うん、大丈夫だ……痛みもすぐにおさまるよ」
とフルートは答えました。まだ立ち上がることができないので、冷や汗に濡れた顔を膝に突っ伏します。
レオンが言いました。
「セイロスは本当にいたな。でも、どうして奴はデビルドラゴンに乗っていたんだろう? 奴とデビルドラゴンは一心同体のはずなのに」
ゼンは首を振り返しました。
「奴は乗ってたんじゃねえ。立っていたんだ。奴の足元はデビルドラゴンにつながってたんだよ」
「デビルドラゴンの上に人間の自分の姿を出現させていたっていうことか? なんのために?」
「わかんねえよ。デビルドラゴンは自分だ、とでも言いたかったんじゃねえのか」
とゼンは言って、大きく舌打ちしました。荒野にはもう怪物も光の軍勢も見当たりません。空を飛んでいるのは無数の白い幽霊たちです。それはきっと、二千年前の戦いでデビルドラゴンに敗れ、怪物に食われて死んでいった戦士たちの魂でした。嘆くような声は風の中にひっきりなしに響いています――。
フルートは痛みが完全におさまったので、おもむろに立ち上がりました。
顔の汗を拭い、緩んだ兜の留め具を締め直しながら言います。
「行こう。竜の宝があるのは、きっとデビルドラゴンたちが飛んで行った方角だ。光の軍勢は、やられたふりをしながら、そちらへデビルドラゴンを誘導したんだよ」
「やられたふり!? 完全にやられていたでしょう、あれは!」
とフラーが言うと、フルートは真剣な顔で答えました。
「そうです。光の軍勢は命がけの戦闘で奴をおびき出したんです。そうでなければ、この先に罠が仕掛けてあることを、奴に見抜かれてしまうから――。急ぎましょう。奴が竜の宝を手に入れて完璧になったら、今見た以上の激戦が世界中で引き起こされるんです。なんとしても、それは防がなくちゃいけません」
きっぱりと言うフルートを、カザインが驚いたように見つめました。
「本当に、君たちはいったい何者なんだ? 闇の竜に魂を売った伝説の勇者のことも知っているし。それは天空の国でも極秘中の極秘の真実だ。ぼくたちでさえ、ここに来る直前に天空王様から教えられて知ったことなんだぞ」
フルートは首を振り返しました。答えることはできなかったし、答えられたとしても、あまりに長い話になって語りきれなかったからです。
「行くぞ、竜の宝を見つけ出して消滅させるんだ」
とフルートはまた仲間たちとパルバンを歩き出しました。