「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第25巻「囚われた宝の戦い」

前のページ

第14章 大地の記憶

40.大群

 翌日、朝が近づいて少しずつ明るくなってきたパルバンに、いきなり轟音が響き渡りました。雷が落ちたような音がして、衝撃で大地がびりびりと震えます。

 まだ眠っていた一行は驚いて跳ね起き、薄明かりの中の光景に目を疑いました。荒野にいつの間にかものすごい数の怪物が現れていたのです。

「闇の怪物だ!」

 胸のペンダントが明滅するのを見て、フルートは言いました。

「こんなにたくさん、どこから湧いてきたのよ!?」

 とフラーも叫びます。

 怪物はあまりに多すぎて数えることができませんでした。集団になった怪物が黒い塊になって動く様は、押し寄せてくる津波のように見えます。太い触手や鋭い角、振り上げられた爪や腕などが、いたるところでうごめき、ぶつかり合っています。

「くそっ、こんな近くに来るまで、なんで気づかなかったんだよ!?」

 ゼンは悪態をつきながら弓を取り上げました。いつもなら野生の勘が首の後ろをちくちくさせて危険を知らせるのに、今回はそれがまったくなかったのです。

「ワン、こっちへ向かってきますよ!」

「ぼくたちを見つけたんだ!」

 ポチとビーラーが背中の毛を逆立てます。

 カザインは怪物の集団が地平線まで続いているのを見て、即座に右手をかざしました。

「闇の怪物なら光の魔法に弱い。フラー、魔法で押し返すぞ」

「でも、私たちは無修正の障壁の中にいるのよ。ここで魔法を使ったら、障壁とぶつかってしまうわ!」

「いいや。これは聖守護石の守りだ。魔法の障壁ではないから、ぼくたちの魔法を通すはずだ」

 カザインが怪物に向かって手を突きつけたので、フラーもならいました。二人同時に攻撃魔法の呪文を唱え始めます。

 フルートは金の石をいっそう強く光らせていました。仲間たちを闇の怪物から守ろうとしたのです。ゼンも弓に矢をつがえます。

 

 レオンは懸命に魔法の呪文を動かそうとしていました。前の晩にカザインから教えてもらったように、呪文に自分の力を注ぎ込もうとします。

「できる。きっとできる。だって、闇大陸に来てから、眠りの魔法も物質変容の魔法も火の合成も成功したことがあるんだからな。あの力を呪文だけに集中させるんだ。そうすればきっと――」

 自分自身に言い聞かせるようにつぶやいていると、伸ばした手の先に、ちりっと何かが触れた感触がしました。たちまち手のひらが熱くなってきます。

 レオンはそれを呪文に振り向けました。普段なら勝手に世界の力が呪文に集まってくるのですが、意識して呪文に力を注いで声にしていきます。

「ローデローデリナミカローデ……」

 すると、呪文が力を帯びて動き出しました。声が魔法を形作り始めます。レオンはさらに意識を集中させて、呪文へ力を送り続けました。レオンの内側にある魔力は強大です。たちまち魔法がふくれあがり、雷雲が頭上に広がっていきます――。

 ところが、そのとき、守りの光の外側で何かが弾けるような音がしました。ぴしり、と大気が鋭く震えます。

 レオンは、はっとして呪文を止めました。せっかく形になってきた雷雲が崩れて消えてしまいます。

「集中をとぎらせるな! 呪文に力を送り続けるんだよ!」

 とカザインが言いました。レオンが魔法を使い始めたので注目していたのです。手本を示すように改めて呪文を唱え、魔法を発動させようとします。

 ぴしぴしぴし。

 また金の光の外側で音がしました。次第に大きくなっていきます。

 レオンは叫びました。

「だめだ! 魔法を使うな!!」

 けれども、カザインの攻撃魔法は完成していました。フラーもそれに合わせて攻撃魔法を繰り出します。緑と金、二つの色の魔法が二人の手から守りの外へと飛び出していきます。

 

 とたんに。

 ドドドドォォォン……!!!

 すさまじい爆発が彼らのすぐそばで起きました。

 爆風が広がり、煙が渦を巻いて襲いかかってきます。

 風と煙は守りの光にぶつかり、紙のように引き裂いてしまいました。金の光がちぎれて吹き飛び、どっとなだれ込んできた風に全員が吹き飛ばされます。

 フルートも吹き倒され、ごろごろと地面を転がりましたが、風が吹き過ぎるとすぐに跳ね起きました。

「大丈夫か!?」

 と呼びかけます。

 周囲からは仲間たちのうめき声が聞こえていました。吹き飛ばされて地面にたたきつけられたのです。

 レオンが顔を上げて言いました。

「攻撃魔法はだめだ……。パルバンに充満する魔法とぶつかりあって、こっちにも跳ね返ってくるんだ……」

 レオンの眼鏡はレンズが割れ、こめかみのあたりから血が流れ出していました。カザインやフラーも反動の直撃を食らってうめいています。防護服を着ていなければ、もっと重傷を負ったかもしれません。

 一番遠くまで飛ばされたゼンには、闇の怪物がすぐそばまで迫っていました。先頭は醜悪な象の頭をした巨人ですが、ゼンは気を失っていて動きません。

「ゼン!」

 フルートは駆け出し、胸のペンダントに呼びかけました。

「光れ!」

 たちまち魔石が輝き出して金の光を放ち、迫ってくる怪物を照らしました。闇のものに絶大な効果がある聖なる光です。

 ところが、怪物たちは溶け出しませんでした。光にたじろぐことさえなく進み続けます。

 何故!? とフルートは思いましたが、驚いている暇はありませんでした。炎の剣を抜くとゼンの上を飛び越え、押し寄せる怪物へ切りつけます。

 剣が炎を吹く音に、ゼンが目を覚ましました。たたきつけられたときの傷を金の石の光が癒やしたのです。目の前に迫る怪物を見て跳ね起きます。

 とたんにフルートは大声をあげました。剣が撃ち出した炎の弾が、怪物に当たることなく飛び過ぎてしまったのです。外れたのではありません。炎の行く手には無数の怪物がいるのに、どこにも当たらずに通り抜けてしまったのです。象頭の巨人がフルートに襲いかかってきます。

 フルートがとっさに剣で防ごうとすると、剣はなんの手応えもなく象頭を通り抜けました。フルートは、空振りしたときのようにバランスを崩して、前のめりになってしまいます。

「危ねえ!」

 今度はゼンが叫びました。象頭がフルートへ巨大な脚を踏み下ろしてきます――。

 

 すると、巨人の脚がフルートを素通りしました。

 ずしん、と音をたてて地面を踏みますが、同じ場所に立っているフルートには何も感じられませんでした。もちろん、押しつぶされるようなこともありません。巨人はすり抜けるようにフルートの周りを通り抜けていきます。

 続いて数え切れないほどの怪物がやってきましたが、それらもフルートやゼンを素通りしていきました。獣のようなもの、鳥のようなもの、虫のようなもの、魚のようなもの、そのどれにもまったく似ていないもの……本当に様々な姿形の怪物が押し寄せるのですが、フルートやゼンなど存在していないように進み続け、彼らの中を通り抜けていくのです。いえ、通り抜けているのはフルートたちのほうかもしれません。怪物の大群は、触れることができない幻の大河のようです。

 呆然とするフルートたちの耳に、レオンの声が聞こえてきました。

「それは――その怪物たちは幻なんだ! 実在していないんだよ!」

 幻……とフルートとゼンは怪物を見回してしまいました。幻はよく半ば透き通っていたりするのですが、次々押し寄せる怪物はまるで本物そのものでした。息づかいや足音、地響き、怪物が放つ悪臭さえ伝わってくるので、とても幻には見えません。

 すると、ポチが呼びかけてきました。

「ワン、ビーラーが怪我をしました! レオンも! 早く来てください!」

 フルートたちはやっと我に返ると、怪物の波をかきわけて――いえ、かき分ける手応えさえ感じられないので、その中を突き抜けて、仲間たちのほうへ駆けていきました。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク