「き・い・たぁ、アーラちゃん? 面白い話がいっぱいだったよねぇ。うふふふっ」
パルバンの闇の中でそんなことを言っているのは、もちろん幽霊のランジュールでした。フルートたちの後を追いかけて黒い霧の壁をくぐり、パルバンにまで入り込んでいたのです。
ランジュールの話相手は幽霊蜘蛛のアーラでした。肩口にちょこんとつかまっている彼女へ、楽しそうに話し続けます。
「ここがパルバンなんだってさぁ。ここのどこかにセイロスくんの大事な宝物が隠してあるんだよ。どこだろぉねぇ、アーラちゃん? ぜひ見てみたいよねぇ?」
同意を求められて、蜘蛛は肩先で大きく揺れ動きました。まるで何度もうなずいているようです。
「でもって、ハピちゃんたちが探していた二人組ってのが、あの紫覆面の若夫婦さんかぁ。てっきりセイロスくんの宝を横取りするつもりなんだと思ってたら、勇者くんたちと同じよぉに、宝を壊すのが目的なんだってさ。困っちゃうよねぇ。みんなして、そんな物騒なコトばかり考えるんだからさぁ」
ランジュールがアーラと話している場所は、フルートたちが野宿をしているところからさほど離れていませんでした。話し声は決して小さくないのですが、パルバンの荒野全体に亡霊たちの悲鳴やすすり泣き、得体の知れない話し声が充満しているので、ランジュールがいくら話しても、ざわめきに紛れてフルートたちには届かなかったのです。
うふん、とランジュールはまた笑いました。
「それから、もぉひとつ、びっくり仰天だったのは、あのハピちゃんだよねぇ。まさかハピちゃんがホムンクルスだったなんてさぁ。どぉりで、ボクが手なずけよぉとしても言うことを聞かなかったはずだよ。ボクは魔獣使いで、ホムンクルス使いじゃないんだからさぁ。だけど、勇者くんも相変わらずだよねぇ。ホムンクルスだってわかっても、ハピちゃんを人間みたいに扱うんだから。ほぉんと、ステキなお人好し。それでこそ、ボクが愛する勇者くんだよぉ、うふふふふ……」
そのとき、背後から細い手が伸びてきて、蜘蛛がいないほうのランジュールの肩をとんとんとたたきました。
ランジュールは初めおしゃべりに夢中で気づきませんでしたが、手がしつこく何度もたたくので、やっとそちらを振り向きました。
「だぁれぇ、ボクの邪魔をするのは? ボク、今はちょっと忙しいんだけどなぁ――」
すると、そこには美しい女の人がいました。長い銀色の髪を垂らし、古めかしいドレスを着て、ランジュールと同じように宙に浮いています。
ん? とランジュールは前髪からのぞく目を丸くしました。美女を眺めてから、ひとりごとのように言います。
「なかなかの美人さんだけど、ボクにさわれるってコトは、幽霊だってコトだよねぇ。空中に浮いてるし。幽霊がボクになんの用なのかしら?」
すると、美女はランジュールにほほえみかけてきました。にっこり笑った顔が輝くように美しくなり――そのまま突然崩れ始めました。顔や体の肉が腐って溶け出し、目玉がなくなった眼窩(がんか)が二つの穴になり、顎が大きく垂れ下がります。
あれ、とランジュールはまた目を見張りました。
「美人さんだと思ったら、とんでもなかったねぇ。ゾンビさんの親戚ぃ? 臭いそぉだから、そばに来ないでくれるかなぁ」
けれども女の幽霊は離れませんでした。逆にランジュールの肩をつかむと、垂れ下がった口でかみつこうとします。幽霊は幽霊を捕まえることができるようで、ランジュールは女の手を振り切れません。
とたんに、シ、シーッとアーラが動き出しました。ランジュールの肩から女の幽霊に飛び移り、みるみる巨大化すると、口から糸を吐いて女を絡め取り始めます。
女は悲鳴を上げてすぐにランジュールを放しましたが、アーラは止まりませんでした。女の周りを幾度も回って、身動きできないほどぐるぐる巻きにしてしまいます。
「さっすがボクのアーラちゃん! アーラちゃんの好物は悪霊だもんねぇ。うふふ、頼もしいなぁ」
ランジュールが喜んでいる間に、大蜘蛛は通りかかった別の幽霊に飛び移り、やはり糸で絡め取ってしまいました。さらにまた通りがかりの幽霊を捕まえ、その後でまたもう一匹捕まえます。
ランジュールは手をたたいて喜びました。
「大漁、大漁。いいよねぇ、ここ。アーラちゃんの餌にぜぇんぜん困んないもんねぇ」
大蜘蛛はおもむろに糸で巻いた幽霊にのしかかると、ゆっくりと食事を始めました。その様子に他の悪霊は近づかなくなってしまいます。
「さぁってとぉ」
ランジュールはまたフルートたちのほうへ目を向けました。守りの光に包まれた彼らは、暗闇の中でもはっきり見えています。
「とにかく、勇者くんたちに竜の宝ってところまで案内してもらわなくちゃねぇ。あのヒトたちはお宝を壊そぉとするから、その前に宝を横取り、じゃない、救出して――うぅん、その後はどぉしよっかなぁ。セイロスくんの目の前にちらつかせて、あのわがままおじいちゃんをあわてさせよぉかなぁ。もしかして宝が生き物だったら、ボクがいただくのもいいなぁ。闇の竜の力を持ってる生き物だったら、すごぉく強力な魔獣のはずだもんねぇ。で、その魔獣に勇者くんたちを殺させるってのはどぉだろ。無駄がなくて合理的だよねぇ。うふふ、楽しみ楽しみ。ああ、早く竜の宝ってのが見たいなぁ」
ランジュールは自分の企みにわくわくして飛び跳ねましたが、それでもやっぱりフルートたちは気がつきませんでした。パルバンにはそれくらいたくさんの霊がいて、それぞれに得体の知れない動きをしていたのです。
ご機嫌なランジュールや大蜘蛛と、金の光に守られて眠るフルートたちの一行を抱え込んで、パルバンの闇夜はまだ続いていました――。