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第25巻「囚われた宝の戦い」

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38.魔法

 その後、一行は集団でパルバンを歩いていきました。

 金の石が張り広げる守りの光に包まれながら、岩や石だらけの荒野を進んでいきます。

 翼に怪我をしたハーピーも彼らと一緒に歩いていきました。鋭い爪がついた脚は、地面を歩くのにはあまり向いていませんが、それでも、よちよちと後をついてきます。

 すると、パルバンが急に暗くなり始めました。元々薄暗かった荒野が、あっという間に真っ暗闇になってしまいます。

 フルートたちは立ち止まりました。金の光は輝いているので、互いの姿を見ることはできますが、行く手がまったく見えません。

「ついに夜か。今日はここまでだな」

 とゼンが言ったので、レオンやビーラーはすぐに腰を下ろしました。フラーもその場にあった岩に座ります。ずいぶん長い距離を歩いてきたので、すっかり疲れていたのです。ハーピーも地面の上にうずくまります。

「食事をしなくちゃいけないけど、食べられるものはあるかな?」

 とフルートは心配そうにゼンに尋ねました。ここまで獣や木の実を採取しながら来ましたが、パルバンにはそういうものがほとんど見当たらなかったのです。

 ゼンは首を振りました。

「厳しいな。ずっとパルバンに向かって急いできたから、充分に補充できなかったし、人数は前より増えてるからよ」

 彼らはこのとき、五人と三匹の集団になっていました。カザインとフラーとハーピーが増えたので、手持ちの少ない食料や水では全然足りなかったのです。

「パルバンの水や生き物は魔法の風のせいで変質してるから、口にしないほうがいいだろう」

 とレオンが言ったので、フルートとゼンはいっそう考え込んでしまいます。

 

 すると、カザインが彼らの前にひょいと大きなパンの塊を差し出しました。

「どこから出したんだよ、そんなもん!?」

 とゼンが驚いて尋ねると、カザインは空中から燻製肉や揚げた魚、飲み物が入っているらしい瓶などを次々取り出しながら言いました。

「もちろん、闇大陸に来るときに準備しておいたんだよ。パルバンに入ると取り出せなくなるんじゃないかと心配していたんだが、大丈夫のようだな。よかった」

「デザートもあるわよ。私の手作りなの。いかが?」

 とフラーがケーキやパイまで取り出したので、フルートたちはわっと歓声をあげました。こんな場所でこんなご馳走を食べられるとは、まったく嬉しい予想外です。

 肉や魚を載せた厚切りのパンや、野菜のスープ、甘い菓子や飲み物、果物などが目の前に並び、お好きにどうぞ、と言われたので、彼らは喜んで食べ始めました。カザインやフラーも、顔の下半分をおおう布の下に料理を運んで食べます。

 それを見てポチが言いました。

「ワン、ユラサイって国には術師って呼ばれる魔法使いがいて、やっぱりそんなふうにいつも布で顔をおおってるんですよ。敵の術で声が出せなくなると、魔法が使えなくなってしまうから。あなたたちのそれも同じような仕組みなんですか?」

「そうよ。それに悪い気を吸い込まない効果もあるから、これを着ていれば、毒の空気の中でも平気なの」

「この先、どんな場所に出るかわからないし、一度脱ぐと効果がなくなってしまうからな。迂闊には脱げないさ」

 とフラーとカザインが答えました。

 ハーピーは丸ごと炙った鶏を一羽もらって、嬉しそうに平らげています。

 

 やがて、ゼンは大きな伸びをしました。

「ああ、食った食った! 満腹だ! これでぐっすり眠れば、明日はパルバンの果てまででも歩けるぞ!」

 と言って、ごろりと仰向けになります。夜のパルバンからは得体の知れない生き物の鳴き声が響き、時折白い幽霊が近くを横切っていくのですが、気にも留めずにいびきをかき始めます。

 フルートは、ハーピーや犬たちに休むように声をかけてから、地面に横になりました。こちらもあっという間に眠ってしまいます。

「ずいぶん寝付きがいいんだな」

 とカザインが驚くと、レオンが言いました。

「彼らは戦士なんだ。戦士はいつもどこでもすぐに眠れないとだめらしい」

「戦士か。まあ、格好を見れば確かにそうなんだろうが、君たちは本当に不思議だな。いくら聖なる魔石や戦人形が守っているからって、魑魅魍魎(ちみもうりょう)や危険な魔法でいっぱいの場所で、平気で食べたり寝たりなんか普通はできないだろう――。君たちの正体はどうしても教えてもらえないのか?」

「事情があるんだ。言えば罰を食らう」

 とレオンは適当に答えてから、おもむろに話題を変えました。

「それより、あなたたちに聞きたいことがあるんだ。魔法のことなんだけれど」

「あら、何かしら?」

 とフラーが残った食料を魔法で片づけながら聞き返します。

 レオンはその手元を指さしました。

「それだ――。どうしてあなたたちは闇大陸でも魔法が使えるんだ? ぼくも天空の国でなら魔法は得意だったんだが、ここに来たら、とたんに魔力が弱まって、ほとんど使えなくなってしまった。ところが、あなたたちはそうやって魔法を使いこなせている。どうしてだ?」

「魔法が使えないのに、こんな場所まで来ることができた、ってほうが驚きよね、私たちにしてみれば」

 とフラーは言ってから、夫を示しました。

「そういう話は彼のほうが得意なの。彼から聞いて」

「そうだなぁ。どこから話すといいのかな――」

 カザインは地面であぐらをかき直すと、少し考えてから話し出しました。

「ぼくたち天空の民は、周囲の世界から力を引き出して、光の呪文で変化させ、目的に合わせた魔法に変えて使っている。これはわかるね?」

 もちろん、とレオンはうなずきました。天空の国の学校に入学して一番最初に教わるのが、このことなのです。

 カザインは話し続けました。

「ぼくたちの魔法は二段階に分かれて発動している。まず、呪文を動かすための魔法、それから、世界から力を引き出して呪文に与えていく魔法だ。君は最初の、呪文を動かすための魔法が使えていないんだよ。それさえできれば、呪文に力を与えることができる。闇大陸は外の世界とは違うから、この世界から力を引き出すことはできないんだが、自分の内側にある魔力を使うことはできる。ぼくもフラーも、自分の魔力そのものを消費して、魔法を使っているんだよ」

「そのせいで普段よりずっと疲れやすくなるから、頻繁には使えないんだけどね」

 とフラーが付け足します。

 レオンは話を消化するように考え込んでから、言いました。

「ぼくもほんの少しなら魔法が使えることがある。だから、呪文を動かす魔法も少しは使えていると思うんだが」

「練習するんだな。呪文を動かす魔法の力も、普段は世界から得ている。それを自分の力でできるようになれば、君だって魔法が使えるはずだ」

 話し終えると、カザインたちも横になって眠り始めました。カザインはフラーに腕枕をしてやっています。

 

 一行が全員眠ってしまっても、レオンだけはまだ起きていました。眼鏡ごしに自分の両手を見つめて、ひとりごとを言います。

「自分で自分の呪文を動かして、自分の力を注ぎ込むのか。大きな魔法になるほど、きつそうだな……」

 レオンは横になっている仲間たちへ目を移しました。フルート、ゼン、ポチ、ビーラー、カザインとフラー。全員が金の光に包まれながら眠っています。ハーピーも、上半身をねじり、鳥の背中にうつぶすような格好で眠っています。

 レオンは溜息をつきました。

「竜の宝を破壊するのには、きっと大きな魔法が必要になる。なんとかして、魔法が使えるようにならなくちゃな。なんとかして」

 守りの光に照らされて淡い金色に染まった手を、レオンは、ぎゅっと握りしめました――。

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