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第25巻「囚われた宝の戦い」

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第13章 魔法

37.傷痕

 ハーピーの傷が治らない! というフルートの声に一行は集まりました。

 ハーピーは右の翼をもぎとられて倒れていました。フルートが金の石を押し当てているのですが、確かに傷が治る様子はありません。

「ワン、さっきはちゃんと治ったのに」

 とポチが言う上から、ゼンがハーピーをのぞき込み、たちまち眉をひそめました。

「なんだ、こいつの体の中は……。普通の生き物じゃねえぞ」

「普通の生き物じゃない?」

 とフルートたちが聞き返すと、ゼンはハーピーの傷を示しました。

「体の中の作りが全然違わぁ。肉とか筋とか、ハーピーが怪物なのを差し引いたって、ありえねえ作りをしてやがる。だいたい、なんだこれ。骨じゃねえぞ」

 ゼンが言ったのは、傷の奥にのぞいている白い組織でした。一見骨のようにも見えますが、いやにつるりとしていて光沢があります。

 とたんにレオンが、はっとしました。急に背後に呼びかけます。

「ここに来い!」

 すると、レオンの隣に戦人形が現れました。いきなり背の高い人形が自分たちの中に立ったので、カザインやフラーは飛び上がりましたが、レオンはかまわず言いました。

「やっぱりだ。これは戦人形と同じ構造体だぞ!」

「構造体? つまり同じものでできてるっていう意味か?」

 とフルートは戦人形とハーピーを見比べました。戦人形の体は鎧のようなつるりとした白い殻でおおわれていました。確かにハーピーの体内の白いものによく似ています。

「ということは……どういうことなんだ?」

「ハーピーの体内には戦人形がある、ってことになるな」

 とレオンは答えました。言いながら、自分でも信じられないように頭を振ります。

「ワン、でも、このハーピーには肉もありますよ! 羽根や髪の毛や――体があるのに!」

「でも、血は出ていないよな、確かに」

 とポチとビーラーが話し合います。

 

 すると、カザインが重々しく口を開きました。

「こいつはホムンクルスだ……きっとそうだ」

 ホムンクルス? とフルートたちは繰り返してしまいました。初めて聞いたことばです。

 血相を変えて反論を始めたのはフラーとビーラーでした。

「嘘でしょう!? ホムンクルスを作るのは厳禁だわ! できるはずないわよ!」

「そうだ! ホムンクルスを作ろうとしただけで罰が下ると聞いているぞ!」

 相変わらず理解できずにいるフルートたちに、レオンが説明しました。

「ホムンクルスっていうのは、魔法で合成された人間のことだ。大昔には天空の国でも研究されていたことがある。この戦人形も、その研究の中で作られた試作品が元だと言われているよ。ただ、体は合成できても、人間の命や魂まではどうしても合成できなかったし、空っぽの肉体には闇が入り込んで闇の怪物に変化するから、最終的にホムンクルスの合成は厳禁になったんだ。ビーラーが言う通り、ホムンクルスを作ろうとすると、それだけで罰が下って魔力が奪われてしまうんだよ」

「でも、ここはパルバンだ。天空の国じゃない」

 とフルートは言い、口元に指を押し当てて考えながら続けました。

「君たちは前にも似たようなことを教えてくれたよな……。人間を複製することは天空の国では絶対禁止されているけれど、この闇大陸ではまかり通っているって。パルバンの番人たちは魔法で自分を複製して、ずっとパルバンを守ってきたんだからな。ハーピーたちも、同じように禁忌の魔法を使って生み出されてきた番人だったんだな」

「ああ。ホムンクルスには命がないから、戦人形を核にして動けるようにしたんだろう。二千年前の戦いでは、この闇大陸にもたくさんの戦人形が持ち込まれて戦いを繰り広げたらしい。きっとそれを使ったんだ。他の番人たちは地上でしか行動できないから、空を飛べるように翼を与えて」

 そう話すレオンの横には、まだ戦人形が立っていました。背が高くてのっぺりと白いそれは、動かなければ本当にただの人形にしか見えません。

「するってぇと、このハーピーも本当は人形だってことか?」

 とゼンが言いました。

 翼をもがれたハーピーも、地面に倒れたまま動きません――。

 

 ところが、ポチが急に耳をぴんと立てました。伸び上がってハーピーをのぞき込みながら言います。

「ワン、傷が治ってきてますよ! 白いものが見えなくなりました!」

 ポチの言うとおり、ハーピーの傷からは白い組織が見えなくなっていました。肉が上がってきて傷をふさぎ始めたのです。

「フルートの金の石が効いてきたんだろうか?」

 とビーラーが言うと、レオンが首を振りました。

「いや、ホムンクルスに聖守護石の癒やしは効かないはずだ。おそらく自己再生能力があるんだろう。傷を負っても、時間がたてばひとりでに治っていくんだ」

 とたんにフルートは跳ね起きました。少し離れた場所に落ちていたハーピーの翼に駆け寄り、抱えて戻ってきます。

「どうするつもりだよ?」

 とゼンに訊かれて、フルートは言いました。

「もちろん元に戻してやるんだよ。自分で治る力があるなら、翼だってくっつくはずだ」

 だって、それは人形だぞ――と仲間たちは言おうとして、ことばを呑みました。フルートが翼をハーピーの体に押し当てて、元の場所に戻そうとし始めたからです。人間を助けようとするときと同じ真剣な顔をしています。

 ポチが言いました。

「ワン、このハーピーは戦人形とは違うかもしれないですよ。さっき、フルートにありがとうって言われたときに、嬉しそうな匂いをさせていたんです。子どもみたいに素直に。もしかしたら、感情も持ち始めてるのかもしれません」

 けれども、カザインは頑固に首を振りました。

「信じられない! 戦人形を使ったホムンクルスがいただけでも驚きなのに、そのうえ、そのホムンクルスが感情を持っているだなんて! ありえないぞ!」

 するとレオンが言いました。

「闇大陸はぼくたちの世界と切り離されて、独自の時間を過ごしてきた場所だ。ぼくたちの常識が当てはまらないようなことだって、起きていて不思議じゃないだろう」

 

 そのとき、フルートが抱えていた翼が急に動き出しました。フルートの腕を振り払って、ばさばさと羽ばたきを始めます。ハーピーの背中にまたつながったのです。翼をもがれた傷痕は消えてしまっていました。

 ハーピーは金色の目を開けて自分の背中を見ました。

「翼がある。なくなったと思ったのに」

 と不思議そうに言います。

 フルートは笑顔になって話しかけました。

「よかったね。もう大丈夫かい?」

 ハーピーはさらに羽ばたきを繰り返しましたが、やがて羽をたたんで言いました。

「翼がまだ完全につながっていない。しばらくは空を飛べない」

「でも、歩くことはできるね? 翼が完全に治るまでは一緒に歩こう。ぼくたちと一緒にいれば、三の風も心配いらないよ」

 フルートの声はずっと優しいままでした。本物の人間に対して話すのと同じ口調、同じ表情です。

 あきれて何も言えなくなったカザインとフラーに、レオンは言いました。

「彼はああいう奴なんだ。地上の人間なんだけど、光の魔法使いのぼくたちより、もっと光に近いところにいるんだな」

「彼は何者?」

 とフラーがまた尋ねてきましたが、レオンは黙って首を振り返しました。それを言うことはできなかったからです。賞賛と苦笑が入り混じったまなざしで、フルートを眺めてしまいます――。

 

 一方、ゼンはいつの間にかパルバンの荒野を眺めていました。怪物になった番人が逃げていった方角です。

「どうかしたのか?」

 とフルートが気づいて尋ねると、ゼンは小さく溜息をついてから言いました。

「さっき逃げていった番人だけどよ……あいつの左の横っ腹に赤い縞があったんだよな。緑の毛皮の中によ」

 一同は意味がわからなくて、きょとんとしました。フルートでさえ、ゼンが言おうとしていることがわかりません。

 すると、ゼンはまた溜息をついて続けました。

「覚えてるか? 前にここに来たときにも、俺たちは緑の毛皮の怪物に襲われただろうが。五が、自分を育ててくれた母ちゃんみたいな奴なんだって、一生懸命呼んでてよ。あの怪物の左の横っ腹にも赤い縞があったんだ。それが育ての母ちゃんの目印なんだって、五は言っていたんだよ」

「それじゃ、さっきのが――」

 とフルートは言って絶句してしまいました。

 レオンやビーラー、ポチは思わず荒野を眺めてしまいます。

 三の風が吹き過ぎた荒野は昼でも薄暗く、いたるところを白いものがうろつき回っていました。パルバンに入り込んで死んでいった者たちが、霊になった後もパルバンを離れられずに漂っているのです。

 戦いに敗れて逃げ去った緑の毛皮の怪物は、もうどこからも姿を現しませんでした。

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