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第25巻「囚われた宝の戦い」

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36.三の風・2

 三の風が遠ざかり、地平の向こうに見えなくなると、上空からハーピーが舞い降りてきました。

 銀色に輝く繭と、その前で両腕を広げる戦人形を首をかしげて眺めますが、いきなり人形が姿を消したので、驚いたように言いました。

「あれはどこに行った!?」

「どこにも行っていない。壁の木の糸を回収しているだけだ」

 とレオンがそっけなく答えました。それを裏付けるように、彼らの周りから輝く繭がほどけていきました。上のほうから銀の壁がなくなっていくのですが、糸を回収する戦人形の姿は見えません。

 ハーピーはまた首をかしげました。

「いないぞ?」

 レオンがもう答えようとしなかったので、代わりにフルートが言いました。

「いるんだよ。でも、戦人形はものすごい速さで動き回るから、ぼくたちの目では見極められないんだ」

 ちょうどそのとき繭が完全に消えたので、フルートは金の光をハーピーがいる場所まで広げました。三の風が吹きすぎても、パルバンは多種多様な魔法がひしめく危険な場所だったからです。

 やれやれ、とゼンは腕組みしました。

「まさか戦人形を闇大陸に持ち込んでたとは思わなかったぜ。それならそうと早く言えよな、レオン」

 すると、レオンはしかめっ面になりました。

「さっきも言ったとおり、戦人形を持ち出したと知られたら厳罰を食らうんだよ。できれば、こっそり使って、誰にも気づかれないうちに元に戻しておきたかったんだ」

「ワン、ここはパルバンですよ。こっそり使うってのは無理でしょう」

 とポチがあきれます。

 

 座り込んでいたフラーが夫の手を借りて立ち上がりました。溜息をついてからレオンに尋ねます。

「今の繭は三の風が吹いてきたら何度でも作れるの? 耐久性は?」

「糸がある限り何度でも作ることはできるよ。生きた木を使ってるから耐久性もあるけど、物理的な衝撃にはあまり強くない。石が飛んできて当たったら破れるかもしれないから、戦人形に守らせたんだ」

 とレオンが答えます。

 フラーはうなずくと、自分がかぶっているフードに触れて言いました。

「君たちが守ってくれているなら、私が作ったこれはもう必要ないかしらね? 三の風を直接見てわかったけど、私の防護服にはあれを完全に防ぐ力はないわ。だとしたら、着ている必要なんてないかもしれないわ」

 ところが、カザインとフルートが同時に否定しました。

「いや、やっぱり着ていよう」

「念のために着ていてください。守りの光や繭が間に合わないことだってあります」

 カザインはフードの隙間からフルートを見つめました。

「いやに場慣れした言い方だな。しかも聖守護石を持っていたり、戦人形を使いこなしたり。やはり君たちはただ者じゃないな。いったい何者なんだ?」

「すみません。言うことができないんです」

 とフルートはまた謝りました。カザインとフラーが不満そうな目になります。

 そんな様子に、フルートはふとロムドにいるオリバンとセシルを思い出しました。あの二人も、こんなやりとりをしたら同じような目をするかもしれません。カザインたちは防護服を着込んでいるので外見がわからないのですが、どうやらオリバンたちと同じくらいの歳のようだな、と考えます……。

 

 ところがそのとき、出しぬけに何かが飛んできて、守りの金の光に激突しました。跳ね返って地面に転がります。

 驚いた一行は、地面に一本の棒を見つけて目を丸くしました。棒は長さが一メートルほどあって、先端の部分が折れています。

「これはさっきの毛皮の番人の槍だ!」

 とフルートが言ったとたん、今度はその番人が姿を現しました。モジャーレンという緑の生き物の毛皮を着込んだ、小柄な人物です。二本の角がついた頭を振りたてながらフルートたちへ叫びます。

「パルバンに近づくな! 入り込むな! 入り込んだ奴は私が殺す!!」

「こいつ、俺たちを追いかけてきたのかよ!?」

「番人はパルバンに入ってしまった人間は追いかけなくていいはずなのに!」

 ゼンやレオンが驚いていると、毛皮の番人は近くの岩を持ち上げて放り投げてきました。それが馬車ほどの大きさもある岩だったので、一同は仰天しました。

「金の石!」

 とフルートが叫ぶと、守りの光が明るくなって飛んできた岩を砕きます。

「ワン、あの番人、力が強くなってないですか?」

「あれは女性のはずだぞ。それなのにあの怪力はどういうことだ?」

 とポチやビーラーがいぶかしみます。

 すると、ハーピーが守りの光の外へ飛び出していきました。毛皮の番人に向けて口を開けると、どん、と音がして、番人が吹き飛ばされます。ハーピーの空気弾を食らったのです。

「ハーピーがまた我々を守っている」

 とカザインが言いました。

 毛皮の番人が跳ね起きてきます――。

 

「イーェエーアェェーー!!!」

 番人が突然叫んだので、フルートたちはぎょっとしました。奇声の意味はわかりませんが、こんな声を以前にも聞いたことがあった気がします。

 毛皮の番人の顔には目玉が何十も増えていました。体がふくれあがって巨大になり、緑の毛皮が体に同化して毛が伸びていきます。

 フルートたちは息を呑みました。

「番人が怪物になったわ!?」

「どういうことだ!?」

 フラーとカザインはまだ驚いています。

 フルートは言いました。

「あの人は三の風を浴びたんだ! そのせいで怪物に変化してしまったんだよ――!」

 通り過ぎて行った三の風の嵐が、フルートたちを追いかけてきた番人に襲いかかったのに違いありません。

 ハーピーも番人が目の前で変わっていったので驚いたようでしたが、番人が向かってきたので空に舞い上がりました。

「ハーピー、戻れ!」

 とフルートが呼びますが、ハーピーは引き返しませんでした。上空から狙いを定めると、怪物になった番人へ急降下していきます。

「ィアァーー!!!」

 番人はまた叫ぶと、突然蛇のように首を伸ばし始めました。驚いて止まろうとしたハーピーに襲いかかり、翼に食いついて引きちぎってしまいます。

「ハーピー!!」

 と一同は叫びました。

 ハーピーが空から墜落して地面に倒れます。

 フルートが思わず駆け出すと、レオンが言いました。

「戦人形、ハーピーを助けろ!」

 とたんに白い人形がまた姿を現しました。ハーピーに飛びかかろうとしていた番人を捕まえ、高々と持ち上げて放り投げます。

 フルートはハーピーに駆け寄りました。ハーピーは右の翼を完全にもがれて、背中の傷の奥に白いものが見えていました。大変な深手です。ただ、不思議なことにやっぱり血は出ていませんでした。フルートは急いで金の石を押し当てます――。

 放り投げられた番人がまた襲いかかってきました。四つ脚になり長い緑の毛を逆立てて走る様子は怪物そのものです。長い首の先の頭は、何十という目玉でフルートとハーピーを見据えています。

 すると、戦人形がフルートと番人の間に割って入りました。のっぺりした頭に口が開いて大量の炎を吐き出します。

 番人は毛皮の先を焼かれて大きく飛びのきました。が、一瞬で追いついてきた戦人形に捕まり、また放り投げられました。落ちてくるところへ人形がやってきて、腕に仕込んだ大鎌で真っ二つにしようとします――。

「よせ!!」

 とフルートは叫びました。

「やめろ、人形!」

 とレオンも言います。

 とたんに戦人形は動きを止めました。その目の前に番人が落ちてきて身をひねり、地面を蹴って飛びのきます。

「どうして倒さなかったんだ!? 絶好のチャンスだったのに!」

「そうよ! 倒さなかったらまた襲ってくるわよ!」

 とカザインとフラーが言うと、ゼンが低く答えました。

「あの番人は人間だ。怪物になったって、やっぱり人間なんだよ」

 カザインたちは何も言えなくなります――。

 

 番人がまたフルートとハーピーに襲いかかろうとしたので、戦人形もまた動き出しました。人形は一瞬で見えなくなり、次の瞬間には番人を捕まえて放り投げていました。続けて番人へ火を吐き、飛びのいたところをまた捕まえて投げ飛ばします。戦人形のほうが圧倒的に強いのですが、人形はもう大鎌を使おうとはしませんでした。レオンの命令を守っているのです。

 ついに番人は襲撃をあきらめました。何十という目でフルートたちをにらみつけると、背中を向けて荒野を駆け去っていきます。

 ああ、とポチとビーラーは思わず声をあげてしまいました。

「あの人を元に戻せなかった」

「魔法を使えば戻れたのかもしれないのにな」

 以前、番人の五さんが三の風で怪物になってしまったときには、ポポロが魔法で元の姿に戻したのです。怪物の番人が遠ざかって見えなくなります。

 すると、フルートが仲間たちを呼びました。

「みんな、来てくれ! ハーピーの傷が治らないんだ!」

 一行は我に返ってハーピーへ駆け寄りました――。

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