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第25巻「囚われた宝の戦い」

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第12章 三の風

34.興味

 ごうごうと渦巻く黒い霧の壁を、一行は金の光に守られながら通り抜けました。フルート、レオン、ゼン、ポチとビーラー、カザインとフラーという面々です。ゼンは傷ついた青灰色のハーピーを肩に担いでいます。

 霧の壁を越えれば、そこはもうパルバンでした。岩と小石だらけの荒野は昼間でも薄暗く、得体の知れない白いものが空を横切っていきます。

 カザインとフラーは驚いたように周囲を見回していました。

「ここがパルバンなのか。ものすごい場所だな」

「いろんな魔法が無秩序に入り乱れているわよ。素(す)ではとても入れないわね」

 一行をパルバンの危険な魔法から守っているのは、フルートが首からさげている魔石でした。金の光が全員を包み続けています。

 フルート自身はゼンが担いだハーピーに駆け寄っていました。

「ひどい怪我をしているのに、金の石でも傷が治らなかったんだ。早くなんとかしないと」

「金の石が効かないだ? じゃあ、ハーピーってのは闇の怪物なのかよ」

 そんなものを助けやがって、と言いたそうなゼンに、ポチが言いました。

「ワン、そんなはずはないですよ。ぼくたちは金の石の光に守られてるんだもの。闇の怪物だったら、とっくに溶けちゃっているはずです。とにかく看てあげなくちゃ」

 そこでゼンはハーピーを地面に下ろしました。背丈は人間の女性と同じくらいですが、翼が大きいので、よっこらしょ、という感じで仰向けにされます。

 とたんに彼らは目を丸くしました。後ろからのぞき込んだレオンが言います。

「かすり傷じゃないか。大した怪我じゃない」

 ハーピーの体には、胸から腹にかけてうっすらと傷痕が残っているだけだったのです。

 いや、とゼンは言いました。

「これはもっとでかい傷だったぞ。俺も見たからな」

「ワン、じゃあ、今ごろ金の石が効いてきたんですか? 今までそんなことってなかったと思うんだけど」

 とポチも首をひねります。

 

 フルートはかがみ込んで声をかけました。

「ハーピー、ハーピー、大丈夫かい?」

 何度か呼んでいると、ハーピーは目を開けました。青灰色の長い髪をした女性の顔ですが、その金色の目は鷲や鷹のような猛禽類の瞳でした。ぎょろりとフルートたちを見上げると、たちまち羽ばたいて舞い上がろうとします。

「こら! こら、待てって――!」

 ゼンはあわててハーピーの足をつかむと、力任せに引き下ろしました。

 フルートもハーピーに話しかけます。

「落ち着いて。ここはパルバンだ。この金の光の外に飛び出すと危険なんだよ」

 たちまちハーピーは羽ばたくのをやめました。自分の足で地面に降り立つと、きょろきょろと周囲を見回します。

「パルバン? ここはパルバンなのか?」

 フルートはうなずきました。

「そう。君をあのまま残していくわけにはいかないと思ったから連れてきたんだ。パルバンは危険だから、ぼくたちと一緒にいてほしいんだよ」

 すると、ハーピーは首をかしげました。じっとフルートを見つめてから、おもむろにまた言います。

「おまえは私を助けるのか? 何故だ? 私はおまえたちの仲間ではないのに」

「君がぼくたちを何度も助けてくれたからだよ。こっちからも質問していいかな。どうしてぼくたちを助けてくれたんだ? ぼくたちは侵入者なのに」

 ハーピーはすぐには答えませんでした。またフルートたちを見回し、さらにその後ろに立っているカザインやフラーを眺めます。そのせわしない動きにフラーが言いました。

「あのハーピー、こっちを観察してるわよ。なんだか興味津々みたいね」

「どうやら本当に我々を攻撃するつもりはないらしいな。パルバンの番人のはずなのに、妙な話だ」

 とカザインも言います。

「どうしてだい?」

 とフルートはまた尋ねました。怪物のハーピーを相手にとても優しい声です。

 すると、ハーピーは答えました。

「おまえたちは面白い。仲間のために自分の命を消そうとする。そんなことをするものはハーピーにはいない。他の番人たちにもいない。だから、私もやってみた」

 一行は目を丸くしました。

「俺たちが助け合ってるのが面白くて真似してみたってぇのか?」

「そうだ」

 ハーピーの返事に、彼らはあきれてしまいました。まるで子どもみたいだな、とビーラーがつぶやきます。

 フルートだけはいっそう優しい声になって尋ねました。

「やってみて、どうだった? ぼくたちの気持ちがわかったかい?」

 ハーピーはまた首をかしげました。頭部と上半身は人間の女性でも、そんな動きは鳥のようです。

「気持ちとはなんだ? よくわからない」

 そこで、フルートは自分の胸に手を当ててみせました。

「気持ちっていうのはこのあたりで感じるもののことだよ。嬉しい、悲しい、楽しい、苦しい……そんな気持ちはみんなこの辺に感じるんだ」

 ハーピーはしばらく考え込むように首をかしげ続け、一度目をとじてからまた開けて言いました。

「やっぱりよくわからない。ただ、やってみたらおまえの言う場所が心地よかった。だからまたやってみた」

 フルートはそれを聞いてにっこりしました。

「ありがとう、ハーピー。君のおかげで、ぼくたちは本当に助かったよ」

 心のこもった感謝のことばに、ハーピーはまたじっとフルートを見つめました。少し考えてから言います。

「また胸のあたりが心地よくなった。こういうときにはなんと言えばいい?」

「どういたしまして、だね」

「ドウイタシマシテ」

 フルートのことばを真似しただけの平板な言い方でしたが、ポチはそこに感情の匂いをかぎ取りました。今まで無感情だったハーピーの内側で、感情が動き出したのです。それは素直な喜びの匂いでした――。

 

「なんてことだ! 彼らはハーピーを手なずけてしまったぞ!」

 とカザインがあきれて声をあげました。

 フラーもフードの上から両手で自分の頬を押さえていました。

「信じられないわ。相手はパルバンの番人なのに! 番人は侵入者を問答無用で排除しようとするのよ!」

 フルートは二人を振り向きました。穏やかな声のままで話します。

「パルバンの番人の正体は、二千年前にここで戦った光の戦士たちです。パルバンを守るために闇大陸に残って、自分たちを魔法で複製しながら今に至っているんです。ハーピーもきっとそうです。怪物の姿はしているけれど元は人間で、魔法で自分たちを複製して、ハーピーの群れを作ってるんでしょう。このハーピーは大人のように見えるけど、実際にはまだ子どもなのかもしれません」

 それを聞いて、カザインは肩をすくめました。

「だからわかり合えるはずだと思ったって? 君の友だちも言っていたけれど、君はよくよくの善人のようだな」

「善人だなんて言ってねえ。世界一のお人好しだって言ってんだ」

 とゼンがぼやきます。

 ハーピーはまた全員を見回すと、至極もっともな質問をしてきました。

「おまえたちはパルバンで何をするつもりだ?」

「ぼくたちは、あるものを探している。見つけたら消滅させなくちゃいけないんだ」

 とフルートは正直に答えました。このハーピーとはパルバンにいる間ずっと一緒にいなくてはならないので、下手に隠したりせずに教えたほうが良い、と判断したのです。

「あるもの? それはなんだ?」

 とハーピーがまた質問してきたので、フラーが首をひねりました。

「パルバンの番人なのに、宝のことを知らないのね」

「彼らはパルバンに近づく者を追い払うことだけが任務なんだ。パルバンに何があるのかは知らないし、パルバンに入り込んだ人間を排除する義務もないらしい」

 とレオンが教えます。

 フルートはハーピーと話し続けていました。

「それは竜の宝と呼ばれているんだけど、正体はぼくたちにもわからない。でも、見つけなくちゃいけないんだ」

「わからないのに見つけることができるのか?」

「たぶん」

「どうやって?」

「見かけたことがある。宝は黒い柱の上で黒い翼に守られていたんだ」

 とたんにカザインとフラーは驚いて身を乗り出しました。

「竜の宝がどんなものか君は知っているのか!?」

「黒い柱と翼ですって!? 本当なの!?」

「見かけただけです。でも、きっとあそこにあったのが竜の宝です」

 とフルートは答えました。先にパルバンにやってきたとき、嵐の隙間にちらりと見えた立木のような柱と、その頂上にしがみついていた一対の翼を思い出します――。

 

 ところがそのとき、いきなりハーピーが飛び跳ねました。荒野の一角を振り向いて叫びます。

「来た!!」

 そちらを見た一同は、もやもやと得体の知れないものが地平線いっぱいに広がっているのを目にしました。鉛色の煙を巻き上げながら、次第に大きくなっていきます。

 フルートたちも顔色を変えて飛び上がりました。

「三の風だ!!!」

 パルバンで最も恐ろしい魔法の風がやってきたのでした――。

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