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第25巻「囚われた宝の戦い」

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32.誤解

 フルートが氷から転がり落ちて川に沈んだので、仲間たちは叫び声を上げました。

「フルート!」

「フルート! フルート!!」

 いくら呼んでもフルートは水面に浮いてきません。

「今の突風は何? パルバンの番人のしわざ?」

 とフラーがカザインに尋ねました。

「いや、おそらく彼が上昇気流を起こしたせいだ。急激に発達する雲からは、突然ものすごい風が吹き下りてくることがあるんだ」

 と夫が答えます。その証拠に、ハーピーたちも同じ風で川にたたきつけられ、岸辺に打ち寄せられていました。瓦礫(がれき)のような氷に半ば埋まっています。

「ワン、フルート! フルート!」

 ポチは川に駆け寄って飛び込もうとしました。ゼンも川へ走り出そうとします。

 すると、レオンとカザインが引き留めました。

「待て、君たちまで呑み込まれるぞ!」

「そうだ。これは消魔水の川だから、中で魔法は使えないんだ」

「ワン、でもフルートが!」

「俺たちは魔法なんか関係ねえ! 大丈夫だから放せよ!」

 ポチとゼンが振り切ろうとしたとき、さぁっと涼しい風が吹き出しました。

「二の風だ!」

 とビーラーが叫びます。

 とたんに溶けかけた大河が消えていきました。

 打ち上げられて氷に埋もれたハーピーたちも薄れて見えなくなっていきます――。

 

 後に現れたのは、枯れた木々が骨のように林立する荒れ地でした。足元は赤茶色に乾いた苔(こけ)でおおわれています。フルートの姿はどこにも見当たりません。

「ワン、フルートが川と一緒に消えちゃった!」

「んな馬鹿な! おい、放せって!」

 ポチとゼンは制止を振り切って駆け出しました。大河があった場所へ走っていきますが、やはりフルートは見つかりません。

「川の中にいたから、エリアと一緒に移動してしまったんだ」

「どうしたらいいの? ここから大河のエリアに駆けつけても、もう間に合わないわよ」

 カザインとフラーの声は深刻でした。フラーはフードからのぞく目に大粒の涙を浮かべています。

 すると、一行の背後から、かさりと枯れた苔を踏む音がしました。

 思わず振り向いた一行は目を丸くしました。そこにフルートが立っていたからです。金の鎧から水をしたたらせながら、不思議そうに周囲を見回しています。

「君はずっとそこにいたのか、ゼン?」

 とフルートが言ったので、ゼンは飛び上がりました。

「そりゃこっちの台詞だ! なんでそんな場所から現れるんだよ!? おまえはあっちで川に流されたはずだろうが!」

「うん。流れが急で岸に泳ぎ着けなくて苦労していたら、いきなり後ろからつかまれて川から引っぱり出されたんだ。てっきり君に助けられたんだと思ったのに」

「ワン、ゼンはずっとここにいましたよ。ゼンじゃありません」

 とポチは首をかしげて、くんくんとフルートの匂いを嗅ぎました。フルートを助けた相手がわかるのではと期待したのですが、川の水に洗い流されてしまったのか、フルート以外の匂いはかぎ取れませんでした。

「あらかじめ脱出の魔法をかけていたのかい? 用意周到だったな」

 とカザインに言われて、フルートは首を振りました。

「違います。ぼくは魔法使いじゃないから」

 魔法使いじゃない!? とカザインとフラーが驚きますが、フルートは急に思い出した顔になって、レオンとビーラーを振り向きました。

「そういえば、君たちにもこんなことがあったな? 昨日、崖が崩れて生き埋めになりそうになったときに」

「ああ、そう言われればそうだ。近くに雷が落ちて上から岩が崩れてくると思ったら、どうしてか、全然別な場所にいたんだ」

 とビーラーは答えましたが、レオンは何も言いませんでした。黙ってフルートを見ています。

 フルートはレオンにまた尋ねました。

「あのとき君は、ここに来る前にかけた守りの魔法が効いているんだ、って言ったよね? 今回もそうなのか?」

 レオンはちょっと肩をすくめました。

「まあ、そういうことかな。無事だったから良かったじゃないか」

 やっぱりそれ以上詳しい話をしようとしないので、フルートはいぶかしむ顔になります。

 

 すると、そんなフルートたちの前にカザインが立ちました。紫のフードの間からつくづくと彼らを見下ろして言います。

「君たちはいったい何者なんだ? 魔法が使えないのにこんな場所までやってきたり、危機的状況から脱出したり。絶対にただ者じゃないだろう」

「ぼくたちは――」

 言いかけてフルートは困ってしまいました。それ以上はどうしても声が出てこなかったからです。レオンやゼン、ポチやビーラーも同様でした。この時代で自分たちについて語ることを、理に禁じられたのです。

 カザインは溜息をつきました。

「言えないのか。こちらはちゃんと自分たちのことを話したのに」

「すみません」

 とフルートは謝りました。そういうことばは、ちゃんと声になります。

 カザインは妻の元に行くと、フルートたちと向き合いました。厳しい口調で言います。

「自分たちの正体をきちんと話してくれない相手とは協力できないな。どうやら君たちとぼくたちは同じ目的のようだが、一緒に行くわけにはいかない。ここまでだな」

 フルートたちは顔を見合わせてしまいました。ちゃんとわけを話したいと思っても、やっぱり声にならないのですから、どうしようもありません。黙って立ちつくしてしまいます。

「行こう、フラー」

 とカザインは妻の肩を抱いて歩き出しました。骨のように林立する枯れ木の間からは、渦を巻いて噴き上げる黒い霧の壁が見えていました。パルバンの入り口はもうすぐそこに迫っていたのです。フルートたちを残したまま、パルバンに向かって歩いていきます。

「ちくしょう」

 とゼンがつぶやきました。自分たちを誤解されたままというのは面白くありませんが、誤解を解くことができません。魔法使いの夫婦は遠ざかっていきます。

 

 ところがそのとき、左手からいきなり巨大な火の玉が飛んできました。先を行く夫婦を直撃し、周囲の枯れ木を巻き込んで燃え上がります。

 フルートたちは驚きました。あわてて駆けつけようとすると、今度は彼らに向かって火の玉が飛んできます。

「金の石!」

 とフルートが叫ぶと金の光が彼らを包みました。炎は守りの光に弾かれますが、周囲の枯れ木に飛び散って燃え上がってしまいます。

 よく見ると、カザインとフラーも同じような状態に陥っていました。とっさに張った障壁で身を守っていますが、周囲が火の海なので外に出られずにいます。

 フルートたちは左手を見ました。先ほど、そちらで誰かがカザインの魔法を解こうとしていたことを思い出したのです。

「誰だ?」

「ワン、パルバンの番人かな――?」

 すると、枯れた木立の間から人のようなものが姿を現しました。全身緑色の毛皮でおおわれていて、頭の横に二本の角を生やし、手には槍を持っています。

「五さん!!!」

 とフルートたちは思わず叫び、すぐに勘違いに気がつきました。

「ワン、違います! あれは五さんじゃないですよ!」

「そうだ、女性の匂いがするからな!」

「じゃあ、五さんの妹かよ?」

「いや、そうとは限らない。外見ではわからないよ」

 彼らが話し合っている間に、緑の毛皮を着た人物は頭上で槍を回しました。勢いをつけて穂先をカザインたちに向けると、また巨大な火の玉が飛び出して、彼らの障壁にぶつかりました。新たな炎が彼らを包みます。

「パルバンに入り込むのを阻止しようとしている」

 とフルートは言いました。フルートたちが出会ったとき、五さんたちはもうパルバンの番人の役目から解放されていたので、フルートたちも攻撃されることはありませんでした。本来はこんなふうにして阻止していたんだ、と思います。

 カザインとフラーは反撃に出ようとしていました。カザインに替わってフラーが障壁を張り、毛皮の番人のいる方向だけに絞り込むと、その陰でカザインが攻撃態勢を取ります。

 フルートたちは、はっとしました。番人が五さんではないとわかっていても、思わず手に汗を握ってしまいます。

 

 すると、突然緑の毛皮の番人が叫び声を上げました。

「ウーラァァー……!!」

 女性の声なのですが腹の底に響くような低音です。

 とたんに、フルートたちの右手から羽音と共に数羽のハーピーが舞い上がりました。移動する大河に巻き込まれなかったハーピーたちがいたのです。その中には濡れたように黒い羽根と髪のハーピーもいました。枯れた林の間を縫って、背後からカザインたちに迫ります。

「危ない!!」

 とフルートたちは叫びました。障壁を担当するフラーが背後にも広げようとしたのですが、間に合わなかったのです。

 ハーピーの攻撃がカザインとフラーに命中しました――。

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