「君たちはいったい何者だ? ここは闇大陸の、それもパルバンに近い場所だぞ。君たちはなんのためにここにいるんだ?」
凍りついた大河の上。ハーピーの攻撃から救われた男女がそう尋ねてきたので、フルートたちはとまどいました。先を行く二人を宝泥棒と思い込んでいましたが、泥棒がこんなふうに訊いてくるだろうか、と考えてしまいます。
すると、そんな一行の様子に女が言いました。
「私たちならば怪しい者じゃないわよ。天空王様のご命令で闇大陸に来た特殊部隊なの。でも、あなたたちは? 私たち以外に天空王様のご命令を受けたチームがいたとは聞いていなかったわ」
一行はさらにとまどいました。なんと答えれば良いのかわからなくて、すがるようにフルートを見ます。
フルートは少し考えてから言いました。
「ぼくたちは自分たちでここに来ました。天空王の命令というのはどういうものですか? あなたたちこそ、なんのためにここにいるんでしょう?」
「天空王様のご命令を受けていないだって? それでどうやってここに来ることができたんだ!」
と男は驚きましたが、フルートが答えようとしなかったので、肩をすくめました。
「そうだな。助けてもらった礼儀として、まずこちらが話さなくちゃいけないな――。最初に名乗っておこう。ぼくたちは天空王様の親衛隊だ。ぼくの名前はカザイン」
「私はフラーよ。私たちは夫婦なの。それで、あなたたちの名前は?」
「ぼくはフルート。こっちはぼくの友だちのゼンとレオン、この犬たちはポチとビーラーです」
とフルートはすぐに答えました。それこそ、名乗るのが礼儀だと思ったからです。
「フルートにゼンにレオン? 聞いたことがない名前だな。貴族じゃないのか? いや、まさか。貴族でなかったら、この闇大陸に入り込めるはずはないものな」
カザインと名乗った男は不思議そうにまた言いましたが、フルートが口をつぐんでいるので、両手を広げました。
「わかったわかった。まずこちらからだったな。ぼくたちは天空王様のご命令で動いている。目的は伝説の闇の竜の復活を阻止することだ。かの竜が復活して世界を破壊するときが迫っている、と予言されているからな」
それを聞いて、ゼンとレオン、ポチとビーラーはまた顔を見合わせてしまいました。
フルートが聞き返します。
「どうやって闇の竜の復活を阻止するんですか? そのために、あなたたちは何をしようとしているんです?」
彼らがそんな話をしている間も、ハーピーの大群は頭上を飛び回り、執拗に攻撃を繰り返していました。ひっきりなしに空気弾を発射しているのですが、カザインの障壁と金の石の守りの光が二重に守っているので、攻撃はことごとく跳ね返されています。
カザインはそれを見上げて言いました。
「あのハーピーたちはパルバンの番人だ。外から闇大陸に侵入してきた者が、パルバンに近づかないように番をしている。何故そんなことをするのか、君たちは知っているかい?」
「知っています」
とフルートが答えると、相手はうなずきました。
「だろうな。そうでなければ、こんなところに外の世界の人間が来るはずはないんだから――。パルバンには二千年前の第二次戦争で光の軍勢が闇の竜から奪った宝がある。宝には闇の竜の力の一部が封印されているから、闇の竜はそれを取り戻しに来て世界の果てに幽閉されてしまった。でも、古い予言は、いずれこの世界にまた闇の竜が復活してくると告げているし、その時は刻一刻と近づいている。闇の竜がここへやって来て宝を奪い返し、力を取り戻して復活するんだろう。そんな事態になれば世界は破滅だ。ぼくとフラーはそれを防ぎたくて、天空王様に志願して闇の竜の宝を消滅させに来たんだよ」
それを聞いてフルートたちは呆気にとられてしまいました。目的はほんの少し違っていますが、彼らがやろうとしていることはフルートたちとまったく同じだったのです。
「でもよ、復活を防ぐのは無理だぜ。なにしろデビルドラゴンは復活しちまったからな」
とゼンは言おうとして、目を白黒させました。でもよ――までは言えたのですが、その後いきなり声が出なくなったのです。思わず咳払いをすると、ちゃんと咳はできました。
「ワン、どうしたんです、ゼン?」
「いや、急に声がよ」
ポチの質問に答えることもできます。
「どうかしたのかい?」
とカザインが尋ねたので、ゼンはまた話そうとしました。
「デビルドラゴンは俺たちの時代ではもう復活してるんだ。ただ、竜の宝を手に入れてないから完全に力を出せずにいてよ、だから俺たちは――」
けれども、その話はやっぱりできませんでした。声が咽の中で立ち消えて音にならないのです。口さえ動かなくなっていました。
ゼンはあわてて咽に手を当てて咳をしました。やはり咳払いはできます。何故か話をしようとしたときだけ声が消えてしまうのです。
その様子に、レオンがぴんときました。
「理(ことわり)がぼくたちに禁じているんだ。まだ起きていないことは語れないんだよ」
カザインとフラーがいぶかしそうにしていたので、ゼンに代わってフルートが言いました。
「ぼくたちもあなたたちと同じ理由でここに来たんです。竜の宝の破壊が、ぼくたちの目的です」
これはちゃんと話すことができました。未来に起きる出来事ではなかったからです。
「自分たちの力でか!?」
「天空王様のご助力なしで? すごい魔力ね!」
とカザインとフラーが驚きます。レオンは次の天空王だから、と答えたいところでしたが、それは声にはなりませんでした。
そのとき、彼らの足元で氷がギシッと音をたてました。不吉な振動が氷を通じて伝わってきます。
一行は、ぎょっと足元を眺めました。
「氷が緩んできてるわよ!」
とフラーが叫び、カザインは顔を上げて左手を眺めました。
「誰かがぼくの魔法を解こうとしているんだ! 熱い風が解放されたら、川の氷が溶けるぞ!」
一同は飛び上がりました。そこは向こう岸に近い場所でしたが、それでも岸まではまだ数十メートルの距離があったのです。しかも、ハーピーはまだしつこく攻撃を繰り返していました。今では彼らを包んでいる障壁に群がり、爪や牙でなんとか障壁を破ろうとしています。
「走りながら障壁は張れない! 障壁を消すぞ!」
とカザインは言って短い呪文を唱えました。とたんに障壁は強く輝き、周囲からハーピーを跳ね飛ばしました。何羽ものハーピーが氷上に墜落します。
「今だ、走れ!」
カザインの合図で一行は向こう岸めがけて駆け出しました。フルートの金の石も守りの光を収めました。こちらも走る全員を守ることはできなかったのです。
吹き飛ばされたハーピーがまた戻ってきました。一行めがけて空気弾を吐き出します。
空気の塊は氷にぶつかって穴を開け、周囲にひびを作りました。さらにそこへ暖かい風が吹いてきて、ひびを広げ、氷の間に黒々とした水をのぞかせます。
「ぅおっとぉ!」
ゼンは目の前にいきなり現れた割れ目を飛び越えました。氷の塊に着地しますが、それもみるみる溶け始めたので、あわてて先へ走ります。
レオンも必死で走りましたが、背後からハーピーに襲われて転びました。ハーピーがのしかかってきてレオンを押さえ込み、頭にかみつこうとします。
「レオンを放せ!」
とビーラーがハーピーに飛びついたので、ハーピーは一度舞い上がり、今度はビーラーに襲いかかりました。鋭い爪が背中に食い込んで、ビーラーが悲鳴を上げます。
ところがレオンは攻撃魔法を使うことができませんでした。元から弱っていた魔力ですが、消魔水の川の上にいるせいで、まったく発動しなくなっていたのです。ハーピーがビーラーを高く運びあげ、そこから落とします。
「ビーラー!」
受け止めようとしたレオンは、片足が薄氷を踏み抜いて割れ目にはまりました。その目の前にビーラーが墜落してきます。たたきつけられれば無事ではいられない速度です――。
するとフラーが叫びました。
「レマート!」
停止の呪文でした。ビーラーの体が墜落をやめて空中でぴたりと止まります。
レオンは急いで割れ目から足を引き抜くと、ビーラーに駆け寄りました。ビーラーを抱いたとたん、フラーがまた呪文を唱え、ずしりとビーラーが両腕に落ちてきます。
「良かった、消魔水が乾いたわ」
と嬉しそうに言うフラーに、レオンは思わず尋ねてしまいました。
「どうしてあなたたちは魔法が使えるんだ!? ここは闇大陸なのに!」
「君たちこそ、魔法が使えなくなってるの? それでどうやってここまで来たのよ!」
フラーが驚いたように聞き返してきます。
けれども、レオンが何か言う前にフルートが叫びました。
「急げ! いよいよ氷が溶けてきた! ハーピーを一気に追い払うぞ!」
「一気に? どうやって!?」
とカザインは驚きました。彼の魔法でも数羽のハーピーを撃墜するのがやっとだったのです。
けれども、フルートはそれに答える余裕はありませんでした。対岸はもう目の前に迫っていました。岸に続く氷の上で向きを変えると、背中から黒い大剣を引き抜きます。
剣なんかでどうやって――とカザインがまた尋ねようとしたとき、フルートは高くかざした剣を思いきり振り下ろしました。特大の炎が切っ先から飛び出し、川の上に飛んでいってぶつかります。
水面に浮いていた氷のかけらは一瞬で蒸発し、川の水と一緒に巨大な水蒸気に変わりました。極寒の地から吹く風で冷え切っていた川面です。熱せられた空気はたちまち白い雲に変わり、空に向かって急上昇しました。激しい上昇気流がハーピーたちを巻き込み、雲の中に呑み込んでしまいます。
フルートはそのまま繰り返し剣を振り続けました。
そのたびに炎の塊が飛んで川の氷や水を蒸発させ、湧き上がる雲がハーピーを呑み込みます。ハーピーの得意の空気弾も、乱れた風の中では使えなくなりました。もみくちゃにされながら空の高みへ運ばれていきます。
やがて空は一面灰色の雲におおわれ、雲間を白い光が走り始めました。雷が発生したのです――。
その間に仲間たちとカザインとフラーは向こう岸にたどり着きました。
不安定な氷の上からしっかりした大地へ飛び移ると、フルートへ呼びかけます。
「みんな着いたぞ!」
「君も早くこっちへ!」
その頃にはほとんどのハーピーが雲に呑み込まれ、そこから脱出しようと必死でもがいていました。フルートは剣を収めると、急いで川岸へ走り始めました。彼が炎を撃ち出している間に、氷はいっそう溶けて、岸に沿ってひびができていました。早くしないと氷は川岸を離れ、フルートは氷と一緒に流されてしまいます。
岸では仲間たちが呼んでいました。カザインとフラーも、紫のマントをはためかせてフルートを招いています。
ところが、あと少しで岸に着く、というとき、突然フルートの背後で、どん、と大きな音がしました。振り向くと、雲の真下の川面に大きな波紋が広がっています。
と、猛烈な風がフルートを襲って吹き倒しました。川面の氷が一気に吹き寄せられて重なり合い、がちゃがちゃと岸に打ち上げられてしまいます。
風の中にはたくさんのハーピーもいました。川にたたきつけられ、風に押されて、やはり岸に打ち上げられます。
「フルート!」
と叫んだ仲間たちも突風に吹き倒されました。ゼンでさえ風になぎ倒されて地面を転がってしまいます。いきなり雲から猛烈な風が吹き下りてきたのです。岸辺の木も枝が折れ、幹が傾きます。
フルートは、乗っていた氷と一緒に一度は岸に打ち上げられましたが、そこにまた別の氷がぶつかって下に潜り込んできたので、氷が大きく傾きました。フルートの体が氷の上を転がっていきます。
あっと思ったとき、フルートはもう川の中に落ちていました。黒い水の流れに戻った大河に呑み込まれてしまいます。
「フルート!」
「ワン、フルート!?」
突風が過ぎ去って仲間たちが立ち上がったとき、フルートの姿は川のどこにも見当たらなくなっていました。