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第25巻「囚われた宝の戦い」

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30.救出

 フルートがいきなり仲間から離れて別方向へ駆け出したので、ゼンがどなりました。

「このすっとこどっこいの大馬鹿間抜けの唐変木! どこへ行くつもりだ!?」

 悪口を並べ立てても、フルートは立ち止まりませんでした。ハーピーの大群が飛び回っている場所めがけて走っていきます。そちらからは激しい爆発音や、仲間を呼んでいるらしい男性の声が聞こえてきます。

「ワン、フルートはあの人たちを助けに行くつもりなんですよ!」

 とポチが言ったので、ゼンは顔をしかめました。

「んなことはわかってる。宝泥棒まで助けてどうするんだよ、あの超お人好し野郎め!」

「彼を連れ戻さないと!」

 とレオンが言ったので、仲間たちはフルートの後を追いかけました。犬たちが先回りしてほえますが、フルートは立ち止まろうとしません。

「よせって、この馬鹿!」

 とゼンはわめいて手を伸ばしましたが、それより早くフルートは森から飛び出しました。視界が広がり、石畳の道のように白く凍った大河が現れます。

 

 例の二人組は大河の向こう岸に近い場所にいました。レオンが言う通り、紫のマントとフードですっかり体を隠しているので、どんな人物なのかわかりません。ただ、片方がもう一方より大柄なので、それで男女の見当はつきました。

 女はハーピーの攻撃で割れた氷の隙間に落ちたようで、ずぶ濡れになりながら這い上がってくるところでした。男のほうは、それを守るように両手をかざしています。

「テウオキテヨリカヒ!」

 男が叫ぶと、その手のひらから緑の光が飛び出しました。空から急降下するハーピーに命中して、ハーピーが墜落します。

「光の魔法だ!」

 とレオンは思わず立ちすくみました。戦っているのが自分と同じ天空の民だと察したのです。自分は闇大陸に来て魔法が使えなくなっているのに、何故あの人は使えるんだ!? と驚きます。

 一方、女は割れ目から氷の上に這い上がってきたところでしたが、そこへ別のハーピーが接近していました。女に向かって口を開けたので、飛びのいて攻撃をかわします。

 すると、女の足元で氷が砕けて、彼女はまた川に落ちてしまいました。黒い水をかきわけて近くの氷につかまります。

「フラー!」

 と男はまた叫びましたが、新たなハーピーが次々攻撃してくるので、助けに駆けつけられません。

「大丈夫よ!」

 と女が答えたとき、ハーピーがまた襲ってきました。何故か彼女ではなく、近くに浮いている氷のかけらに攻撃をします。

 氷のかけらは巨大でしたが、空気の塊をくらって水の上を動き、別の氷につかまっていた女に迫っていきます。

「危ない! はさまれる!」

 とフルートは叫びました。もう川岸にたどり着いていたので、ためらうことなく氷上に飛び出しますが、戦闘の場所はまだずっと先でした。動いてきた氷が女の体にぶつかり、女が悲鳴を上げます。

「フラー!!」

 男は叫んで女のほうへ飛びました。その頭上をハーピーの空気弾がかすめて、分厚い氷にまた穴を開けていきます。

 男は氷上を転がり、女に駆け寄りました。女は氷と氷の間にはさまれ、胸から上だけを氷上に出して、ぐったりしていました。気を失っているのです。

「フラー、しっかりしろ!」

 男は女を助け出そうとしましたが、ハーピーからひっきりなしに攻撃が飛んでくるので、自分たちの周囲に光の障壁を張りました。緑の光が二人を包み、ハーピーの空気弾を跳ね返し始めます。

 男は女の脇の下に両手を入れて引き上げようとしましたが、彼女の体はまったく動きませんでした。氷にはさまれたうえに、周囲の川の水が凍り出したので、完全に氷に捕まってしまったのです。男がいくら引っ張っても、びくともしません。

 氷の割れ目の奥では紅い色が広がっていました。負傷した体から出血が続いているのです。一刻も早く助け出さなくてはならないのですが、男の力では彼女を引き上げることができません。

 

 そこへようやくフルートが到着しました。男女を包む緑の障壁の前に立つと、胸のペンダントへ叫びます。

「金の石!!」

 すると、魔石がまばゆい金色に輝きました。フルートも緑の障壁も、少し遅れて駆けつけてきたゼンやレオン、ポチやビーラーまでも包み込み、ハーピーの攻撃から守ります。

 同じ光は、はさまれていた女も癒やしました。彼女は正気に返りましたが、すぐにまた大きくうめきました。彼女の体はまだ氷に押しつぶされていたので、激痛に襲われたのです。

「フラー!!」

 男が必死で呼びかけますが、女は返事ができません。

 レオンは男へ言いました。

「あなたは天空の民だな!? 魔法でないと救出できないぞ!」

「君も天空の民なのか!」

 と男は驚いたように言いました。レオンが着ている星空の衣に気がついたのです。すぐに頭を振って答えます。

「駄目だ! ここは消魔水の川だから、氷にも魔法が効かないんだ!」

「消魔水!? こんなところに!?」

 とレオンやビーラーは驚きました。

「ワン、天空の国の井戸にあった、魔法を打ち消してしまう水ですね」

 とポチも言います。天空の国の戦いのときに、ポチは風の首輪を探して消魔水の井戸に潜ったことがあったのです。

 フルートは男に言いました。

「あなたの作る障壁にぼくたちを入れてください! その人を助けます!」

 フードの隙間からのぞく男の目が丸くなりました。

「入れるのはかまわない。だが、本当に、氷に魔法は効かないんだよ!」

「わかってます。早く!」

 フルートが急かすと、緑の障壁がぐんと広がって、全員をすっぽり包み込みました。フルートの金の石も光り続けていたので、二重の守りの光に包まれたことになります。

 フルートはペンダントに話しかけました。

「もうしばらく頼む。あの女の人を守るんだ」

 氷にはさまれた女は苦痛にうめき続けていました。金の石が傷を癒やしても、氷に押しつぶされている状況は変わらないのですから、当然です。それでも、そうしなければ、彼女は出血多量で死んでしまっているはずでした。

 

 レオンがフルートに尋ねました。

「魔法は効かないのに、どうやって助け出すつもりだ?」

「ぼくたちは元々魔法なんか使えないよ。でも、大丈夫だ。ゼンがいる」

 フルートに名指しされて、ゼンは思いきり顔をしかめました。

「やっぱり俺の出番かよ。ったく、世界一のお人好しにつきあわされるんだから、とんだ貧乏くじだぜ」

「よろしく」

 フルートは一瞬笑ってみせると、すぐに真顔になってひとことふたことゼンと打合せ、氷の間の女に駆け寄りました。

「もう少しだけ我慢してください。今助け出します」

 ゼンのほうは、矢を1本引き抜くと、女から少し離れた氷上に力一杯突き刺し、荷袋から取り出した細いロープを縛りつけました。もう一方の端を自分の腰にくくりつけて言います。

「よし、いいぞ、フルート。始めろ」

「みんなはできるだけ下がって」

 とフルートは言うと、背中の剣を引き抜きました。黒い鞘に赤い石がはめ込まれた炎の剣です。握り直して刃を真下に向けると、そのまま振りかざします。

「まさか……!?」

 とレオンが言うのと、フルートが氷に刃を突き刺したのが同時でした。じゅぅっと音をたてて湯気が煙のように沸き立ち、刃の周囲から氷が溶け始めます――。

 炎の剣の熱で氷が溶けていくのを見て、ゼンは駆け出しました。まだ女の回りには氷が張り詰めていますが、薄くなり始めた場所を見定めて、拳をたたきつけます。

 すると氷はひび割れ、女の回りに隙間ができました。ゼンがもう一度氷を殴りつけると、隙間は広がって穴になり、女はまた水に落ちました。そのまま沈んでいきそうになります。

「ぅぉらぁ!」

 ゼンはかけ声と共に穴に飛び込み、氷をかき分けながら水に潜って、すぐに女を抱えてきました。長いマントやケープが水を吸っているので、かなりの重量のはずなのですが、ゼンにはなんということもありません。ロープをたぐって穴の縁まで来ると、氷上に女を放り上げます。

 とたんに、女がまたうめき声を上げたので、ポチが言いました。

「ゼン、女性にはもっと優しく!」

「るせぇ、こんな冷たい水に長くいるほうが体に悪いだろうが! そら、俺も上がるからどいてろ」

 ポチと口喧嘩しながら、ゼンも氷上に上がってきます。

 フルートは、それを確かめてから、氷から剣を抜きました。とたんにまた水面が白く凍り始め、あっという間に分厚い氷でおおわれてしまいます。

 レオンはそんな一部始終をあきれて眺めていました。フルートに言います。

「これは料理のときの応用か。本当に、君たちは予想外の使い方ばかりするな」

「使えるものは、なんでも使わないとね」

 とフルートは答えて、かちりと剣を鞘に収めます。

 

 男は氷上の女に駆け寄って抱き起こしていました。

「大丈夫か、フラー!? 怪我は!?」

「ええ。どうしてか傷も消えてしまったわ。もう大丈夫よ」

 フルートの金の石が輝き続けていたので、怪我はたちまち治ってしまったのです。

「よかった!」

 男が女をしっかりと抱きしめたので、ポチがつぶやきました。

「ワン、この二人はご夫婦ですね」

 それを聞いて仲間たちは顔を見合わせました。彼らが考えていた宝泥棒とは、なんだか様子が違うようだ、と気がつき始めたのです。

 男が女を抱いたまま彼らを見上げました。

「妻を助けてくれて本当にありがとう。だが、君たちはいったい何者だ? ここは闇大陸の、それもパルバンに近い場所だぞ。君たちはなんのためにここにいるんだ?」

 男からそんなふうに尋ねられて、また顔を見合わせてしまったフルートたちでした――。

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