「こんちくしょう、やっと場所が変わったぞ! 凍え死ぬかと思ったじゃねえか!」
二の風が吹いて新しい場所に出たとたん、ゼンが言いました。
仲間たちも安堵の息を洩らします。
彼らは頭の先からつま先まで真っ白になっていました。犬たちは全身の毛に氷のかけらがへばりつき、ゼンやレオンの服や顔には霜がつき、フルートの鎧は全体が氷におおわれてしまっています。
「場所が変わったとたん一瞬で凍ったぞ。ここはもう寒くないのに、どうしてだろう?」
とビーラーが驚いていると、レオンが言いました。
「さっきの場所が寒すぎたせいだよ。ぼくたちの体が冷え切っていたから、ここの空気の中の水の粒がぼくたちの上で凍りついたんだ」
ゼンは顔をしかめました。
「なんだかよくわかんねえが、霜や氷はよく落としておけよ。そのままにしておくと、しもやけになるからな」
と、さっそく自分の体をたたいて霜や氷を払い落とします。レオンや犬たちも払ったり体を振ったりしましたが、フルートだけはその必要がなかったので、周囲の景色を眺めました。深い森が広がっていますが、行く手の木々の間に白く光るものが見えていました。
「どうやら、ここは森の外れみたいだな。もう少し行くと、森が終わるようだよ」
「いいな。もうちょっと暖かいところに行こうぜ。金の石が守ってるのに、それでもめちゃくちゃ寒かったからな」
「ワン、さっきの場所、たぶん北の大地と同じくらい寒かったんだと思いますよ。ゼンたちは何の装備もしてなかったんだから、寒くて当然ですよね」
「二の風が吹くのがあと三十分遅かったら、誰か凍死していたかもしれないな。場所が変わってくれてよかったよ」
そんなやりとりをしながら、彼らは歩き出しました。森の出口が近づくにつれて、フルートの鎧の氷も次第に溶けていきます――。
とたんに彼らの背後から、ざぁぁっと雨のような音が迫ってきました。何かが森の上をかすめながら飛んできたのです。驚いて振り仰いだ一行は、木々の梢の間にハーピーの大群を見ました。何十羽というハーピーが、翼を広げ髪をなびかせながら、黒雲のように頭上を飛び過ぎていきます。
「ワン、ハーピーだ!」
「さっきの奴らがまた襲って来やがったのか!?」
一行は思わず身構えましたが、ハーピーたちは森の中の彼らには目もくれませんでした。羽音をたてながら森の先へと飛んでいきます。
すると、ハーピーがいきなり鳴き出しました。ギャァギャァとしわがれた声に混じって、女性の声も聞こえてきます。
「いた!」
「いたぞ!」
「人間だ!」
「侵入者だ!」
一行は、はっとしました。例の二人組がハーピーに発見されたのだと察したのです。
レオンが遠い目になって言いました。
「この先に凍りついた大きな川がある。そこを逃げて行く二人組がいるぞ」
「よぉし! とうとう宝泥棒に追いついたな!」
とゼンが張り切ったので、ポチはあきれました。
「ワン、二人組はハーピーに見つかってるんですよ? きっと襲われます。そこに近づいたら、ぼくたちまでまた巻き込まれますよ」
「ばぁか、誰が連中に近づくと言った。連中を追い抜くチャンスだって言ってんだよ。ハーピーが連中を足留めしてる間に、俺たちが先にパルバンに入って竜の宝を壊しちまおうぜ」
「ああ、それは確かにゼンの言うとおりだな」
とビーラーが納得します。
フルートは気がかりそうにレオンに尋ねました。
「侵入者はどんな人間だ? ハーピーに見つかってどうしている?」
「詳細はわからないな。二人とも紫のマントとケープですっかり身を隠しているんだ。凍った川の上を必死に走って逃げているよ」
「逃げている? 反撃する様子がないのか?」
フルートが心配そうにまた尋ねたので、ゼンは兜の上からフルートを殴りました。
「何を考えてやがる、このすっとこどっこいのお人好し野郎! 宝泥棒の心配なんかする必要はねえんだぞ!」
「ぼくもゼンの意見に賛成だな。ぼくたちは彼らより先にパルバン入りして、竜の宝を見つけて破壊しなくちゃいけないんだろう? 連中がハーピーと戦っている今が、そのチャンスだ」
とレオンも言うと、魔法使いの目を別方向へ向けて続けます。
「こっちへ行こう。川が蛇行しているから、ハーピーや二人組に気づかれないで向こう岸に渡れる。それに、パルバンももうすぐそこだ。川の先に黒い霧の壁が見えている」
「ワン、いよいよなんですね」
「ぐずぐずしてる暇はねえぞ。行こうぜ」
仲間たちに促されて、フルートもしぶしぶ承知しました。後ろ髪を引かれる様子で、森の中をレオンが示した方角へ進み始めます。
そのとき、激しい爆発音が聞こえてきました。
同時に、キィーッ、ギャァギャァ、と騒々しく鳴き立てるハーピーの声も聞こえます。
「始まったな。ハーピーが空気弾で攻撃してるんだ」
とビーラーが言いました。ベキベキ、と何かが砕けていくような音も伝わってきます。
爆発音はその後も幾度となく響いてきました。敵の上を飛び回っているらしいハーピーの姿も、森の梢を通して見え隠れしています。
「ワン、集中攻撃ですね」
とポチは思わず言って、あわてて口をつぐみました。フルートから心配そうな匂いがまた伝わってきたからです。フルートは騒ぎが起きている方向を振り向いています。
すると、突然女性の悲鳴が聞こえてきました。アーッと細く響いて消えていってしまいます。ハーピーの声ではないようです。
続いて男の声が聞こえてきました。
「フラー! フラー……!」
大切な人を呼ぶ声です。
とたんにフルートは身をひるがえしました。彼らが進んでいたのとは違う方向へ飛び出します。
「フルート!?」
驚く仲間たちを置き去りにして、フルートはハーピーたちが群がっている場所へと走っていきました――。