ゼンは腕組みをすると、しばらく考え込んでから、フルートに確認しました。
「するってぇと、なんだ――セイロスは自分の『我慢』を宝にやっちまったってわけか? その状態でデビルドラゴンの力を全開にすると、世界を跡形もなく破壊しちまって自分の国もなくなるから、セイロスは力の全開を我慢してるってのか? 我慢をなくしたせいで我慢しなくちゃならねえなんて、ずいぶん皮肉な話だな」
すると、レオンが眼鏡を押さえながら言いました。
「二千年前、セイロスの元から宝を奪ってここに隠したのは、当時の天空王たちだ。きっと、そうすることでセイロスが力を発揮できなくなると気がついていたんだろう。非常に高度な罠だな」
「ワン、力を発揮したら最後、破壊し尽くすまで止まらなくなるとわかっていたら、最初から力を発揮しないようにするしかないですもんね。ただ、いつまでたってもぼくたちに勝てないものだから、セイロスは次第にデビルドラゴンの力を使うようになってきて、とうとうデビルドラゴンとセイロスが同時に姿を表すようになったんだ。危なかったなぁ」
とポチがしみじみと言います。
すると、ビーラーが気がついたように言いました。
「ということは、この先のパルバンに隠されているのは、セイロスの我慢の力なんだな? そんなもの、確かに他の人にはなんの役にも立たない。ぼくたちの先を行く二人は、宝にたどり着いたとしても、とんだ骨折り損になるのか」
けれども、フルートは真剣な表情のままでした。
「それでも宝を奪われたら大変なことだよ。宝がこの闇大陸から外の世界に持ち出されて、巡り巡ってセイロスの元へたどり着いてしまったら、彼は完璧になってしまうんだからな。デビルドラゴンの力を自在に使いこなすようになってしまうんだ」
ゼンは舌打ちしました。
「やっぱり、ぐずぐずしちゃいられねえってことか。急ごうぜ。こんなところで油を売ってる間に、先の奴らに宝を盗られたら大変だ」
そこで彼らはまた歩き出しました。先よりもっと歩みを早めて、パルバンに向かっていきます――。
ところが、このやりとりをランジュールがまた物陰から聞いていました。
フルートたちが先へ進み始めると、肩の上の大蜘蛛と話し始めます。
「聞いた聞いたぁ、アーラちゃん? セイロスくんは我慢する力を奪われちゃってるんだってさぁ。そう言われたら、なぁるほど、って思い当たるコトがいっぱいあるよねぇ。今までいろんな場所で戦ってきたけど、いつもセイロスくんは、あと一押しってところで、それをやめちゃってたもんねぇ。自分で戦わないで、ボクに魔獣を出させるコトも多かったしさぁ……。あぁ、そぉっかぁ。ボクに強い魔獣をくれるって約束したのに、さっぱり魔獣をくれなかったのも、魔獣を呼び出すだけの力を発揮できなかったからなんだねぇ。それをやると暴走しちゃって、完璧にデビルドラゴンになっちゃうからさぁ。なぁるほど、そぉっかぁぁ」
幽霊はしきりに納得すると、一つだけのぞいている目をきらりと剣呑に光らせました。
「さぁてっと、これからどぉしよぉねぇ、アーラちゃん? この先にあるお宝をセイロスくんに持ってってあげると、セイロスくんはパーフェクト・デビルドラゴンになるんだってさぁ。そぉなったら、もぉ敵なしだよねぇ。この前みたいな黒い魔法を、どこでもいくらでも使えちゃうし、闇の怪物だって数え切れないほど呼び寄せられちゃうし、勇者くんや皇太子くんにだって簡単に勝っちゃうよぉ。そぉなったら見ものだよねぇ、うふっ、うふふふ」
と楽しそうに笑いますが、チチッ、と大蜘蛛が問いかけるように鳴くと、急に我に返った顔になりました。
「そぉだった。ボクはセイロスくんと絶交してきたんだっけ。セイロスくんがあんまりわがままだからさぁ。うぅん、お宝をセイロスくんに持っていって、セイロスくんを喜ばせるのも、なぁんか癪(しゃく)にさわるよねぇ。どぉしよぉっかなぁ……」
ランジュールは考え込んでしまいました。
その間にフルートたちの一行はどんどん先へ進んで、白い原野の向こうに見えなくなってしまいます。
ランジュールは飛び上がりました。
「いっけなぁい。今は勇者くんたちについていかなくちゃ。セイロスくんのお宝のことは、お宝の正体を確かめてからでも遅くないよねぇ。うふふん、興味津々。楽しみだなぁ」
また楽しそうな顔に戻ると、物陰からふわふわと出ていって、フルートたちの後を追いかけていきます。
すると、白く乾いた原野の上に影で輪を描きながら、空からハーピーが舞い降りてきました。青灰色の髪と羽毛の、あのハーピーです。
彼女は今までランジュールがいた場所に立つと、首をかしげました。あちこち見回しますが、ランジュールはもう原野の向こうへ行ってしまっていました。何も見当たらないので、また空に舞い上がります。
ハーピーもまた、フルートたちの後を追うように飛んでいき――
二の風が吹いて、ハーピーの姿も見えなくなりました。