フルートたちは土砂降りの雨が降る岩場を歩き、やたら虫が多い林を歩き、何万本という蔓が緑のカーテンのように枝から垂れ下がる森を歩きました。二の風が吹くたびに次々場所が変わっていったのです。
歩いても歩いても、彼らの先を行く二人組には追いつきませんでした。その後を追っていったハーピーの大群も見えてきません。
二の風が蔦のカーテンを揺らして、あたりが開けた白い原野に変わると、歩くのも楽になったので、一行はまた話し始めました。
「ワン、そういえばフルートはさっき、竜の宝の正体がわかったって言ってましたよね。ハーピーたちが襲ってきたから、話の途中になっちゃったけど」
とポチが言ったので、全員がその話を思い出しました。
「そうだ、セイロス以外にはその宝は使えねえ、って言ってたよな? どうしてそう思うんだよ?」
「竜の宝はどんなものだと君は考えているんだ?」
とゼンやレオンも口々に尋ねます。
フルートは言いました。
「竜の宝の正体がわかったとは言ってないよ。それがどんなものかは、ぼくだってまだわからない。ただ、セイロスが宝に与えた力の正体が何なのか、わかったような気がしているんだ」
力の正体? と一同は聞き返しました。
「どうして竜の宝と力を区別するんだよ? 同じものじゃねえか」
とゼンが言うと、ポチが頭を振り返しました。
「ワン、それは違いますよ。猿神グルたちも話してくれたじゃないですか。宝というのはセイロスが大事にしていたもので、セイロスはそれを手元に置いておくために自分の力の一部を与えたんだ、って。宝と力は元々は別のものだったんですよ」
フルートはうなずき、考える顔になって話し続けました。
「ぼくたちはずっと、セイロスが自分の攻撃力の一部を宝に分け与えたんだと考えたよな。もっと具体的に言えば、魔力の一部を与えたんだと。だから、セイロスは以前のような強力な魔法攻撃ができないんだと思っていたんだけど――」
「違うのか?」
とレオンは意外そうに聞き返しました。
フルートはじっと行く先の地面を見つめました。そこに大事なことでも書いてあるような顔で言います。
「セイロスはどんどん攻撃を強めていったからな――。力の一部が欠けているから大きな魔法が使えないんだろうと思っていたのに、この前の戦いではとうとう黒い魔法でディーラを吹き飛ばそうとした。寸前でセイロスがぼくたちのほうへ来たから、ディーラは無事だったけれど、あのままセイロスが魔法を使えば、ロムド城もディーラもそこにいる人たちも残らず吹き飛んで全滅した、とユギルさんは言っていた。セイロスには今もそれだけの力があるんだ。ただ、何かの理由で、それを発揮しにくくなっている。そこに竜の宝の力が関係しているんだろうと思ったんだよ」
仲間たちは、ゼンもビーラーも、ポチやレオンさえも首をひねってしまいました。フルートが何を言おうとしているのか、見当がつかなかったのです。
「ワン、破壊力はあるのにそれが使えない理由があるんですか? それが竜の宝の力? それってどんな力なんです?」
とポチが尋ねると、フルートは仲間たちを見ました。真剣な表情になって言います。
「抑止力だよ」
仲間たちは本当に、きょとんとしてしまいました。抑止力と言われても、なんのことやらまったくわかりません。
ついにゼンがわめき出しました。
「フルート! このすっとこどっこいの唐変木の秀才野郎! 俺たちにわかるように説明しやがれ!」
「今からするところだよ」
とフルートはちょっと口を尖らせると、相変わらず前進しながら、説明を続けました。
「セイロスはこれまでにも何度も、大きな魔法を使うと見せて、寸前でやめることがあったよな? 実際には使えたのに、あえて使わなかった。それをすればぼくたちを倒せるとわかっていたのに、やめたこともあった」
「ワン、それはフルートが願い石を持っているからじゃないんですか? セイロスが魔法でみんなを殺そうとすれば、フルートは願い石にデビルドラゴンの消滅を願うかもしれない。だからセイロスも無茶はできなかったんだと思うんだけど」
とポチが言うと、フルートは首を振りました。
「願う暇を与えずにぼくを殺せば、ぼくは願い石を使えないよ。セイロスがあれだけの魔力を持っているなら、ぼくを即死させることだって可能だ。それが本当の理由じゃない――。セイロスが竜の宝に与えた力を、ぼくたちはずっと『何かをするための力』なんだと思ってきたんだけれど、本当は『何かをしないための力』じゃないかと発想の転換をしたら、とたんに納得がいったんだよ」
けれども、仲間たちはやっぱり納得のいかない顔でした。
ゼンが不機嫌そうに言います。
「まだわかんねえ。やらないための力だ? それがねえと、どうしてまずいんだよ」
すると、フルートはちょっと笑いました。
「やらないための力っていうのは、抑止力だ。コントロールする力と言ってもいい。それがないとどんなに困るか、ぼくたちはよく知ってるんだよ。だって、昔のポポロがそれだったからね」
一同は目を丸くしました。少し考えてから、ポチが、そうかぁ、と言います。
「ポポロもものすごい魔力を持ってるけど、昔はそれをうまくコントロールできなかったから、魔法を暴走させて苦労してましたよね。森の中に逃げ道を作ろうとして森の木を全部倒しちゃったり、敵を攻撃しようとして味方にまで攻撃しちゃったり」
ふむ、とレオンも言いました。
「ぼくたちは魔法を学ぶときに、同時に魔力をコントロールする方法もしっかり教わる。そうしないと、魔法を正確に発動させられなくなるし、最悪の場合には、自分の魔法に自分が呑み込まれるからな――。でも、セイロスにその力が欠けているいうのはどうかな? セイロスは魔法を正確に使ってるじゃないか」
フルートは首を振りました。
「普通のレベルの魔法ならコントロールできるんだ。でも、あるところから上のレベルの魔法になると、とたんに自制が効かなくなってくる。それはセイロスを見ているとわかる」
とたんにゼンが膝を打ちました。
「でかい魔法を使おうとすると、奴は髪の毛が変わるよな! この前はとうとうデビルドラゴンになりやがった! そいつか!」
「とすると? 暴走するってことは、つまり――?」
ビーラーはまだ完全には納得していません。
フルートは答えました。
「レオンの言い方を借りるなら、セイロスは完全にデビルドラゴンの力に呑み込まれるんだ。つまり、デビルドラゴンそのものになってしまうんだよ」
仲間たちはまたいっせいに黙り込んでしまいました。進むことも忘れ、立ち止まって首をひねってしまいます。
やがてポチがためらいながら聞き返しました。
「ワン、だけど……セイロスはもうデビルドラゴンですよね? 二千年前に誘惑に負けてひとつになってしまったんだから。それなのに、デビルドラゴンそのものになるっていうのは……?」
「そうだな。今さらそれがどうした? ってことだと思うんだが」
とビーラーも言います。
すると、フルートは言いました。
「セイロスは完全にデビルドラゴンなわけじゃない。今だって人間のセイロスの姿をしているからな。あれはきっと力が足りなくてデビルドラゴンにならないんじゃない。デビルドラゴンの力を解放してしまうと、姿形も含めて完全にデビルドラゴンになってコントロールが利かなくなるから、解放できないでいるんだ」
「やっぱりまだわかんねえぞ。奴はデビルドラゴンだ。それなのにデビルドラゴンになったら、どうしてまずいんだ?」
ゼンは相変わらず理解できません。
フルートは根気強く話し続けました。
「思い出せよ。デビルドラゴンっていうのはなんだ? どんなものの権化で、何を目的にしている?」
「奴は闇の竜だ。世界の闇と悪の中から生まれてきた闇の権化で、この世界のありとあらゆるものを破壊して消滅させるために存在している」
とレオンが答えます。
「そうだ。じゃあ、今度はセイロスだ。彼の目的は? 彼は二千年前、願い石に何を願った?」
とフルートに訊かれて、一同はまた目を丸くしました。
「ワン、セイロスの目的は世界征服ですよ。世界中を自分のものにして、その王様になりたいって――あっ!」
ポチはひらめいたように声をあげました。レオンも、そうか、と言って眼鏡を指で押さえます。
「セイロスにしてみれば、デビルドラゴンが世界を破壊したら、世界の王になることはできない。三千年前の最初の光と闇の戦いのときのように、大陸が引き裂かれて海に沈み、人も生き物もすべて死に絶えてしまったら、この世界には彼の王国になる土地も領民になる人間も存在しなくなるんだからな。そういうことなのか」
フルートはうなずき返しました。
「おそらく、竜の宝に与えた抑止力があれば、セイロスはデビルドラゴンになっても我を忘れることはないんだろう。デビルドラゴンの力をコントロールして、世界を破壊し尽くす前に破壊をやめられるし、人間を皆殺しにしてしまう前に、自分に忠誠を誓った者だけ家来として残すことができるんだ。でも、今はその抑止力が彼の中にない。だから、彼はデビルドラゴンの力を全部解放するわけにはいかないんだよ」
そして、フルートは、呆気にとられた顔になった仲間たちを見回しました――。