二の風が吹いて現れた青い砂漠に、湧き上がるようにハーピーの大群が出現しました。
フルートたちを発見すると、敵意をむき出しにして急降下してきます。
フルートは即座に叫びました。
「金の石!」
ペンダントはすぐに輝いて彼らを金の光で包みましたが、とたんに激しい衝撃が伝わってきました。ハーピーが彼らに向かって口を開けたのです。飛んでくる武器や魔法は見えないのに、確かに攻撃を受けています。
「奴らはどうやって攻撃しているんだ!?」
とビーラーが尋ねると、レオンが答えました。
「ハーピーは空気を塊にして撃ち出しているんだ! 吸い込んだ空気を体内で圧縮して……だけど、そんなことができる生き物がいるなんて……!」
「くだらねえことで驚いてるな! 現に連中は攻撃してきてるじゃねえか! 怪物に理屈が通じるかよ!」
とゼンは言って背中の弓を外しました。一瞬で弦を張ると、百発百中の矢をつがえます。
フルートも背中から黒い大剣を抜くと、切っ先を斜め下に構えました。空に群がるハーピーを見上げながら、気合いと共に切り上げます。
「はぁっ!」
とたんに巨大な炎の塊が飛び出し、金の光を突き抜けてハーピーへ飛びました。空中でハーピーの空気弾とぶつかったようで、どん、と体に響く音を立てて破裂します。
ハーピーたちは爆風にあおられて四方へ散り、すぐに向きを変えて戻ってきました。再び空気の弾で攻撃を始めたので、金の光の障壁がまた激しく揺れます。
「こんちくしょう!」
ゼンは狙いをつけて矢を放ちました。白い矢羽根が青空に弧を引いて飛び、薄紫の髪と羽根のハーピーに迫ります。ハーピーは身をかわしましたが、矢はそれを追いかけて命中しました。キーッと鳴き声を上げて薄紫のハーピーが墜落します。
「よし、一匹!」
ゼンは歓声を上げ、すぐに目を見張りました。空にいるハーピーたちがゼンに向かって口を開けたからです。何十というハーピーがゼン一人を集中攻撃しようとしています。
「ワン、危ない!」
「こんなに集中されたら――!」
犬たちが叫んだとたん、ハーピーがいっせいに空気を吐きました。うなるような音が迫ってきます。
「ゼン!」
フルートは親友の腕を強く引きました。回転しながらゼンと入れ替わって盾をかざします。
とたんに金の光の障壁が砕け、フルートも吹き飛びました。ゼンにぶつかって一緒に地面に倒れます。
「フルート! おい、フルート!」
ゼンが跳ね起きて呼びかけると、フルートは目を開けました。
「ごめん、止めきれなかった」
その頬から血が流れていましたが、傷はもう消えていました。金の石が癒やしたのです。
「ワン、盾が!」
とポチがまた叫びました。表面にひびが入っていたフルートの盾から、ぱらぱらとガラスの破片のようなものが落ちていたのです。
ゼンは歯ぎしりしました。
「聖なるダイヤモンドがはがれてきやがったんだ。どういう攻撃力だよ!」
「また来るぞ!」
とレオンが叫びました。空のハーピーたちが、彼らに向けて口を開けたのです。
フルートは急いでまたペンダントに呼びかけました。金の光が彼らを包みますが、金の石も先の攻撃でダメージを受けたのか、先ほどより弱い光しか出せませんでした。ハーピーの一斉攻撃に耐えられそうにありません――。
ところが、攻撃の直前、数羽のハーピーがいきなり墜落を始めました。まるで何かに弾かれたように、群れの中から飛びだしたのです。まっすぐ墜落していって地面に激突します。
ハーピーたちは空気弾を撃ち出す代わりに、ギャァギャァと騒ぎ出しました。散開して敵を探しますが、そこには何もいませんでした。ただ空が広がっているだけです。
すると、今度は地上でギャーッと悲鳴が上がりました。墜落したハーピーが次々と火を噴いて燃え上がったのです。鳥の体も人の上半身も、あっという間に炎に包まれてしまいます。
ハーピーは空で騒ぎ続けていましたが、フルートたちも仰天していました。何かがハーピーを攻撃しているのですが、フルートたちにもそれが誰なのかわからないのです。
「誰かが俺たちを助けてやがるぞ!」
「ワン、でも、どこの誰が!? 姿が見えないですよ!」
「姿を消しているのか!?」
ゼンやポチやビーラーが言い合っていると、フルートのすぐ後ろで、どん、と鈍い音がしました。フルートは驚いて振り向きましたが、そこには何もいませんでした。ただ、少し離れた地面の上で、墜落したハーピーが燃えていました。人間の女性の顔が炎の中で崩れていきます――。
すると、これまでとはまったく別の方角から、もう一羽のハーピーが飛んできました。右往左往する仲間に向かって叫びます。
「やめろ! コイツらは侵入者じゃない!」
そのハーピーは青みがかった灰色の髪と羽毛をしていました。あのハーピーだ! とフルートたちは気がつきます。
ハーピーたちが話し出しました。
「侵入者じゃない!?」
「だが、コイツらはアオノサバクにいた!」
「侵入者はアオノサバクにいるんだぞ!」
「人違いだ。コイツらはたった今アオノサバクに来たばかりだ」
と青灰色のハーピーは言い続けます。
そのやりとりで、フルートたちは自分たちが先を行く二人に間違われたことを知りました。
ゼンがフルートに尋ねます。
「あいつはまた俺たちを助けてくれたぞ。どうしてだ?」
「わからない。今も、ぼくたちのことを取りなそうとしてくれているし。何故だろう?」
いくら考えても、その理由はわかりません。
するとそこへ、さらにもう数羽のハーピーが丘の向こうからやってきました。先頭を飛んでいるのは黒いハーピーで、その横には茶色いハーピーが並んでいます。
黒いハーピーは騒ぎ立てる仲間や地上で燃え尽きた仲間を一瞥(いちべつ)してから言いました。
「こんなところでナニをしている。侵入者がパルバンに侵入するぞ」
パルバンと聞いてフルートたちは、はっとしました。
ハーピーたちがいっそう騒ぎます。
「侵入者はドコだ!?」
「ドコ、ドコ、ドコだ!?」
「こっちだ。今はもうアメノハラに移動している」
とたんにハーピーたちは翼を鳴らして飛び始めました。フルートたちをその場に残して、砂の丘の向こうへ飛んで行ってしまいます。
茶色いハーピーも後を追っていきましたが、黒いハーピーと青灰色のハーピーだけはまだ残っていました。黒が青灰色に尋ねます。
「オマエは行かないのか」
「この人間たちがパルバンに行くか行かないか見張っている」
「コイツらも侵入者か?」
黒いハーピーの目が剣呑に光りましたが、青灰色のハーピーは動じませんでした。
「違うようだ。だが、見張りは続ける」
「では、この人間たちはオマエに任せた。我々は侵入者を阻止してくる」
黒いハーピーも翼を大きく広げると、仲間たちの後を追って飛び去っていきました。
青灰色のハーピーは空中でそれを見送ります。
フルートは空へ呼びかけました。
「ハーピー!」
青灰色のハーピーがフルートへ目を向けます。
フルートは言いました。
「また助けてくれてありがとう。でも、本当に、どうしてぼくたちを助けてくれるんだ? ぼくたちは外から入り込んできた侵入者なのに」
ハーピーは何も言いませんでした。ただ黙ったままフルートたちを見下ろすだけです。
フルートはちょっと考えてから話し続けました。
「君たちはパルバンの侵入者を阻止すると言っていた。ということは、君たちもパルバンの番人なのか? 五さんたちと――あ、えぇと――草原に住む番人たちと同じなのか?」
すると、ハーピーが答えました。
「アレは緑の一族だ。我々は翼の一族だ」
ゼンやビーラーは怪訝そうな顔をしましたが、レオンが思い出したように言いました。
「確かに五さんは自分たちを緑の一族と呼んでいたぞ」
「ワン、緑色のモジャーレンの毛皮を着てましたからね」
とポチも言います。
フルートは空に向かって話し続けました。
「じゃあ、やっぱり君たちもパルバンの番人なんだな。ということは、君たちも人間なのか?」
ハーピーは首をかしげました。頭は人間の女性なのですが、その動きは鳥そのもののようでした。
「我々はハーピーだ」
なんの感情も感じさせない声で答えると、ハーピーはフルートたちの頭上から離れていきました。他のハーピーたちとはまったく別の方向へ飛び去っていきます。
「変な奴だ」
とビーラーは薄気味悪そうに言いました。
ポチも困惑して空を見上げていました。
「ワン、やっぱり感情の匂いがほとんどしませんよ。何なんだろう、あのハーピーは」
「ぼくたちの敵ではないようだな。少なくとも、今はね」
とフルートが言うと、ゼンがわめきました。
「敵だろうとなかろうと、あんな奴につきまとわれるのはごめんだぞ! 危険すぎらぁ!」
レオンも真剣な顔で言いました。
「今は何もしなくても、ぼくたちがパルバンに近づけば、やっぱり攻撃してくるかもしれない。油断はできないぞ」
「わかってる。邪魔をされたときには撃退するよ。ぼくたちはなんとしてもパルバンに行って、竜の宝を破壊しなくちゃいけないんだからな」
とフルートは答えました。強いまなざしを行く手に向けます。
「よし、行くぞ! 前を行く奴らに先を越されたら大変だからな。急ぐぞ!」
とゼンが足早にまた歩き出します――。
そんな一行を、ランジュールが砂の丘の陰から頭を出して眺めていました。ハーピーの群れにくっついてこの砂漠までやってきて、フルートたちを見つけたのです。
彼らとハーピーが戦っている間、ランジュールはずっと様子を見ていました。ハーピーたちが飛び去り、フルートたちも出発したところで、姿を現し、肩の上の大蜘蛛と話し出します。
「聞いたぁ、アーラちゃん? どぉやら、この先にパルバンって場所があって、そこになんだかすごいモノが隠してあるらしいよぉ。ちょっと聞き取りづらかったけど、竜の宝って聞こえたよぉな気がするんだよねぇ。竜の宝って言ったら、それはもぉ、セイロスくんの宝物に決まってるよねぇ。セイロスくんたら、こぉんなところに宝を隠してたんだぁ。だから、前回勇者くんたちがここに来たときにも、セイロスくんは勝ち戦を放り出して、大慌てで駆けつけたんだよ。やぁっと謎が解けたねぇ」
ランジュールは嬉しそうに、くすくすと笑いました。執念で、ついにセイロスの秘密を突きとめてしまったのです。
チチッ、と大蜘蛛が鳴いたので、ランジュールはさらに話し続けました。
「勇者くんたちを殺さないのかってぇ? うふん、最初はそのつもりだったんだけどねぇ、セイロスくんの宝がどんなものか、ボクも見てみたくなったんだよねぇ。しかも、それを狙って別の人たちも来てるらしいじゃないぃ? きっと、すっごく貴重で素晴らしい宝なんだよぉ。絶対見てみたいよねぇ。勇者くんたちとも会えたことだし、殺すのは宝を見てからでもいいかなぁってねぇ。アーラちゃんもそぉ思わないぃ?」
シ、シ、と蜘蛛はランジュールの肩の上で何度も体を上下させました。うなずいているのです。
ランジュールは、よしよし、と蜘蛛をなでてやりました。
「そぉとなったら、勇者くんたちを追いかけなくちゃねぇ。あっと、それから、周りには気をつけよぉね。勇者くんたちの周りには何かがいるからねぇ。勇者くんたちは青灰色のハピちゃんが他のハピちゃんたちに攻撃したと思ってたけど、あの攻撃は別の場所から来てたもんねぇ。何かがいるんだよぉ。でも見えない……。なぁんだろぉねぇ? 謎めいててワクワクするよねぇ、うふふふ」
ランジュールが話している間に、二の風が吹いて、青白い砂漠が消えていきました。代わりに土砂降りの雨が降る場所が現れます。
雨は足元の岩場を流れ下っていました。雨脚が強すぎて、先がよく見通せません。
あれ、とランジュールは言いました。
「すっごぃ雨。もしかして、ここがアメノハラかなぁ? 勇者くんたちはどこかしら。見失っちゃったら大変だから、早く探さないと」
ランジュールは大蜘蛛を肩にのせたまま、雨の中をふわふわと飛び始めました。しのつく雨ですが、ランジュールたちは幽霊なのでまったく関係ありません。
「勇者くんと宝探し、宝探しったら宝探しぃ、うふふふ……」
雨音に取り紛れて声が聞こえなくなっているのをいいことに、ランジュールは上機嫌で歌いながら飛んでいきました。
フルートたちの姿はすでに見えなくなっています。
アメノハラでは、岩の原野を激しい雨がいつまでもたたき続け、ランジュールたちの姿も雨のカーテンの奥に隠してしまいました――。