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第25巻「囚われた宝の戦い」

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24.足跡

 彼らが歩いてきた谷川は、谷が切れたところで川幅が広くなっていました。その分、水深も浅くなり、川底の石が飛び石のように顔を出しています。その飛び石に近い川岸の砂地に、二つの足跡がくっきりと残されていたのです。

 ゼンがレオンと並んでかがみ込みました。足跡を詳しく眺めながら言います。

「確かに人間の足跡だな。しかも二人分だ。どっちも右足だし、大きさが違うからな」

「ワン、パルバンの番人の足跡ですか? 五さんたちみたいな」

 とポチが聞き返すと、ゼンは首を振りました。

「違うな。五さんたちはモジャーレンの毛皮で足の先まで包んでいたが、こっちは普通の靴の痕だからな」

「とすると、外部からの侵入者か」

 とフルートは顔色を変えました。前回ここに来たときに、パルバンの番人から、二人の人間が外の世界からパルバンに入り込んで竜の宝を持ち去った、と聞かされたことを思いだしたのです。

「ぼくはさかのぼる時間を侵入者が来る前に設定したつもりだったんだが、後れを取ったのかもしれないな」

 とレオンも言いました。こんなことならば、もっとずっと昔の時間に来れば良かった、と考えていることが、表情からわかります。

 ポチとビーラーは足跡の匂いをかぎました。

「ワン、ひょっとしたらセイロスと副官のギーなんじゃないかと心配したけど、どうやら違うみたいですね」

「これまでかいだことがない匂いだぞ」

 すると、ゼンが立ち上がりながら言いました。

「この足跡は大人の男と女だな。しかも、それほど時間がたってねえ。向こうから来て、ここで川を渡って、パルバンに向かったんだ」

 と言いながら足跡が向かっている方角へ進み、じきにまた地面にかがみ込みました。

「そら、あった! ここにも足跡だ!」

 川岸から続く草地の中に、別の足跡が残っていたのです。

 ゼンはその横に自分の足跡をつけると、大きさや深さなどを比較しからまた言いました。

「種族が違ったら話は違ってくるんだが、この足跡の主が普通の人間だとしたら、男も女も中肉中背だな。鎧みたいな重たい装備はつけてねえ。身軽な格好で歩いてやがるぞ」

「とすると、魔法使いか」

 とフルートは推理しました。

「入り口を開けるのにも魔法がいるしな」

 とレオンも言います。

「ワン、地上の魔法使いがここに来るのは無理ですよ。そこまでの魔力はないはずだもの」

「でも、天空の国の魔法使いが闇大陸に来た、なんて話も聞いたことがないぞ」

 とポチとビーラーが話し合います。

 ゼンが立ち上がって言いました。

「先を行くのが誰なのかは、追いついてみりゃわからぁ。急ごうぜ。パルバンの竜の宝を盗られたら、それこそ大事だ」

 

 そこで、彼らはのんびりした歩みから、足早な移動に変わりました。食事も歩きながら携帯食を食べ水筒を回し飲みしただけで、ひたすら歩き続けます。

 その間に二の風も吹いてきて、川辺の草地は暗い森に、暗い森は洞窟が並ぶ岩壁に、さらに波が打ち寄せる海岸にと変わっていきました。場所が変わると足跡は見当たらなくなりましたが、海岸になると再び彼らの目の前に現れました。大小二組の靴の痕が波打ち際に沿って続いています。

 ふぅむ、と一行はうなってしまいました。

「俺たちの先を行ってる。やっぱりパルバンに向かってやがるぞ」

 とゼンは言いました。

「マロ先生の能力があればなぁ! 足跡からどんな人物か読み取ることができるのに!」

 とレオンは悔しがります。

 フルートも改めて注意深く足跡を眺めました。少し考えてから言います。

「この二人は仲間なんだと思う。少なくとも、主人と従者ではないと思うな」

「どうしてそんなことがわかる?」

 と仲間たちが聞き返すと、フルートはずっと延びる足跡を示して言いました。

「足跡がほとんど重なってないからだよ。主従関係にある二人だったら、従者は主人の後について歩くから、主人の足跡を踏むことが多くなるけど、この足跡は綺麗に横に並んでいるからな。肩を並べて歩く関係にある二人なんだ」

「俺たちは並んでねえぞ。一列で歩いてるじゃねえか」

 とゼンが言ったので、ポチがあきれて言い返しました。

「ゼンが案内役なんだもの、それは当たり前じゃないですか!」

「ということは、先を行く二人は、どっちもが行き先を知ってるってことだ」

 とフルートはまた言って、考え込んでしまいました。謎の二人の人物像を思い描こうとしますが、これだけの情報ではさすがに不可能でした。

 

 一行はまた歩き出しました。足跡をできるだけ踏まないように波打ち際ぎりぎりを歩きながら、話し続けます。

「この二人はパルバンで竜の宝を手に入れるつもりなんだな。それで何をするつもりなんだろう?」

 とビーラーが言うと、レオンは肩をすくめました。

「竜の宝はあの闇の竜の力の一部が封印されたものだ。それを探しているのが魔法使いだとすれば、目的は明白だな。きっと、竜の力を自分のものにして、偉大な魔法使いになろうとしているんだ」

「偉大な魔法使い? 阿呆な魔法使いの間違いじゃねえのか? そんな連中は魔王と戦っていた時代に掃いて捨てるほど見たぞ」

 とゼンは顔をしかめました。デビルドラゴンがまだ影の竜だった頃、その力を手に入れて世界を征服しようとした者が、デビルドラゴンに取り憑かれて次々に魔王になっていったのです。

 すると、フルートは急にうつむき、自分の足元を見つめながら言いました。

「竜の宝を手に入れたって、世界征服なんかできないはずだよ。セイロス以外には、それは不可能なんだ」

「あん? なんでそんなことがわかるんだよ?」

「まるで竜の宝の正体がわかっているような言い方じゃないか。黒い翼に守られた塔を見たときに、竜の宝も見えたのか?」

 ゼンやレオンが不思議がると、フルートはうつむいたまま答えました。

「見ていないよ。ただ、翼と柱を見てから、ずっと竜の宝の正体について考え続けた。正確には、それに封印された力の正体を考え続けた。で、なんとなくわかった気がするんだ」

「え、竜の宝の正体がわかったっていうのか!?」

「それって何なんです!?」

 と犬たちも驚いて尋ねます。

 フルートは目を上げて、先を行く足跡をまた眺めました。二組の足跡は、吸い寄せられるようにパルバンに向かっています。

「竜の宝の正体は――いや、それに与えられたという力の正体は、きっと――」

 

 そのとき、また二の風が吹いてきました。

 海面に白い波が立ち、波頭が崩れて波打ち際のフルートたちへ押し寄せてきます。

 と、その風景が薄れていきました。青い海原と灰色の砂浜が、もっと薄い青に変わります。

 じゃりっとフルートたちの足が砂を踏みました。今まで歩いていた砂浜よりもっと目の粗い砂が、一面に広がっています。砂は青い色をしていました。照りつける日差しに乾いて青白く光っています。

「砂漠だ」

 とビーラーは言いました。

「ワン、青いですね」

 とポチも言います。

 そこにも先行者の足跡は残されていました。砂漠の彼方へ延々と続いています。

 フルートは言いかけていた話の続きをしようとして、ぎょっと空を見上げました。突然、ギャァギャァギャァとけたたましい声が聞こえてきたからです。

 砂の丘の向こうから、ハーピーが飛んでくるところでした。後から後から、湧き上がるように何十羽も現れます。

 ハーピーのほうでも、砂漠の中のフルートたちを発見しました。人間の女性の声になって叫びます。

「いた!」

「いたぞ!」

「人間だ!!」

 その声には明確な敵意がありました。

 立ちすくむフルートたちへ、ハーピーの大群は急降下を始めました――。

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