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第25巻「囚われた宝の戦い」

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第8章 足跡

23.谷

 「やべぇ!」

 とゼンが叫んだとたん、また墜落が始まりました。三人の少年と二匹の犬の足元から、突然地面が消えたのです。

 フルートたちは次々変わる場所を進み続け、ねちねちした草が生える丘を登っているところでした。服や体に絡みついてくる蔦(つた)に難儀してなかなか進めずにいたところへ、二の風が吹いて、丘が深い谷に変わってしまったのです。

 谷底には川が見えていましたが、彼らがいる場所のはるか下でした。全員がそこに向かって落ちていきます。

「ワン、変身できません!」

「ここも風の犬になれない場所だ!」

 と犬たちが言う横で、フルートは叫びました。

「金の石!」

 とたんにペンダントが輝いて金の光が彼らを包みました。ぐんと引き上げられるような感覚がして、落ちる速度が鈍くなりましたが、墜落を完全に止めることはできません。何十メートルも下にある谷底へ、彼らは落ち続けます。

「レマート! レマート!」

 レオンが必死で停止の呪文を唱えていますが、魔法は発動しませんでした。

 フルートがまた叫びます。

「金の石、みんなを集めろ!」

 すると、金の光が狭まっていきました。それに合わせて仲間たちがフルートに近づいてきます。

「ゼン、レオン、ポチとビーラーを抱くんだ!」

 とフルートは言って両腕を大きく広げました。二人の体を抱きかかえたのです。その格好で、自分は彼らの下に回ります。

「ぼくたちのクッションになるつもりか、フルート!?」

「馬鹿野郎! いくら魔法の鎧を着ていたって、この高さじゃ無理だぞ!」

 レオンやゼンがどなりますが、フルートは両手を広げたまま動きませんでした。

 谷底が迫ってきます――。

 

 すると、いきなりすぐ近くでばさばさと大きな羽音がしました。ぐっと持ち上げられる感覚がして墜落が止まり、ふわりとまた降下します。

 そこはもう地上でした。全員が地面の上に転がります。

 フルートは仲間たちをはねのけて飛び起きました。誰かが自分の鎧のベルトを後ろからつかんで墜落を止めてくれたのです。振り向き、そこに青みがかった灰色のハーピーを見て目を見張ります。

 他の仲間たちもそちらを見て驚きました。

「ハーピーだ!」

「ワン、こんな近くに!?」

「この野郎、また襲って来やがったか!」

 ゼンが飛びかかろうとしたので、フルートは止めました。

「待て! このハーピーが助けてくれたんだよ!」

 仲間たちはまた驚きました。翼をたたんで自分たちの前に立つハーピーを見つめ直します。

 鳥の体に女性の上半身、翼の腕の怪物は、金色の目で彼らを見つめ返していました。そうやっていると、フルートたちと同じくらいの背丈があります。

 フルートはハーピーに話しかけました。

「ぼくたちを受け止めてくれてありがとう。でも、どうして助けてくれたんだ?」

 ハーピーは返事をしませんでした。美しいけれど、何を考えているのかわからない表情で、彼らを見つめ続けています。

「ことばがわからないのかな」

 とビーラーが言ったので、ポチが答えました。

「ワン、このハーピーは人のことばを話しましたよ。こっちの言うこともわかってると思うんだけど」

「礼なんか言うな、フルート。俺たちを餌にするつもりでつかんだのに違いねえんだからな」

 とゼンは顔をしかめていました。全然警戒を解いていないのです。

 レオンも用心してハーピーを見つめています。

 すると、ハーピーが口を開きました。

「ナゼ?」

 え? と一行は思わず聞き返しました。

 ハーピーがまた言います。

「ナゼ、下になった? 命が消えるのに」

「ワン、フルートが下に回ったことを聞いているんですよ。命の危険があったのに、どうして受け止めようとしたんだ、って」

 とポチが察して言ったので、フルートは答えました。

「みんなはぼくの友だちだ。友だちを守りたかったんだよ」

 とたんにゼンやレオンが騒ぎ出しました。

「だから、それはやめろって言ってんだろうが! この唐変木のすっとこどっこい!」

「そうだ! あんな高さから落ちたんじゃ、いくら魔法の鎧を着ていても、君はひとたまりもなかったはずだぞ! 無茶だ!」

「いや、だって……ぼくと金の石で受け止めたら、なんとかなるかなって……」

 あわてて弁解するフルートに、なんとかなるわけねえだろう!! とゼンがまたどなり返します。

 すると、ハーピーが言いました。

「オマエたちは変だ」

 次の瞬間、二枚の翼を広げると、あっという間に空に舞い上がっていってしまいます。

「待て、この野郎! 俺たちが変だってのはどういう意味だ!?」

 ゼンは怒ってわめき続けましたが、ハーピーは戻ってきませんでした。彼らの頭上で一度旋回すると、谷の向こうへ飛び去ってしまいます。

「遠くには離れていかないな、きっと」

 とフルートは言いました。ハーピーが自分たちにつきまとって監視していることを、はっきり感じたのです。ただ、目的がわかりませんでした。自分たちを助けてくれた理由も、わからないままです。

 

 ったく、とゼンは舌打ちしながら周囲を見回しました。流れる川に沿ってできた深い谷です。崖をよじ登ることはとてもできないので、谷のどちらへ歩けばいいか見極めようとします。

 すると、レオンが遠い目をして言いました。

「こっちだな。川下のほうへ歩いていくと、その先に崖がとぎれるところがある」

「よし、行くぞ」

 とゼンは歩き出し、レオン、フルート、ポチとビーラーがそれに続きました。細くて狭い谷川に沿って歩いていきますが、ところどころ岸がほとんどない場所に出くわすので、そこは犬たちを抱いて川の中を下ります。

 そうやって歩きながら、一行は話し続けていました。

「そういえば、レオンの魔法はここではほとんど使えないのに、フルートの金の石は力を発揮するんだな。何故なんだろう?」

 とビーラーが言うと、フルートが答えました。

「これは真理の石だからだよ。魔法で動いているわけじゃないんだ」

「あの石の力の元はフルートなんだよ」

 とレオンも言いました。周囲を示してから続けます。

「ぼくたち魔法使いは周りの世界から力を引き出して魔法を使っている。引き出す方法は魔法の種類によって様々なんだが、力の大元が世界だってことには変わりがない。ただ、ぼくたちが使う呪文は、ぼくたちの世界からしか力を引き出せない。だから、別な空間にある闇大陸では魔法が発動しないんだ。ペルラの海の魔法も、海からしか力を引き出せないから、やっぱりここでは使えなかった。それに対して、聖守護石は守りの真理の力を持っているし、みんなを守ろうと考えるフルートと一緒だから、フルートからも守りの力を得ることができる。それで闇大陸でも力を発揮するんだよ」

「ワン、つまり、金の石は自分の力とフルートの力で動いてるってことですか。へぇ」

 とポチが感心すると、レオンはちょっと肩をすくめました。

「本当は、ぼくももう少し強い魔法を使えるはずなんだけどな。周りの世界から力を引き出すことはできないけれど、ぼくの内側の力を発揮できれば、もうちょっとまともな魔法になるはずなんだ。ただ、それがなかなかうまくいかなくてね」

「ワン、そういえば、ポポロは闇大陸に来ても魔法が使えましたよね。あれって――」

「たぶん、自分の中の力を使っていたんだろう。彼女にできたんだから、ぼくにだってできていいはずなんだけれど、やり方がわからないんだ」

 とレオンは言って、そっと溜息をつきました。話しているうちに、自分の無能さを改めてかみしめてしまったのです。

 

 すると、フルートが穏やかに言いました。

「だから、レオンは今でも魔法使いの目が使えるんだね。君も自分の内側の力を使っているんだ。助かるよ」

「だな。おかげで谷から脱出できるもんな。そら、出口が見えてきたぞ!」

 とゼンは行く手を指さします。

 そこには本当に谷の切れ間がありました。川を挟む山が終わっていたのです。崖のそそり立つ景色が開けて、川の両側に林が広がり、空から光が降り注いで川面をきらめかせています。

「この先はまた谷になるんだね。ぼくたちはどっちへ行くんだ?」

 とフルートが尋ねると、ゼンは川の右手を示しました。

「パルバンはこっちだ」

 そこで、一行は谷川を離れて右手の林へ入って行きました。先頭はまたゼン、その後ろにフルート、ポチ、ビーラーが続きます。

 最後尾になったレオンは、すぐには歩き出しませんでした。川岸に立ったまま、何故か赤くなった顔で眼鏡を押し上げ、ふん、と鼻を鳴らします。

 ――だからレオンは魔法使いの目が使えるんだね、助かるよ。

 フルートのそのひとことに救われたのはレオンのほうでした。自信喪失がいっぺんに吹き飛んで、とても嬉しくなったのですが、ゼンもフルートも、そんな彼の気持ちに気づかずに、話を先に進めてしまいました。今もどんどん先へ行ってしまいます。

「本当に失礼な連中だな。ぼくに、ありがとうも言わせないなんて」

 とレオンはつぶやき、赤い顔で口を尖らせました。フルートが振り向く気配がしたので、あわてて足元へ目をそらします。

 

 そのとたん、レオンは「それ」に気がつきました。

 川岸にかがみ込んで眺め、眉をひそめてから前方へ呼びかけます。

「フルート! ゼン! ちょっと戻ってきてくれ――!」

「なんだなんだ?」

「どうかしたのか?」

 仲間たちはすぐに戻ってきました。レオンがかがみ込んでいたので、駆け寄ってのぞき込みます。

「ほら、これ。これはぼくたちのじゃないぞ」

 とレオンが指さした川岸には、二つの人の足跡がはっきりと残されていました――。

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