「ハーピーが一匹、ハーピーが二匹、ハーピーが三十匹、ハーピーが四十匹……うぅん、いっぱいだねぇ。とても数え切れないやぁ」
そんなひとりごとを言っているのは、もちろん幽霊のランジュールでした。青空にふわふわ浮かびながら地上を見下ろしています。
そこは小高い山の中腹でした。遠い昔に山崩れがあったのか、山の半分がなくなって切り立った崖になっていますが、崖の上の草地にハーピーの群れがいたのです。草地の中には無数の穴が空いていて、鳥の体を穴の中にすっぽり収め、人の姿の上半身を立てたり、大きくねじって自分の背中に伏せたりしています。上半身を伏せているハーピーは眠っているようでした。ざっと見ただけでも五、六十羽は下らない大群です。
自分だけになって闇大陸を自由に移動できるようになったランジュールは、適当に飛び回るうちにハーピーを見つけ、後を追いかけてこの場所へやってきたのでした。
草地に様々な髪と羽根の色のハーピーがいるのを見て、ランジュールはまたひとりごとを言いました。
「ふぅん。ハーピーって一羽ずつ色が違ってるんだねぇ。赤、青、黄色、オレンジ、紫……あ、ピンクもいた。あれって前に会ったハピちゃんかしら?」
ピンクの髪と羽毛のハーピーは、草の中で羽づくろいをしていました。大きな翼を伸ばしたり縮めたりしながら、猫のように自分の舌でなめています。
「さぁってとぉ……勇者くんたちからご馳走をもらったハピちゃんはどぉこかなぁ?」
とランジュールは言いながら崖の上へ飛んでいきました。ハーピーからフルートたちの居所を聞き出そうとしているのですが、青みがかった灰色のハーピーはなかなか見つかりません。
すると、一羽のハーピーが頭上のランジュールに気がつきました。牙をむいて叫びます。
「オマエは何者だ。ここでナニをしている」
それは今までのハーピーとまったく同じ声、同じ口調でした。若い女性の声ですが、いやに平板に響きます。
他のハーピーたちはいっせいに頭を上げてランジュールを見ました。髪や羽根の色は様々でも、見上げてきた顔はどれもそっくりです。
ランジュールは目を丸くしました。
「あらら、なぁにぃ? このハピちゃんたちったら、みぃんな同じ顔してるんじゃないかぁ。姉妹かなぁ?」
すると、数羽のハーピーが空に舞い上がりました。他のハーピーも羽ばたきながら鳴き出します。ギャァギャァという騒がしい鳴き声が湧き上がり、舞い上がったハーピーはランジュールに突進しようとします。
すると、草地からピンクの髪と羽根のハーピーが言いました。
「アレは人間ではない。幽霊だ」
とたんにハーピーたちはランジュールに群がるのをやめました。
「幽霊?」
「幽霊だと?」
「幽霊か」
「幽霊だ」
繰り返すように言いながら崖の上に戻り、また舞い降りていきます。
ふぅん、とランジュールはまた言いました。
「どぉやら、ハピちゃんたちは人間だけに関心があるみたいだねぇ。とすると、勇者くんたちを見かけてる可能性も高いんだけどなぁ。勇者くんたちの居場所を教えてくれる、親切で優しいハピちゃんはいないのかなぁ?」
ランジュールは相手に聞こえるように、わざと大声で言ったのですが、ハーピーたちはまったく関心を示しませんでした。彼らの上をふわふわ漂いながら行ったり来たりするのに、それもまるで無視です。
ランジュールは口を尖らせました。
「なぁにぃ。みんな綺麗なお顔してるくせに冷たいなぁ。美人薄情ってヤツぅ?」
近くにゼンたちがいれば、そりゃ美人薄命だろうが! と突っ込むところですが、そんな合いの手を入れてくれる人もいません。ランジュールは不満顔のまま、ひとりごとを言い続けました。
「そぉんなにボクを無視するなら、ロクちゃんをここに出しちゃおうかなぁ。それともアーラちゃん? ああ、アーラちゃんは蜘蛛だから、ハピちゃんたちに食べられちゃったら大変だなぁ。それじゃぁ……」
そんなところへ山の陰から新たな一羽が飛んできました。茶色の髪と羽根をしていますが、顔は他のハーピーにそっくりです。崖の上を旋回しながら、仲間たちへ呼びかけます。
「侵入者だ! 侵入者だ!」
とたんに数十羽のハーピーが身を起こして草地の中から立ち上がりました。
「侵入者?」
「侵入者だと?」
「ドコ?」
「ドコにいる?」
同じ声で口々に尋ねます。
「アオノサバクだ!」
と上空の茶色いハーピーが答えると、崖の上のハーピーはいっせいに羽ばたきを始めました。ギャァギャァと美しい顔に似合わないしゃがれ声で鳴きながら、次々空へ飛び上がっていきます。
「あらららぁ? こぉれは、ボクが探さなくても、ハピちゃんたちが勇者くんたちを見つけてくれたのかしらぁ?」
とランジュールは言いました。その目の前をハーピーたちが次々飛び過ぎて、空に大きな群れを作ります。
つややかな黒い髪と羽根のハーピーが、知らせを運んできた茶色いハーピーに尋ねました。
「アオノサバクは今ドコだ?」
「パルバンに近い」
と茶色いハーピーは答えます。
ランジュールは首をひねりました。
「アオノサバクって青の砂漠ってことかなぁ? 青い砂があるのかな? パルバンってのはなんだろぉ?」
ランジュールはパルバンのこともそこに隠された竜の宝のこともまだ知らなかったのです。けれども、考える暇もなくハーピーたちがいっせいに飛び始めたので、あわてて魔獣を呼び出しました。
「アーラちゃん、アーラちゃん!」
すると、ランジュールの肩の上に一匹の大きな蜘蛛が現れました。ランジュールがアーラちゃんと名付けてかわいがっている、大蜘蛛の幽霊です。
「アーラちゃん、あのハピちゃんのどれかに糸を吐いてぇ。このままじゃ置いてきぼりにされちゃうからさぁ」
大蜘蛛はすぐに承知して、細く長い糸を吐きました。普通の蜘蛛はお尻から糸を出しますが、この大蜘蛛は口から糸を吐き出します。
糸は空を飛び渡って緑色のハーピーに届きました。鷲(わし)のような足に絡まりますが、幽霊が吐いた糸なのでハーピーは気がつきませんでした。他の仲間と一緒に山の陰へ飛んでいきます。
大蜘蛛が反対側の糸の端をランジュールの腕にくくりつけたので、ランジュールはハーピーに引かれて空を飛び始めました。その格好で大蜘蛛に話しかけます。
「どぉやらハピちゃんたちが勇者くんたちを見つけたらしいんだよぉ。このままじゃ勇者くんたちがハピちゃんに食べられちゃうかもしれないから、そおなりそぉなときには、アーラちゃんも手伝ってよねぇ。ボクの魔獣以外の魔獣や魔物に勇者くんが殺されるなんて、絶対に、ぜぇったいに、許せないんだからさぁ」
シシッ、と大蜘蛛のアーラは鳴きました。状況はよくわからないのですが、一応承知したのです。ランジュールの肩に八本足でしっかりしがみつきます。
「よぉし、それじゃハピちゃんたちと一緒に勇者くんたちのところへしゅっぱぁつ!」
張り切るランジュールと大蜘蛛を、ハーピーたちは気づかないまま運んでいきました。山の頂上を越えて、緑の森の上を飛んでいきます。
一方、ハーピーの群れの先頭では、黒い髪と翼のハーピーが道案内のハーピーに尋ねていました。
「侵入者は何名いる?」
「二名だ」
とそっくりの顔をした茶色いハーピーが答えます。
その返事をランジュールが聞いたら、また首をひねったはずでした。勇者の一行は三人と二匹のグループだったからです。
けれども、ランジュールは群れの最後尾にいたので、やりとりを聞くことができませんでした。
色とりどりのハーピーたちは、ランジュールたちを引き連れたまま、青空の中を飛び進んでいきました――。