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第25巻「囚われた宝の戦い」

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21.湖・2

 ビーラーが湖に落ちて沈んでしまったので、仲間たちは青くなりました。

 レオンが船から身を乗り出し、手を伸ばして呪文を唱えます。

「レガーア! レガーア……ビーラー!!」

 何度呪文を繰り返しても、魔力が弱まるこの世界では魔法が発動しません。ビーラーは湖の中です。

「レオン、しっかりつかまってろ!」

 とゼンはどなると、フルートと一緒に猛烈な勢いで船をこぎ始めました。たちまちビーラーが落ちた場所までたどり着きますが、そのあたりは水深が深いのか、水の中を見通すことはできませんでした。水面に青い空が映っています。

 フルートはまたオールを放り出すと、船内にあった細いロープを腰に縛りつけました。

「ゼン、合図をしたら上げろ!」

 とだけ言い残すと、大きく息を吸って水に飛び込んでしまいます。ビーラーを助けに行ったのです。

 ロープの反対側は船に縛りつけてありましたが、ゼンはロープに飛びついて少しずつ繰り出していきました。レオンは船縁を握りしめて水をのぞき込みます。

「頼む……頼む……」

 祈るように繰り返しています。

 ポチも湖をのぞこうとして、船内にまた影が落ちたことに気がつきました。ハーピーがまだ上空を旋回していたのです。ポチはあわててゼンの後ろに逃げ込み、そこから空を見上げました。ハーピーは彼らの上をゆっくり回り続けています。

「ワン、なんだかこちらを監視しているみたいだ……」

 とポチは考えます。

 

 一方、フルートは水の中を潜り続けていました。

 浮力がつかない湖なので、落ちる小石のような勢いで沈んでいきます。

 ところが、その付近は本当に深い場所のようでした。湖底になかなか到着しないうえに、あたりが薄暗くなってきたので、フルートは焦りました。一刻も早くビーラーを見つけなくてはいけないのに、姿が見当たらないのです。

 そのうちに、フルートが一番恐れていたことが起きました。湖底に着く前にロープが尽きてしまったのです。フルートは湖の中で宙ぶらりんになりました。湖はまだ続いているのに、もうそれ以上潜ることができません。

 金の石! とフルートは心の中で叫びました。ビーラーを助けるのに力を貸してくれ! と願いますが、魔石はそれまでより少し明るく光っただけで、精霊の少年は助けに現れませんでした。一瞬、赤い髪とドレスの女性が見えた気がしましたが、それも幻のように消えてしまいます。

 すると、いきなりフルートの前を強い流れが横切っていきました。大量の泡が鼻先をかすめるようにしながら、左から右へ通り過ぎて行きます。思わず目を閉じたフルートの体が流れに押されました。水と一緒に後ろへ動き、また前へ戻ってきます。

 とたんにフルートの両腕がずしりと重くなりました。驚いて目を開けると、そこにはビーラーがいました。ぐったりと目を閉じていて、身動きをしません。

 ビーラー!? とフルートは叫びそうになって、あわてて声を呑みました。わけはわかりませんが、とにかくビーラーの体を抱き直すと、腰にくくりつけたロープを引っ張ります。

 すぐにロープの上のほうから手応えが返ってきて、フルートは引き上げられていきました。腕にはビーラーを抱きしめたままです。

 フルートは遠ざかって行く水底を見下ろしながら、今のはいったい何だったんだろう、と考えました。金の石や願い石の力ではなかったように思うのですが、いくら目をこらしても、水中には何も見当たりません――。

 

 船の上に引き上げられたフルートは、ビーラーを船底に下ろしました。びしょ濡れの雄犬は、ぐったりしたままです。

 ポチが駆け寄って叫びました。

「ワン、息をしてない!」

「そんな!」

 レオンが青くなって抱き上げようとするのを、フルートは止めました。

「大丈夫。まだ死んでいないよ」

 ここまで抱いてきたときに、ビーラーの心臓の鼓動を手のひらに感じていたのです。ペンダントを外してビーラーに押し当てます。

 すると、雄犬の体が、びくりと大きく動きました。続いて口から大量の水を吐き、すっかり吐き出したところで、けほんけほんと咳をし始めます。

「ビーラー!!」

 仲間たちは歓声を上げました。レオンはビーラーを膝に抱き上げ、懸命に背中をさすります。

 やがてビーラーは咳もおさまって、ようやく頭を上げました。一同を見回して言います。

「ぼくは助かったんだな……。泳げないし息はできないし、もう死んだと思ったのに」

「フルートたちが助けてくれたんだよ」

 とレオンは言って、ビーラーを力一杯抱きしめました。いつもは取りすましている顔が、泣き出しそうにくしゃくしゃになっています。フルートとゼンは安堵の顔を見合わせます。

 すると、ポチが言いました。

「ワン、ハーピーが離れていきますよ」

 ずっと頭上で旋回していた人頭鳥体の怪物が、翼を広げて飛び去っていくところだったのです。あっという間に湖の向こうへ行ってしまいます。

「矢はあいつの翼に命中したのに、平気で飛んでやがるな。ハーピーってのは闇の怪物なのか?」

 とゼンが言いましたが、フルートは首をかしげました。

「金の石はずっとぼくたちを守ってる。闇の怪物だったら、その中に飛び込んで襲いかかるなんてことはできないはずだ」

「ワン、なんにしても離れていって良かったですよ。なんだかこっちを監視してるみたいで、気味が悪かったんです」

「監視? 餌を狙っていたわけじゃないのか?」

「いや、あいつは餌を狙っていたんだよ! ぼくを食おうとしたんだからな!」

 とレオンやビーラーが口々に言います。

 

 とりあえず危険は去ったので、フルートとゼンはまた船をこぎ始めました。岸へ向かいながら、フルートがレオンに尋ねます。

「出がけに君がかけた守りの魔法だけど、あれはどのくらい効くのかな? 湖のどこかに沈んだビーラーを引き上げて、ぼくの手元に運んできたりすることはできるのかい?」

「なんだそりゃ?」

「ワン、そんなことがあったんですか!?」

 とゼンやポチは驚きましたが、レオンは黙って首を振りました。ビーラーを腕の中に抱きしめ続けています。

 レオンが何も言おうとしないので、フルートはまた続けました。

「水の中に確かに何かがいたんだよ。それがビーラーを助けてくれたんだ。さっきもそうだ。寝ていたぼくたちの周りに何かがいた。でも、それはぼくたちの敵ではないようなんだ」

 それを聞いて、ゼンとポチはあわてて周囲を見回しましたが、湖と近づいてくる岸が見えているだけで、フルートが言う「何か」は見つかりませんでした。気配も感じられません。

「ワン、いったいなんだろう?」

「おい、レオン、本当に心当たりはねえのか?」

 そんな話をしているところへ二の風が吹いてきて、湖は岸ごと消え、船の周りは風になびく草原に変わってしまいました――。

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