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第25巻「囚われた宝の戦い」

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20.湖・1

 闇大陸にはパルバンの番人たちから恐れられている湖がありました。

 二千年前の戦いの際に闇の側が作ったもので、泳いでも潜っても渡ることができません。風の犬になって飛び越えることもできないし、魔法で向こう岸へ行くこともできないのです。落ちれば、泳ぎが得意な海の民でさえ溺れてしまいます。

 フルートたちは前回闇大陸に来たときにも、この湖に落ちてしまいました。全員が危なく溺れそうになったのですが、シードッグのシィが巨大になって、すくい上げて助けてくれたのです。

 今、シィは彼らと一緒にはいませんでした。あのときには岸辺の木で筏(いかだ)を作って湖を渡りましたが、湖の上には木の枝1本浮いてはいません。助かる手段が何もない水の地獄へ、彼らは落ちていきます――。

 

 するとゼンがわめきました。

「こんちくしょう、やっぱりか! こんなところで死んでたまるかよ!」

 落ちながら腰の荷袋に手を突っ込み、何かを取り出します。それは手の中に握れるほどの四角い塊でした。すぐに湖に向かって投げつけます。

 塊は鈍い銀色に光りながら飛んでいって、勢いよく水面にぶつかりました。小さな水しぶきが上がります。

 とたんに、それは周囲に広がり、先が細く尖った長方形の板になりました。さらにその縁が立ち上がって水の上に浮かびます。船が現れたのです。

「よっしゃぁ!」

 ゼンは歓声と共に船の中に落ちました。続いてフルート、レオン、ポチ、ビーラーが次々と船に落ちていきます。

 船はごく薄い銀色の金属でできていました。とても軽いので、彼らが落ちるたびに水面で勢いよく跳ねましたが、沈むことはありません。波打つ水面が落ち着くと、全員を乗せたまま静かに湖に浮かびます。

 フルートたちは、突然現れた船をびっくりして眺めました。

「これは……?」

「いったいどこから出てきたんだ?」

 ゼンはやれやれと安堵の息をつくと、船底であぐらをかきました。

「さっきの鍋と同じだ。水に投げると広がる、折りたたみの船なんだよ」

「ワン、それじゃこれもジタン山脈のドワーフとノームの合作なんですか! でも、いつの間にこんなものを!?」

 とポチがますます驚くと、ゼンは得意そうに笑い返しました。

「そら、ロムド城にいる間に、ジタンから特注の防具や武器が届いただろうが。ロムド軍のためによ。それを見に行ったら、鎖かたびらや盾や剣なんかに混じって、この折りたたみの船も五つばかりあったんだ。あの鍋と同じ技術で作ったらしい。軽いし持ち運びにも便利だから、頼み込んで一つ譲ってもらってたんだよ。またここに来たときに役立つと思ったからな」

 へぇぇ、と一同は感心しました。布のように薄い金属でできた船体に触れたり、船底をたたいてみたりします。船は頼りないくらいの薄さと軽さですが、彼らを乗せたまま、しっかり水に浮いていました。しかも、全員が乗ってもまだ余裕がある広さです。

 レオンが言いました。

「天空の国にも持ち運びができる船はあるんだよ。普段は手の中に入るくらい小さいんだが、水に浮かべるとたちまち大きくなる。だけど、それは魔法の力で動いている船だから、ここに持ってきても使えなかったんだ。ここでは向こうの魔法はほとんど発動しないからな」

「この船に魔法は使ってねえぜ。届けに来た連中が、そう言って自慢してたからな。ドワーフとノームの金属加工の技術をそれぞれ出し合って、最高の細工をしたんだとよ」

 とゼンは言いました。話しながら船体の外側から四角い板のようなものを二枚外して広げ、あっという間に二本のオールにしてしまいます。

「それも折りたたみなんだ!」

 とビーラーは驚きました。

 フルートは船の中に銀色の紐が巻いてあるのを見つけました。

「ロープだね。すごく細いけれど丈夫そうだ」

「おう。ドワーフのロープは何があっても切れねえぞ。碇(いかり)をくくりつけて沈めることだってできるぜ」

 とゼンは自分のことのように自慢します。

 

 そこで彼らは船を漕いで、岸へ戻ることにしました。湖は非常に広かったし、無理に渡らなくても、じきにまた二の風が吹いて場が変わると予想がついたからです。ゼンとフルートがオールを握って力強く漕いだので、緑の木々に縁取られた岸がぐんぐん近づいてきます。

 すると、船の中に急に影が落ちました。何かが彼らの頭上にやってきたのです。気づいて上を見たビーラーは、背中の毛を逆立てました。

「ハーピーだ!」

 その声に一同も空を見上げ、黒い影になって飛ぶ鳥のようなものを見つけました。大きな翼を広げていますが、その頭部は人間の女性の上半身になっています。

 レオンが遠い目になって言いました。

「青っぽい灰色の髪と羽根をしている。あのときのハーピーのようだぞ」

「また餌を狙ってきやがったのかよ!」

「ぼくたちをマークしているようだな」

 とゼンとフルートが言います。

 ビーラーが思いだして聞き返しました。

「でも、レオンの魔法でハーピーは近づけなくなったはずじゃないのか? 昨日そう言っていただろう」

 レオンはたちまち渋い顔になりました。

「ここは湖の上だから無理なんだよ」

「ワン、湖の上だから? どうしてですか? ここって、消魔水の井戸みたいに、魔法を打ち消してしまうんですか?」

「いや、それとも違うんだけれど……」

 ポチの突っ込みにレオンはますます渋い顔になります。

 その間も、ハーピーは彼らの頭上を円を描きながら飛び続けていました。風の犬は湖を飛び越えることができなくても、ハーピーは普通に飛べるようです――。

 

 そのとき。

 ハーピーは旋回をやめていきなり高度を下げ始めました。

 翼をすぼめ、まっすぐに降下してきます。

 ハーピーが目ざしていたのは彼らの船でした。あっという間にその姿が大きくなり、ふいに羽を広げたので、二枚の翼となびく長い髪が彼らの上をおおいます。

 ビーラーが言いました。

「こいつ、ポチを狙ってるぞ!」

 猛禽類のようなハーピーの目はポチを見据えていたのです。

 ポチはとっさに体を低くして、フルートたちの足元に逃げ込みました。フルートやゼンはオールを剣や弓矢に持ち替えます。

 けれども、ハーピーは剣が届く前に向きを変えました。攻撃をかわしながら船に飛び込み、鷲に似た足で犬を捕まえてまた舞い上がります。

「ビーラー!!」

 とレオンは叫びました。ハーピーは、ポチが隠れてしまったので、代わりにビーラーを捕まえていったのです。足の下に白い雄犬をぶら下げて飛び去ろうとします。

「ビーラー!」

「ワン、ビーラー!」

 焦るフルートたちの横で、ゼンは弓を引き絞りました。狙いを定めて矢を放ちます。

 矢は見事ハーピーの翼に突き刺さり、ハーピーは鋭い悲鳴を上げました。ビーラーを放してしまいます。

 その下は湖でした。ビーラーが墜落して、しぶきと共に着水します。

「ビーラー!!!」

 と一同はまた叫びました。彼は泳ぐことも浮くこともできない湖に落ちてしまったのです。

「ビーラー! ビーラー!」

 レオンは必死で呼び続けましたが、雄犬はそのまま湖に沈んでしまいました――。

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