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第25巻「囚われた宝の戦い」

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18.脱出

 「おかしい!」

 ロック鳥に乗って空を飛んでいたランジュールが、突然声をあげました。

「おかしい、おかしい、ぜぇったいにおかしい! どぉして、どこまで行っても景色が変わんないのさぁ!? もぉずいぶん飛んだよぉ! 昨日一日中飛んでさぁ、ロクちゃんは鳥目だから夜は飛べなかったけど、朝になってまた飛び始めてぇ! それからまたずいぶん飛んでるのに、どぉしていつまでたっても荒野が終わんないのぉ!? ここって荒野だけしかないわけぇ!?」

 彼らの下には赤っぽい岩が転がる乾いた大地が広がっていました。いくら飛んでも似たような風景が続くので、とうとうランジュールは我慢ができなくなったのです。

 ぴぃ、ぐるる、とロック鳥が鳴きました。

 ランジュールはうなずきます。

「わかってる。わかってるよぉ。ロクちゃんはずぅっと全力で飛んでるんだよねぇ。ロック鳥は飛ぶのも速いんだから、本当なら国を何十コも飛び越えて、大陸を横切って、海に出てるところなんだよ。それなのに、ずぅっと荒れ地が続いてるってコトはぁ」

 ランジュールは今度は空を見回し、頭上で輝く光の円盤を見上げました。直接見るのははばかられるまぶしさなのですが、幽霊の彼は平気です。

「うん。あれってやっぱり太陽じゃないよねぇ。ずぅっと空の同じ場所にあって、ぜぇんぜん動かないもんね。でもって、いくら飛んでも同じような場所で、しかも勇者くんたちの気配が全然しないんだからぁ……」

 腕組みして考え込んだランジュールに、ぐる? とまたロック鳥が鳴きました。問いかける声です。

 ランジュールはまたうなずきました。

「うん、ボクもそぉ思うよぉ、ロクちゃん。ボクたちはどこかの空間に閉じ込められちゃってるんだ。だから、どんなに進んでも景色が変わんないんだよ。勇者くんたちはこことは別の空間にいるから、いくら飛んでも勇者くんたちには会えないってコトなんだよねぇ。もう!」

 真相に気づいたランジュールは腹を立て始めました。なんとかしてここを抜け出そうと、また周囲を見回しますが、空間の出口らしい場所は見当たりません。

 

 やがてランジュールは首をかしげました。

「それにしても変だよねぇ。ボクは幽霊だから、空間から空間に自由に移動できるはずなのになぁ。この空間に、幽霊を閉じ込めておく魔法でもかけられてるのかしら」

 すると、頭上のはるか彼方で風の音がしました。それは二の風だったのですが、ランジュールたちには吹いてこなかったので、彼らが別の場所に移動することはありません。

 代わりに珍客が現れました。遠く離れた岩陰から一羽の鳥が舞い上がったのです。それはただの鳥ではありませんでした。上半身が長い髪をなびかせた女性になっています。

 ランジュールは飛び上がりました。

「ハーピーだぁ! あれは勇者くんから餌をもらってたハーピーかもしれないよぉ! よぉし、ロクちゃん、大至急近づいて――」

 と張り切りますが、すぐに思い直して言いました。

「大きなロクちゃんが近づいたら、ハピちゃんは怖がって逃げるかもしれないよねぇ。ロクちゃんはしばらくの間、戻ってていいよぉ。ハピちゃんにはボクが話を聞くことにするからさぁ」

 ロック鳥は邪魔もの扱いされて不機嫌な様子になりましたが、ランジュールはうまくなだめてしまいました。

「あのハピちゃんは攻撃力がすごいから、ボクはロクちゃんが傷つけられるのも心配なんだよ。さあ、ロクちゃんはお帰りぃ。ボクがまた呼んだら出てきてよねぇ」

 そんなふうに言われて、巨大なロック鳥はしぶしぶ姿を消していきます。

 

 一方、遠い空にいたハーピーもこちらの動きに気づいたようでした。巨大な鳥がいきなり消えたので、確かめようと思ったのでしょう。あっという間に飛んできて、ランジュールの前で留まります。

 それは鮮やかなピンクの髪と羽毛のハーピーでした。猛禽類の金色の目で、じっとランジュールを見据えます。

「あれぇ? 昨日のハピちゃんと色が違うなぁ。顔はよく似てるけど、別人、うぅん、別ハーピーだったかしら?」

 とランジュールは首をかしげました。昨日見かけたハーピーは、青みがかった灰色の髪と羽毛をしていたのです。

 すると、ピンクのハーピーが言いました。

「オマエは何者だ。ここでナニをしている」

 若い女性の声や平板な口調は、先のハーピーとまったく同じです。

 ランジュールはまた首をひねりました。

「同じコト言ってるよねぇ? オウムさんみたいに、決まったことばしか話せないのかなぁ。質問しても、ちゃんとした答えは返ってこないかしら。えぇっとぉ、あのねぇ、ハピちゃん……」

 ランジュールがわかりやすいことばを選びながら話しかけようとすると、ハーピーがまた口を開きました。

「なんだ、オマエは人間ではないな。幽霊か」

 明らかに知性を持つもののことばです。

 ランジュールはまた飛び上がり、両手を広げてハーピーに飛びつこうとしました。

「ちょっとちょっと、ハーピーのお姐さん! キミ、ちゃんとお話ができるんだねぇ!? 聞きたいことがあるんだぁ。ちょっと話してもいいかなぁ――っとぉ!?」

 ハーピーが牙の並ぶ口を開けたとたん、ランジュールの透き通った体の首から下が吹き飛びました。攻撃されたのです。ランジュールは頭だけになって、目を白黒させます。

 けれども、ハーピーの攻撃もそれだけでした。すぐに向きを変えると、今来た方角へ飛んで戻っていきます。

「待ってぇ! ちょっと待ってったらぁ!」

 ランジュールは一瞬で首の下に体を出すと、ハーピーの後を追いかけ始めました。ピンク色の姿に追いついて、なんとかもう一度話をしようとします。

 

 そのとき、空にさぁっと涼しい風が吹いてきました。ハーピーの長い髪がなびき、翼がふわりと風をはらんで、さらに高い場所へ舞い上がります。

 それを追いかけるランジュールにも風が吹いてきました。こちらは幽霊なので、髪も服もなびきません。風は彼の体の中を吹き抜けていきます。

 ところが、そのとたん、周囲の景色が変わっていきました。赤っぽい岩だらけの荒野が薄れて見えなくなり、代わりに波が打ち寄せる白い砂浜が現れます。

 ランジュールは驚いて空中に立ち止まりました。

「あれれれれぇ! ここって、さっきとは別の空間……だよねぇ? どぉやって脱出できたんだろぉ?」

 砂浜にはたくさんの小型の鳥が群れをなしていました。波が打ち寄せるたびに浜へ動き、波が引くと波打ち際に戻って餌を探していますが、そこへ大きな波がやってきました。鳥たちがいっせいに空に飛び立ちます。

 そのうちの数羽は、ランジュールのすぐそばを飛び抜けていきました。よく見れば、こちらも普通の鳥ではありません。鳩より一回り小さいくらいの大きさですが、体は黒いネズミにそっくりでした。しかも人間に似た目が三つもあります。

「あぁららら、怪物じゃないのぉ」

 とランジュールは言いましたが、こんな小さな怪物は趣味ではなかったので、そのまま見送りました。その間にハーピーもどこかへ飛び去ってしまい、ランジュールが我に返ったときには、もうどこにも姿が見当たりませんでした。

 あれ、とランジュールは言って頭をかきました。

「まぁいいっかぁ。こぉして別の場所に出られたからねぇ。だけど、どぉして今度はあそこから抜け出せたのかなぁ? ハーピーを追いかけていただけなのにぃ」

 ランジュールの頭上では、翼が生えたネズミが飛び回り、チーチー、キーキーと騒がしく鳴きかわしていました。もう一度波打ち際に下りようとしているらしく、群れになったまま、空を旋回しています。

 それを見上げているうちに、ランジュールは急に納得した顔になりました。

「そっかぁ! きっとロクちゃんのせいだ! あのネズ鳥たちは、さっきの場所にはいなかったんだから、きっとこの場所に棲みついてるんだよねぇ。きっときっと、この場所がある空間から動けないんだよ。怪物は空間を移動できないんだ。でもって、ボクはずぅっとロクちゃんに乗ってたから、あの空間から出られなかったんだよ。うん、そぉに違いない。こんなことに気がつけるなんて、ボクってば頭脳明晰だなぁ。ボクってやっぱり天才。うふふふふ」

 自画自賛して上機嫌で笑うランジュールのところへ、またネズミ鳥が舞い降りてきました。翼をすぼめてランジュールの横や体の中をすり抜け、次々と波打ち際へ下りていきます。

 それを見ながら、ランジュールは話し続けました。

「面白いトコだねぇ、ここって。怪物なら空間にしばられて、人間なら空間から空間へ移動できるんだからさぁ。それで勇者くんたちも急に消えたんだねぇ。うふふ。今度はボクも自由に移動できるよぉ。今度こそ勇者くんを見つけ出して、ロクちゃんに綺麗に殺させてあげるから、楽しみに待っててねぇ、勇者くぅん。ふふ、うふふふふ……」

 ランジュールは上機嫌のまま、ふわりふわりと空を飛び始めました。どこへという当てもありませんでしたが、新しく現れた景色を楽しみながら、空を飛んでいきます。

 すると、やがて海の上に白波を立てて風が吹いてきました。二の風です。

 風は海から陸に上がり、波打ち際の鳥の群れの間を吹き過ぎ、ランジュールにも吹きつけました。

 ランジュールの姿は風と共に忽然と消えていき、後には青い海と白い砂浜、波打ち際でせわしなく歩きまわる鳥の群れだけが残されました――。

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