「おかしい!」
ロック鳥に乗って空を飛んでいたランジュールが、突然声をあげました。
「おかしい、おかしい、ぜぇったいにおかしい! どぉして、どこまで行っても景色が変わんないのさぁ!? もぉずいぶん飛んだよぉ! 昨日一日中飛んでさぁ、ロクちゃんは鳥目だから夜は飛べなかったけど、朝になってまた飛び始めてぇ! それからまたずいぶん飛んでるのに、どぉしていつまでたっても荒野が終わんないのぉ!? ここって荒野だけしかないわけぇ!?」
彼らの下には赤っぽい岩が転がる乾いた大地が広がっていました。いくら飛んでも似たような風景が続くので、とうとうランジュールは我慢ができなくなったのです。
ぴぃ、ぐるる、とロック鳥が鳴きました。
ランジュールはうなずきます。
「わかってる。わかってるよぉ。ロクちゃんはずぅっと全力で飛んでるんだよねぇ。ロック鳥は飛ぶのも速いんだから、本当なら国を何十コも飛び越えて、大陸を横切って、海に出てるところなんだよ。それなのに、ずぅっと荒れ地が続いてるってコトはぁ」
ランジュールは今度は空を見回し、頭上で輝く光の円盤を見上げました。直接見るのははばかられるまぶしさなのですが、幽霊の彼は平気です。
「うん。あれってやっぱり太陽じゃないよねぇ。ずぅっと空の同じ場所にあって、ぜぇんぜん動かないもんね。でもって、いくら飛んでも同じような場所で、しかも勇者くんたちの気配が全然しないんだからぁ……」
腕組みして考え込んだランジュールに、ぐる? とまたロック鳥が鳴きました。問いかける声です。
ランジュールはまたうなずきました。
「うん、ボクもそぉ思うよぉ、ロクちゃん。ボクたちはどこかの空間に閉じ込められちゃってるんだ。だから、どんなに進んでも景色が変わんないんだよ。勇者くんたちはこことは別の空間にいるから、いくら飛んでも勇者くんたちには会えないってコトなんだよねぇ。もう!」
真相に気づいたランジュールは腹を立て始めました。なんとかしてここを抜け出そうと、また周囲を見回しますが、空間の出口らしい場所は見当たりません。
やがてランジュールは首をかしげました。
「それにしても変だよねぇ。ボクは幽霊だから、空間から空間に自由に移動できるはずなのになぁ。この空間に、幽霊を閉じ込めておく魔法でもかけられてるのかしら」
すると、頭上のはるか彼方で風の音がしました。それは二の風だったのですが、ランジュールたちには吹いてこなかったので、彼らが別の場所に移動することはありません。
代わりに珍客が現れました。遠く離れた岩陰から一羽の鳥が舞い上がったのです。それはただの鳥ではありませんでした。上半身が長い髪をなびかせた女性になっています。
ランジュールは飛び上がりました。
「ハーピーだぁ! あれは勇者くんから餌をもらってたハーピーかもしれないよぉ! よぉし、ロクちゃん、大至急近づいて――」
と張り切りますが、すぐに思い直して言いました。
「大きなロクちゃんが近づいたら、ハピちゃんは怖がって逃げるかもしれないよねぇ。ロクちゃんはしばらくの間、戻ってていいよぉ。ハピちゃんにはボクが話を聞くことにするからさぁ」
ロック鳥は邪魔もの扱いされて不機嫌な様子になりましたが、ランジュールはうまくなだめてしまいました。
「あのハピちゃんは攻撃力がすごいから、ボクはロクちゃんが傷つけられるのも心配なんだよ。さあ、ロクちゃんはお帰りぃ。ボクがまた呼んだら出てきてよねぇ」
そんなふうに言われて、巨大なロック鳥はしぶしぶ姿を消していきます。
一方、遠い空にいたハーピーもこちらの動きに気づいたようでした。巨大な鳥がいきなり消えたので、確かめようと思ったのでしょう。あっという間に飛んできて、ランジュールの前で留まります。
それは鮮やかなピンクの髪と羽毛のハーピーでした。猛禽類の金色の目で、じっとランジュールを見据えます。
「あれぇ? 昨日のハピちゃんと色が違うなぁ。顔はよく似てるけど、別人、うぅん、別ハーピーだったかしら?」
とランジュールは首をかしげました。昨日見かけたハーピーは、青みがかった灰色の髪と羽毛をしていたのです。
すると、ピンクのハーピーが言いました。
「オマエは何者だ。ここでナニをしている」
若い女性の声や平板な口調は、先のハーピーとまったく同じです。
ランジュールはまた首をひねりました。
「同じコト言ってるよねぇ? オウムさんみたいに、決まったことばしか話せないのかなぁ。質問しても、ちゃんとした答えは返ってこないかしら。えぇっとぉ、あのねぇ、ハピちゃん……」
ランジュールがわかりやすいことばを選びながら話しかけようとすると、ハーピーがまた口を開きました。
「なんだ、オマエは人間ではないな。幽霊か」
明らかに知性を持つもののことばです。
ランジュールはまた飛び上がり、両手を広げてハーピーに飛びつこうとしました。
「ちょっとちょっと、ハーピーのお姐さん! キミ、ちゃんとお話ができるんだねぇ!? 聞きたいことがあるんだぁ。ちょっと話してもいいかなぁ――っとぉ!?」
ハーピーが牙の並ぶ口を開けたとたん、ランジュールの透き通った体の首から下が吹き飛びました。攻撃されたのです。ランジュールは頭だけになって、目を白黒させます。
けれども、ハーピーの攻撃もそれだけでした。すぐに向きを変えると、今来た方角へ飛んで戻っていきます。
「待ってぇ! ちょっと待ってったらぁ!」
ランジュールは一瞬で首の下に体を出すと、ハーピーの後を追いかけ始めました。ピンク色の姿に追いついて、なんとかもう一度話をしようとします。
そのとき、空にさぁっと涼しい風が吹いてきました。ハーピーの長い髪がなびき、翼がふわりと風をはらんで、さらに高い場所へ舞い上がります。
それを追いかけるランジュールにも風が吹いてきました。こちらは幽霊なので、髪も服もなびきません。風は彼の体の中を吹き抜けていきます。
ところが、そのとたん、周囲の景色が変わっていきました。赤っぽい岩だらけの荒野が薄れて見えなくなり、代わりに波が打ち寄せる白い砂浜が現れます。
ランジュールは驚いて空中に立ち止まりました。
「あれれれれぇ! ここって、さっきとは別の空間……だよねぇ? どぉやって脱出できたんだろぉ?」
砂浜にはたくさんの小型の鳥が群れをなしていました。波が打ち寄せるたびに浜へ動き、波が引くと波打ち際に戻って餌を探していますが、そこへ大きな波がやってきました。鳥たちがいっせいに空に飛び立ちます。
そのうちの数羽は、ランジュールのすぐそばを飛び抜けていきました。よく見れば、こちらも普通の鳥ではありません。鳩より一回り小さいくらいの大きさですが、体は黒いネズミにそっくりでした。しかも人間に似た目が三つもあります。
「あぁららら、怪物じゃないのぉ」
とランジュールは言いましたが、こんな小さな怪物は趣味ではなかったので、そのまま見送りました。その間にハーピーもどこかへ飛び去ってしまい、ランジュールが我に返ったときには、もうどこにも姿が見当たりませんでした。
あれ、とランジュールは言って頭をかきました。
「まぁいいっかぁ。こぉして別の場所に出られたからねぇ。だけど、どぉして今度はあそこから抜け出せたのかなぁ? ハーピーを追いかけていただけなのにぃ」
ランジュールの頭上では、翼が生えたネズミが飛び回り、チーチー、キーキーと騒がしく鳴きかわしていました。もう一度波打ち際に下りようとしているらしく、群れになったまま、空を旋回しています。
それを見上げているうちに、ランジュールは急に納得した顔になりました。
「そっかぁ! きっとロクちゃんのせいだ! あのネズ鳥たちは、さっきの場所にはいなかったんだから、きっとこの場所に棲みついてるんだよねぇ。きっときっと、この場所がある空間から動けないんだよ。怪物は空間を移動できないんだ。でもって、ボクはずぅっとロクちゃんに乗ってたから、あの空間から出られなかったんだよ。うん、そぉに違いない。こんなことに気がつけるなんて、ボクってば頭脳明晰だなぁ。ボクってやっぱり天才。うふふふふ」
自画自賛して上機嫌で笑うランジュールのところへ、またネズミ鳥が舞い降りてきました。翼をすぼめてランジュールの横や体の中をすり抜け、次々と波打ち際へ下りていきます。
それを見ながら、ランジュールは話し続けました。
「面白いトコだねぇ、ここって。怪物なら空間にしばられて、人間なら空間から空間へ移動できるんだからさぁ。それで勇者くんたちも急に消えたんだねぇ。うふふ。今度はボクも自由に移動できるよぉ。今度こそ勇者くんを見つけ出して、ロクちゃんに綺麗に殺させてあげるから、楽しみに待っててねぇ、勇者くぅん。ふふ、うふふふふ……」
ランジュールは上機嫌のまま、ふわりふわりと空を飛び始めました。どこへという当てもありませんでしたが、新しく現れた景色を楽しみながら、空を飛んでいきます。
すると、やがて海の上に白波を立てて風が吹いてきました。二の風です。
風は海から陸に上がり、波打ち際の鳥の群れの間を吹き過ぎ、ランジュールにも吹きつけました。
ランジュールの姿は風と共に忽然と消えていき、後には青い海と白い砂浜、波打ち際でせわしなく歩きまわる鳥の群れだけが残されました――。