尾根になった岩場が二の風と共に消えていき、深い森が現れました。
先ほどまで聞こえていた雷鳴はまったく聞こえなくなり、代わりにフクロウの声が夜の中から静かに響いてきます。
ポチはフルートとゼンに駆け寄りました。
「ワン、レオンとビーラーは!?」
彼らが生き埋めになった窪地は完全に消えていました。太い木の根が地表に顔を出しているだけで、レオンたちの姿はどこにも見当たりません。
フルートは抱えていた岩を放り出してかがみ込みました。彼は夜目が利かないので、窪地があった場所の地面に触れてみてから言います。
「何も残ってない。あの場所と一緒に別のところへ移動してしまったんだ」
「ワン、別のところってどこへ!?」
「ここに隣接しているどこかだと思うんだけど、それがどっちなのかはわからない。この場所とさっきの窪地がどのくらい離れているのかもわからないんだ」
ポチは絶句しました。今すぐにも風の犬になって探しに行きたいと考えますが、ここも変身できない場所でした。
ゼンは手の中の岩を地面に投げつけました。
「こんちくしょう! 結局闇大陸ってのはこういう場所なのかよ! どうやってあいつらを助ければいいんだ!?」
困惑してもわめいても、レオンたちの居場所がわからないので、彼らにはどうすることもできませんでした。森の中は真っ暗です。
フルートは震える拳を握りしめました。
「レオン! レオン、ビーラー!」
届くはずがないと知りながら、森の中へ大声で呼びかけます。
すると、まったく予想していなかった方角から、ワンワンと犬の声が聞こえてきたので、一同は飛び上がりました。
「ビーラーだ!」
とポチが言ったところへ、本当に白い雄犬のビーラーが駆け込んできました。続いて、森の奥からレオンも出てきます。
フルートの金の石の光に照らされた彼らは、特に怪我などはしていない様子でした。レオンは眼鏡もちゃんとかけています。
「無事だったのかよ!」
「良かった!」
ゼンやフルートが歓声を上げると、ビーラーが不思議そうに首をかしげました。
「妙なんだよ。ぼくとレオンが隠れていた場所のすぐ近くに雷が落ちて、頭上で岩が崩れる音がしたと思ったら、次の瞬間には尾根の全然違う場所にいたんだ。その後、風が吹いてきて森になってしまったけれどね」
どうやら窪地が崩れる前に、一瞬で場所を移動したようです。
「レオンの魔法で逃げたのかい?」
とフルートが聞き返すと、いや、とレオンは言いました。
「今のぼくはそこまでの魔法は使えない……。でもまあ、そういうことになるのかな。ここに来る前にかけた守りが効いているんだよ」
ふぅん? と勇者の一行は思いました。なんとなく、もう少し説明してほしいような気もしましたが、レオンがそれ以上は話そうとしなかったので、その話題はそれで終わりになってしまいました。
ゼンは森を示しました。
「思いがけねえケチがついたが、ここなら雷の心配もねえようだから休もうぜ。寝てる間に獣や怪物が近づくかもしれねえから、俺とフルートとポチが交代で見張りだ」
「いいよ」
とフルートは即座に承知し、ポチも思いだして言いました。
「ワン、そういえば、さっきまたハーピーがいたんですよ。雷の中で、じっとこっちを見ていたんです。その後、レオンたちの近くに雷が落ちたから、ハーピーがどうなったかはわからないんだけど」
「昼間のハーピーか? まだ俺たちの食い物を狙ってるのかよ」
とゼンは顔をしかめてあたりを見回しましたが、周囲は大きな木々がぎっしりと生えていて、見通しが利きませんでした。
「場所が入れ替わったから、ハーピーはあっちの場所にいるんじゃないのか?」
とビーラーが言うと、レオンが言いました。
「ハーピーはもうぼくたちには仕掛けられないよ。ぼくたちが攻撃してくるとわかったからな」
確信のある口調に、フルートはレオンを見つめ直しました。
「それもやっぱり守りの魔法なのか?」
「まあ、そういうことだな」
とレオンは眼鏡を押し上げました。やはり、それ以上話そうとはしません。
「まあいい。とにかく寝ようぜ。最初の見張りはフルートだ。眠くなったら、俺かポチを起こして交代しろ」
とゼンは言って、適当な木の根元にごろりと横になりました。乾いた落ち葉が降り積もっているので、寝るには悪くない場所です。
レオンもそれにならって、近くの木の下に横になりました。ポチとビーラーは落ち葉の中に半分潜り込みます。
一日中歩いたうえに雷の中で心配した疲れも出て、彼らはすぐに眠ってしまいました。二人と二匹の寝息が聞こえ始めます。
フルートは金の石が放つ淡い光の中に立ちながら、周囲へ耳を傾けていました。
フルートには夜の中を見通すことはできませんが、耳を澄ませば、森の中からいろんな音が聞こえてきます。鳥の鳴き声、虫の声、小型の獣が落ち葉を踏んで通り過ぎていく音、蛇やトカゲが這っていく音……。やがて風が吹いてきて、森の梢が揺れ出すと、木々の枝がキィキィときしみ始め、木の葉がいっせいにざわめいて潮騒のような音が湧き起こりました。二の風ではない普通の風だったので、風が吹きすぎるまで森はざわめき続けます。
フルートは、ふと、ポポロたちのことを思い出しました。天空の国へ行って、無事に天空王にルルを元気にしてもえただろうか、と考えて、すぐに苦笑いしてしまいます。自分たちが時間をさかのぼって十数年前の闇大陸に来たことを思い出したのです。フルートたちが元いた場所では、時間はまだ少しもたっていないはずでした――。
そのとき、夜の中で突然異質な気配がしました。
葉ずれの潮騒の中に、ざっと木の葉の間を何かが通り抜けるような音が聞こえたのです。
はっとしてフルートがそちらを見ると、今度はまったく別の場所でまた梢を通り抜けるような音がします。
フルートは背中の剣に手をかけました。二つの音がした場所はかなり離れています。もし、同じものがその音をたてたとしたら、大変な速度で梢から梢へ移動したことになります。
「ハーピー? いや……」
そんなはずはない、とフルートは考えました。ハーピーならば翼の音も聞こえるはずなのに、羽ばたきは聞こえなかったのです。
ゼンたちを起こそうか、どうしようか、と迷いながらフルートは身構え続けましたが、謎の音はそれっきりもう聞こえてきませんでした。
風がやんで梢が静かになると、森からはまたフクロウの鳴き声が響き始めました――。