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第25巻「囚われた宝の戦い」

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第6章 尾根

16.尾根(おね)

 「日暮れだ。夜になるぞ」

 とゼンが空を見上げて言いました。

 そこはゆるやかな斜面になった岩場でした。流れる水が波ごとそのまま固まったような黒い岩が、足元にずっと続いています。フルートたちは一列になって尾根――斜面の一番高くなっている場所を登っていましたが、急にあたりが暗くなり始めたので足を止めました。空の真ん中で光の円盤がみるみる輝きを失っていきます。

「つなぎ目が暗くなった。外が夜になったんだな」

 とフルートは言いました。太陽のように見える円盤は、実際には闇大陸と外の世界をつないでいる、つなぎ目なのです。外の世界が夜になれば、こちらの世界も日没を見ないまま夜になってしまいます。

 薄暗くなっていく世界の中で、ポチは首をひねりました。

「ワン、こっちで一日が過ぎる間に、外の世界ではすごい速さで時間が過ぎているんですよね? それなのに、どうして外から来る光は一日単位で明るくなったり暗くなったりするんだろう? 本当なら、もっとせわしなく明るさが変わるはずなのに」

「つなぎ目の途中で時間が調整されているんだよ。世界は人が何もしなくても均衡をとろうとするからな。それが自然の理(ことわり)なんだ」

 とレオンが説明しましたが、ゼンは「理」ということばにたちまちしかめっ面になりました。その話題には触れずに話を変えます。

「夜になっても俺やポチたちは足元が見えるが、フルートとレオンはそうはいかねえよな? このまま進むのは危険だぞ」

 レオンは肩をすくめました。

「ぼくは見えるさ。魔法使いの目があるからな」

「ぼくはだめだ。もう周囲がほとんど見えない」

 とフルートは正直に答えました。空は夜の色になり、足元も闇に沈んでしまったのです。鎧の内側からペンダントを引き出すと、淡い金の光に仲間の顔や姿が浮かび上がりますが、周囲まで照らすことはできません。

 

 ゼンはのんびりと言いました。

「急いで進む必要はねえんだ。ここらで野宿しようぜ。おい、ポチ、ビーラー、そのへんに洞窟を探しに行ってくれ。ここは噴火して間もない溶岩地帯のようだからな。洞窟もきっとあるぞ」

「ワン、わかりました」

 とポチは答えましたが、ビーラーは不思議がりました。

「溶岩地帯だと洞窟があるのか?」

「ワン、ありますよ。溶岩が流れたときに、中に閉じ込められたガスが外に抜けて、そのまま洞窟になって残るんです」

「そういえば、クレラ山の麓にもいくつも洞窟があったな。ホワイトドラゴンの住処になっているんだが。あれは山が噴火したときにできたのか」

 とレオンも納得します。

 ところが、フルートは犬たちを引き留めました。

「洞窟はまずいかもしれない――。思い出せよ。前にここに来たときに五さんたちのマドに泊めてもらったら、次の日、マドごと別の場所に移動していただろう? マドっていうのは地下の洞窟だ。たぶん、地下にいると、その場所と一緒に連れていかれてしまうんだよ」

 犬たちはびっくりしました。

「そういえば……」

「ワン、パルバンの近くに移動できる可能性もあるけど、逆に遠くへ動いてしまう可能性も高いですよね。せっかくこれだけ進んだのに、それが無駄になるかもしれないんだ」

 ゼンは、やれやれ、と頭を振ると、尾根に突き出た岩の塊に腰を下ろしました。

「そういうことなら完全な野宿をするしかねえな。幸い野宿したって凍死するような寒さじゃねえが、この場所がまずい。尾根ってのは野宿には向かねえもんな」

「どうしてだ? 見晴らしはいいし、朝になったらすぐにまた進めるから都合がいいんじゃないのか?」

 とレオンが聞き返すと、ゼンは、ふふん、と鼻で笑いました。

「難しい理屈はわかっても、こういうことはからっきしかよ、レオン。尾根ってのは周りより高い場所だから、確かに見晴らしはいいけどよ、そのぶん風当たりが強いんだよ。今は風がねえが、この後風が出てきたら、とても寝ていられねえぞ」

「それに、風がまともに当たると体温を奪われるからね。風の当たらない場所を探さなくちゃいけないんだ」

 とフルートも言いました。勇者の一行は野宿には慣れっこなので、このあたりのことは彼らには常識です。

「とすると、どこに?」

 とビーラーは周囲を見回しました。犬なので暗くなってもあたりが見えますが、長い登りの尾根道が延々と続いているだけで、風を避けられそうな場所は見当たりません。

「尾根の横の斜面に下りるしかねえな。で、どっちの斜面に下りたらいいかというと――」

 ゼンは暗くなった尾根へ、じっと目をこらしました。しばらく観察を続けてから、行く手の左側を示して言います。

「こっちだな。たぶん、こっちなら風をよけられるはずだ」

「どうして!?」

 とレオンとビーラーは同時に聞き返しました。魔法使いの目を持つレオンでさえ、何故そちら側が大丈夫なのか理解することができません。

「尾根のあちこちに小さな木が生えてるのがわかるか? たぶんハイマツの仲間だろう。そいつの枝がみんな右から左に流れてるんだよ。いつもその向きに風が吹いてる証拠だ」

 すらすらと説明するゼンに、レオンとビーラーがびっくりしているので、フルートは言いました。

「山はゼンの独壇場だよ。山歩きならゼンに任せて間違いないんだ」

「おう。闇大陸と言ったって、ひとつずつの場所は俺たちの世界とそれほど違わねえのがわかってきたからな。焦らなけりゃなんとかならぁ」

 とゼンは言って、にやりとしました。頼もしい笑顔です。

 

 そこで彼らは野宿の場所を求めて、尾根の左横の斜面を下り始めました。ゼンが灯り石を掲げてくれたので、フルートも用心しながら岩場を下っていきます。

 体が小さくて身軽なポチが、斜面を登ったり下りたりしながらゼンに尋ねました。

「ワン、洞窟がだめだとしたら、どういう場所を探しましょうか?」

「転がり落ちそうにねえ、しっかりした岩の陰か間だな。窪地でもいいんだが、この辺の岩はもろいような気がして、どうも気に入らねえんだ」

「ワン、頑丈そうな岩陰ですね。わかりました。探してきます」

「あ、ぼくも行くよ」

 とビーラーもポチに同行しようとすると、遠くでかすかに何かの音がしました。ポチはぴくりと耳を動かし、ゼンとフルートは顔を上げます。

「なんだ?」

 とレオンが尋ねると、ゼンは、しっと言いました。レオンが面食らっているところに、また体に響くような低い音が聞こえてきます。

 とたんにゼンもフルートもポチも飛び上がりました。

「やべぇ!」

「雷だ!」

「ワン、隠れないと!」

「雷……?」

 レオンとビーラーがますます面食らっていると、彼らの頭上がいきなり、かっと明るくなりました。岩場が真昼のように明るくなり、くぼみや裂け目がくっきりと陰を刻みます。

 続いてガラガラガラ……と耳をふさぐような音が響き渡りました。冷たい風がどっと斜面を吹き下ってきたので、一行は吹き倒されそうになります。

「ま――まずいぞ、ゼン!」

 とフルートは言いました。周りに身を隠すものがない場所で雷に遭遇すると、稲妻が人間めがけて落ちてくる可能性があるのです。

「わかってる! いきなり至近距離だ! 安全なところまで逃げる余裕はねえ! 窪地を見つけて飛び込め! なければハイマツの茂みの中だ!」

 ゼンがどなっている間に、また空が明るくなりました。まばゆい光が駆け下ってきて、尾根の上を直撃します。

「落ちた!!」

 レオンやビーラーは叫びましたが、とどろく雷鳴にかき消されてしまいました。どどどど、と地響きのする音が斜面を揺らします。

 ゼンは身をかがめながら周囲を見回しました。下っていた斜面の先に人ひとりがしゃがめるくらいのくぼみを見つけると、いきなりそばにいたフルートを捕まえて肩に担ぎ上げてしまいます。

「ゼ、ゼン……!?」

 フルートが驚いていると、ゼンはフルートを担いだまま低い姿勢で斜面を駆け下り、くぼみにフルートを放り込みました。

「おまえは見えねえんだ! ここでじっとしてろ! ポチ、いるか!?」

「ワン、ここですよ!」

 と小犬が走ってくると、ゼンは言いました。

「フルートに抱いてもらってろ! 近くに雷が落ちると稲妻が地面を走ってくることがあるからな!」

「ゼンは!?」

 とフルートは聞き返しましたが、そのときにはもう、ゼンはさらに低い場所へ駆け下りているところでした。空がまた真昼のように明るくなって、ゼンの後ろ姿を照らし出します。

 一方、レオンはもっと大きな窪地を見つけて、ビーラーと一緒に逃げ込んでいました。ビーラーを抱いて窪地の底に伏せます。

 と、空がまた暗くなって、フルートには何も見えなくなってしまいました。代わりにフルートの足元で伸び上がっていたポチが言います。

「ワン、ゼンもハイマツの茂みに潜り込みましたよ。フルートも早く体を低くしないと」

「わかった」

 とフルートはポチと窪地に伏せました。先ほどゼンに言われたように、ポチをしっかり胸に抱えて守ろうとします。

 その頭上ではひっきりなしに雷鳴が響いていました。あたりが繰り返し明るくなり、地上に落ちる音も幾度となく聞こえます。

 雷は尾根だけでなく、斜面にも落ちているようでした。一度など、フルートのすぐそばの岩に落ちて、岩が吹き飛び、窪地に伏せたフルートにばらばらと降りかかってきました。かなり強い衝撃も伝わってきますが、フルートは魔法の鎧を着ているので無事でした。

 

 やがて、雷が少しずつ遠ざかり始めると、入れ替わりに激しい雨が降り出しました。大粒の雨が痛いほどの勢いでたたきつけてきます。

「ワン、これじゃまだ身動きがとれないですね」

 とポチがフルートの胸の中から言いました。

 フルートは仲間たちの様子が心配でしたが、なにしろあたりは夜の闇に包まれているので、何も見ることができませんでした。呼びかけて無事を確かめたいと思っても、雨の音にかき消されて声も聞くことができません。

 そのとき、また雷が落ちました。土砂降りの雨が真っ白に照らされて、フルートは目がくらみました。轟音と地響きが続き、あたりはまた暗くなります。

 すると、いきなりポチが言いました。

「ワン、今ゼンの叫び声がしました!」

 えっ!? とフルートが身を起こそうとしたとたん、今度は地震のような震動と激しい音が聞こえてきました。落雷とはまた違った音がしばらく続いて、やがて静かになっていきます。

「いったい何が……?」

 とフルートとポチが顔を上げると、雨の中からいきなりゼンが姿を現しました。全身ずぶ濡れで、頭に貼り付いた髪の毛から顔へ雨が滝のように流れています。

「レオンたちのすぐそばに雷が落ちた。その衝撃で窪地の崖が崩れたぞ」

 とゼンが言ったので、フルートたちは飛び上がりました。

 そのとたん、また尾根に雷が落ちましたが、フルートはかまわず窪地から飛び出しました。ゼンに飛びついて言います。

「それで、レオンたちは!? 無事か!?」

「わかんねぇ。崖の下は崩れた岩でいっぱいで、レオンたちが見えねえんだ。たぶん生き埋めになってる。手を貸せ」

「わかった!」

 フルートはゼンと一緒に斜面を伝って、レオンたちがいた窪地へ行きました。その間も稲妻が空を渡り、地上を照らしましたが、雷はどんどん遠ざかっているようでした。稲妻と稲妻の間隔が開き始め、雨が少しずつ弱まっていきます。

「レオン!」

「レオン、ビーラー!」

 窪地の手前でフルートたちは呼びかけました。ゼンが言うとおり、窪地の片側の斜面が大きく崩れ、大小の岩が窪地の中を埋めています。レオンたちの姿は見当たりません。

「やべぇな。あいつらがいたあたりが、もろに崩れてやがる」

 とゼンは言って窪地の中に下りていきました。さっそく手で岩をよけ始めます。フルートもそれを手伝いますが、雨に濡れた土砂はよけてもかき分けても、すぐにまた崩れてきました。ポチは窪地の上でうろうろしながらレオンたちを呼び続けましたが、それに応える声はありません。

「ワン、そんな……どうしよう、どうしよう」

 うろたえて行ったり来たりするうちに、ポチは、ぎょっと足を止めました。弱まってきた雨の中、斜面の尾根に一羽のハーピーが留まっているのに気づいたのです。ハーピーは翼をたたみ、髪の長い女性の顔で、じっとこちらを見ていました。日中彼らの食料をかすめ取っていったハーピーに違いありません。

「ワン、あいつ、なんでこっちを見てるんだろう。食料なんて持ってないのに」

 とポチが薄気味悪く思っていると、また空に稲妻がひらめきました。真っ白に輝いた空の中に、ハーピーが黒い影となって浮かび上がります――。

 

 するとそこへ、さぁっと風が吹いてきました。先ほどまでの湿った嵐の風とは違う涼しい風です。

 ポチは飛び上がりました。

「ワン、二の風!?」

 そのとたん、あたりの景色が変わり始めました。雲間で稲妻がひらめく岩場は消えていき、あたりはうっそうと茂る深い森になってしまいます。

 フルートとゼンも呆然としました。懸命に岩を取りのけていた窪地が、崩れた痕ごと消えてしまったのです。抱えていた岩だけが手の中に残っています。

「そんな……」

 一同は夜の森の中に呆然と立ちつくしてしまいました。

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