「ゆっうしゃくんは、どぉこかなぁ。どぉこかなったら、どぉこかなぁぁ……」
ロック鳥の首の付け根にまたがって、ランジュールは大声でそんな歌をうたっていました。
「それでもって、こぉこはどぉこかなぁ。どぉこかなったら、どぉこかなぁ。るるるんるんるん、るるるんるん」
上機嫌に聞こえる歌声ですが、実際にはランジュールはかなり退屈していました。ロック鳥と共にずっと飛び続けているのですが、荒れ地が続くばかりで、面白そうなものが何も見つからなかったのです。探し求めるフルートたちも、どこにも見当たりません。
やがてランジュールは歌うのにも飽きて大きなあくびをしました。
「あぁあ、勇者くんたちがぜぇんぜん見つからないなぁ。町や人間もちっとも見当たらないしぃ。ここっていったいどこなのかしら。勇者くんたちはいったいどこぉ?」
ランジュールがどんなにぼやいても、ロック鳥は大きな翼で悠々と飛び続けていました。その下には岩だらけの荒野が広がっています。
ふぅん、とランジュールはロック鳥の首の上に寝そべりました。不安定な場所ですが、元々彼は幽霊ですから落ちるようなことはありません。地上を見下ろしながら話し続けます。
「ここってずいぶん広いよねぇ。いくら飛んでも赤っぽい岩や地面が続いてるだけだもんねぇ。ロクちゃんは飛ぶスピードが速いのに、それでも全然変わらないってコトは、ここがものすごく広いってコトだよぉ。もしかして大陸なのかしらん」
ここは闇大陸なのですから、ランジュールの推察は当たっていましたが、それを肯定してくれる相手がいませんでした。ランジュールは首をひねりながら地上を見回し続けます。
すると、ふいにロック鳥が、ぐるるっと咽を鳴らしました。鋭い目で行く手をにらみつけます。
「え、何かいるって!? どこ、どこぉ!?」
ランジュールは期待して伸び上がりました。勇者の一行ではないかと思ったのですが、そこにいたのは一羽の鳥でした。空ではなく地面に降り立って、しきりに何かをついばんでいます。
ランジュールはがっかりしました。
「ただの鳥さんだよ、ロクちゃん。お友だちが見つかって嬉しかったのかなぁ? でも、ボクたちは今、勇者くんたちを探してるんだよぉ。鳥さんなんて――」
ぐるる、ぐるるる。ロック鳥はさらに鳴きました。何かを教える声です。
ランジュールは目を丸くしました。
「えぇ、鳥じゃないってぇ? じゃあ、あれって何さぁ?」
そんな会話をしている間もロック鳥は飛び続け、地上の生き物が見極められるくらいの距離まで近づきました。ランジュールは目をこらし、ぽん、と手を打ちました。
「あれってセイレーン、うぅん、ハーピーだぁ。へぇ、珍しいなぁ。最近じゃハーピーなんてあんまり見かけなくなったのに。でもねぇ、せっかく教えてもらったけど、ハーピーじゃねぇ……」
ランジュールは魔獣を捕まえて飼い慣らす魔獣使いですが、彼が好きなのはとにかく強い怪物です。しかも大きなものほど好みなのですから、人の大きさ程度しかないハーピーは趣味に合わなかったのです。
「無視しちゃおうかなぁ。ボクには強くて大きなロクちゃんがいるから、これ以上鳥さんも必要ないしねぇ」
などと言いながらハーピーから離れようとします。
すると、ハーピーのほうでもロック鳥に気づいて顔を上げました。美しい女性の顔に似合わないしゃがれ声で、ギャァギャァと鳴きます。
ランジュールは顔をしかめました。
「ほらほらぁ。これなんだよねぇ。ハーピーって鳴き声がかわいくなくてさぁ。お食事のしかたも下手くそだから、後片付けが大変だし――あれぇ?」
彼が急に頓狂(とんきょう)な声を出したのは、ハーピーがついばむ餌を見たからでした。人面鳥体の怪物は赤茶けた地面の上でソーセージを食べていたのです。
ランジュールは考えました。
「この近くに人が住んでるところってなさそうだよねぇ。でも、あれはどぉ見たって人が作ったソーセージだよぉ。ってコトはぁ――勇者くんからもらった餌なのかなぁ!?」
と鋭く推理すると、嬉しそうにロック鳥の頭をたたきます。
「あのハピちゃんの近くまで行ってぇ。聞いてみたいことがあるからさぁ」
そこでロック鳥はハーピーのほうへ飛びました。翼の強いロック鳥ですから、一度羽ばたいただけでハーピーのすぐそばまで行ってしまいます。
すると、ハーピーがまたしわがれ声で鳴きました。餌を奪いに来たと考えたのでしょう。敵意のある声です。
ランジュールは両手を振りました。
「違う、ちがぁう、だいじょぉぶだよぉ、ハピちゃん。ボクたちはキミの餌が欲しくて来たんじゃないんだから。ただ、その餌をどこから手に入れたか教えてほしいなぁって――」
けれどもハーピーは聞いていないようでした。ランジュールに向かって威嚇するように口を開きます。美しい女性の赤い唇ですが、その中には白い牙が並んでいます。
とたんにランジュールの腹に大きな穴があきました。腹部の一部が突然吹き飛ばされて、丸い穴がぽっかり口を開けたのです。
あれぇ? と彼は自分の腹を見ました。前屈みになって大穴から向こう側の青空をのぞくと、ぽりぽりと頭をかきます。
「うぅん……ボクったら、ハーピーのデータを覚え違いしてたかしら? ハーピーがこんな攻撃をできるなんて知らなかったよねぇ」
のんびり話すうちに腹の大穴はふさがっていきました。彼は幽霊なのですから、こんな傷はなんでもないのです。
すると、ハーピーがまた口を開けました。今度は人のことばでこう言います。
「オマエは何者だ。ここでナニをしている」
若い女性の声ですが、いやに平板な口調です。
ランジュールはさらに目を丸くしました。
「ハーピーがしゃべったよぉ? セイレーンならしゃべって歌えるけど、ハーピーが話せるなんてのは初めてだなぁ。これってもしかして特殊なハーピーかも。よぉし、そぉとなったら」
ランジュールはがぜん張り切り出しました。魔獣使いの血が騒ぎ出したのです。とはいえ、彼は幽霊なので、体内に血液は流れていませんでしたが。
ロック鳥をハーピーの前に着地させると、片手を突きつけて呼びかけます。
「おいでぇ、かわいいかわいいハーピーちゃん! 特別にボクのペットに仲間入りさせてあげるからさぁ! ボクのところに来て、で、その餌をどこで誰からもらったか教えてよねぇ。うふふふ……」
ところが、ハーピーはそれに応えませんでした。猛禽類の目でランジュールたちを見つめているだけです。
ランジュールはさらに強い魔力を込めて呼びかけました。
「おいでおいで、かわいいハピちゃん! おいしいご飯がほしいのぉ? それとも髪の毛をとかしてあげよぉかぁ? ハピちゃんは美人さんだから、きっともっと美人になるよねぇ。かわいがってあげるからさぁ、ボクのところへおいでよぉ」
すると、ハーピーがまた口を開けました。ランジュールのすぐ横をかすめて何かが飛び過ぎていきます。
「え、なにぃ……?」
ランジュールが思わず振り向いたとたん、百メートル以上も離れた場所にあった大岩がいきなり爆発しました。地響きをたてながらこっぱ微塵になり、跡形もなく吹き飛んでしまいます。
「え、まさか。え?」
彼は呆気にとられました。ハーピーのしわざだと気づいたのです。もちろん、ハーピーがこんな攻撃をするなどということは、これまで聞いたことがありません。
ランジュールは歓声を上げました。
「すっごぉい、ハピちゃん! キミ、すごく強いじゃないのぉ! これはぜぇったいボクのペットにしなくちゃねぇ! さぁ、抵抗しないでボクの言うことを――あれ?」
彼が向き直ったとき、そこにはもうハーピーはいませんでした。飛び立った気配はなかったのに、忽然と姿を消してしまったのです。ランジュールはあわててロック鳥を飛び立たせてハーピーを探しましたが、人面鳥体の怪物はどこにも見つかりませんでした。
ランジュールとロック鳥のはるか上空には二の風が吹いていましたが、彼らはその意味に気がつきませんでした――。